第5話 黴だらけの衙門と書きたくない奏摺
【巻ノ一・残頁伍:鏡妖司・行動規範】 「穢れに遭遇せば、殺無赦(容赦なく殺せ)。 もし殺せぬモノならば、封印せよ。 もし封印できぬモノならば……司天監のあの廃品回収屋に連絡しろ。 備考:金を持って行け。奴は銀票(小切手)は受け取らない、現銀か貢酒のみだ。」 ――『鏡妖司・内部マニュアル』
【司天監内部メモ】 「協力」――通常は以下の意味を指す:俺が汚れ仕事を片付け、お前が報告書を書く。最後の手柄は山分けだが、責任(黒鍋)はお前が背負え。
馬車が青石の石畳の上で揺れ、「ゴロゴロ」という音を立てて、夜明け前の最後の一片の静寂を粉砕していく。
沈無は謝必安の向かいに座り、その懐には死ぬほど重い金色の猫、銜蝉を抱えていた。 彼は玄色の雲紋の武官服を着て、腰には革帯を締め、松のように真っ直ぐな体躯を際立たせている。膝の上にはあの環首直刀が横たわり、黒い鞘の上には冷たい光が微かに流れていた。
この装束は本来、粛殺と冷酷の代名詞であり、建康城の泣く子も黙る「黒無常」の象徴だ。
だが今、この冷徹な千戸(隊長)は眉をひそめ、二本の指で慎重に、襟元についた一本の金色の猫の毛をつまみ上げていた。
一本、二本、三本……。
この猫の抜け毛の量は、指折り数えるのもおぞましいほどだ。 しかも怪しげな涎のシミまである――それは銜蝉がさっき寝ていた時に垂らしたもので、ゆっくりと高価な雲紋錦に浸透しつつあった。
「謝必安」
沈無はついに堪えきれずに口を開いた。その声には崩壊寸前の響きがあった。 「貴様の猫は、俺の『雲紋』を爪とぎ板だと思っているようだ。この服は、蘇州織造局の去年の献上品だぞ。千金積んでも手に入らん」
「我慢しろ」
謝必安は車壁に寄りかかり、感覚を取り戻したばかりの右手を掲げ、朝の光に透かして仔細に眺めていた。皮膚の下の血色は戻ったが、骨髄に染み込んだ寒気はまだ残っており、どう温めても熱くならない冷たい玉のようだ。
「このデブは好みがうるさくてな。普段は紫檀でしか爪を研がないんだ。お前の服で研ぐってことは、その生地がいいってことだ。『霊気』がある証拠だよ」 謝必安は漫然と言い放った。 「鎮獄の神獣にお手つきされるなんて、その服の福分だと思え」
沈無の額の青筋がピクリと跳ねた。彼は深く息を吸い、話題を変えることにした。この男と猫の話をすると寿命が縮む。
「白馬寺の件、どう報告すればいい?」
沈無の指が刀の柄を摩り、口調が厳粛なものに変わった。 「鏡妖司の典律によれば、『肉仏』の現世は、天道崩壊、乾坤欠落の兆しだ。私は直ちに国師に奏上し、粛清と浄化を請わねばならない。そして知情者は……この大凶を見た以上、天機を全うするために抹殺(口封じ)されるべきだ」
「全部処理する気か?」 謝必安は眉を挑発的に上げ、面白そうに見た。 「俺も含めて?」
「本来なら、貴様も含まれる」 沈無は正直に言い、複雑な眼差しで謝必安の手を見た。 「だが、貴様はあれを琉璃に変えた。これなら『穢れの暴走』ではない。これは……『祥瑞(吉兆)の降臨』と呼べる」
謝必安は笑った。
この沈無、冷淡に見えて頭の回転が速い。官界において「葬式を結婚式のように執り行う(喪事喜弁)」術を知っていることこそ、長生きの秘訣だ。
「じゃあ、そう書けよ」 謝必安は気だるげに言った。 「白馬寺に仏光があまねく照らし、肉身が聖となり、琉璃の金身と化した、とな。これは天が陛下の求道の誠心に感じ入り、特に祥瑞を降ろされたのだ、とでも書いておけ」
「あの知客僧に関しては……」 謝必安は沈無の懐の猫を指差した。 「『不潔な物を誤食して』発狂し、還俗して故郷へ養生に帰ったことにしとけ」
