笑うという事
「あっという間に修学旅行なんだね。」
「そうだな、文化祭から一週間しか経ってないし、そう感じるのも無理はないと思うな。でもま、まだ寒くなる前で良かったよ。」
文化祭から一週間、今日は修学旅行の出発日、俺と浩介は、なんとなく始発の電車に乗って、集合場所である羽田空港に来てた。
まだ朝六時、俺はちょっと眠いけど、最近浩介の生活ペースに合わせる事が多くなってきて、だいぶ早起きになった。
だから、じゃないけど、始発で家を出る事にも苦労はなかった、迷うよりはマシだな、なんて思いながら、朝早くからやってる珈琲の店で珈琲を買って、集合場所近くのベンチに座って、二人で話をしてる。
「沖縄は暖かそうだよ?」
「そうだな、向こうはパーカーもいらない位にあったかいかもしれないな。こっちとの気温差が激しいから、体調を崩さないかどうかが心配だよ。」
「大丈夫だよ、きっと。そう言うのは、お年を召してから考える事じゃない?」
「それもそうか。」
お揃いのパーカーを着て、明らかにカップルだろうって言う振舞いをしてる俺達を、奇異の目で見ていく人達がいれば、何も感じてない感じで素通りしていく人達がいる、東京に出てくる事もあんまりないけど、新鮮な気持ちになってくる。
俺達の関係性、それは当たり前であって、学校でも、皆普通に受け入れてたり、拒絶されたりは色々だったけど、もう二年の後半になって、それぞれ関わり方を覚えてる、だから、そう言う好奇の目線にさらされるって言うのが、こういう関係性としては珍しい。
それこそ、付き合い始めた頃なんかは、まだ周りが色恋を知らない頃で、殆どの子達は、俺達が付き合うって事を理解してなかった、俺自身、まだそこまで深い理由があって付き合い始めたわけでもなかった。
ただ、それが中学に上がって、皆が色恋を覚えて、それで、俺達がゲイだ、って言う認識をする子が増えて、当時は少し揉める事もあった。
ゲイがキモイ、って言う子達とは距離を取った、それを受け入れてくれる子達と関わる様になった、それが、俺達の基本的なスタンスに変化した。
「なんだろうな、あの頃から考えると、随分と遠くに来た気がするな。」
「え?」
「……。俺達が付き合い始めた頃、もっと言うのであれば、出会った頃か。あの頃から、想像も出来ない未来を生きてる、それは想像出来なかった今と言っても良いな。過去があって、現在があって、未来があって、それは当たり前にわかってる。ただ、あの頃、こうなるとは想像も出来なかったな、って。」
「……。そうだね。僕達が付き合い出した頃、まだ悠介はおじいさんの事が苦手だ、って言っていたしね。それが、憧れに変わる、とは思えなかったな。」
「それもそうだな。……。じいちゃんは、どう思ってるんだろうな。今の俺の事、これからの事、今までの事、どう思ってるんだろうな。俺には、じいちゃんの意思はわからない、ただ、それを受け継ぎたいと願っただけで、じいちゃんの真意に関してはノータッチだ。だから、じいちゃんが俺にどうなって欲しかったのか、どう育って欲しかったのか、それはわからないからな。」
じいちゃんは、多くを話してくれたけど、それでもわからない事があった。
さんざんぱらじいちゃんの話を聞いておいてこれを口にするのはおかしい、かもしれないけど、俺はじいちゃんの本音を聞いた事が無い気がする。
本音、って言うより、それを話す事で、俺達にどうなって欲しかったのか、それとも、そんな事すら考えてなかったのか、ただ単に、何かを話していただけなのか、それがわからない。
きっとそれは、じいちゃんにしかわからない事なんだろう、誰にも言わなかった、本心があるんだろう。
