#72
大変……大っっっ変ご無沙汰をしており……(意訳:FH6サイコ~
暑中お見舞い申し上げます(台風ウゼー
大気を切り裂く大翼を軋ませながら、まるで嵐の中吹きつける雨粒のように飛来する弾雨に、身悶えるようにして必死で船躯を振り回す。
補助翼と昇降舵で必死に大気を掻いて船躯を捻るのに、それはさせじと一瞬の内に本艦の未来位置へと補正された対空高速弾が襲い来る。なのです。
『……ちょっとマズイ、かも』
アークトゥルスの平坦なイントネーションに、少なくは無い焦りが混じっている気がする。
いくら加速しても、急旋回を掛けても、敵の対空砲火がしつこくしつこく追い縋ってくる。
どんなに身を翻しても、船躯を打ち据える容赦の無い被弾音が連続して、航空戦闘艦の生理的嫌悪を喚起する。
そして変換放射装甲板の耐久限界がジリジリと迫る。
リーゼ君たちの降下には成功したが、第856号建艦計画型は未だファムアルフートの頭上を必死で回避行動を取りながら飛び続けていた。
何故なら、ファムアルフートにマインドハックを仕掛けて制圧するためには、今将に機動兵器発艦用の格納庫へと続くハッチを焼き切ろうとしている工作型自律艦載機を踏み台にする必要があるのだ。
ファムアルフートの通信に割り込むことも考えていたのだけど、正直、戦闘中の航空戦艦を舐めていた。さっきチョットだけやってみて、ファムアルフートがアホみたいな出力でバカみたいに広い帯域に延々と発信し続けている妨害電波に、早々に諦めた。プロトコル特定する迄に日が暮れちゃいそうだったわ。
だから、シュピちゃんズにファムアルフートの船体内のノードに直接接続して貰って、直接マインドハックを掛けるしかない。
シュピちゃんズだけ残して逃げるのは論外。シュピちゃんズじゃまとめてかかってもファムアルフートと演算力勝負で勝てるはずないもの。本艦が直接シュピちゃんズを介してマインドハックを実行するしか無い。
だけど、あんまり離れちゃうとシュピちゃんズと通信を確立できなくなってしまう。
だからシュピちゃんズがファムアルフートの中でノードに取り付いてマインドハックを完了するまで、本艦たちはファムアルフートの周りを飛び続けなければならない。
だけど当然、ファムアルフートは周りを飛び回る本艦たちを何とか撃ち落とそうと、とんでも無い量の対空砲火を叩きつけてくる。
既に偏向位相電磁境界面ジェネレーターは何度も飽和再起動していて、その度に偏向位相電磁境界面が消失して、変換放射装甲板を鋼鉄の礫が容赦なく打ち据えていた。
既に変換放射装甲板もボロボロ。一部、エネルギー蓄積層と熱伝導層が剥離して、ただのセラミックの板に戻りつつある。これ、後で全部交換しないとダメかも。
何か手を打たなければならない。今すぐに。
『デネボラよりスピカへ、変換放射装甲がもう限界でゴザル!対空砲が多過ぎて、潰しきる前にコッチが墜とされるでゴザル!一旦離脱するでゴザル!』
それはダメ。
もうすぐシュピちゃんズがハッチを抉じ開けられる。だけどもしかしたら、中にまだ生きてる機動兵器が居るかもしれない。
機動兵器相手じゃ装甲も搭載兵器もリーゼ君たちじゃ歯が立たない。味方誤射覚悟でリーゼ君たちから緊急支援艦砲射撃要請が来るかもしれない。
そうしたら最悪、本艦たちがファムアルフートの真正面から支援艦砲射撃してやる必要がある。
そのタイミングはいつ来るか分からないし、対応が少しでも遅れればリーゼ君たちに大損害が生じて作戦自体が失敗する可能性だってある。
だから本艦たちはいくら釣瓶撃ちにされようが鴨撃ちにされようが、絶対にこの空域を離脱する訳にはいかない。