銜蝉が協力的に沈無の懐で寝返りを打ち、さらに舌なめずりをした。さっきの大餐を反芻しているようだ。
沈無は少し沈黙し、頷いた。 「わかった。その奏摺(報告書)、私が書こう」
この瞬間から、鏡妖司の千戸は、司天監拾遺の共犯者となった。それは沈無が絶対的な理性の暴力装置から、秘密を抱えた一人の「人間」に変わったことを意味していた。
馬車は、ある荒れ果てた路地の入り口で停まった。
ここは皇宮から遠くないが、繁華から忘れ去られたような一角だった。 壁は剥がれ落ち、苔が生い茂り、空気中には湿ったカビの臭いと……何とも言い難い土臭さが充満している。
その臭いは、掘り返したばかりの墓土に、古い紙が腐った臭いを混ぜたようなものだった。
路地の突き当たりに、「司天監・雑項科」という扁額を掲げた中庭がポツンと立っている。その扁額は傾いており、蜘蛛の巣が張って、まるで隻眼のように冷ややかに来客を見つめていた。
「着いたぞ」 謝必安は馬車から飛び降り、大きく伸びをした。 「ようこそ、俺の……守衛室へ」
沈無は猫を抱いて後ろに続き、眉を固く寄せた。
彼には想像できなかった。肉仏を片手で封印できるほどの高人が、こんな場所に住んでいるとは。しかも、ここはあまりに静かすぎる。虫の声一つしない。
「入れよ、汚いけどな。この場所はボロいが、陰気が重くて涼しいのが取り柄だ」
謝必安は「ギィー」と鳴る腐った木の扉を押し開けた。
沈無は敷居を跨ごうとして、足が猛然と止まった。
彼の手は瞬時に刀の柄を握りしめ、全身の筋肉が強張り、強烈な危機感が脳天を突き抜けた――それは戦士が天敵に直面した時の本能的な反応だ。
この陰湿な涼しさは……屍山血河の寒気を凌駕している。
見れば、この薄暗い部屋の中には、深褐色の陶器の瓶がびっしりと積み上げられていた。 棚に置かれたもの、壁際に無造作に積まれたもの、あるいはテーブルの脚の支えにされているものまである。
すべての陶器の瓶には黄色い符紙が貼られており、その上の朱砂は滴り落ちんばかりに鮮紅で、まるで描かれたばかりのようだった。
そして沈無の感覚では、すべての陶器の瓶が「呼吸」していた。
フゥ――ハァ―― フゥ――ハァ――
無数の微細な音が集まり、低く、身の毛もよだつような共鳴を形成している。それは風の音ではない。数百もの封印された穢れが、同時に瓶の壁を叩いている音だ。
左の棚にある細長い瓶の中には、何らかの軟体動物が入っているようで、ネチョネチョとした粘着質な音を立てている。 右の腹の大きな瓶からは、緑色の鬼火が明滅して透けて見える。 足元のテーブルを支えている瓶が最も恐ろしく、中からは赤子の夜泣きのような笑い声と、爪で陶土を引っ掻く不快な音が断続的に聞こえてくる。
さらに沈無の頭皮を痺れさせたのは、彼が全身に煞気を纏って入ってきた時、隅にある「禁」の字が貼られた黒い壺が、突然激しく震え、中からしわがれた、貪欲な人間の声を模倣して囁いたことだ。
「……刀……いい刀だ……寄越せ……」
「黙れ」
謝必安は振り返りもせず、逆手で卓上の茶碗の蓋を掴み、正確にその黒い壺に投げつけた。カーンという音が響く。
「客の前で恥をさらすなら、化糞池に放り込むぞ」謝必安は冷ややかに脅した。
壺の中の声は瞬時に消え、ガタガタと震えて縮こまった。部屋中の他の瓶も同時に静まり返り、まるで担任教師に叱られた小学生の群れのようだ。
沈無はこの光景を見て、背中の冷や汗があの玄色の装束をぐっしょりと濡らすのを感じた。
これが雑項科? ここはまるで、いつでも爆発しかねない鬼獄そのものではないか。そしてこの男は、毎日こいつらに囲まれて寝ているのか?
