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もうベニxケイでいいんじゃないかな

とりあえずの続き。すごい難産回でした。何度書き直したことか。つじつまがあわないところがございましたら、そういうことです。ご指摘お待ちしております



オレは毎晩のように悪夢にうなされた。

顔の見えない武装した男どもに追い回され、経緯は違えども嬲り殺される結末はいつも同じだった。何本もの逞しい男の腕が伸びてきて暴れるオレを押さえつけ、ゾンビ映画よろしく解体していく。

オレの視界に最後に映るのはいつだって<蛇姫>のドロップアイテム<巫女の首飾り>が遠ざかっていくシーンだ。


そこで自分の叫び声と供に寝台を跳ね起きる。えもいわれぬ嫌な汗が背中といわず全身を伝い、無自覚に涙がぼろぼろと零れ落ちる。百メートルダッシュを繰り返したかのように呼吸は収まりがつかない。

我ながら女の子してると思わないでもないのだが、たまらず両手で顔を覆うと肩を何度も上下させて嗚咽をあげた。

細い指の間からすすり泣きが漏れ出るあたりで、決まって同室のドワーフが自分の寝床を抜け出てオレの背をゆっくりとさすり、時には軽くぽんぽんと叩いた。ながら、オレの鼻先へコップを差し出した。

白く濁った液体に、茶褐色の茶葉のような小枝がいくつも浮かんだそれは柑橘系に似た味がした。一口に飲むと心なしか気も落ち着くし、なにより鼻の通りがよくなる。

尤も、気分が落ち着くのは飲み物よりもそばにいて背中をさすってくれるドワーフの存在が大きいだろうが。



「……うぇぅ……えぇ……ぐず……」


「大丈夫じゃ。さ、それを飲んだらもうひと眠りするといい、ワシがここについておるからの」



そんなやりとりが一週間も続いたのだった。


それから徐々にではあるが、明け方に悪夢に悩まされる日が少なくなっていった。――ただ別の問題が浮上してしまっていたのだが。

憧れでもあった異世界がこのほら穴住居とをつなぐ小さな戸口、その向こうに広がっているというのに怖くて外へ出れないのである。死に物狂いで夜の山を逃げ回った恐怖が思った以上にこびりついていたのか。今も血刀をぶら下げて、血眼で<蛇姫>を探す男どもの姿が山中を彷徨っている、そんなイメージを払拭できないでいた。

ベニグノが身支度を整えて朝早くに出かけるのを見送る毎日を過ごしていた。彼には外での仕事が山積みだった。巻き割りや水汲みなどといった日常世活に必須な作業は勿論だが、彼には祈祷師としての顔がある。調剤のための材料を求めて山々を巡り、できあがった薬剤を抱えては近隣の村を巡りもする。

そしてオレのことを気遣ってか、どれほど遅くなろうとも出かけた当日に家に戻ってくれた。ありがたかった。とても今のオレに一人でこの世界の夜を過ごす自信はない。

彼が出かけているその間のオレはというと、寝台で彼が出ていった後の戸口に立てかけてあるつっかえ棒をまんじりと眺めるだけで、彼が戻ると雑多な作業を手伝いそれから床に就く。そんな毎日を過ごしていた。


そして彼のほら穴に転がり込んで十日あまりも過ぎた夜。

時計などというものがないので正確な時間を把握することはできないが、もう夜もだいぶ更けた頃だろう。寝台の上で寝そべりながら、囲炉裏端で一時も手を休ませないドワーフをぼんやりと眺めていた。

すり鉢とこね棒でもってごりごりやったかと思うと、それを底の浅い手鍋にあけて煎る。そこへ黒鍋のどろりとした液体を加え匙で休まずかき混ぜ続けた。その際に口元はずっと何かを呟いている。それが薬剤に力を与える呪だと知ったのは後でのことだ。随分と長い時間をかけて火にかけた後それを暫く冷まし、取り出して飴玉の大きさにちぎって丸めていく。

