1: 厄災の魔女
私は魔女だ。たぶんだけれど、この世で唯一にして史上最強の魔女。
私の記憶が確かならば、この頃はまだ神や天使……それに悪魔が人間に近しい存在だった時代である。つまり、“魔女”とは異端であり畏怖される《《異物》》でもあった。
そんな時代に生まれてしまった私は、いつの間にか名付けられた「厄災の魔女」という呪われた名の通りの人生を生きていた。
────生まれつきの黒髪と紅い瞳。両親のどちらの色にも似ていなかった私は幼い頃から不思議な力を持っていた。最初の頃は理解出来なかったけれど、たぶんそれはあまり良いとは言えない力らしい。親からは決してその力のことを他人に知られてはいけないと言われていた。
しかしある時、私の黒い髪を馬鹿にした悪ガキに言い返した《《言葉》》が“呪い”となり……私は「魔女」だと言われるようになった。
実の親にはすぐに見捨てられた。大型の獣がいる森の奥に捨てられ、村に戻れば殺すと脅された。
「お前なんか生まれてこなければよかったのに」
それが、親から言われた最後の言葉だった。
家を追い出された。村の人間にも厭われた。寒くて、寂しくて、お腹がすいた。まだ子供だった私は恐怖の気持ちが膨らんでいって……周りの人間を恨む気持ちがおさえきれなくなった。
わかってしまったのだ。
確かに私は魔女だった。私の人間を憎む力が呪いとなり世界に広がるのにそう時間はかからなかった。
そしてこれが、世界が一変した瞬間でもあった。
……きっと、変わらないのは私だけ。
それから百年、私は世界を呪い続けた。魔女の力のせいで成長が止まり、なかなか死ねない体になっていた。いつ寿命が尽きるのかは私にもわからない。
「厄災の魔女が姿を現した場所は必ず滅びる」
みんながそう言うから、その通りにした。力がさらに強くなった私は魔女の名前にふさわしくなるように呪いをばらまいた。そうすれば、もっと厄災の魔女の名が広がるから。
そのうち天界から神の御使いである天使がやってきて私の周りをつきまとうようになった。
「愛があれば呪いだって救いになるはずだよ」
金髪碧眼の美青年がキラキラした微笑みを浮かべた顔で私を説得しようとしてくる。優しい心を思い出せとか、君に愛を教えてあげるとか。
うざったいからボコボコに殴って天界に送り返してやったのはいい思い出か。魔女の腕力を舐めるなよ?!
っていうか、懲りずにまたうろちょろしてきたと思ったら、しまいには私の寝床を突き止めて窓から血走った目で覗いてきていた時には違う意味で恐怖を感じたものだ。
だいたい、私を討伐しにきた天使のくせに「君(の拳)が忘れられない」とか言って口説いて来た時には背筋に寒気が走った。いくら私が厄災の魔女でもさすがに天使は殺せない。いや、道徳的ななんちゃらではなく単純に天使のままでは死なないからだ。別の《《器》》に封印してからでないとね。
しかし何度追い払っても、何度寝床を変えても、あいつはやって来た。そして来るたびに愛を囁いてくるのである。こんなにしつこくされたら私だってさすがに……。
え?さすがに我慢の限界が来て、天使を呪ってやったけど?さらにフルボッコにして簀巻きにしてやったけど?ストーカーって気持ち悪いし。
だが、天使を呪ったのはやはりマズかったのか神の怒りが頂点に達したらしい。神は私を討伐するために悪魔と手を組んだのだ。
対立しているはずの神と悪魔が一緒になって向かってくるとは少々分が悪い。その頃は天使と悪魔が私を殺そうと躍起になっていたので不眠不休で戦っていた。
そんな私の前に現れたひとりの悪魔がいたのだが……。
「オレぇ、君の泣き顔が見たいんだぁ。オレだけのために泣いてくれるなら助けてあげるよぉ?」
所謂ヤンデレだった。うっとり顔で何を言ってやがる。
と言うか、わざわざ悪魔軍を裏切ってまでやってきて、言うことがそれかぁ!天使といい悪魔といい、ろくな奴がいない!
