最終話「その思い出もまた私を生かしたのです」
紅天―――改め、紅龍が母に抱き着く。
紅輝も屈み込んで彼を出迎えた。
白龍は物陰に隠れている存在に近づいた。
悪気が無いのはわかっているが、随分と間が悪い、悪過ぎる。
罰が悪そうな狼銀の顔に、思わず溜息をついた。
「母上!お加減は悪いですか?」
笑顔で首を横に振る。
[ごめんなさいね、一人にさせて。]
「いいえ!皆さん優しいです!陛下が政治を教えてくださったんです!」
[政治を?]
「はい!とても楽しいお話でした!」
嬉しそうに話す紅龍の頭を撫でる。
[陛下や将軍が好き?]
「はい!大好きです!
黄猿将軍は力持ちでかっこいいです!
あ、でも、蒼犬将軍はとてもお強くて凛々しくて!
紫鳥将軍は華やかでとてもお綺麗です!
橙狐将軍は…ちょっと怖いですが…。」
素直な彼の反応に笑みを浮かべる。
「でも一番は将王様です!」
その一言に驚く。
「将王様は紅天にたくさん丁寧に言葉を教えてくださるのですよ!
ご本の隅から隅まで全部です!もう五冊ほど教えていただきました!!」
白龍がそういう人物だと、紅輝はよくわかっていた。
彼は一つの物事がわからなければ、一から十まで教える。
今思えば、よくも飽きずに根気よく教えてくれたものだと思ったが、それが彼だ。
藍猪も十分に優しい人ではあったが、
何でもかんでも「それでいい。」と言う人だった。
それは彼の長所だが、紅輝は不安で仕方無かった。
本当にそれでいいのかと、怖かった。
紅輝の人生で唯一、彼女を叱ったのは白龍だけだ。
だからこそ、己の間違いを知ることも出来た。
それが彼女にとって大きな存在になった。
紅輝は紅龍に文字を書く。
彼は驚いた顔で白龍を見た。
そんな様子に白龍と狼銀はなんだ?と思ったのだが、
紅龍はちょこちょこと白龍の足元に近づいた。
「母上が“紅龍”の名で挨拶しなさいと。」
狼銀と顔を見合わせたが、とりあえず頷いた。
「あと、将王様が紅龍のお父上だと。」
思わず紅輝の顔を見た。
彼女は優しい笑みで頷いた。
白龍は紅龍に視線を合わせるように屈み込み、恐る恐る聞いてみた。
「………嫌か?」
白龍の言葉に対し、紅龍は万遍の笑顔を見せ、
「嬉しゅうございます!!」
と、白龍の首に抱き着いた。
白龍もようやく父親として紅龍を抱きしめた。
だが、彼はすぐに顔を上げ、今度は狼銀を見上げた。
「では、陛下は紅龍の伯父上なのですね!!」
紅龍の言葉に白龍と紅輝は慌てた。
いかに伯父といえど、彼は皇帝だ。
白龍にでさえ、兄とは呼ばせないのだ。だが、
「そうだ!私がお前さんの伯父上だぞ!!」
上機嫌な狼銀は紅龍を白龍から引っぺがし、抱き上げ、肩に乗せた。
「伯父上とお呼びしても?」
「勿論だ!お前さんなら許そう!」
未だかつて見たことの無い皇帝の表情に、
白龍は呆れ果てそうになるのを堪える。
ちなみに紅輝は『兄弟だ。』と思った。
「よし!では話の続きをしてやろう!」
「はい!是非ともお聞きしたいです!」
そのまま二人で宴会場に戻って行く。
途中で振り返り、狼銀は言った。
「白龍!紅輝!紅龍は政治の才がある!
剣よりも筆を持たせたほうがいいぞ!」
そして、二人で盛り上がりながら、今度こそ去って行った。
何だか色んな不安が、襲ってきた白龍の横に紅輝はそっと立った。
「………本当に良かったのか?」
彼の言葉に紅輝は首を傾げた。
だが、すぐに笑みを浮かべた。
いつもは自信満々で余裕ぶっていて、本当に憎たらしい人に見える。
けれど、今目の前にいるこの男は、自分の言葉をびくびくしながら待ってる。
やっと、彼の本心に辿り着けた気分になった。
白龍の手の平に文字を書く。
[紅龍に叱られると、貴方に叱られていたのを思い出します。]
悲しげな表情に内心慌てたが、すぐに笑みを見せられまた慌てる。
[でも、その思い出もまた私を生かしたのです。]
その言葉に白龍は安堵の笑みを浮かべた。だが、
[これからの事は紅龍と話し合ってみます。
けれど、もし城を出たとしても、
あの子にはいつでも会ってください。]
という言葉に白龍は固まった。
そのまま紅輝は宴会場に戻ろうとしたので、勢いよくその腕を掴んだ。
不思議そうな顔の彼女に、
白龍は再び怖くなったが、ふと彼女の言葉を思い出した。
―貴方は何も言ってくれない。―
「紅輝。」
両手で紅輝の両手を握る。
「ここに居てくれ。俺の側に。」
なおも、彼女は笑みを浮かべない。
けれどもう諦めないともう誓った。
ただ一つ、伝えねばならない事を伝えねば。
意を決し、白龍は紅輝の耳元に口を寄せ、
ずっと言いたくて言えなかった想いをただ一言。
ゆっくりと伝えた。
途端に彼女は涙を浮かべながら笑みを見せ、
また彼女も彼に伝えるべき言葉を手の平に記した。
白龍は紅輝と視線を合わせ、世界で最も優しい笑顔を見せた。
そしてゆっくりと、唇を重ねる。
―――――ようやく、辿り着けた。
遠回りをしたけれど、それでも、二人は確かな幸せを感じた。
「母上ー!!父上ー!!お早くー!!!」
またも、間の悪い声が響いた。
だが、思わず二人は吹き出した。
指を絡めて手を繋ぎ、声の主の元まで歩いていく。
これが、幸せなのだと、確かめ合って。
終わり
最後までお付き合いくださり、真に有難うございました。
予定よりも長く続いてしまい、作者本人が驚いていました。
当初、敵役だった狼銀はほとんど出てくる予定も無かったのです。
なので、橙狐、紫鳥、緑猫、灰蛍は書き始めの頃には私の頭の中に、
存在してすらいなかったキャラクターでした。
ただ、友人が「狼銀がどんな人だか楽しみ!」という発言をし、
そういえばどんな人物だろうと掘り下げていったら、
書かずにはいられなくなってしまったわけです。
いつか100話超えれるほどの物語を書きたいものです。
では、これにて失礼いたします。
また、機会がありましたら、よろしくお願いいたします。