ただ、俺はその心情を勝手に慮って、それに倣いたいと願っただけで、じいちゃんにそうしろ、って言われてしてるわけでもない。
俺は何も知らない、何も知らされてない、じいちゃんは、何も言わずに逝ったから。
ただ、誰かが受け継がないと、って思った、じいちゃんの葬式の時に、泣いてた親戚の人達を見て、それを受け継げる誰かがいないと、じいちゃんは報われないんだ、そう感じた。
それが間違いだったとしたら、俺の人生はそもそもが間違ってる、前提がおかしいって話になる。
ただ、俺は間違ってないと思ってる、誰にうるさいと言われたとしても、誰に煩わしいと思われたとしても、それは間違いなんかじゃない、そう信じてた。
「悠介はさ、おじいさんの事が大好きだったんだろうね。きっと、苦手だと思ってても、心のどこかで、おじいさんの愛情に気づいてたんじゃないかな。」
「どうなんだろうな。もう覚えてない位昔の話な気がするよ。……。でも、そうだな。じいちゃんは、俺を愛してくれていたと思う。社長子息って、後継者として育てられてた兄貴と違って、放任気味だった俺の事を、ずっと気にかけてくれてたんだと思うよ。だから、俺は何も言われなかったとしても、じいちゃんが本当はそれを望んでいなかったとしても、じいちゃんの跡を継ぎたいと思ったんだ。」
「素敵だと思うよ。それは、とっても素敵な事だと思うよ、悠介。」
珈琲を飲み終わって、少し体が温まってきた、そんなに寒くもないし、むしろ沖縄についたら暑い位だろうから、それも加味しておかないと、なんて思う。
浩介は、本心ではどう思ってるんだろう、ふとそんな事を考える。
浩介は裏表が無い、よくも悪くも、素直な子だ。
だから、俺の言葉に耳を傾けている、って言ってくれるのであれば、それは真実だと思ってる。
ただ、それとは別、浩介の本心って言うのを、俺はあんまり聞いた事が無い気がする、浩介の想い、願い、心、そう言うものを、あんまり知らない気がする。
今更聞くのも野暮かもしれない、今更になって、それを確認したいと願うのはおかしな話かもしれない、ただ、知っておきたいな、
なんて事を、頭の片隅で考える。
「なぁ、浩介。」
「なあに?」
「……。何でもない。それは、今聞く事じゃないと思うかあら。忘れてくれ、いつもの説教だ。」
「……?」
珈琲の入れ物を捨てに行って、浩介が前を歩いてたんだけど、浩介は振り向いて疑問を浮かべてる顔をしてる。
ただ、それを今聞く事じゃない、って判断した俺は、それを誤魔化した。
浩介は、なんだろう?って言う顔をしながら、こういう時の俺は話さない事をよく知ってるんだろう、聞き返してくる事は無かった。
「浩介くーん!悠介くーん!」
「あ、良太。早かったな。」
「そう言う二人こそ、早いねー?」
「僕達は始発で来たからね。でも、まだ集合時間までそこそこあるよ?」
なんやかんや話をしてると、良太が集合場所に到着して、合流した。
まだ朝の七時半、集合が九時だから、良太も大概早く到着した事になる。
まだ先生達も来てない、俺達しか集合場所に来てない、余裕をもって来た、って言っても、早く来すぎた感じは否めないと思う。
「そうそうー、二人が早くに出るって言ってたからー、僕も早めに出ようかなって思ったんだー。二人と一緒なら、待つのも嫌じゃないかなって思ってさー。」
「それは嬉しい言葉だな。でも、良太も大概変わり者だな。浩介はまだしも、俺に関わりたいっていう人間、そうそういないぞ?説教くさいじいさんの血を継いでる奴なんだから、五月蠅いと思わないのか?」
