第62話 魅力的なアイテムと彼女
授業を終えて久々に馴染みのカードショップへ向かう。
二人で下校する機会も減ったな、と考えているとリョウが足を止めた。
「ランク急への進化ってのはそんなにキツいのか?」
「あぁ、呼吸困難感がヤバい。それ以外は何とも無いけどな」
「好感度はどうすれば上がると思う?」
「さぁ、俺よりもお前の方がその辺は詳しいだろ。俺はデイリーボーナスを稼ぐ要領でアプリを起動してただけだ」
仲間内でランク急のモンスターへ進化させたのはシンだけだが、彼も一度だけしかその経験をしておらず、リョウの納得のいく回答は出来なかった。
昨年から鷺ノ宮エンタープライズのお陰でランク急のカードは手に入りやすくなったが、好感度100%を達成出来る者は限られている。
好感度の仕組みはまだ公表されておらず、ただの契約者はともかく、プレイヤー達は躍起になっているのが現状だ。
「お前には関係ねぇが、こんなもんがあるんだよ」
スマートフォンを覗くとシエルカードゲームのアプリ内で販売されている課金アイテムが表示されていた。
金額は破格の五百円。
そのアイテムは無条件に契約カードとの好感度を100%まで上昇させるものだ。
「そんな物が売ってるのか。そこまでしてランク急に進化させたいのか?」
「お前には分からないだろうが、手に入れるだけじゃ満足できないんだよ。実際に【蓬莱山を背負う霊亀】を使ってみたい」
「止めはしないけど、オススメもしない。俺はもうバトルはしない事に決めた」
「発症が怖いのか?」
「あぁ、怖いね。それに俺は目的を達成したんだ」
既に【魅惑の小悪魔】を【色欲の魔兎】に進化させて戦っている姿を彼女に見せており、三枚のカードの実物を握らせてもいる。
今のシンは"戦う理由"を失い、一年前のシエルカードゲームに興味のない振りをしている時期と同じ顔に戻っていた。
カードショップに着くと二人は異変を察知した。
それはカードショップという空間に似つかわしくない光景で店の前には女性客が押し寄せており、我先にとシエルカードのパックを購入している。
購入と同時に開封し、公式ショップへ駆け込む者やトレードを申し出る者、スマートフォンの操作を始める者と様々だった。
「久々に来るとこうも変わってるもんか?」
「あれのせいだ」
ビルに備え付けられた巨大なスクリーンには中高生に人気の男性アイドルグループのメンバー達が契約済みのモンスターと戯れているCMが流れていた。
最近では著名人も契約者となり、契約モンスターとの写真をSNSに上げたり、共にテレビ番組に出演したりしている為、シエルカードゲームの売り上げは右肩上がりとなっている。
更にもう一つ彼女達がこのカードショップでパックを購入する理由があった。
「あ! 来たわ、シンよ!」
「本当だ! 初めて見た!?」
「やっぱり、この店の常連って噂は本当なんだ!」
世界大会後からシエルカードゲームを辞めた上に帰国後はシオンとの時間が多くなりカードショップにも顔を出さなくなったシンはこんなにも女性が殺到しているとは知らなかった。
瞬く間に囲まれ、写真を撮られたり、サインを求められたりと揉みくちゃになっていると、腕を引き寄せられ女性達の輪から抜け出せた。
「……皇!?」
「よっ! 魔王っ、お久しぶりっ! お友達も一緒に走るよっ」
腕を掴んだまま走り出す彼女について行くが、想像よりも彼女の足は速かった。
閑散としている公園で息を整え、改めて皇に礼を伝えていると距離を詰められ、何故シエルカードゲームを辞めたのか問い詰められた。
「シエル症候群の発症リスクを背負ってまでゲームをする理由がない。どうしても納得出来ないなら、そうだな……。俺は全クリしたんだ。カード集めも、好感度上げも、ランキング戦も。やり残した事はないんだよ」
「そっか。なんだか寂しいな。世界大会の最終試合……結果はどうあれ、あの時のシン君は最高に格好良かったっ」
最後のバトルには苦い思い出しかない。
契約モンスターの谷間に顔を埋めて呼吸を整える様子を世界中に放送され、勝利したと思ったら対戦相手が病気を発症したのだ。
シンにとって、かつて無い程のトラウマを植え付けた最悪の試合である。
「皇はランク急のカードを手に入れたのか?」
「公式サイトで定価でゲットしたよっ。まだ好感度は足りないけど、セール中の課金アイテムがあるから、買っちゃうかもっ」
まんまと鷺ノ宮エンタープライズに乗せられているような気がしてならない。
シンは皇にもリョウと同じく忠告だけして別れた。
「なんかお前、モテ期来てね?」
「そんな訳ないだろ。一時的な気の迷いだ。それに俺にはシオンが居る」
「おぉ! お前の口からそんな言葉が聞ける日が来るなんてな。そういや、彼女だけどな――」
リョウはシンの知らないシオンの一面を話し始める。
* * *
とある日。
職員室へ向かったシンと入れ替わるように他のクラスの男子生徒が教室を訪れ、談笑しているシオンに交際を申し込んだ。
呆気にとられるクラスメイトに反して、シオンだけは令嬢風の表情を崩し、嫌悪感を隠そうともしない。
「私にはシンが居るから」と自分を抑えつけながらやんわりと断っていたが男子生徒は食い下がった。
「あんな根暗よりも俺の方が絶対に良いって! じゃあ、一回だけデートしようよ、シオンちゃん」
次の瞬間、シオンは机を叩きながら立ち上がり、クラス中が一気に静まり返った。
「その名を気安く呼ぶなッ!」
普段は大人しい名家の令嬢で居続けるシオンだが、本来の彼女は二人の兄と渡り合える強かさを持つ女性だ。
その本性は家族だけに見せるものであり、このように人前で激昂する事は人生で初めてだった。
「ファーストネームを呼んで良いのはお祖母様とシンだけ。私に触れて良いのはシンだけ。私の魔王を貶すなら容赦しない」
制服の胸ポケットから取り出されたスマートフォンにはシエルカードゲームのアプリが起動しており、彼女の契約する猫が「フーッ!」と鳴きながら、毛を逆立てて体を弓なりにしている。
スマートフォンを取り出した瞬間に彼女が何をしようとしているのか理解したクラスメイトが我先にと教室を出て行く。
昨年、教室内に【干天の幻獣】を召喚した亜梨乃を知っているからこその対応だった。
しかし、教室内に威嚇する猫が現れる事はなく、乾いた音だけが木霊する。
「申し訳ありません、お嬢様」
彼女の腕を掴んだ付き人のアレクサンドレは右頬を真っ赤に染めながらも主人の蒼い瞳をジッと見下ろす。
八つ当たりをして冷静になったのか、シオンは何事も無かったかのように制服を整えて椅子に座り直し、アレクサンドレはスーツを整えて定位置となった教室の後ろに移動したのだった。
* * *
「へぇ。そんな事があったのか」
「お前の婚約者、マジでおっかねぇ。あれ以来、彼女に下心を持って接する奴は居なくなったし、お前らを茶化す奴も居なくなったと思うぜ」
「……あぁ、確かに。登下校中も視線は感じても何も言われなくなったな」
「それ、彼女のお陰だ」
当初からシオンの事を男だと思って接していたシンにとって、今のお淑やかな彼女の方が違和感が強い。
そこまで想ってくれているのなら嬉しい、とでも言うように頬を緩ませているシンの姿を知っているのは隣で呆れているリョウだけなのだった。




