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第73話 立場が変わると景色も変わる

 二人は同時にカードをセットする。


「うちは【憑神つきがみ小妖怪しょうようかい】を召喚」

「俺は【魅惑みわく小悪魔こあくま】を召喚」


 純白黒尾の兎と同時に現れたのは、ちょこんと座った犬だった。

 カテゴリーghostゴーストと聞いていたが、名称には神の文字が入っており、見た目もこれまでに見てきたghostゴーストのカードとは異なる印象を受けた。


「ランクアップ・エヴォリューション」


 角と翼を得た兎がシンの前で立ち上がる。

 歩行者の多くはスマートフォンで写真や動画を撮り始めたが、それらを無視してカガミとのバトルだけに集中する。


「ランクアップ・エヴォリューション! 頼むで【憑神の妖怪】」


 大人しそうな犬を包む繭が開くと、首から下がモヤモヤとして実体がない犬のモンスターが現れ、ランク序とは異なり宙に浮いていた。


「カテゴリーghostゴーストで間違いなさそうだな。俺は【魅惑の魔物】で【憑神の妖怪】を攻撃」


 毒の尻尾が実体のない体をすり抜けたが、ダメージ判定されたようで【憑神の妖怪】は毒状態となる。


「いつも通りやな。こっからは逃げるんやろ? 【憑神の妖怪】の効果発動や!」


 憎しみのこもった瞳が向けられると、シンのシエルデヴァイスが震え【魅惑の魔物】の体力ゲージが半分になっていた。

 兎に目立った傷はなく、ただ体力が減らされただけのようだ。

 不思議そうに小首を傾げる兎の姿がなんとも愛らしい。


「もう一度、攻撃だ」


 毒ダメージが倍になるも、カガミはまたしても効果を発動させた。

 契約カードのカテゴリーのみでなく、全く怯まない姿勢も兄であるカガリと同じだった。

 しかし、彼女は純粋にバトルを楽しんでいるわけではない。


 【魅惑の魔物】の体力ゲージは更に半分となり、無傷の兎が不安げにシンを見上げる。


「俺は回避を命じる」

「なんや、また舐めプか? そうやって兄貴に負けたんやろ!」


 【魅惑の魔物】は防御に秀でているカードではない為、相手の攻撃力次第では通常攻撃を受けただけでも負けてしまう。

 そう判断したシンはいつも通りの戦法へ移行したが、カガミはまたしても効果を発動させた。

 更に半分となった体力ゲージを表示するシエルデヴァイスを見下ろしていると、一つの仮説に辿り着いた。


「妖怪を名乗り、神の効果を持つカードか。でも、欠点があるはずだ。そいつは攻撃ができないんじゃないのか?」


 無言を肯定と捉えたシンはゆっくりと瞼を開き、鋭い視線がカガミに突き刺さる。


「それなら、本物を見せてやる」

「ッ!?」


 日本代表決定戦の決勝戦と似た展開を演出する。

 しかし、今日のシンは挑戦者ではなく、挑まれる側――過去のカガリと同じ立場で彼の妹を追い詰めようとしていた。


 右腰のデッキケースから三枚目のカードを取り出し、晴れ渡る空へと掲げる。

 徐々に呼吸が速くなり【魅惑の魔物】との呼吸パターンが破綻していくと、耐えがたい呼吸困難感が押し寄せて来る。

 そして、肺の中に残った僅かな酸素を絞り出して呟いた。


「ランクアップ・ファイティング・エヴォリューション」


 人型となった【色欲の魔兎】は視線を【憑神の妖怪】に向けたまま、シンに向かって腕を伸ばす。

 色白の腕を甘噛みし、呼吸を整えたシンが姿勢を正すとギャラリーの中にリョウ、亜梨乃、シオンの姿を見つけた。

 シオンは満面の笑みだったが、リョウと亜梨乃の表情は浮かないもので【色欲の魔兎】を召喚した事に驚いている様子だった。


「ランク急。兄貴が見た事ないモンスター」

「どうする? あんたも進化させるか?」


 カガミはシエルカードゲームアプリにある課金アイテムの使用画面を睨みながら唇を噛み締める。

 60秒からカウントダウンが進み、彼女の額からは汗が流れ落ちた。

 残り10秒となり、震える指先でスマートフォンに触れようとした直前、シンの声が耳に届き、ハッと顔を上げた。


「もっと自分と契約カードを信じろ。これはカガリさんの言葉だ。妹のあんたがそんな物に頼るなよ」


 カウントダウンが0になり、1ターン前と同様に効果の発動が自動選択されて、【色欲の魔兎】の体力ゲージが更に半分になる。


「俺は【色欲の魔兎】で【憑神の妖怪】を攻撃」


 腕を組みながら毒の尻尾を突き立てた【色欲の魔兎】は呆れた表情でシンを振り向く。

 シンはその視線を無視してカガミに語りかけた。


