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第75話~ナシュマ編~

 扉から玉座まで赤い絨毯が真っ直ぐに伸びる。広い室内は大きな窓が側面を飾り、絨毯に沿って、扉にいた男と同じ隊服を着た数十人もの国王親衛隊士が整列している。隊服は同じものだが装備は統一されておらず、武術や魔術に秀でた者と親衛隊の中でも役割が分かれているようだ。叉胤(ざいん)が所属していた親衛隊の姿を見られ、ナシュマは感慨深くなった。黒い隊服も似合うと思う。


 前方へ視線を向ければ、一段高い玉座に咫嘶(しせい)であろう姿があった。真紅の生地に、植物の彫り物が装飾された大きな椅子に体を預けながら、こちらを静かに見つめてくる。銀糸のような細く艶めく長い髪、整った中性的な顔立ちだ。この世界を束ねる王として、彼の持つ雰囲気は霙颯(ようぜん)のそれより幾分落ち着いているか。咫嘶(しせい)の横には霙颯(ようぜん)。玉座の下に妖祁(ようき)鴎伐(おうき)が控えている。


「……ん?」


 ナシュマは再び不和を感じて部屋を見渡した。丸みを帯びた天井の頂から放射状に魔力が流れている。その魔力は謁見室を包み、更に城を巡るように走る。外部からの侵入を拒む結界か、随分と強固であった。


 霙颯(ようぜん)が一歩進み出る。


「さて、城から気配消えたと思ったら(そう)に連れて行かれてたとはね。兄様、これが例の人間です。性格及び思考は人間のそれと比べて特殊ですが」


「特殊ってなんだ霙颯(ようぜん)。普通ーだ普通」


「キサマ!」


 王族に対しての不敬な態度に、親衛隊の数人が臨戦態勢をとったが、鴎伐(おうき)が手を上げるだけで抑えてしまった。親衛隊長の名は伊達ではないようだ。


 咫嘶(しせい)が長い指をナシュマへ向けた。


「人間、名は?」


「ナシュマ」


「ふむ。明日、そなたの命数を貰い受ける。我が息子のために。お前の名は胸に刻んでおこう。――以上だ。連れて行け」


「ちょ、待……!」


 反論をする暇もなく、親衛隊の一人に引きずられて再び投獄されてしまった。


 急転直下の展開に眠れるはずもなく、月が減り、そして増えていく様をただ眺める。あの場で妖祁(ようき)が冷静でいたのは、既にこうなることを了承済みなのだろう。自らの立場を危険に晒してまで、自分に護る価値などないのは分かってはいるが、何とも切ないものだ。


 今や空には月が二つ。あと一つ月が出るまでに何とかしなければ。


「どうするか……」


 空を仰ぎ再び視線を牢獄に戻した時、有り得ないことに人影を見た。黒いローブを纏ったそれに手を握られ、石壁に導かれる。壁はなかったのだと思えるほど自然に体が擦り抜け、その先は等間隔に蝋燭の炎が煌めく細い道が延々と続いていた。


「な、なんだ?」


 手を引かれるまま歩き続け、やがて眩しいほどの光に包まれる。その光が治まるのを待って辺りを見渡した。


「なんだぁ?」


 空に三つの月。草も木も何もない大地が広がり、そして目の前には人為的に切り取られたような闇が口を開けていた。


「ここは……」


「西の果て、かつて人間の世界があった場所です」


 鈴の音のように凜とした声が聞こえた。


「不安定な空間の為、時折人間界との小さな扉が出現する――と、そう妖祁(ようき)様がおっしゃられていました」


妖祁(ようき)が? お前、もしかして……」


 ローブを外した青年が微笑む。金色の瞳と、淡く光る緑の長い髪が月の光に反射した。


「やっぱり。妖祁(ようき)の計らいか?」


「いえ。妖祁(ようき)様は存じ上げません。私があなたを助けたかった。ナシュマ様はあの時、私を綺麗だと言ってくれた。それがとても嬉しかったのです」


「そりゃぁ、ありがたいが……妖祁(ようき)に秘密で大丈夫か」


 青年が下を向き、そしてナシュマの手を握ってくる。その手はとても温かかった。


「私は初めて妖祁(ようき)様の命令に背きました。多分、それは悪いことなのだと思います。それでも、あなたを失いたくなかった。ここへ飛び込めば、どこへ着くかは分かりませんが人間の世界へ戻れるはずです。さぁ、妖祁(ようき)様に知られる前に行って下さい」


「ありがとう。お前の名前聞いてなかったな」


「私は――」


「!!」


 彼との会話はそこまでだった。妖祁(ようき)の鎌に背後から左胸を貫かれた青年が膝を折り、ナシュマもまた風の刃に胸を裂かれたのだ。


「行って、ナシュマ様!」


妖祁(ようき)、貴様!」


 青年に突き飛ばされたナシュマは深淵の闇へとその身を落としたのだった――。


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