「スピカよりデネボラへ。離脱は却下よ。全艦、気張りなさい。ここを切り抜けなければ我々に勝利は無いわよ」
さっきからずっと主砲と八連装回転機関砲でファムアルフートの対空砲を潰して回っているけど、一向に対空砲火が減った気がしない。
残り弾薬も三割を切っている。多分、ファムアルフートの対空砲を全部潰すには弾薬が絶望的に足りない。
なんとかこの状況を一気にひっくり返せる手を考えなければ。
「対空レーダー発振装置はまだ見つからないの?!」
対空レーダーシステムを潰せれば、対空砲を一気に黙らせられる。手動照準される可能性もあるけど、それだって予測航跡情報が無ければ精度はダダ下がりするはずなのに、ファムアルフートの表面にそれらしき構造物が見つからない。
『照射方向から推測するとファムアルフートの近接対空レーダーは複数、かなり正確な位置は判るでゴザルが、構造物自体は見当たらないでゴザル!多分これ、埋没式でゴザルよ!』
『……きっと装甲化、されてる』
みんなの報告に歯噛みする。
私たちの主砲じゃ徹甲弾を叩き込んでも多分貫徹できないだろう。そもそも、対空砲を潰す目的で榴弾と対空榴弾しか積んで来てないんだけど。失敗した。少量でも徹甲榴弾積んでくるんだった。
『……思い、ついた』
唐突にアークトゥルスがそう呟いた瞬間、本艦の後ろをついて来ていた彼女に向かう火線が、一瞬だけ明後日の方に向いたのが分かった。
『……失、敗。……すぐに補正、された』
が、直ぐに逸れていた火線がまたアークトゥルスを直撃しだし、アークトゥルスが変換放射装甲板の破片を撒き散らしながら乱数回避機動を繰り返す。
「思いついたって、何したの?!」
思わず尋ねた私に、アークトゥルスが無言でログを送りつけてきた。
ログを読むと、アークトゥルスは自身が反射したファムアルフートのレーダー波を模して自身の位置情報を撹乱する妨害電波を発振したみたい。でも即座に周波数を切り替えられて、更には変調パターンを変えられて対処されてしまった、とログには付記されていた。
本艦は天啓に打たれた。
そうか、その手があったか。
「全艦!対空電探周波数を本艦に同期!急いで!」
敵のレーダー波発振位置はリアルタイムで観測してるから判ってる。
発信源数も把握済み。
データリンクを使えば各艦のリアルタイム空間座標も分かる。
それに本艦たちの通信は量子通信だから遅延はほぼゼロ。
なら、理論上はイケるハズ。
『同期完了でゴザルよ!』
『……同、期』
みんなの通信を耳にして、演算を開始する。
ファムアルフートが発振している近接対空レーダー波の周波数をリアルタイムで解析しつつ、変調パターンを先読みして最適化、レーダー波発振箇所の位置情報と全艦のリアルタイム相対空間座標から移動ベクトルと干渉波とドップラー効果を考慮して最適な位相を各艦個別に逆算、それぞれ最適な周波数を個別に算出して各艦に発振させる。
演算素子が膨大な熱を発しているのが分かる。
大量のエラーがログを埋め尽くして、高高度自律思考中枢体の冷却機構がフル稼働する。
演算量が思ったよりもずっと多い。
ヒトだったら頭の血管ブチ切れそう。グギギ。
『……お?おぉ?!対空砲火が本艦たちを見失ってるでゴザル!凄いでゴザル!逆位相のレーダー波を発振して打ち消すことで、ファムアルフートの近接対空レーダーを無効化してるでゴザルな?!実効反射断面積が99.99%以上低減されてるでゴザル!そんな膨大な演算、どうやってやってるでゴザル?!?!』
ごめん。後で教えてあげるから今ちょっと話しかけないで!