慣れた手つきは同種の作業を何万回と繰り返した賜物だろう、今更ながらに彼が祈祷師であることを思い起こさせた。



「先に寝てくれて構わんぞ。――気が休まるように何か飲み物でも用意するか? 」



オレの視線を感じたのだろう、気を利かせてベニグノが言った。その間も手を止めることなく視線は手元に落としたままだ。濃い肌色をした額にうっすらと汗が滲んでいる。

オレは黙ったまま首をふった。首の動きにつられて簾のように長い髪が頬やむき出しの肩を撫でる。

居候で、しかも寝台を占拠してる身としては部屋の主より先に寝るのはいくらオレでも心が痛む。食べなくてすむ分だけ、わずかだけど心の負担は軽いんだけどね。



「気にするな。ワシの方は構わん。好きなだけ居ればいい。と、言いたいところじゃが――ま、言わせてもらえれば明け方ごとにぐずられるのと、自分の家に帰ってきたというのに入り口で合言葉を言わされるのは勘弁願いたいものじゃがな」


「そいつはどうも。いつもお世話になっております」



ちらりとだけこちらに視線を送ってきたがそれも束の間、たっぷりとした口髭に埋もれた口角が、苦笑いの形につりあがった。つられてオレもつい微笑む。

見た目が厳つい上に口から出る言葉は手厳しいことが多い彼だが、根底はオレに対して大甘と評価を下されても仕方が無いほどだ。当人であるオレが言うのは気恥ずかしいが、それがよくわかる。


彼がオレに対して必要以上に優しいのにはワケがあった。

正確にはオレではなく<蛇姫>に、なのだが。


その原因である前の<蛇姫>ユーリは大層心優しい少女であったそうだ。初めて会ったときはヒトである自分を警戒した様子で、彼女を連れてきた師匠の影から出てこようとはしなかった。挨拶すらままならない、それほどであったらしい。

それでも二度、三度と顔を合わせ、過ごす時間が増えるにつれ、ようやく少しづつではあるがぎこちない会釈から始まり、会話の量が増えていった。


彼の師匠は<蛇姫>の回復支援という特性と、彼女の性格を考えてベニグノに引き合わせたそうだ。ベニグノはドワーフながら薬剤を作ることを生業にしており、辺境の村々の問題事の相談にのる祈祷師だ。これまたドワーフにしては温厚すぎるほどで、戦いの中に名誉だのを見出す風でもなかった。

本来であれば、ヒトも亜人も手の届かない大陸西部の秘境と呼ばれるエリアにでも彼女を住まわせた方が安全は確保できたのかも知れない。だが、西部はヒトの手がはいっていない代わり、日々を生き抜く生存競争が苛烈である。肉食性の大型の原生動物など掃いて捨てるほどいるし、モンスターの類も多い。そのため優しいユーリには無理だとベニグノの元に一時的に預けることにしたのであった。


引っ込み思案ではあるが、<蛇姫>ユーリは頭の悪い子ではなかった。<蛇姫>の特性もあるのだろうが、見よう見まねから始めて瞬く間にベニグノの仕事を覚えていったのだ。ベニグノにしても作業を分担できるパートナーの出現は願ったりである。現代とは違う不便が当たり前の世界だ、日々の生活に必要な労働だけでも相当なものになる。その中で嫌な顔せず作業を手伝い、進んで家事をこなす彼女の存在はありがたかったのだ。ユーリの方でも温厚なベニグノの性格と、こちらに生れ落ちてから初めて人並みな生活と穏やかに流れる時間を貴重に思っていたようであった。

祈祷師としての仕事を手伝い、家事を分担する。まるで夫婦生活のようであった。魔獣とドワーフでしかも当人同士にはその手の感情は一切なかったので、かなり奇妙な番いではあったが。


しかし、両者の望む平穏な日はそれからそう長くは続かなかった。<蛇姫>を狙う影がちらつきはじめたのである。

二人は住居を何度も変え息を潜めて隠れ住んだ。命を狙われるストレスがなかったとは言わない。だがその逃亡生活の末、最終的に<蛇姫>ユーリを殺したのは冒険者でもなく彼女自身の元人間としての優しさや倫理観であった。


魔獣はヒトに比べて膨大な魔力を有している。だが無尽蔵ではない、使い続ければいつかは底をつく。では減った魔力はどう補填すればいいのか。その答えは簡単である。ヒトと同じく食事によればいいのだ。

