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11.アメリカへ


 ピンポーン。


 吉沢家のチャイムが鳴った。


 陸の母親がドア開けると、そこにいたのはスーツを着た、福田だった。


「初めてまして。電話で、お話しさせて頂いた福田という者です」


「は、はい。お待ちしておりました」





 ——陸の両親は、困惑していた。


 二週間前、突然、病院から電話があった。


 陸が男達に暴行を受け、大怪我をしたと。



 そうしたら、今度は陸がアメリカへ行くと言い出した。


 しかも手の震えを治す手術して、一年間、歌のレッスンを受けるらしい。



 一体、陸に何が起きたのだろう。


 そんな戸惑う両親に、事の成り行きを説明するため、今日、福田は吉沢家を訪問した。



 福田の口から出た話は、とても信じがたいものだった。


 陸に、飛び抜けた音楽の才能がある事。


 音楽事務所が、治療やレッスン、また生活に関わる全ての費用を負担するという事。



 一年後、帰国した陸に、デビューライブが予定されている事。


 それら一連の流れを、福田は誠意を持って、丁寧に説明した。



 話は、三時間にも及んだ。


 時折、福田は深々と頭を下げた。


 その熱意が通じ、陸の両親は最終的に、陸の判断に委ねると結論づけた。


 当然、陸はアメリカ行きを希望していた。




 こうして陸は、渡米する事になる。


 空港で見送る美月との抱擁。


 陸は、最後に笑顔で手を振った。




 海を渡った彼は、すぐに手術を受けた。


 それは無事に終わり、右手の震えは無くなった。


 また吃音症も、専門の医師と特訓し、同時に心理療法も受けた。


 歌唱やギター演奏も、一流の講師にレッスンを受けた。



 もともと潜在能力のあった陸は、講師も驚くほど、日に日にその才能を開花させていく。





 ——そして、一年が過ぎた。





 陸は日本に帰国後、まずはホテルに宿泊した。


 次の日、ライブ会場へと向かい、リハーサルを済ませる。


 その間、美月にはもちろん、家族にも会わない。



 そこには、音楽事務所の意向があった。


 陸との感動の再会を、会場に持って行きたかったのだ。




 実は、陸のドキュメンタリー番組が、動画サイトにて配信されていたのだ。


 かつて、日本一下手くそなストリートミュージシャンと呼ばれた男が、恋人と離れて一年間、アメリカで武者修行したという内容だ。


 そんな番組を打ち出すと、SNSを中心に一気に話題となった。




 そして迎えた、今回のイベント。


 陸の一年間の成長を、披露する場だ。


 約一万席のチケットは、即完売となっている。



 もともとこのイベントは、福田のいる△△ミュージックが、年に一度、夏に開催しているものだ。


 事務所に所属しているアーティスト達が、次々に楽曲を披露する通例イベントだった。


 しかし、今年はいつもと雰囲気が違う。



 最後に『吉沢陸』という、大型新人のデビューライブがあるからだ。





 ——当日、会場は大いに盛り上がった。


 所属する有名アーティスト達が、自身の持つ代表曲や新曲を披露した。


 そして、イベントは午後八時過ぎ、ラストを迎える。


 ついに陸の登場だ。



 ここで福田が、ステージの端に姿を現した。


《皆さん、お待たせしました!》


 福田はマイクで、陸の登場を告げた。


《本日のラストを飾るのは、期待の新人、吉沢陸です! 彼のデビュー曲『君は路上の月』は、とても感動的なバラードです。ぜひ、お聴き下さい!》



 会場の最前列には、招待された美月が、車椅子に座って見つめていた。


 その後ろには、美月の家族や、陸の家族がいる。



 煽るようなBGMがフェイドアウトし、フッとステージが暗転する。


 そして、青白いスポットライトが、ステージを歩く一人の男性の姿を捉えた。



 陸だ。



 その瞬間、大きな歓声と拍手が巻き起こった。


 陸は、眩しいスポットライトを前にして、緊張で震えた。



 ステージでライブなど、初めてだ。


 しかも、いきなり一万人もの大観衆を目の前にして。



 陸は深呼吸を、何度も繰り返した。


 早く膝の震えを止めたかったのだ。



 やがて、歓声が収まった。


 ここで、アコースティックギターのイントロを、奏でなければいけない。



 べーン……!



 変な音が出た。


 緊張で震えた陸の指先が、弦に引っ掛かってしまったのだ。


 陸は焦った。



 会場に、どよめきと失笑が響く。


 やはり、手の震えは治っていないのか?


 一年前と変わらないのか?


 そんな空気が流れた。



 美月は祈るように、両手を組む。


(陸君、頑張って……)


 そう心の中で叫んだ。






つづく……


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