第75話 彼女の嫉妬心が牙をむく
「どうしても必要になったら呼んで。でも、わたしを呼ぶって事は覚悟が出来たって事だからね」
シオンだけは自宅に残り、バラエティ番組の視聴を続ける。
シン達三人はスマートフォンとシエルデヴァイスを持ち、公園側へと歩き出した。
「シン君、誰かにつけられてる」
微かに聞こえる靴の裏を擦る音が不気味で、恐怖心を募らせる。
街灯と月明かりだけが頼りの公園に入り、意を決して振り向くと全身黒尽くめの人物がゆっくりと近付いて来た。
「あんたが"リスク"か? 狙いはうちの首やろ。取れるもんなら、取ってみぃ!」
「……………」
無言を貫く黒尽くめの人物はスマートフォンを取り出し、蛇を召喚した。
公園を埋め尽くす程の巨体が重なり合い、地面を這う聞き心地の悪い音が発せられる。
「なんや、シエルデヴァイスなしでやんのか。えぇ度胸やな」
勢いに任せてスマートフォンを取り出したカガミの腕を掴むシンは自分が何故そのような行動をとったのか理解出来なかったが、本能的にそれが危険な行為だと気付いたのだろう。
スマートフォンの明かりに照らされた真顔のシンに従い、カガミはシエルデヴァイスを装着する。
しかし、これは正式なシエルカードゲームではない為、シエルデヴァイスは起動せず、結局カガミはスマートフォンから契約モンスターを召喚することになった。
"リスク"に対抗する為にランク急である【呪詛の妖犬神】を召喚すると四肢を釘で打ちつけられるような痛みに襲われ、吐息を漏らしながら膝を折った。
「カガミ!?」
「何やこれ、ファイティング・エヴォリューションよりキツイやん」
浮遊するおどろおどろしい犬の妖怪は鋭い牙を持つ巨大な蛇を威嚇し、ここが公園だと忘れてしまう程の緊張感がシン達に降り掛かる。
「……っく。やれ」
噛みつかれても微動だにしない蛇の王は自由自在に体を這わせて、犬の妖怪の首元に牙を食い込ませた。
突如、【呪詛の妖犬神】の悲痛な叫び声が公園内に響き、近隣の家々から人が顔を出す。
耳を塞ぎながらカガミを見ると彼女は全身を震わせながらうずくまっていた。
「ランク急のモンスターを戻せ! このままじゃ、ヤバい!」
視点が合わず、指先すら動かせない彼女の手からスマートフォンを取り上げ【呪詛の妖犬神】をアプリ内に戻すと歯型の付いた体躯をシン達に向けた蛇の王と目が合った。
「お願い、蛇ちゃん!」
【干天の幻獣】がシンを庇うように召喚される。
教室内で召喚した時は巨大に感じたが、"リスク"の使役する蛇に比べると足元にも及ばないようだった。
シンもスマートフォンを取り出して【色欲の魔兎】を召喚しようとスワイプしたが、実際に現れたのは【魅惑の小動物】だった。
「なんで!?」
振り向いた白兎は首を横に振り、巨大な蛇へと向き直る。
他の契約モンスターと異なる兎型のエルダーことウェルヴェリアスはシンの魂を傷付けない為に自らの意思でランク急にはならなかった。
「どうして、こんな事をするの!?」
亜梨乃の呼びかけにも応じる気配はない。
"リスク"が無言で腕を振り上げると【干天の幻獣】の体に鋭い牙が食い込み、一瞬にしてエメラルド色の蛇は砕け散った。
驚愕する亜梨乃自身にダメージは無いようで、あとをシンに任せてカガミのそばへ駆け寄る。
「何でだよ。何でこんな事になったんだよ」
シンの声が届いたのかは分からない。
"リスク"は持ち上げていた腕を振り下ろし、蛇の牙が【魅惑の小悪魔】を襲う。
兎は持ち前の素早さで牙を逃れたがとぐろを巻く体躯からは逃げられず、締め上げられて「キュウ」と小さく鳴いた。
「どうする。どうすればいい」
シオンに助けを求めるべきかと考えたが、彼女が本当に勝ってしまったら"リスク"はどうなってしまうのか。
そんな考えがシンが判断力を鈍らせた。
尚も体が捩じ切れる程に締め上げられる兎はきつく瞳を閉じて口を開閉している。
混乱を極めるシンはガシャンという大きな音に身体を跳び上がらせ、その方向へ視線を向けると体操選手さながらの着地ポーズを決める彼女が居た。