「ううん、思わないよー。悠介君の言葉には、きっと意味があるんだ、って思ってるからー。だって、浩介君が離れていかないのが、その証拠だと思わないー?二人は小学生の頃からお付き合いしてるんでしょー?でも、浩介君はずっと、悠介君のお話を聞いてて、嫌だと思った事は無いって、言ってたもんねー。だから、悠介君の言う言葉には、意味があるんだ、僕達が頑張っていく為に、必要な言葉なんだって、そう思ってるよー?」
呆気にとられる、ってこういう顔をするのかもしれない、って言う顔をしてる気がする。
浩介は付き合いが長いからまだわかるけど、関わり始めてまだ一か月も経ってない良太に、そのセリフを言われるとは思ってなかった。
意外過ぎるって言うか、良太ってそう言う事を考える子なんだ、って言う驚きがあって、浩介はそんな俺の顔を見て笑ってる。
「悠介、鳩が豆鉄砲喰らった顔、ってそう言う事を言うんじゃない?面白い顔になってるよ?」
「ホントにねー。悠介君って、笑ってるか眉間にしわを寄せてるか、どっちかだと思ってたから、そう言うお顔もするんだねー!」
恥かしい所を見られたもんだ、なんて照れくさく笑う、浩介の前でもした事がない顔な気がする、浩介の前では、こんな表情をした覚えがない。
ただ、それだけ呆気に取られてるんだろう、って感覚はあって、良太の素直さに驚いてた。
「悠介ったら、面白い顔してるよ?」
「恥かしいな。」
浩介は、くすくす笑いながら、俺の方を見てる。
気を取り直して、真顔に戻ろうとするんだけど、浩介と良太の笑いにつられて、苦笑いをする。
それがまた二人にとっては面白いみたいで、浩介は声を出して笑ってるし、良太もそれにつられて笑いだす。
困ったもんだ、なんて思いながら、俺も笑ってる、つられ笑いなんてよく言ったもんだ、こういう時は笑いが止まらなくなるもんだ。
「はー、落ち着いた。悠介ってああいう顔するんだね。」
「そりゃ、普段はするような顔でもないんだろうな。」
「凄いお顔だったよー?なんだか、ホントに豆鉄砲喰らった様な感じだったなー。」
少し時間が経ち、午前八時。
ぼちぼち教師陣がやってくる、という時間になって、浩介と良太は、悠介の顔を見るたびに笑ってしまい、悠介も困っていた、という状況になっていた。
ただ、三十分も笑っていればある程度落ち着くらしく、二人は落ち着いて、改めて悠介の顔を見ていた。
悠介の顔、普段はしかめっ面でいる事が多い、という印象だった良太と、良く笑う人だ、という印象だった浩介、二人の中で印象の差はあれど、ああいう顔をする所、というのは予想が出来なかったのだろう。
口をぽかんと開け、目を見開いて、という事を悠介は覚えている限りではした事がない、それも相まって、珍しい表情をしている、というのが二人の笑いを誘った様子だ。
眉間にしわの寄った、少し怖くも厳つくも見える顔、ただ、浩介は、そんな悠介が良く笑う事を知っていた、良太は、厳しい顔をして何かを言っている悠介の印象が強かったのか、笑っている所、と言うのにも驚いていた。
ただ、笑顔が似合う優しい人、という、浩介の惚気とでも言えば良いのだろうか、浩介にとっての悠介の評価、それは間違っていないのだろう、と良太は考えていた、それだけ、浩介に悠介が心を開いているのだろう、と。
良太の前では務めて笑っている悠介だったが、普段浩介がいない場では、笑っている事は少なかった、当時はまだ友達だと思っていたという、所謂仲間達と一緒に居た悠介だったが、笑っている所は殆ど見た事が無かった。
それだけ笑う事が珍しかった悠介が、こうして笑っている事、浩介の前では、笑っている時間の方が長いという事、それに最初は戸惑った良太だったが、好きな人の前では笑顔でいたい、という当たり前の感情なのだろう、と考え、それを友達になった自分にも向けてくれている、それに感謝をしていた。
「悠介君って、心を開いた人の前でしか笑わないんだよねー?だから、僕はあんまり笑ってるって言う人な印象が無かったんだろなーって。」
