第33話 太歳肉芝
【巻ノ一・残頁卅参:『大魏本草考・地底の邪祟』残巻】
「地を掘ること三丈、時に肉塊を見る。色は凝脂の如く、目なく口なし、割けども復た生ず。方士これを『肉芝』と謂う、即ち太歳なり。凡そ太歳に遇わば、必ず大凶あり。それ地脈の陽気を吸食して長ず。常人これに触れれば、陽気尽く喪われて亡ぶ。」――『司天監・妖異档』
【司天監内部メモ】
「資遣費と跳槽合約」――会社が部門全体を捨て駒として海に填めると決定した時、元々忠心耿耿であった上級管理職は、瞬時にして最も危険な内部告発者へと変貌する。本来の契約よりもさらに優渥な「資遣費」と「跳槽保障」を提示できさえすれば、彼女は会長室の金庫のパスワードすら自らの手で眼の前に差し出してくれるのである。
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紅紗の燭火が青銅の菱花鏡の前で狂ったように揺曳している。
蘇小小のあの暗金色の曼珠沙華が刺繍されたシルクの寝袍が、雪白の肌に沿って滑り落ちた。鎖骨にある、あの朱砂で刺青された、急促な呼吸に伴って上下に起伏する妖異な紅蓮と白皙の丘壑が露出した。この部屋の香薫が暖かすぎるのか、それとも心緒が平らかならざるゆえか、一滴の燥熱な汗の珠が起伏する輪郭に沿って、悠然とあの白皙の深邃の中へと滑り落ちていった。
この建康城を震わせる花魁は、驚呼を上げることも、傍らの鋏を取り上げて死に物狂いで抵抗することもなかった。彼女はただあの血走った桃花の眼で、梳妆台の上にある、謝必安の鮮血がべったりと付着した木質の腰牌を死の如く見据えていた。
良久、彼女はあの手入れの行き届いた、蔻丹を塗った繊細な玉手を伸ばし、腰牌をガシッと掌の中に握りしめた。
「謝拾遺、奴家はこの歓楽の場で泥に塗れて這いずり回りながら十数年、無数の達官貴人の海誓山盟を聞いてまいりました。彼らの描いた画大餅を繋ぎ合わせれば、建康城を三周できるほどでございましょう」蘇小小の声は沙啞に嗄れ、ギャンブラーの孤注一擲の狠戻さが透けていた。「ですが、あなたのこの約束は、命を懸けて焼き上げられたもの。奴家はあなたを一度だけ信じましょう。ただし、即金での『通行料』を頂きますわ」
謝必安は左手で、極度の緊繃によって引きつるように痛む眉間を揉み解し、蒼白な顔に公事公弁な冷笑を絞り出した。これこそが現代の職場の交渉にあるべきリズムだ。清算される絶境に直面して、即座に兌現できる跳槽保障を要求する。この女の生存の直覚は人を駭かせるほどに鋭敏であった。
「蘇女将、値を開きな」
「事が成った後、提灯叟自らに人を派わさせ、私を建康城から護送し、鬼市の商船へと乗せていただきます」蘇小小は一字一字を区切るようにして条件を提示した。「さらに、私はこの部屋にあるすべての金銀細軟を持ち出しますわ。国師が私の命を欲しがるなら、私は奴がこの数年間忘憂閣に投じたすべての流水を吸い上げてやります」
「成交だ」謝必安はいささかの躊躇もなく承諾した。どうせ銭を出すのは彼ではない。慷他人之慨ことにかけては、底層の文官が最も得意とする手品である。
蘇小小は猛然と身を翻した。彼女は部屋中の宝飾品を片付けようとはせず、真っ直ぐに部屋の中央にあるあの価値が城に匹敵する沈香木の抜歩床の前へと歩み寄った。
彼女は手を伸ばしてあの千金をもってしても求め難い鮫綃の宝の羅帳を引き剥がし、両手で寝台の柱に彫刻された「鴛鴦戯水」の図案の一顆の鎏金の銅球を握りしめた。陣を打つような沈重な金属の咬合音に伴い、蘇小小は力を込めて銅球を左へ三回旋転させ、さらに右へ半寸倒し抜いた。
蘇小小は動作をしながら二人に解説した。「羯族の頂級の匠の作ですわ、機括之術に深く通じておりましてよ」
謝必安は、これらの匠が水銀の重量と歯車の咬合を利用し、皇陵や権貴の密室の中に無比に精密な防盗の機関を設計していることを理解していた。ゆえに、この一見人が歓楽を貪るために供されている沈香木の寝台は、実のところ水銀池の配重に頼って制御される巨大な機括陣盤なのであった。
一陣のギシッ、ガガッという木材の摩擦音が響いた後、あの沈香木の抜歩床の床板全体が、あろうことか中央から緩慢に裂け開き、両側へと平行移動した。