◆
手渡された白いおもちゃの様な銃の重さに、オレは愕然とした。
長さは3フィートも無い。
真っ白で艶のないのっぺりとした樹脂に覆われて、どこかのおもちゃ屋に雑に吊るされていても不思議じゃないそれは、集光位相アレイ口径3インチのシモノフ自動装填カービンだった。
手にするのは初めてだ。だが、知識だけでは知っている。見た目だけはまるで子供が戦争ごっこをするためにあるみたいなこのCKC762は、平均照射時間約0.3秒、セミオート式でカートリッジに詰めた親指位の筒状のハイパーキャパシタを銃身中央部の電源ボックスの下に装填する。使い終わったハイパーキャパシタは電動で動く遊底に押し出されて自動排出されて次弾が装填される。
そして、300フィート先のクラスⅣ以下の対レーザー装甲に対して、直角に当たれば1インチ程度の穴を焼き穿つ。
もしその対レーザー装甲の後ろに人が居たのなら、言わずもがな。
そういう代物だ。軍の整備士養成学校の座学で習った。
「貴様らが銃なんてものに触れる機会は万に一つも無いだろうが、教科書に載っているから教えてやる」
教官が至極面倒くさそうにそう言っていたのを思い出す。
とんだ万に一つだ。
そんなしょうもない記憶を手繰りながら、オレ、イリヤ・マトヴィエヴィチ・グレベンスキーは、自身の手に収まったそのチャチな凶器の、熱くもなく冷たくもなく、硬くもなく柔らかくもない、樹脂特有の不気味な触り心地に、思わず変な声が出そうになった。
いや、よく考えてみれば移乗攻撃を受ける事にならなければ、やはり整備兵のオレはこんな物に一生触れることはなかっただろうから、あの教官が律儀に教育課程を端折らなかったことには感謝したほうがいいのかもしれない。あまり良い教官じゃなかったが。
お陰で、人生で初めて触る上に操作の仕方も分からず呆然と立ち尽くす他の奴らを尻目に、オレには何処をどうすれば良いのか判る。
ハイパーキャパシタをカートリッジごと電源ボックスに叩き込む。
銃身の右側に設置された遊底を押さえているノッチの付いた金属板を下にスライドさせて安全装置を解除。
同じく銃身の右側にチョロリと生えた金属製の遊底を動かす取手を引く。
ガチャリと音がして、ハイパーキャパシタが電源ボックスに装填されたのが見えた。
これで、戦える。あの娘を、守れる。
オレは決意を胸に、視線を上げる。
そこでは、普段は格納庫や艦の一番奥で整備なんかをしている奴らが急遽集められて、理由も解らずレーザー・ガンを持たされていた。
オレも玻璃の乙女たちの彼女を担いで応急の処置室になっていた艦内食堂に運び込んだ直後に、どっからかやってきた黒い制服を着た監察隊の士官に呼び止められた。
何でも、敵の強襲揚陸艇が自立戦闘兵器をファムアルフートに空挺降下させているらしい。
ファムアルフートは純粋な戦闘艦で強襲揚陸艦ではないから、元々陸戦隊なんか居やしない。しかも、超の付く大型艦だ。臨検だってすることも無い。
武装要員なんか乗ってないから、監察隊は普段憲兵の代わりをしている。元々オレたちが反乱を起こさないように見張るのが役目の奴らだから、普段から腰に挿した拳銃をチラつかせたりして、好いてる奴なんて居ない。
だけれども、今は少し心強い。オレだって銃の使い方を知ってはいるけれど、扱いに慣れているわけではない。
引き金を引けば射撃出来るのは知ってるが、どこでどう引き金を引けばよいのかは、分かる訳がない。
だから普段はいけ好かなくても、ああしろ、こうしろ、と指示を出してくれるだけで心強かった。例え奴らが逃亡防止の保険だとしても。
三十人ばかり集められたオレたちは監察隊の中尉の指示で食堂にあった椅子やら配膳台やらを運びだして、機動兵器の格納庫へと続く通路に積み上げた。簡易バリケードだ。
そこは機動兵器乗りたちが機動兵器に乗り込むための連絡通路へと続く通路の一つだった。
無数に枝分かれしている連絡通路が機動兵器乗りの待機所や個人個室、更には艦中央部へと続く通路への結節点なのに、ヒトがすれ違えるほどの幅しか無い。
そこに椅子や配膳台を倒して並べて簡易的な銃座のようなものを拵える。
監察隊曰く、順次後退しつつ敵戦力に損耗を強いて撃滅する、のだとかで、後退した先に逃げこむためのバリケードを準備するよう指示された。
椅子や配膳台だけじゃ足りる訳もないから、途中にあった整備士たちの待機所や機動兵器乗りの更衣室からロッカーなんかを引っぺがして一緒に積み上げた。
引っぺがした拍子に中身がこぼれ出て床に散乱する。
明らかに高級そうな時計とか香水とか、オレたちじゃ一生手の届かない様な小物が音を立てて床に転がり、みんな何も言わずにそいつらを掴んでポケットに放り込んだ。
オレも担いだロッカーからこぼれた高級そうなピンクの小さなオードパルファムをそのまま胸のポケットに滑りこませた。
いや、あの娘にあげたら喜ぶかも、とか考えた訳じゃねぇよ……。
一緒にこぼれ落ちた空色のレースのランジェリーには面食らったが、それはみんなに踏まれないようそっと部屋の隅に寄せておいた。仕方ないとはいえ、流石に下着までグチャグチャになってたら可哀想だろう?