「そうだな、俺は基本的に笑う事は少ないかな。でも、浩介の前だと、不思議と笑っても良いと思えるんだ。それは浩介だけじゃない、悠治やお父さん達、親方、良太の前ででもだな。そう言う所まで、じいちゃんに似たって言うのは、少し悲しいかもしれないな。」
悠介は、祖父を思い出す。
悠介の祖父は、笑わない人間だ、という評価を良く受けていた、ただ、悠介の前では、よく笑う人だった、それが悠介の記憶に残っている祖父の人物像だ。
「悠介って、いっつも笑ってる印象だったけどなぁ。でも、確かに他の人の前では笑わない、かも?どうなんだろう、僕達が一緒に居る時間が長すぎて、どうだったか覚えてないや。」
「あはは……。それだけ一緒に居た、って言う事なんだろうな、俺達も。……。本当に、遠くまで来たもんだな。遠くまで、何処までも遠くまで、一緒に居たんだな。」
「悠介君達って、出会いは何処だったのー?」
「ん?そうだな、出会いって言うか、本当に初めて会ったのは、幼稚園生の頃だったかな。幼稚園が同じクラスだった、って言うのが出合いで、そこから小学生の頃に付き合い始めて、それで今に至る、そんな感じだ。」
「そうだね、初めて会ったのは、僕達が年中さんだった頃かな?僕は年少さんから幼稚園に入ってたんだけど、悠介は後から入ってきた、んだったっけ。あんまり覚えてないけど、あの頃からずっと仲は良かったよね。」
もう、懐かしいという言葉では飾れない程、遠くまで来たと悠介と浩介は感じていた。
浩介と初めて出会った幼稚園時代、そして小学校中学校と同じクラスになる事が多く、縁があった、と言えばそこまでなのだが、元来勉強に対して不真面目だった悠介は、浩介と同じ高校に通いたいから、という理由で、中学三年の頃に一念発起した、という記憶があった。
偏差値を十五から二十程度上げて、五科目の合計点数を倍にして、浩介と同じ所に行きたい、と願った結果、それが実った、と。
良太や浩介にとっては、高校の授業も慣れてしまえば楽なものだ、という認識だったが、悠介は不真面目な態度が悪い方向に出て、最初は赤点ぎりぎりの所で、留年するかしないか、という話も持ち上がっていた程度には、勉強に対する姿勢が悪かった。
それを、浩介が見かねて、勉強を一緒にする様になり、悠介は成績を中程度のレベルまで持って行った、という流れがあった。
現在では、悠介は成績は上位の方で、勉強の楽しさに気づいたから、と言っているが、本来の悠介は勉強より夢想をしている事の方が好きで、夢想家や哲学者と呼ばれる気質の人間だ。
空想や夢想、何がどうなっていて、どういう心理があって、どういう真理があって、そんな事を考えるのが好きだった悠介は、勉強をする、というのは、それを阻害するものだという認識をしていて、だからこそ、便器教に対して不真面目な態度を取っていた、という背景があった。
悠介の祖父がそうだった、と言ってしまえばそこまでなのだが、祖父によく似た性格をしている悠介は、哲学者としての道を歩むのもありかもしれない、と祖父に言われた事があった、それを思い出す。
「悠介はな、俺より世界の事を深く理解してる、だから、哲学に手を出すのも、一つ有りかもなぁ。」
その言葉は、祖父の晩年に聞いた言葉だった、悠介の祖父は、基本的に悠介がどうなって欲しい、どういった道を歩くべきだ、という話をしていなかった、ただ、それだけ一度言われた事がある、それは悠介の中でも印象的な言葉だった。
「……。じいちゃんは、俺の事をよくわかってくれてた、でも、俺が世界の事をよく理解してる、って言うのは、買いかぶりだと思ってるよ。」
「どうしたのー?」
