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アニシアは馬車を使い王宮へと向かった。
王宮の前に到着し、馬車を降り門番の兵士に声をかける。
「私は子爵家アニシア・ハウナと申します。
この度はシュワルツ様に呼ばれ参上致しました」
「話は聞いております。さぁ、こちらへ」
門番の兵士は門を開くと中へと案内してくれた。
「馬車はこちらでお預かり致します」
「お手数おかけします」
玄関をくぐり王宮の中へと入る。煌びやかな装飾品やら絵画などが飾っており、流石だなぁ。など余計な事を考えながら兵士の後を続いた。
「ここからは別の者が案内します」
階段を上がる手前で兵士は敬礼をし、去って行った。代わりに現れたのは初老の男性。
「初めまして、シュワルツと申します。この度は誠にありがとうございます。さあ、こちらへ…」
シュワルツと名乗ったのだから、執事なのだろう。物腰が柔らかそうだ。
そんな感想を抱きながら階段を登り廊下を進んだ。
所々に花が置いてあったり、花瓶だけが飾ってあったり、絵画などがあったり。とにかく殺風景ではない、華美な印象を与えた。
「こちらで御座います」
目の前には重厚な扉があった。
「ルーク様のお部屋です」
そう述べ、扉をノックした。
「失礼致します。アニシア様をお連れ致しました」
「入れ…」
中から微かに声がした。
「失礼致します…」
重そうな扉が開かれ、中へと入る。
「ルーク様…」
「ああ、アニシア…」
部屋の中は薄暗く、まだ日が高いに厚いカーテンがひいてあり、ルークはベッドの淵に座っていた。
「シュワルツ、少し下がってくれ」
「…かしこまりました」
恭しく礼をし、シュワルツが部屋を出た。
「あの…」
「手紙でシュワルツが書いた通りだ…」
薄く笑うルークは、何処か儚げに見えた。
「近くに? 」
「ああ…」
アニシアはルークの側に近付く。
ルークはアニシアをじっと見つめている。
何とも言えない感じがするのだが、ルークが心配だったので、そっとその頬に触れた。
「記憶が戻らないなんて…。原因はわからない。皆んなも困ってるよ…」
苦笑いなのか、無理に笑っているのか。
「急には戻らない事もあると聞いた事があります。ゆっくり戻していきましょう? 」
そんな言葉しかかけられない自分を嫌だと思ったが、アニシアにはありきたりの言葉しかかけられない。
どうする事も出来ない苛立ちが、ルークから伝わってくるが、アニシアだって同じだ。どうしようもない。
「あらゆる魔法を唱えられたり、色々飲まされたり…。疲れたよ…」
「皆様必死なのでしょう…」
「それなのに戻らないなんて…」
またルークが笑う。
無理して笑顔を作らなくてもいいのに。
アニシアは両手でルークの顔を包み込む。
温かな手からアニシアの想いが伝わる様で、ルークは目を閉じた。
「ルーク様…」
シュワルツがやってきた。
パッとアニシアは手を離した。王子になんて事を…。
「シュワルツ、何の用だ…」
やや不機嫌な声てルークが答える。
「アニシア様のお部屋を用意致しましたので、お知らせに参りました」
「…分かった」
扉越しの会話だが、見られていた様に感じ、アニシアは恥ずかしくなり、お部屋に行きますね。
早口でまくし立て、扉を開けた。
「アニシア様、お部屋に…」
「ありがとうございます」
「では、ルーク様後ほど…」
また礼をしてルークの部屋を後にした。
「こちらで御座います」
アニシアが案内された部屋は、ルークの部屋からあまり離れていない場所に用意された。
広い部屋に天蓋ベッド。テーブルと椅子が二脚、そして机にカウチまである。
クローゼットも付いており、アニシアは唖然とした。
「急ごしらえのお部屋でして…。不足な物があればご遠慮なく申して下さい」
「いやいや! こんな素敵なお部屋、勿体無いです! 」
「ありがとうございます。では、ゆっくりとお休み下さい。お話はまた後ほど…」
一礼をし、シュワルツは部屋を出た。
「豪華な部屋ね…」
ベッドに腰掛け、思わず呟いた。
「あ、荷物もきちんと届けてある…」
部屋の隅の方にアニシアの荷物が置かれていた。
「さて、どうしたものか…」
シュワルツは話は後ほどと言っていたが、誰と話すのだろうか。ルークと話はするだろうが、他には?
等とグルグル考えていたら、ノックの音がした。
「アニシア様、少し宜しいでしょうか? 」
「あ、はい! 」
急いで扉を開けたら、シュワルツともう一人、マントに身を包んだ男性と思しき人が立っていた。
「あ、あの? 」
「こちらは王宮の魔法使いに御座います。王立魔法省に勤めておりまして、この度ルーク様の記憶を戻す為に尽力した者です」
「お初にお目にかかります…」
「初めまして…。アニシアと申します…」
真っ黒な髪に真っ黒な瞳。王宮の魔法使い…。相当な魔法の使い手なのだろう。
思わず見惚れていたら、コホンと咳払いが聞こえ、ハッと我に返った。
「こちらでお話はなんですから、ルーク様のお部屋に行きましょう…」
取り敢えずルークの部屋に戻って来たのだが。
「昨日と結果は変わらない…」
「ですが、アニシア様のお力と…」
「無駄だ…」
先ほどからルークとシュワルツが話をしているのだが、どうやらルークは魔法は嫌だと言っているらしい。
散々魔法を唱えられたと言っていたから、流石に嫌になったのだろう…。
「ルーク様…。私もお力になります。だから、記憶を戻す為に…」
「アニシア一人なら…」
「いや、私はそんな力を持ってはいません。一人なんて無理です…」
「アニシアも魔女なんだろ? なら同じじゃないか」
同じであって同じじゃない…。
アニシアはコッソリため息をついた。
「あのですね。一介の魔女と、王宮の魔法使いを同等に考えないで下さい。こちらの方が無理なら、私にだってできません。ですが、少しでもお力になれればと思い協力させて頂きたいと…」
「二人で呪文を唱えるのか? 」
「…まあそうなります」
「変な物を飲ませるのか…? 」
「…ちょっと? 」
はーっと盛大なため息が聞こえた。
「慌てる必要はない…」
「このままでは皆様心配致します…」
「…三番目の弟だかは心配そうではなかったが? 」
「……! そんな事御座いません! 」
「まあいい。とにかく明日だ。明日にしてくれ…」
ルークは疲れたと言ってベッドに横になってしまった…。
「申し訳ありません…」
シュワルツは頭を下げた。
アニシア達は仕方なく部屋をでたが、心配でたまらかった。
「それでは明日…」
低い声でそう述べ、魔法使いは去って行った。
「アニシア様もお休み下さい。明日お願い致します…」
「はい…」
部屋に戻ったアニシアは、ルークの事を考えた。幾ら呪文やら何やらで疲れていても、やはり早く記憶を取り戻したくはないのだろうか。
取り敢えず明日。
アニシアはベッドに横たわった。
何だか長くなりそう…。そんな不安を抱え、目を閉じた。