そんなことを考えながら通路を塞ぐようにロッカーを横にして積み上げていると、指図するだけで肉体労働には参加していなかった監察隊の中尉が、無線通信機と何やらやり取りしたと思ったら、オレたちを見回して声を張り上げた。
「バリケード建造急げ!機動兵器乗りたちが格納庫で戦っているが、分が悪い。彼らの後退を支援しつつ、ここで迎え撃つぞ!」
だったらお前も手伝え、と思いながらも、バリケードを積み上げる手を早めていたら、通路の先から鈍い激突音の様な音が聞こえてくる。
「総員並べ!どこでも良い!銃だけ敵に向けられるように身を隠せ!味方は撃つなよ!合図をしたら撃ちまくれ!」
オレたちの一番後ろに立って叫ぶ監察隊は既に腰の拳銃を抜いていた。
慌てて担いでいたロッカーを捨てて、袈裟懸けにしたCKC762を前に回して、チャンバーガードを半分だけ引いて、中にハイパーキャパシタが装填されているのを確認。
簡素な板で出来た安全装置を押し下げてから、胸の高さまで積まれたロッカーの上にCKC762のハンドガードを乗せる。
なるべく頭を引っ込めてストックを頬付けして、ロッカーの影に身を隠す。
周りでガチャガチャと不慣れな銃を構える音を聞きながら、呼吸を整えて照星を通路の先に合わせる。
段々と金属と金属が打ち合わされる激突音が近づいてくる。
ヒューヒューと言う窒息しそうな隣の奴の変な呼吸音が聞こえてきて、そんな緊張してたらまともに撃てねぇぞと言ってやりたくて、チラリと横に目線を走らせると、そこには目を見開いて鬱血しそうなほど顔を赤くした仲間が、息すら止めて震えていた。
変な呼吸音はオレの音だと初めて気づく。
糞。オレはあの娘を護るんだ。今度は俺の番なんだ!
胸を抑えて深呼吸すると、通路の先から一人の男が必死で走ってくるのが見えた。
「撃つなよ!味方だ!」
そう言ったオレたちの後ろに立つ監察隊と同じ制服を着た男だった。
隣から引き攣った声が漏れる。
やっぱり一番に逃げてくるのはテメーらだわな。
「ダメだ!抑え切れん!」
逃げて来る監察隊がそう叫んだ瞬間、重い打撃音と共に奴の後で火花が散ったのが見えた。
強化服に身を包んだ機動兵器乗りが巨大な何かと切り結んでいた。
ヒトの三倍はある漆黒の巨躯。
だがその大きさに似つかわしくない細身のシルエット。
胸のあたりの装甲板に白い前掛けの様なペイントがなされているのは何の冗談だろう。エプロンか?