極度に濃烈で、熱浪が滾滾と湧き上がる腥い甘さの気息が、瞬時に床板の下の幽暗な深淵の中から噴き出し、顔に真っ直ぐ吹き付けてきた。
この気息は枯れ井戸の底の陰寒な腐臭とは截然と異なっていた。それは人の血脈を賁張させ、ほとんど鼻血を流させんばかりの燥熱さを帯びていた。それは忘憂閣の昼夜を分かたぬ尋歓作楽の中で、無数の男女の身から搾り取られた最も純粋な「極陽の欲望」であった。
謝必安のあの元々高温の反発を受けていた右腕は、この熱浪に接触した瞬間、皮下の血管が猛然と暴凸した。まるで誰かが火炉の中に一柄杓の煮えたぎる油を撥き散らしたかのようで、灼痛感が倍増して積み重なった。彼は沈悶な呻き声を上げ、両脚の力が抜け、もう少しで真っ暗な寝台の下の入り口へと直接突っ込みそうになった。
沈無は眼疾手快に、粗雑な大きな手で謝必安の左肩をガシッと鷲掴みにし、強引に彼を引き戻した。
『ミャオオオ! 熱え! この寝台の下は羊の丸焼きでもしてんのか! 脂身が溶けた油っこい匂いがプンプンしやがる!』
銜蝉が謝必安の足元で焦躁の叫び声を発した。この金色の太った猫は熱浪に火傷しそうになりその場で飛び跳ね、分厚い肉球で絨毯の上を絶え間なく踏み鳴らしていた。琥珀色の縦長の瞳孔は入り口の奥深くを死の如く見据え、口角からは極めて甲斐性なく一大滴の晶瑩たる涎を流していた。この純粋な陽気は彼にとって、疑いなく口を火傷するほど熱いが絶対に大補な満漢全席であった。
一方阿奴は、威脅に満ちた低い咆哮を発した。
肢体の表情は極致の厭悪を透かせていた。この銀色の女王は周身の霊気を狂ったように旋転させ、一道の肉眼で見える霜白色の竜巻へと化作させた。彼女に近づこうと試みるそれらの粉色の燥熱な気息は、竜巻に接触した瞬間に、ピキッ、パキッという凍結音を発し、床一面の粉色の氷の屑と化して絨毯の上に叩き落ちた。
彼女は優雅に頭を巡らせ、謝必安に向かって跳躍し、自身のあのフワフワの銀色の長い尻尾を謝必安の首筋に掛け、物理的降温用の氷鎮マフラーとして充当した。
「この下が、国師の布置した極陽の鼎炉ですわ」蘇小小は御寒の狐裘の大外套を羽織り、語気には掩蓋しきれない戦慄が帯びていた。「陣眼は最も深処にあります。奴家はあなた方を下までお送りするだけ、あの命取りな陣紋には触れませんわよ」
「案内しろ」沈無は刀の鋒を半分抜き放ち、声は鉄のように冷硬だった。
三人二匹の猫は床板の下から延伸する青銅の階梯に沿って、緩慢にあの翻騰する粉色の熱浪の中へと歩み入った。
階梯は狭窄であまつさえ陡峭であった。青銅の表面には滑り気のある暗紅色の水滴がびっしりと付着している。それらは水ではなく、極度に濃縮された陽気が凝結してできた血汗であった。一歩踏み下ろすたびに、黒靴は青銅の石段と摩擦して人を不安にさせるジジッという音を発し、まるで真っ赤に焼けた鉄板の上を歩いているようだった。
謝必安は左手で錆びついた青銅の手すりを死に物狂いで扣んだ。手のひらが鉄錆に切り裂かれたが、彼は顧みる暇など全くなかった。彼はただ絶え間なく腰間の酒瓢箪の栓を抜き、あの劣悪な焼刀子を喉へと灌ぎ込むしかなかった。アルコールの辛辣さを用いて右腕から伝わる引き裂かれるような劇痛を麻痺させ、現代人の氷のように冷たい理智を用いてこの大脳に侵入しようと試みる致幻の情欲に対抗するのだ。
下へ行くほどに空間はますます広闊になり、あの腥い甘さの熱浪もますます粘稠になっていった。
およそ数十丈下行した所で、青銅の階梯はようやく尽き当たりに達した。
謝必安は目を糊ぐ汗水を手で拭い去り、頭を上げて望み見た。眼前の光景は、見多識広な現代の社畜である彼でさえも堪えきれずに冷気を吸い込ませるものであった。
ここは巨大な人工の洞穴であった。洞穴の周囲の岩壁には、密密麻麻と無数面に打磨されて極めて滑らかな青銅の古鏡が象嵌されていた。これらの鏡は何らかの詭異な八卦の方位に従って配列されており、忘憂閣の上方から匯聚してくる陽気を、精準に折射し、洞穴の正中央へと聚焦させていた。
洞穴の中央に祭壇はなく、法器もなかった。