ただその食事が問題だった。ヒトと同じような食事で得られる魔力の回復量など微々たるものだ。かなり長い目でみればそれでも可能ではないのだが、それには以後は魔力を使わず摂取に努めるという前提が必要だ。


一度の食事で魔力を相当量回復させる手段とは、魔力を象徴する大なるものが血であるからこの世界で大量にそれを所持するものを喰えばいいのである。


自分はヒトならざる異形の存在。そう割り切れないのならいっそ気でもふれればよかったのかも知れない。

だが<蛇姫>ユーリは最後まで食事を摂らなかった。ベニグノを手伝って薬に癒しの魔力を込め続け、最後は砂の塔が崩れるように魔力を使い果たし灰の山になったそうだ。


では魔力を使わなければ良かったのではないか。ベニグノ自身もそう考えユーリを諭そうと何度も試みたが、結局最後まで首肯してくれなかった。

不便で過酷な環境であるこの世界を生き抜いている、それも辺境と呼ばれるこの辺りに点在する寒村を支えるベニグノを手伝うということが、最早彼女の至上命題になっていたようである。


それが彼女の望んだ結末であったかはわからない。それでも少なくとも他の誰かの命を喰らってまで、自らの命を繋ごうなどとは望んではいなかったのは確かだ。

ユーリはこの世界を魔獣として生きていくにはあまりにも繊細に過ぎたし、お世辞にも適しているとはいえなかった。ただそれだけのことだ。ベニグノは一切の表情を消してぽつりと呟いたのだった。


オレは前の<蛇姫>の最後を聞いて彼女に同情できなかった。というより同情してやる余裕などなかった。魔獣の食事について始めて知らされたショックと、将来において確実にオレに突きつけられるであろう選択肢を思ったのだ。

ユーリの問題は即ちオレの問題でもある。オレに彼女ほど高潔に生きることができるとは思えないが、彼女が陥った状況でオレも間違いなく頭を悩ませる事になるだろう。



「オレも――その、食べないと死ぬってことかな……」


「じゃろうな。それが魔獣の性のようだしの」


「オレ……オレ、そんなヒトを、だなんて。できないよ……できっこない」


「落ち着け。今すぐどうこうせよという話ではない。なるたけ魔力を消耗せずに済ませるという道もあろう。いずれ覚悟はしないとならんことになるかもしれんが……それは今はさておけ。ユーリもそうじゃったが、それに囚われて袋小路に迷い込むぞ」


「でも……」


「でも、もない。今ここで悩んでどうにかなる類のものでもなかろう。それよりもじゃ、おぬし、どうするつもりじゃ」


「どうするって?なにを? 」


「これからのことじゃ。背中の矢傷もじきに癒えるし、ワシは構わんが、外が怖いと言うていつまででもここにおるわけにはいかんのじゃろう?アレハンドじゃったか、仲間が待っておるんじゃないのか」



オレは多少迷いはしたがベニグノにある程度の素性を打ち明けていた。彼がすでに魔獣と交友関係にあったと知ったのも大きいが、それよりも素直に彼を信用できたためだ。出会ってさして経っていないのに、もう彼に十分すぎるほど精神的に依存している気がする。

この世界に生れ落ちてまもなく彼に出会えたことは、幸運であったとしか言いようが無い。確かに最初は冒険者によって死に瀕したといえるが、結果としてそのおかげで彼に出会えたのだ。

もし、冒険者に追われることなく、合流地点であるアレハンドを目指して当てなく彷徨いだしていたとしたら。恐らくすでにこの世のどこにもこの命はなかったのではないかと思う。


ただ、<星>の願いについては口にしていない、というかできなかった。

この世界でのヒトである彼にはとても歓迎できる内容とは思えなかったし、なによりそれによって魔獣であるオレに対して何か腹の中に持たれるのは得策とはいえない。彼の優しさに甘えておきながら隠し事をするのはちくりと痛んだが。


この話を最後まで聞いたベニグノは今と同じように「それでこれからどうするつもりだ」と尋ねてきた。オレはわからないとだけ答えた。うそ偽りのない本音だと思う。<星>の言う通りにするつもりなどないし、だからといってリタイアするつもりもない。

