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第74話 嫌な想像が押し寄せてくる

 未だに現実世界に居座るシンの飼い兎は食事を続けていた。

 兎ことウェルヴェリアスはシンの昂りに応じて発せられるフェロモンにあてられた人間の色欲を餌としている。

 彼女にとって人混みとは食べ放題の店と同じ感覚だ。

 満足したのか、ポンと腹を叩くと勝手にアプリの中に帰って行く。シンとシオンはその光景に驚くことはないが、他の三人にとってはあり得ない光景だった。



 全く帰宅する気配のないカガミと共に場所を移動し、仕方なく"リスク"を釣り上げる作戦について聞く。



「あんたらほんまに気付いてないん? "リスク"に襲われてる人には共通点があるんよ」

「マジかよ!?」

「なになに!?」



 早速、話に食い付いたリョウと亜梨乃の反応が嬉しかったのかカガミは鼻を鳴らしながら説明を始める。



「あれは無差別攻撃やない。あいつは気に食わん奴を一人ずつ消してるんや」

「ほう! で、その共通点は!?」

「焦りなや。次のターゲットはうちや。これを見てみ」



 カガミがスマートフォンをスクロールするとありとあらゆるSNSが表示され、『"魔王"シンにリアルで挑戦する! 絶対に負けへん!』という宣言が載せられていた。

 彼女はこれが餌だと言う。



「共通点は非公式で"魔王"に挑んだ奴、あるいは挑戦しても無視されたと呟いた奴や。うちの寝床も載っけたから"リスク"は今日か明日中に来るやろな」

「お前、何してんだよ!?」



 カガミは会話しながらも手を動かし続け、『"魔王"に負けたから一泊して帰ります。流石、"魔王"と言うだけのことはあるな。泊めてくれるらしい』という投稿を終えていた。



「……ふぅん」

「待て待て。俺が泊めてやると言ったわけじゃない! 話、聞いてただろ」



 ジト目を向けるシオンに釈明するシンを見て豪快に笑っているカガミのスマートフォン内では信じられない勢いでいいねが押され、一気にトレンド入りしていた。



「あ、ごめん。めっちゃ拡散されたみたい。炎上したら言うて。たこ焼きくらいなら奢るから」

「いらねーよ!」



 リョウは相変わらずニヤニヤしながら退散しシンの自宅には亜梨乃、シオン、カガミの三人が上がり込んだ。

 シンの母と面識のあるシオンは遠慮なくソファに座り、お気に入りの紅茶を啜る。

 亜梨乃はぎこちなくシンの母に挨拶しながら固まっており、カガミは何故か台所で母の手伝いをしていた。



「お前ら自由だな」

「別の女の子を二人も連れて来て。Aimeeエメちゃんのご両親になんて言えば良いのよ」

「何も言わなくて良い。そっとしてて」



 まさか自分の息子が節操なしだとは思っておらず少なからず落胆したが、シンの父親の顔を思い浮かべると納得してしまう部分もあった。

 変な所ばかり似なければ良いのに、と声には出さずに愚痴を溢す彼女は今日の仕事を全てキャンセルした。

 自分の不在時にもしもの事があればフランスの御令嬢を預かる身としての立場がない。



「で、どうするんだよ?」

「夜道をブラブラしに行けば良いんちゃう? 危なかったら助けてな」

「あのカードがあれば大丈夫だろ」

「そんな事ないと思うよ。決定打に欠けるよね。カテゴリーに囚われないんじゃない、カテゴリーに定着できない中途半端なカードだと思うな」



 憤るカガミと澄ましたシオンは相性が悪いらしい。

 触らぬ神に祟りなしである。シンは二人から離れて座る亜梨乃の隣に腰掛けた。



「麻々乃は? 最近、別行動が多いみたいだけど」

「そうなんだよね。お母さんにはバイトしてるって言ってるみたい」

「亜梨乃は聞いてないのか?」

「少し前に喧嘩しちゃって。それからはあんまり」



 コップを両手で持つ姿が寂しげで、何とか姉妹の仲を取り持てないものかと考える。



「貴女が"リスク"と戦うつもり?」

「うちが負けたら後は任せるで」

「なんで、わざわざ危険を冒すんだよ」



 カガミは似合わない微笑を浮かべ、病院で最後に見た兄の姿を思い出した。



「兄貴は"リスク"にやられたんや」

「なに!?」

「これはうちの勘違いかもしれんけど、"魔王"に勝ったから報復を受けたんやと思う」



 その時、シンの鼓動が跳ねた。

 悪い想像が湧き上がり、波のように押し寄せてくる。

 そんな筈はないと自分に言い聞かせ、悪い想像を頭から追い出した。



「"リスク"は強力なカードを持ってる筈だから注意した方が良いよ。三人がかりでも勝てないかもね」



 呟きながら指を折る亜梨乃は誰が頭数に含まれていないのか考える。



「わたしなら勝てると思うな」



 シンに向けられた自信に満ちた表情は親に褒めて欲しがる子供のように純粋なものだった。



「たとえ相手が誰であったとしても、どんな結末を迎えたとしても、後悔しないならわたしがこの騒動を終わらせてあげるよ」



 シンと亜梨乃を交互に見つめるシオンの言葉は最終勧告のようだった。嫌な想像の裏付けをされているようで目を背けたくなる。

 流石のカガミも空気を読んだのか黙っていた。



 自分達がネットと現実世界を騒がせている犯人を特定し、終止符を打つ事が出来るなんてワクワクする展開だが、シンの心はこれっぽっちも昂らなかった。

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