もちろんお断りしたっての。だって私は厄災の魔女、天使だって悪魔だって……呪ってやるんだから!
まぁ結果的に、その悪魔の対応中に例のストーカー天使がやってきて殺されちゃったんだけどね。
まさか神器まで使ってくるなんて思わなかった。肉体は滅ぶしそのまま魂は封印されるし、散々だったわ。
まぁ、私の魂が封印された神器は神が保管するらしいから天使や悪魔の手に渡ることはないみたいだけどね。どうやら私の魂の力が強すぎて消滅させられないらしい。封印しながら徐々に弱らせていく計画みたい。
え?なんで知ってるのかって……だって聞こえるんだから仕方ないじゃない。意識はあるし、たぶん《《今なら》》その気になれば何とかできそうな気もするけど……。
でも、もういいか。
なんか、少し疲れたから……もう、このまま眠ってしまおう。
こうして、私は長い眠りに就くことにした。《《今》》眠ってしまったら、きっともう二度と目覚めることはない。弱っていく魂が消滅するその時まで────………………。
✱✱✱
「……みゅー」
……いやいやいやいや、ちょっと待って!私ったら転生してる?!まじで?!しかもまだ生まれて1ヶ月くらいの子猫なのに母猫から見捨てられて、今にも雪の中で凍え死にしそうなんですけど?!
今この瞬間に前世の記憶を思い出したのだが、体感的にどうやらあれから五百年くらい経っているようだ。しかもなんの因果かまた紅い瞳に黒毛……。どうやら猫の世界でもこの見た目は嫌われているらしい。
それにしても、もしかして神のやつ私が天使を呪ってフルボッコにしたことまだ恨んでる?わざわざ五百年も経ってから猫に転生させるとか、意味がわからん。しかも、転生してすぐに死にかけてる子猫にだよ。
天使を殴った罰として転生してからすぐに野垂れ死ねってか?あんな天使を可愛がってるし、ほんと神って悪趣味。
……ああ、寒い。お腹も空いた。前世も散々だったのに、今世でもこんな終わり方するなんて───。
そこで私の意識は途切れた。きっとすぐに魂となって神の元へ行くだろう。厄災の魔女としての記憶があるからまた封印されるだろうけれど、今度は眠る前に神を一発ぶん殴ってやる。そう、思っていたのに……。
気がつくと私の体は、温かい“何か”に包まれていたのだ。
「猫ちゃん、まだ死んじゃダメよ」
優しい声が耳に届き、震える口元には甘い雫がポチャリと落とされた。私が本能のままその雫を飲み込むと、さらに一滴二滴と口元を湿らせてくる。体はいつの間にかふわふわの柔らかいものに包まれていて、雪の冷たい感触はどこにもなかった。
「生命力の強い子ですね。体も温かくなったし、手足も元気に動いているようです。このままミルクが飲めれば大丈夫だと思いますが……生き物の世話は大変ですよ?お嬢様」
「わかってるわ。この子はひとりぼっちだったから、わたくしがママになってあげるの。あなたは今日から“アタナシア”よ。わたくしが守ってあげるからね……」
瞼を開ければ、少しぼやけた視界に確かにその声の主がいた。
キラキラと光を反射する銀色の髪に、私をまっすぐに見ているエメラルドグリーンの瞳をした人物はそっと私を抱きしめてくれたのだ。
「わたくしのところへ来てくれて……生まれてきてくれてありがとう、アタナシア」
1番欲しかった言葉をもらったその日、私は、“厄災の魔女”から“アタナシア”に生まれ変わることが出来たのである。
今度こそ本当に、私の世界が一変した瞬間であった。




