4: 魔女の眷属
「なにぃ?!自分の罪を認めない上に婚約破棄したくないと俺に縋り付くとは、お前には公爵令嬢としてのプライドはないのか?!しかもアンシェラと仲良くしたら悪評をバラ撒くと脅してくるとはとんでもない女だな!」
その、王子の馬鹿げた発言に……私の中で何かがプツンと音を立てて切れた気がした。
よし、呪おう。
私が迷うことなく即決したのは言うまでもない。え?顔が真顔で怖い?そんなの、ブチ切れてるからに決まってるでしょうがぁ!
これまで私はずっと我慢していた。
マーマが疲れてるのはわかっているのに、癒やすことはできてもストレスの原因を排除できない悔しさが心の中でずっとモヤモヤしていた。
それでもマーマの婚約者だし、人前ではそれなりにちゃんとしていると《《報告》》を受けていたから、マーマが納得しているのならば私が余計な手出しをするべきではないと思っていたのだ。だってそれが“人間のルール”だからだ。
それにしても、そのなんとかって男爵令嬢……なにそれ、もしかしなくてもそれって浮気してたってこと?マーマという婚約者がいながら堂々と浮気してるの?しかもマーマを断罪するとかほざきやがったな?!
というか!そんな浮気相手がいるなんて《《報告》》にはなかったんだけど?!
────ここまでマーマを侮辱されて、これ以上我慢する必要ってある?
マーマに拾われてその愛情を一身に受けて育った私は、いつの間にかわずかではあるが魔女の力を取り戻していた。もちろん前世の時の魔力とは比べものにならないし、《《厄災》》レベルなんてとても無理だが……今の私が出来る最大の“呪い”を王子にかけてやることにしたのだ。
それから私は王子の暴言を聞きながら静かに王子を観察していた。気配を消して、いつ変化が起こるかをずっと待っていた。昔なら呪いをかけた瞬時に発動したものなのに、こんなに時間がかかるとは……やはりまだまだ“弱い”な。《《呪いの内容》》だってそんなに重大なことはできないし、今のままではせいぜいイタズラレベルだろう。
結局、呪いが発動しないまま王子はマーマを「悪役令嬢」だと罵って帰っていった。
そして翌日、いつも通りマーマの登校を見送ると私はこっそりと邸を抜け出してとある場所へと足を進めた。学園には(もしかしたら)あの王子も来るかもしれないからその場合が少し心配だったが、私がマーマの足に頬ずりをすると「大丈夫よ」と言って頭を撫でてくれた。昨夜は存分に私を吸ったから栄養補給はバッチリだとガッツポーズをとるマーマの表情はスッキリしているように見える。きっと覚悟を決めたのだろう。
それならば、私は私のやるべきことをしようと思ったのである。
さて、まずは《《あいつ》》のところへ行かなくちゃね。
私は昨晩念入りに研いだ爪をギラリと光らせたのだった。
***
そこは王都にひとつしかない見た目だけはたいそうご立派な神殿の屋根裏だった。確か女神を祀っているらしいが、この神殿からそんな女神の気配なんて感じたことはない。女神の名を振りかざして寄付金を集め、貴族たちの婚約や婚姻の記録とそれを証明するだけの役割を持つ場所だ。一応、神殿で結婚式を行えば女神の祝福があるとかないとか聞いたけれど……女神どころか天使の一匹もいないのよね。まぁ、神殿にいる人間たちからも信仰心なんてほとんど感じないし、当たり前か。女神を常駐させようと思ったらそれこそ国規模の信仰心が必要だもの。
「よっこらしょっと!」
そんな場所の屋根裏にある小さな穴に向かって、私は前足を勢いよく突っ込んだ。爪先にブスリと何かが刺さる感触がした途端、穴の中から悲鳴と共に小さな影が姿を現したのである。
『あ、姐さん!?気持ち良く寝てたのになにするんですかい?!』
「もうとっくに朝よ。それより聞きたいことがあるんだけど!」
『ひぃっ?!』
私の迫力に気圧されたのか本能なのか逃げようとするその影を反対側の前足で瞬時に取り押さえた。
『なにがなんだかわかんねぇけど、お助け~!』
「ふん、逃げようとするからよ」
私の肉球の下でジタバタともがいているのは一匹の小さなネズミである。どこにでもいるような平凡なネズミだが、このネズミにはひとつだけ秘密があった。