ただ一座の肉山があった。
高さ数丈に達し、詭異な乳白色を呈し、表面に青紫色の粗大な血管がびっしりと浮き出た膨大な肉塊であった。この肉塊には目がなく、口鼻もないが、上方から伝わってくる陣を打つような靡靡たる音色に伴って、緩慢で重々しい収縮と膨張を発している。膨張するたびに、肉塊の表面からは一層の滑り気のある粉色の油脂が分泌され、嘔吐を催すような腥い甘さを放っていた。
謝必安は歯を食いしばりながら言った。「太歳……肉芝。こいつは方士が錬丹する際に夢寐にまで求める長生不死薬だ。伝聞によれば、この代物は地脈の陽気を吸食して生き、一片を切り落としても迅速に新しい肉が生えてくるという。だがもし提錬せずに直接触れれば、活人の陽気は瞬時にこいつに吸い尽くされ、皮と骨だけのミイラと化しちまうんだ」
「こんな邪門な代物を、よくもまあこんな所に置いておけたもんだな。蘇花魁、あんたの度胸のデカさを褒めるべきか、それとも気が狂ってると言うべきか?」
謝必安は冷眼にこの巨大な腫瘍のような太歳を見つめた。国師のあの老狐狸は、あろうことか生きた邪祟を一匹、陣眼として用いていたのだ。この代物はまるで会社の中にある、表面上は財務諸表が華麗でも、実際には巨額の隠し負債を背負った有毒資産のようなものだ。それは貪婪に忘憂閣の陽気を吸食し、さらにこれらの濾過された極陽の気を、地下の陣紋に沿って真の祭典の中心へと輸送しているのだ。
そしてこの太歳の肉芝の周囲には、成人の太ももほどもある太い錆びついた鉄鎖が八本連結されていた。
鉄鎖のもう一端は、内臓を掏り貫かれ、全身に朱砂の呪文が描かれた八体の童男童女の骨格に死に物狂いで打ち付けられている。これらの骨格は跪拝の姿勢を維持し、空洞の眼窩であの呼吸する肉山を真っ直ぐに見据えていた。鉄鎖は太歳の膨張によって真っ直ぐに引っ張られ、人の歯の根を酸っぱくさせるガシャン、ガシャンという金属の緊繃音を発している。
「これが陣眼ですわ」蘇小小は沈無の背後に隠れ、狐裘の大外套の下の身体は秋風の中の落葉のように震えていた。「あの八本の鉄鎖は地脈に繋がっております。そのうちの一本でも斬り断てば、陽気が外洩し、陣法は徹底的に失衡して崩塌いたしますわ」
沈無は無駄口を叩かなかった。
深く息を吸い込み、両膝を微かに屈めると、全身の骨格がピチッ、パチッという爆響を発した。刀を固く握る両手には青筋が隆起し、身形はまるで銃身から放たれた砲弾の如く、床一面の粘稠な粉色の油脂を踏みしめながら、最も距離の近い一本の錆びついた鉄鎖に向かって真っ直ぐに突進した。
凄冷たる秋水の刀の鋒が灼熱の空気を切り裂き、一往無前の煞気を伴って、太く逞しい鉄鎖の上に容赦なく劈斬された。
耳を聾する金属の交撃の巨音に伴い、火星が四方へ散った。
沈無のあの久経沙場のすでに刃こぼれした刀は、鉄鎖の上に強引に一条の深い豁口を刻み込んだが、それを一刀両断するには至らなかった。そしてその一記の斬撃の巨大な反作用力は、あろうことか鉄鎖に沿って直接あの膨大な太歳の肉芝へと伝導したのである。
元々は平緩に呼吸していた肉山が、突如として劇烈に抽搐し始めた。
肉塊の表面にあるそれらの青紫色の粗大な血管が、瞬時に一本一本暴起した。続いて、太歳のあの五官のない滑らかな表面に、突如として長さ丈許に及ぶ巨大な裂け目が裂け開いた。
一陣の、まるで無数の赤児が同時に啼哭するかのような凄厲たる惨叫が、嘔吐を催すような血水と胃酸を交えて、その裂け口の中から狂ったように噴出し、実質的な音波と化して、少し離れた所に立つ謝必安に向かって容赦なく衝突した。
謝必安は躱す暇もなく、この腥臭い音波の正面からの直撃を受け、全体が糸の切れた凧の如く後ろへ吹き飛ばされ、後方の青銅の古鏡が象嵌された岩壁に重く叩きつけられた。喉の奥に一抹の腥い甘さが込み上げ、一口の鮮血を直接光潔な銅鏡の表面に噴き出し、鏡面に沿って蜿蜒と流れ落ちた。
そしてあの裂け開いた巨大な豁口の深処から、粉色の血肉が凝集してできた無数の太く逞しい触手が、まるで毒蛇が穴から這い出すかのように探り出され、呼嘯する風声を伴いながら、狂ったように沈無へと巻きつこうとしていた。