「いや、何でもない。ちょっと思い出した事があってな。なんでも知ってると思ってたじいちゃんでも、知らない事ってあるんだな、って言う感想が出てくる出来事があったんだよ。まるで、世界の真理に気付いてるみたいだったじいちゃんでも、俺の未来までは見えてなかったんだろうな、って。」
結果として、悠介は心理学の道を選んだ、小さい頃に、スクールカウンセラーに救われたという経験を基に、自分自身もいつかカウンセラーになりたい、と願っていた。
それが、今は叶わない夢だったとしても、それをいつか叶える、そして、最終的に哲学の道に入門するのはありかもしれない、と悠介は考えていた。
哲学の道、と言っても、哲学者になるかと問われると違うだろう、ただ、自分自身なりに哲学を学んでみるのも良いのかもしれない、と。
「未来が見える人なんて、いないよ。居たら、悠介の事だってわかってたはずでしょう?」
「……。それもそうだな。未来が見える人間がいたとして、結局はその未来に対して自分がどうするか、が問題だからな。未来が視えるからって、全てを悟れるわけでもない、未来は変わるかもしれない、未来予知って言うのは、ただ単に可能性の一つを見る、って言うだけだからな。」
今はそれを言う時ではない、と悠介は感じていた、だから、この話はここでお終い、と話題を変えて二人と話をする。
浩介と良太は、何かを考えているのだろう、という事は察していたが、何を考えているかまではわからなかった、悠介の心の中、それは単純な様に見えてとても複雑だ、という事は理解している、と。
「綺麗だね。」
「怖くないか……?」
「そっか、悠介は高所恐怖症だもんね。手、繋ごっか。」
集合時間を過ぎて、搭乗手続きをして、飛行機に乗って、さあ出発だ、ってなって、雲の上を飛んでる現在なんだけど、俺は自分が高所恐怖症なのを思い出して、怖がってる。
浩介は笑いながら、手を繋いでさすってくれる、でも、やっぱり怖いものは怖いって言うか、恐怖心が少し薄れたりはしてくれるけど、怖いっちゃ怖い。
怖いっていう感情があるのも久しいって言うか、懐かしい感覚ではあるんだけど、それより怖いって言う感情の方が勝って、怖い。
「二時間の我慢だよ、頑張ろう、悠介。」
「そうだな……。」
こんなに弱ってる姿を見せるのも珍しいって言うか、こんなに弱る事が少ないから、浩介にとっても、今の俺は珍しい状態ではあると思う、ただ、それが面白いのか、笑いながら手を握ってくれてる、それは有難い。
ただ、早くこの感覚から逃れたい、そう願って、飛行機が何事もなく沖縄についてくれる事を祈る。
「心臓が……。」
「上に置いていかれてるみたいだ、って誰かが言ってたけど、そう言う感じ?」
「そうだな……。」
そろそろ飛行機が沖縄につく、下降して着陸の為に高度を下げてるのがわかる、それが、まるで心臓が空に置いていかれてる様な感覚がして、怖い。
少し顔を蒼くしてるんだろう、浩介は笑わずにそれを聞いてくれて、でもそれでも恐怖心は消えなくて。
早く着陸してくれ、なんて思いながら、恐怖心を堪える。
上昇と下降を繰り返しながら、飛行機は地上へと降りていく、それが怖いけど、それを乗り越えちゃえば大丈夫だ、って自分に言い聞かせて、我慢する。
ー当機は、まもなく着陸いたします~
放送が聞こえてくる、って言っても、それは数回流れてて、それでもまだ着陸しないのか、なんて感じる位、時間の流れが遅く感じてしまう、それ位怖い。
「もう陸が見えてるよ、悠介。大丈夫、大丈夫だよ。」
「……。」
着陸した、その感覚は分かった。
心臓が宙に浮いてる感覚がなくなって、ちょっとした衝撃があって、着陸したんだな、ってホッとする。
「ふー……。」
「大丈夫?」