「遠慮するな、適当に座れ」 謝必安は唯一の太師椅(背もたれ椅子)を指差した――そこにはあの高慢な銀猫、阿奴が寝そべっていた。「ああ、そこは阿奴の席だ。お前は丸椅子に座れ」
沈無は脚が一本欠けた丸椅子に硬直したまま座ったが、手は依然として刀の柄から離せなかった。
「謝拾遺」沈無は深呼吸し、無理やり冷静さを取り戻した。「貴様がこれらを集めるのは、一体何のためだ? 殺したほうが綺麗さっぱりするだろうに」
「殺す?」
謝必安は自分に一杯の冷水を注ぎ、視線を窓の外、遠くにある金碧輝く皇宮へと向けた。
「沈様、あんたは刀を持つ側の人間だ。首を刎ねれば問題は解決すると思っている。だが俺の見立てじゃ、穢れってのは水みたいなもんだ。流れを断ち切っても、水はあちこちに飛び散るか、土に染み込んで、もっと奇妙なモノが生えてくるだけさ」
「この世の汚いモノには定数がある。国師は『純粋』な長生を求めて、すべての穢れを排出させた。俺は奴らを殺さない、なぜなら殺しきれないからだ。肉仏を一匹殺せば、明日は千手観音が生えてくる」
謝必安は部屋中の陶器の瓶を指差した。 「俺はこいつらを詰め込み、分類し、封印する。これはこの建康城が……腐るのを少しでも遅らせるためだ」
彼がそう言った時の口調は、まるで漬物の漬け方を語るかのように平穏だった。 だが沈無の目には、この酒臭く、ゴミの山に住む男の姿が、突然巨大で、かつ危険なものに見えてきた。
これは単なる廃品回収などではない。正確に言えば「身を以て魔を飼う」行為であり、崖っぷちで欄干を修理しているようなものだ。
謝必安の口元に、自嘲めいた弧が浮かんだ。
彼は袖の中から、あの鬼市から持ち出した、すでにボロボロになった『大荒異聞録』を取り出した。この本は今、微熱を帯びており、人皮のような材質の表紙がわずかに蠢いている。まるで何かの養分を吸い終えたばかりのように。
「沈様、さっさと帰って奏摺を書け」
謝必安は客を追い払う言葉を口にし、その目には一瞬の疲労がよぎった。 「国師に伝えろ、白馬寺は綺麗になったとな。それから……」
彼はまだ冷たい右手を上げ、虚空を掴む仕草をした。
「調べてくれないか。この建康城で、最近どこかの名家がこっそり『琉璃』を買い集めていないか」
「琉璃?」沈無は訝しんだ。
「ああ」謝必安の瞳が深淵のように暗くなった。「肉仏は天然モノじゃない、誰かが飼育したもんだ。誰かが俺の『手芸』を真似ようとしている。だが……作りが雑すぎる」
沈無の心臓が凍りついた。
彼は立ち上がり、謝必安に対して両手の拳を合わせる礼をした。今回は、心からの対等の礼だ。
「承知した。失礼する」
沈無は踵を返し、玄色の衣の裾を翻して去っていった。その動作は鋭利な刃物のように冷たい風を巻き起こした。
沈無が去った後、謝必安はようやく椅子に崩れ落ち、長く息を吐いた。
「阿奴、閉めろ」
銀猫が飛び降り、尻尾で扉を閉めた。 室内が暗くなる。
謝必安は部屋中の陶器の瓶を見渡し、そして手の中の残欠した『大荒異聞録』を見て、顔から気楽さが消え、深い凝重の色が浮かんだ。
彼は本の最後のページを開いた。
そこは本来、乾いた血痕で覆われていた場所だが、先ほど肉仏の穢れを吸収したせいで、上の血のかさぶたが生き返っていた。
そこには整った文字もなければ、四角い枠線もない。
ただ、その暗紅色の血のシミが貪欲な舌のように、黄ばんだ紙面を狂ったように舐め回し、蠢いているだけだ。 それはまず、ぼんやりとした油っぽい図案を滲み出させた――微かに、大仏が噛み砕かれた後の残骸が見て取れ、そこからは満足げな生臭さが漂ってくる。
紙面はしばし静まり返った。
直後、その血のシミはまだ足りないと言わんばかりだった。
それは周囲へと拡散を始め、紙が「ジジッ、ジジッ」と微細な音を立てる。まるで誰かが紙の裏側から爪で狂ったように引っ掻いているかのようだ。
血色は紙の裏まで浸透し、空白部分に無理やり、いくつかの歪んだ、走り書きの、狂気じみた飢餓感を漂わせる文字を「抉り」出した。
「……脂っこい」「……食い足りぬ」
その後、血文字は崩散し、無数の細い赤い線となって、混乱した落書きへと絡み合った。
その落書きは極めて抽象的だった。無数の人の顔が押し合いへし合いし、ある者は泣き、ある者は笑い、すべての顔の縁が剥がれ落ちて、下の白い骨が露出している。
この恐怖の「衆生相」の傍らに、血が滴るように新たな切望が引きずり出された。
「次は……千枚の皮が……食いたい」
謝必安の指がその一行を軽く撫でると、指先に湿った熱い感触が伝わってきた。まるで剥いだばかりの生肉に触れたかのようだ。
「千枚の皮か……」
謝必安の瞳孔がわずかに収縮し、心に刺さったあの棘が、また深く潜り込むのを感じた。
この本は記録しているのではない。 注文しているのだ。
「どうやら、この『清掃員』の仕事は、ますます割に合わなくなってきたようだな」
彼は本を閉じ、窓外の強まる風音を聞きながら、掌の中の発熱する本が、自分の鼓動に合わせてドクン、ドクンと脈打っているのを感じていた。