それは見たことも無い自立兵器だった。前に雑誌か何かで見た他の天上大陸のどの自立兵器とも似ても似つかない。
全体的に鋭角的なデザインの骨のような胴体周りに展開された可動式装甲板が、機動兵器乗りが繰り出す目にも止まらぬ剣閃の悉くをいなし、弾き、お返しとばかりに黒光りするカマキリのように長く細い両腕に据えられたバチバチと音を立てる電磁ロッドの様なブレードをまるで暴風の様に振りかざすのを、今度は機動兵器乗りが甲高い雄叫びと共にその尽くを避け続ける。そいつはオレよりは十は年嵩の女、いや、お姉さんだった。
「坍縮せよ、坍縮せよ、坍縮せよ!其は不偏の合理!万象よ、極点に帰せ!六合の以太よ、臨界せよ!」
まるで風車のように側転しながら大きく後ろに跳んだ機動兵器乗りが空中で叫んだ力ある言葉と共に、敵の自立兵器の目の前が赫いたかと思うと、腹を震わせる轟音と共に爆発した。
熱風がバリケードから覗かせていたオレの顔に吹き付け、思わず腕で顔を庇う。
爆風が過ぎた頃には通路全体がもうもうと立ち込める黒煙だけになっていた。
周囲から歓声が上がる。
畜生!機動兵器乗りって奴は、碩術師って奴はとんでもねぇ奴らだぜ!
これならやれる!
オレがそう確信して、思わず口の端が吊り上がったその時だった。
「何してる!?撃てッ!奴を撃てェッ!!!」
体勢を崩して四つん這いに着地した機動兵器乗りが肩越しにオレたちを振り返り、そう叫んだ瞬間、立ち込める黒煙を突き破って黒光りする何かが物凄い速さで突き出された。
すかさず身を起こして、手にした両手剣でソレを防ぐ機動兵器乗り。防いだ瞬間に彼女の表情がしまった、とでも言うように歪んだ。
「あッ!……アアア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛――――」
瞬間、全身が鉄の棒にでもなったかのように、四肢をピンと突き出して絶叫とともに激しく痙攣する機動兵器乗り。
力なく崩折れた機動兵器乗りに突き出されていた漆黒のブレードが電磁ロッドの様にバチバチと音を立てて帯電していた。
「う……撃て!撃てぇ!!!」
上ずった声で叫ぶ監察隊の号令で、慌てて引き金を引く。
まるで風船でも割ったみたいな乾いた破裂音とともに、オレの構えた銃の先が目が眩むほどに発光する。
途端、左右から眩い光がオレの目を焼く。その光が目を焼くたび、銃身から排出された発熱して赤く変色したハイパーキャパシタが、銃を乗せたバリケードの上を跳ねる。変な風に跳ね返ったそれが手に当たる。皮膚が焦げる。
顔を顰めて目を細め、とにかく引き金を引く。何度も何度も何度も何度も何度も。
すると、突然引き金を引いても銃の先が光らなくなった。
慌てて空になったカートリッジを外す。床に放り投げて、腰のポーチに差した替えのカートリッジを掴み損ねて落とした。
クソったれ!
間抜けな自分を呪って、床に落ちたカートリッジを拾おうとして、その瞬間に立ち込めた黒煙を割って出たソレが目に入る。
「トウコウセヨ。トウコウセヨ。」
微かなモーター音と共に、酷く安臭い電子音声が聞こえた。それはまるでヒトに話しかける事を端から想定していないかのような、酷く狂ったイントネーションに聞こえる低い電子音声だった。
黒光りする金属の躰は煤で光沢を失い、無数の擦過痕が走っている。あの何かの冗談みたいな前掛けのペイントも薄汚れて、所々が剥げかけている。
ムーバブルアーマーはオレたちの銃撃を防いだのか、所々に凹みが出来ている。
それでも、機動兵器乗りが放ったあの爆裂術式の影響も、オレたちが一心不乱に浴びせ続けた破壊光線のダメージも、欠片ほども見受けられないその姿は、まさに無感情に命を刈り取る死神そのものだった。
隣から小さな悲鳴が漏れる。
死神の足元から沢山の蜘蛛のような小型犬位の自立兵器が這い出してきて、倒れ伏して痙攣を繰り返す機動兵器乗りに群がり、彼女を引きずって死神の後ろへと消えていった。
「うあぁぁぁぉぉぉぉッ!!!」
誰の雄叫びかわからない。
オレのかもしれなかった。
オレは手にしていたカートリッジを電源ユニットに叩き込むと、遊底レバーを引いて、バリケードから身を乗り出すようにしてCKC762を構えた。
『ゥゥウウゥゥゥラァァァァァァァァ!!』
みんなが吠えた。
怖かった。とてつもなく。
連れ去られたあの機動兵器乗りはどうなるのか。
いやそれ以前に、格納庫に居たはずの他の機動兵器乗りたちはどうなった?