「そろそろ【憑神の妖怪】の体力が危ないだろ。次のターンは回って来ないかもしれない。このバトルは俺の勝ちだな」


 出血するのではないか、と心配してしまうほどに唇を噛むカガミは両頬を三回叩いた。


「アホなこと言うな! うちは日本最強"九尾ナインテール"カガリの妹で、カテゴリーに縛られへんカードと契約してるんや! うちのカードが最強なんや!」


 【憑神の妖怪】の熱い眼差しがカガミを捉える。

 彼女が心の中で問いかけると契約モンスターの声が聞こえたような気がした。


「これが、うちとこの子の究極進化やッ!」


 カガミの荒い呼吸と【憑神の妖怪】の息吹がぶつかり合い、初めて経験する呼吸困難に襲われる。

 彼女のカードを信じる想いと、【憑神の妖怪】のカガミに寄り添う想いがぶつかり合い、やがて本来あるべき姿を取り戻す為の供物となった。


「ランクアップ・ファイティング・エヴォリューション!」


 禍々しさと神々しさを兼ね備える獣型のモンスターが現実世界に降臨する。

 その姿は犬の頭部だけを露出して体全体をモヤモヤの布団で覆っているかのようだった。

 

「【呪詛じゅそ妖犬神ようけんじん】を召喚」


 息を弾ませるカガミのシエルデヴァイスに表示されている好感度は91%から100%に上昇している。

 シンはバトル中に好感度が低下してモンスターが退化する現象を見た事はあるが、逆の現象を見たのは初めてだ。


 もしかすると、カガリも今のシンと同じ気持ちだったのかもしれない。

 それは強者にしか分からない心理だ。

 自分よりも弱いはずの相手が必死に食らいつき、覚醒し、逆転の一手を打とうとしている。

 高揚感と恐怖感の入り混じった感情が湧き上がり、シンは笑みを抑えきれなくなった。


「俺は悪いことをしたんだな」


 決勝戦ではそんな昂りに水を差すような真似をしてしまったのだと今更ながらに後悔する。

 だからこそ、彼女の本気を受け止め、本気で叩きのめしてやろうと心に決めた。


「俺は【色欲の魔兎】で【呪詛の妖犬神】を攻撃!」

「行動不能には絶対にならへん! 【呪詛の妖犬神】で【色欲の魔兎】を攻撃ッ!」


 勢いよく突進する神の名を持つ妖犬の真正面に立つ、ウェルヴェリアスは余裕の表情を崩さなかった。


「【色欲の魔兎】の効果発動! 俺のモンスターは攻撃対象に選択できない!」

「それでもや!」


 【呪詛の妖犬神】の牙が【色欲の魔兎】の鼻先に届く寸前、攻撃は掻き消され、猛毒のダメージで体力が全て奪われた。

 名残惜しいように現実世界から姿を消した【呪詛の妖犬神】を見送りながら、膝をついたカガミの瞳からは大粒の涙が落ちた。


「俺たちの勝ちだ」


 シンはディスクから三枚のカードを取り外し、デッキケースに戻したが、なぜか兎の姿に戻ったウェルヴェリアスがアプリから召喚された。

 シンの腕に抱かれ、ニンマリと笑いながら口をモグモグと動かしている。


 ギャラリーからの拍手は鳴り止まず、気づかぬうちにテレビ局まで取材に来ていた。

 シンはカガミと共に無言で歩き出し、人混みに紛れて駅へ向かった。


「こういうの慣れてんの?」

「あぁ。こういう対応をするとネットで叩かれる」


 人懐っこく笑う彼女がキャリーケースにシエルデヴァイスをしまっているとリョウ達が合流した。

 シンもシエルデヴァイスとデッキケースをリュックにしまい、何食わぬ顔で電車に乗り込む。


「そうや"魔王"。一泊、泊めてや」

「なんで!?」

「うち帰りの新幹線代しか持ってないんよ」

「じゃあ、今から帰れば?」

「なんてことを言うんや! 片道二時間! 初めてのファイティング・エヴォリューション! もう動けへん!」


 駄々っ子のように「イヤや、イヤや」と繰り返すカガミを何としても帰したい。

 シンは笑顔の裏側に嫉妬心を貼り付けたシオンから放たれる無言のプレッシャーを受け止めているのだ。


「タダとは言わん。ちゃんとお礼するで」


 ニヤニヤしているリョウとハラハラしている亜梨乃。

 シンは全く期待せずに「なんだよ」と聞き返した。


「ウチが"リスク"の囮になったる」


 ポカンとする三人をよそに、シオンだけは意味ありげに目を細めていた。

【憑神の小妖怪】→【憑神の妖怪】→【呪詛の妖犬神】

ランク:序→破→急

カテゴリー:ghostゴースト

モチーフ:犬霊の憑き物 犬神いぬがみ

効果:序・破…相手モンスターの体力を半分にする。このカードは通常攻撃できない。

   急…効果を失う代わりに通常攻撃が可能となる。

契約者:日本人 カガミ

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