「ちょっと、ビス!報告にあった情報が間違ってたわよ!まさか私に嘘を教えたんじゃないでしょうね!?」
『そんな!あっしが姐さんに嘘なんか言えるわけないって、姐さんの方が知ってるでやんしょ?!主人に逆らえる眷属なんざいやしないですよ!』
必死に訴えてくる様子は確かに嘘は言っていないように見えた。実はこのネズミ……ビスは、五百年前のあの頃、〈厄災の魔女〉の自称子分を名乗って私の後をついて回ってきていた変わり者である。
『それにあっしは、五百年前に姐さんに助けてもらったご恩を未だに忘れてませんぜ!例え姐さんの気まぐれでも、魔力を分け与えられて眷属になれたことはあっしの誇りでございやす!そのおかげでこうやって記憶を保ったまま転生を繰り返して姐さんの復活をお待ちできたんですから!やっとあの頃のご恩を返せると思っているのに、嘘なんてついたりしやせん、ぴゃっ?!』
あ、爪が刺さっちゃったわ。ごめん、ごめん。
「それもそうよね……。疑って悪かったわ、ビス」
私が前足をどけると、ビスはヨロヨロとしながら体勢を立て直していた。
『それにしても、報告の時間はもう少し後のはずでしたが……どうかしたんですかい?』
「それがねぇ……」
私が昨日の出来事を話すと、ビスは細い前足を器用に組んで『う~む』と首を傾げた。
『あっしは姐さんの命令で学園での王子の動向をみはっていやしたが、特別に親しそうな女の影はありやせんでしたぜ?そりゃ一応アレでも王子でやんすから、言い寄る女はいやしたが……あ、あれ?そういえば……!』
「え?」
『……時々、変な女が王子の前に現れてはいたんですよ。ただ浮気とかいうほどの親密さは無かったし、その他の有象無象と同じだと思って────でも今から思えば、その女を見た後は少し記憶がぼやけるというか……なんで、姐さんに報告するほどのことじゃないなんて思ったのか……』
ビスは記憶が混乱したのか頭を抱え出した。それはつまり、“〈厄災の魔女〉の眷属”を騙せるほどの力が働いたということだ。
「……その女の特徴は?」
『えぇっと、その……確か頭がピンク色で、自分はヒロインだって言ってるのも聞いて、なんか怪しいって感じてたのに……ああ、本当になんでこんな大切なことを姐さんに報告してないんだ?!
すいやせん、女の顔はあまり覚えていやせんが、猫を……白い猫を連れていやした!……そうだ!その白猫と必ず目が合って、その後に頭がボヤッとしてたんです!』
「なるほど、とりあえず明らかにその白猫が怪しいわね。でも、私の眷属を騙せるとなれば生半可な相手じゃないことだけは確かだわ」
どうしたものかと頭を悩ませていると、ビスが真っ青な顔をして床にめり込みそうな勢いで頭を下げている。どうやらボヤケていた記憶をはっきり思い出したらしい。
『姐さんのお使いもマトモにできないなんて、あっしは姐さんの眷属失格でございやす……』
「仕方がないわ、相手の方が上手だったってことよ。それはそれとして、今日は別の頼みがあって来たの。……王城にある王子の部屋に案内して欲しいのよ」
『……王子の部屋?そんなところに行ってどうするおつもりで?』
まだ落ち込んでいるビスの頭を爪を引っ込めた肉球でぷにっと押してから、私はニヤリと笑みを見せる。
「実は昨日、王子に呪いをかけたんだけど……久々だったからかちゃんとかかったのかわからないのよね。もし呪いが発動していたら王子は部屋から出られないはずだからその確認をしたいのよ。呪いが不発で学園に行っていたら次の作戦を考えないとだし」
『姐さんが呪いを……もうそんなに魔力がお戻りになったんですかい?ちなみに、どんな呪いをかけたんで?』
私が魔力を取り戻したことが嬉しかったのかビスがやっと顔を上げた。ビスはあの頃、〈厄災の魔女〉だと忌み嫌われた私のことを唯一キラキラとした尊敬の目で見てきた人間だったが、何度転生してもその目の輝きだけは変わらないようだ。
「ああ、ちょっとしたイタズラみたいなものなんだけど────〈お尻から砂が止まらなくなる〉呪いよ!」
『そりゃあいいですね!』
ビスは元気になったのか、お腹を抱えて笑い出した。
今更だけど、どのみちこの呪いがすぐに発動しなくてよかったわよね。即効性があったら公爵家の邸が汚れちゃうとこだったもの。