引き金を引く。脳裏に湧いた腹の底が重くなる様な想像を振り払うために、引き続けた。
なのに、そんなオレの気持ちを嘲笑うかのように、死神のムーバブルアーマーが跳ね回ってそれを阻む。
糞ったれ!
「トウコウセヨ。トウコウセヨ。」
酷く割れた電子音声を繰り返しながら、お返しとばかりに死神の両手から発射された何かが、次々と仲間たちを穿った。
咄嗟に顔を引っ込めた俺の頭上を何かが掠める。
半分以下になったカートリッジを、新しいカートリッジで跳ね飛ばして再装填しながら周囲を伺えば、そこかしこで痙攣して倒れ伏す仲間たちが目に入る。
なんだ?!暴徒鎮圧兵器か?!
なんでそんなモンを、と俺が困惑した瞬間、金属製の何かがバリケードの上に着地したような硬質な音に釣られて見上げたそこには、さっき機動兵器乗りを連れ去った黒い蜘蛛が、無機質な単眼の光学センサーのレンズでこちらを覗き込んでいた。
『シュピ?』
駆動音なのか、どこか可愛らしい音を立てて体を傾ける黒蜘蛛。
それが小首を傾げたように見えたのは何でだ?
オレは慌てて背を預けていたバリケードから跳ね起きて転がるようにその場を離れる。
そんなオレを追いかけるように、床に硬質な何かが跳ね返り、青い火花が弾ける。
オレはひっくり返りながらCKC762を黒蜘蛛に向けて乱射した。それを一足飛びで避ける黒蜘蛛。
周囲を見れば、黒蜘蛛たちがバリケードを飛び越えて倒れ伏して動けない仲間たちを担いでバリケードの向こうへと連れ去って行く。
背筋が凍った。
なんで移乗攻撃までして、オレたちを拉致するんだ。
連れて行かれた先で、何をしようってんだ?!
「退くな!応戦しろ!敵前逃亡者はこの場で射殺するぞッ!」
尻餅をついて後退ったオレに、後ろから監察隊たちの声が降ってくる。
見れば逃げ出そうとしていた仲間に、監察隊の一人が手にした拳銃を向けていた。
なのに、監察隊たちの立ち位置がさっきよりも下がってるのはどういう訳だ?
拳銃を向けられた仲間は、引き攣った顔で死神たちに向き直ろうとして、死神に狙い撃たれて悲鳴を上げながら倒れ伏す。
それに黒蜘蛛が群がる。
「戦え!敵を撃て!撃ち殺されたいのか貴様らッ!!!」
糞ッ!こんなの、どうすりゃいい?!
あの娘の顔が脳裏に過る。
あの娘が連れ去られたとしたら、その先で何が待っているのかを想像して戦慄する。
オレが、今度は守る番なんだ!
立ち上がって憤怒と共に黒蜘蛛を、死神を、CKC762でがむしゃらに撃ちまくる。
当たらない。防がれる。
こんなの、理不尽だ。
視界がぼやける。
何で俺にはこんなに力が無いんだ!
「ダメだ!持ち堪えられん!」
誰が叫んだのか。
嫌な予感がして後ろを振り向くと、俺達に背を向けて脱兎の如く走り去る監察隊たちの背中が見えた。
あの野郎ども!
その瞬間、堰を切ったように生き残った仲間たちが、銃を放り出して我先にと逃げ出した。
オレも走りだしていた。申し訳程度にCKC762を後ろに向けて乱射しながら。
糞ったれ。
何とか、何とかあの娘を逃さないと!
さーてこの後、どーしよ……