「……。もう大丈夫、ありがとうな、浩介。」
安心が顔にも出てるんだろう、浩介も笑いながら、俺の背中をさすってくれる。
これがもう一回あるのか、って考えると少しげんなりするっていうか、少し怖い気持ちはあるけど、まあ二回目なら慣れるかな、ってちょっと楽観的だ。
「綺麗だよ、景色。」
「そうだな。」
着陸して、って言っても、降りるまでにが間がある、その間に、空港から見える海の景色を眺める。
蒼い海、って言うのも、見た事が無いって言うか、画像としては見た事があるけど、本物を見た事が無い、だから、新鮮だ。
感動する綺麗さ、って言うのかな、心を奪われて、魅入る。
「綺麗だな。」
「うん、とっても綺麗。」
窓際の席になった事を少し恨んだりもしたけど、こうしてみると、窓際の席の特権なんだろうな、綺麗な海を周りより先に見れる、それは有難かった。
「そうだ、カメラ……。」
今日の為に、ちょっと古いカメラを持ってきてたんだった。
普段はスマホで済ませてる、って言うか、基本的にカメラを持ち歩く習慣なんて無いけど、こういう時はカメラに撮っておく、それが吉だと思ってた、それは間違いじゃないと思ってる。
スマホも進化してるから、綺麗っちゃ綺麗なんだけど、やっぱりまだデジカメの方が綺麗に映るみたいで、飛行機の中から撮る一枚、として、浩介の顔と一緒に、海の写真を撮る。
「カメラ持ってきたの?」
「そうだな、たまにはこういうのも洒落てるかな、なんて思ってな。」
カメラに撮られてる事に気づいた浩介が、少し恥かしそうに笑う。
浩介は、基本的に写真を撮るのが好きじゃない、って言ってた事があった、記録とし遺しておくのは嫌いじゃないけど、カメラが苦手なんだ、って。
でも、こういう時だから、なんだろうか、嫌な顔一つせずに、カメラに向かってピースサインをしてくれる。
「可愛いな、浩介。」
「恥かしいよ……。でも、悠介にそう思ってもらえるのは、嬉しいな。」
そろそろ飛行機を降りる時間だ、カメラマンをするのも良いけど、案内を逃して迷惑を掛けるのは違う、と思ったから、それに従って、飛行機を降りる。
「ふー。」
「やっとご飯って感じだね。」
「そうだな、腹が減った。」
沖縄に到着したのが午後一時、そして、現在の時間は午後七時、夕食の時間だ。
今日は宿泊しているホテルのバイキングだ、と二人は聞いていて、それに遅れない様に、と時計を見て部屋を出る。
「悠介くーん、浩介くーん!」
「あ、良太君。」
「二人でゆっくりしてたのー?」
ホテルの食堂に降りると、先に来ていた良太が二人を出迎える。
良太は、班決めをした際に別の部屋になっていて、悠介と浩介は、たまたま端数で二人部屋だ。
ただ、二日目からの宿泊先は、まだぎりぎり希望が通る段階だった為、浩介と悠介、そして良太は三人で同じグループだ。
「はら減ったなぁ、バイキングは何があるかな?」
「沖縄らしい料理が売りだ!って言ってたよー?さっきホテルの人とお話してたんだけど、そう言う観光客さん向けの料理が多いんだってー。」
「沖縄料理って言うと、何があるかな?」
「えっとねー、タコライスがおすすめですよー、って言ってたー!」
良太のコミュニケーション能力、の高さに驚いていた二人は、現在では、まあ良太ならそれ位の会話はするか、という考えに落ち着いていた。
何処の島にも寄り付かない、という印象だった良太が、実は何処の島にでもいられるタイプだった、という事実、悠介と浩介は、改めて良太を観察してみると、クラスの中に点在しているグループ、そのどれかに属している訳ではないが、どこのグループにいても問題を起こさない、が良太だった、というのに驚いていて、そんな良太でさえ、悠介達と関わる事を躊躇っていた、というのが、少し衝撃的だった、と話をしていた。