彼女の背後では乗り手を失ったブランコがガチャガチャと音を立てながら荒れ狂っている。
「シオン。どうして」
彼女が起動している地図アプリ上では二つの黒い点が同じ場所で点滅していた。
その事実を隠すようにシエルカードゲームアプリを開き、画面内で背中を伸ばす猫を現実世界へと召喚する。
一見すると普通の猫は本当にカテゴリーdevilに属しているのか疑う程に邪気がなかった。
「ウェルヴェリアスを助けてあげて」
思い出したかのように【魅惑の小悪魔】をアプリ内に戻し、とぐろを巻いた蛇の標的が【羨望の魔物】へと変わる。
自分よりも何倍も大きな体を持つ蛇と対峙しても呑気に欠伸している猫と同じようにシオンも余裕の笑みを浮かべていた。
「シン、これはシエルカードゲームじゃなくて、現実なんだよ」
「待ってくれ。俺はまだシオンを呼んで無い!」
「シンを悪者にはさせない。わたしは自分の意志で佐藤 麻々乃を病院送りにする」
それは聞きたくなった名前だ。
"リスク"の正体には薄々気付いていたが、実際に声に出されると一気に現実味を帯びて胸が締め付けられた。
「何か訳がある筈だ! 止めろシオン!」
シンの制止の声を掻き消すように音を鳴らしながら地面を這う蛇の牙が猫を襲う。
それでもシオンと【羨望の魔物】は動かず、迫り来る巨大な敵を見上げていた。
「お願い、ラクシーヌ」
跳躍し、蛇の頭部に着地した猫は次々と遊具へ飛び移り、素早い動きで蛇を翻弄していく。
そして小さい口を開き、可愛らしくも尖った歯で蛇の体に噛み付いた。
そんな攻撃で何が出来るんだ、と叫びたくなったシンは自分の目と耳を疑った。
聞くに堪えない叫びは町内に響き渡り、暴れ回る蛇に吹っ飛ばされた"リスク"の顔を隠すフードが脱げた。
「……っ、なんで」
そこにはクラスメイトの女の子が居る。
佐藤 麻々乃は全身が軋むような痛みに耐えながら立ち上がり、手を伸ばした。
「何してるんだよ。そのモンスターはなんだよ。答えろよ、麻々乃!」
「その女はシンに楯突く敵。Aimeeは私達からシンを奪う敵。亜梨乃は私を装って想いを伝えた嘘つき」
「……あぁ、そっか! その目、ずっと気に入らなかったんだよ。その理由がやっと分かった。その目でシンを見るな。それは私の魔王に向けて良い目じゃない」
シオンの嫉妬心が爆発し、呼応するように【羨望の魔物】が全力で噛み付く。
その可愛らしい歯から注入されているのは蛇の牙から滴る猛毒。
本来は備わっていない能力だが、シオンの飼い猫は敵が強ければ強い程に嫉妬心を募らせて、その能力を真似る。
それ故に彼女達の異名は"物真似猫"と名付けられた。
蛇の王の持つ致死毒は毒耐性があろうと問答無用で敵を侵す。
しかし、その効果をその身で味わうことになるとは思ってもみなかっただろう。
「シンに騎士はいらない」
「止めろ、シオン」
「必要なのは姫だけ」
「止めろ、シオンッ!」
シンの叫びも虚しく、【羨望の魔物】の歯から注入された致死毒により"リスク"こと佐藤 麻々乃の契約カードであるランク急の【宴安酖毒の王蛇】は腐敗し、現実世界から消滅した。
「「麻々乃ーッ!?」」
シンと亜梨乃が前のめりに倒れた麻々乃の元へ駆け寄る。
顔面蒼白の麻々乃は震える唇で最期の言葉を伝えた。
「亜梨乃、自分を偽ったらダメ。シン、気をつけて」
コートのポケットから取り出したUSBメモリーをシンに握らせた直後、麻々乃は意識を失って脱力した。
近隣住人が呼んだ警察と救急車が到着し、カガミと麻々乃はシエル症候群専門病院へ搬送され、シンと亜梨乃は警察署へ連れられた。
シオンだけはいつの間にかシンの自宅へ帰って来ており、母に事の顛末を伝え、警察署へ向かうように伝えた。
【毒牙の小動物】→【毒牙の幻獣】→【宴安酖毒の王蛇】
ランク:序→破→急
カテゴリー:mythical
モチーフ:蛇の王 バジリスク
効果:牙の攻撃が通った場合、相手モンスターの体力は必ず0になる。
契約者:日本人 佐藤 麻々乃("リスク")