せっかくの新しい命。新世界なのだ。観光気分に浸れるほどお気楽ではないが、暫く様子見がてら何かを見つけるまで適度に生き抜こう、それでもいいのではないかと思っている。適度、なんていうと必死に今日を生き抜いているヒトたちに失礼かもしれないが。

少なくともその時点でのオレの考えはそうだった。現実がだいぶ見えてきた今となっては少々異なるのだが。


ベニグノから聞いた話では、この辺りは大陸中央にある馬鹿でかいカストリャ内海の西南地方であるという。更に南にあるいくつかの部族が寄り集まったメッセナ連邦の北の外縁部にほど近いあたりらしい。ここからお目当てのアレハンドまではまず内海まで北上し、それから海沿いに街道を真東に十日は必要な行程だ。それも旅なれた二本足のヒトで、である。

道中は危険が予想される。というか、危険確定だ。なにしろ<蛇姫>は内海の南西部沿岸に生れる設定なのだから。

当然、出会う冒険者全てが目の色かえてオレに襲い掛かることだろう。はっきり言ってオレ目当てにこの辺りでキャンプを繰り返す面子もいるくらいだ。

そんな所を生まれたてで魔法も扱えない、武器も扱えない、歩みは亀なんていう<蛇姫>が観光気分鼻歌まじりで歩けばどうなるか。

ボーナスキャラですね、わかります。



「もう一度言わせて貰えばアレハンドを目指すのはやめておけ。危険すぎる」


「でも、みんなと二ヵ月以内にそこで落ち合おうって決めたんだよ。もうすでにベニグノの家に転がり込んで一週間も経っちゃってる。アレハンドまで十日、オレの足じゃもっとかかるかもしれない」


「尚更じゃな。陸に上がったスキュラなんぞ誰が恐れるもんかね。しかもおぬしは生まれたての雛鳥で魔術はおろか右も左もわからんときとる。大体、外に出ることすらできんおぬしがどうやってアレハンドを目指すというのじゃ 」


「それを……言われるとつらいけど……」



なおも反論しようとするオレを手で制して、ベニグノは先を続けた。



「ワシの話を聞け。まず外へ出んことには話にならん。そっちの方はおぬしの心次第じゃがこれは時間の問題だとワシは見とる。立場が人を作るように、魔獣の器がおぬしの意思とは関係なく心に作用するようじゃからな。ユーリもそうじゃった。当初、ヒトの顔すら見れんほどじゃったがそれがよく笑う、ともすれば信じられんほど積極的といえる性格に変わったからの」


「ココロが変わるって……それってオレがオレでなくなるってこと? 」


「そこまではどうかの。じゃが、魔獣が本来もっていたものに染まるということじゃないかと思っておる。ユーリがそうなりつつあったようにな。――あぁ、先の話もこの話もそうなのじゃが、ワシは魔獣ではない。おぬしらのココロや身体のことなど推し量れん。にも関わらずこうしてああでもないこうでもないと話をしても不毛じゃと思わんか?そこでじゃ――おぬし、師匠にあわんか」


「師匠?師匠ってベニグノの? 」


「そうじゃ。ワシの魔道の師であり、<蛇姫>ユーリをワシに紹介した魔獣なんじゃが」


「……師匠って……魔獣だったの……? 」



驚いた。でも考えてみればその方がごく自然な流れか。ベニグノに魔法を教え、<精霊語>を教え、前の<蛇姫>を紹介する。魔獣であればこそどれも容易なのだ。餅は餅屋に、ということだ。


オレは一にも二にもなく頷いた。魔獣であるならオレの聞きたい事には全て答えてくれるだろうし、ベニグノやユーリとの関係を見ても知り合っておいて損などない。どころかこちらから頼み込んででも紹介してもらうだけの価値があると思う。

「決まりじゃな」ベニグノは鍋に残っていた最後の一欠けらを丸めて幅が広くてやや厚みのある葉にそれを包み込むと、先に仕上がっていたものと同じように巾着袋の中にしまいこんだ。



「明日からワシは村々をまわって用事をすませておく。一週間後の朝早い内に師匠の元へ出かけるとしよう。それまでにおぬしは準備をすませておくのじゃぞ……」



10/15 修正。

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