寄せ付けないオーラを放っていたわけでもない、と良太は言っていたが、二人でいる事が多かった悠介達は、周りをあまり気にしていなかった、お互いに別の友達もいるにはいたが、関わる人間が限定的だった。
だからこそ、良太の様に浅く広くな関わり方をしているタイプの人間が、自分達と深く関わろうとしている、それを知って、改めて衝撃を受けた、という話だ。
「楽しみだねー!」
「そうだな、腹が減ったし、楽しみだ。」
「行こっか。」
良太は、高校からの付き合いだ、まだまだ知らない事も多い。
良太が慢研に所属している事、そして悠介達と関わりたいと願っていた事、そして悠介達と同じ、ゲイと呼ばれる人間の類である事、それらを知った悠介達は、逆に今まで関わってこなかったのが、損失だったな、と考えていた。
「ふー、お腹いっぱい。」
「食べたなぁ。」
タコライスがおすすめだ、って良太が聞いたって言ってたから、それを沢山食べたのと、ステーキに刺身にカレーにスパムに、って食べてた俺達は、腹いっぱいにしてホテルの部屋に戻ってきた。
後は自由時間、明日の朝飯までは自由時間だ、だから、外に出てバカ騒ぎをしたりしない限り、何をしてても咎められる事はない。
と言ってもする事がない、まだ土産を買う時間にするには早いし、ホテルの中の土産屋さんだとちょっと満足出来なさそうだし、紅芋タルトを間宮さんにお願いされてたけど、それもここじゃ売ってない。
「悠介、お外綺麗だよ!」
「ホントだ、綺麗だなぁ。」
ホテルのベランダから海が見える、海沿いのホテルだなんて気が利いてるって言うか、良い感じのホテルだっただろうに、ここを学生が泊れるって言うのは、珍しい事だと思う。
綺麗な海、もう夜遅くになって、月明かりが海を照らしてる。
「写真撮らなくて良いの?」
「ん、そうだな。撮っておこうか。」
海を一枚写真に収めて、ついでのごとく浩介を写真にとって、カメラをしまう。
やっぱりって言うか、沖縄はまだまだ暖かくて、パーカーはいらない、むしろ部屋の中では冷房をつけてる位だ。
暖かい、を通り越して暑い、って言う印象だったけど、半袖になると丁度良い、って感じだ。
せっかくお揃いのパーカーを買ったのに、ってちょっとだけ思ったけど、でもまあ、それは仕方のない事なのかも知れない。
「悠介、なんだかかっこよく見えるよ。」
「ん?」
「うーんとね、普段と違う感じがするって言うのかな、なんて言えば良いんだろう?でも、なんだかかっこいいよ。」
「それは嬉しいな。」
海辺を眺めながら黄昏れてると、浩介がふとそんな事を言ってくる。
普段は浩介も、俺に対してはかっこいいじゃなくて可愛いって言ってくれるんだけど、今日は少し違うみたいだ。
「大好きだよ、悠介。」
「……。俺もだ、大好きだよ、浩介。」
何かの映画のドラマティックなシーンみたいだ、海を眺めながら、浩介が後ろから俺に抱き着いてくれる。
温もり、それを感じる、少し暑いって言うか、温かい陽気の中だけど、浩介の温もりを感じる。
この温もりがあるから、俺は生きていられた、この優しさがあるから、俺は生きる意味を貰った。
感謝してもしきれない、って言うのはこう言う事を言うんだろうな、命を拾われた俺に、何が出来るのか、どうすればお返しが出来るのか、どうすれば、浩介に報いる事が出来るのか。
そんな事を考えながら、浩介の方に振り向いて、キスをする。
浩介は驚いてる、でも、それをやめる気はならなかった、キスをして、抱きしめて、浩介の温もりを感じる。
これが、俺が生きていく意味、生きていく理由、生きていく意義。
だから、こうしていたい、ずっとずっと、こうしていたい。




