第61話 フリーライター風間の記事
風間が書いた記事を読み漁っている麻々乃は、最近売れ始めたが人気絶頂の中で忽然と姿を消した俳優について書かれたものを見つけた。
彼は失踪する直前にインタビューを受けており、人生のターニングポイントについて聞かれた際に進堂が内閣総理大臣を拝命した日、つまり鷺ノ宮 朝陽がシエルデヴァイスとシエルカードゲームアプリの最終アップデートを完了した日であると答えていた。
その日から現実世界にはカードに描かれたモンスターが召喚可能となり、今では共存と言って良い程その光景が日常になりつつある。
あの日、彼も契約モンスターを現実世界に召喚したらしい。
その結果、運気が向上してブレイクに繋がったという話だった。
実際にインターネットで検索すると、彼がインフルエンサーとなりシエルカードゲームの契約者が増加したのではないか、という記事も出てきた。
それから彼にはドラマ、映画、CM、モデルと数多くの仕事が舞い込んできたようだ。
その様子はまるで眠っていた才能が開花したようだ、と周囲の人達は口々に語っていたらしい。
しかし、彼は姿を消した。
何かの事件に巻き込まれたのではないか、という噂もある中で風間はシエル症候群を発症した為、国が開設した専門病院に入院しているという仮説を唱えた。
どういう理屈なのか理解出来なかった麻々乃は風間にメッセージを送ったが、全く相手されなかった為、切り札としてシンの名前を出した。
すると、風間が興味を持ち、シンの情報を渡す事を交換条件にその俳優についての詳細な情報を得た。
風間は幾日にも渡り自宅前を張り込み、その俳優が一体のモンスターを連れている姿を写真に収める事が出来た。
その写真には笑顔の男性と若くて美しい女性が写っていたが、更に数ヶ月後に撮られた写真と見比べると彼は明らかにやつれていた。
忙しい日々を過ごした結果と言われれば納得出来るが、彼の隣に写る若くて美しい女性は数ヶ月前よりも更に若々しく活気に満ちている。
その写真を見た瞬間に麻々乃は精気を吸い取られているのではないか、と考えたが風間も同様の意見だったようでそこから何のカードと契約しているのかを探ったようだ。
風間は鷺ノ宮エンタープライズに取材を行い、入手したカードのリストから該当する一枚を見つけた。
そのカード名は【愛人の小妖精】。効果は何らかの才能を与えるというものだろうと考察した。
次に問題となったのは、その俳優がシエルカードゲームのプレイヤーではなかったという点だ。
最近はカードとの契約を行い、ペット感覚で連れ歩く者達が多くなり、バトルしている人口は増えていないというデータも出ている。
更にシエル症候群はバトルで敗北した事により一定の確率で発症するのではないか、と考察した論文も出てきている。
そうなると彼は召喚しているだけで契約モンスターから何かしらの恩恵を受け、バトルに負ける事なくシエル症候群を発症した症例になり得ると考えた風間は直接、専門病院へ赴いた。
しかし、患者の家族以外は面会禁止となっており、中に入る事すら困難だった。
その後も取材を続け、シエル症候群発症について一つの仮説に辿り着いた。
シエルカードとの契約は魂の契約。
だからこそ、一人一枚のカードとしか契約出来ず、その契約を解除する事は出来ない。
契約者はカードに描かれたモンスターを使役し、戦わせる事が出来る。
モンスターが持つ効果はバトル時以外でも日常的に発動させる事ができ、契約者はその効果の恩恵を受け取れる。
しかし、バトルでダメージを負ったり、バトルに負けたりした場合と効果の恩恵を受け続ける代償として少しずつ魂が削られる。
魂を消耗した契約者は意識不明となり、シエル症候群を発症する。
これが風間の仮説だ。
この情報を知った麻々乃は驚く訳でも嘆く訳でもなく、冷静に分析してその仮説が正しいと判断した。
シン達に伝えるべきか悩んだが、曖昧な情報を伝えて混乱させたくない思いから黙っておく事にした。
幸いな事にランク急のカードへ進化させたシンの身体に異変はなさそうで、リョウや亜梨乃もモンスター効果の恩恵を受けている様子はない。
この仮説が間違っている可能性も捨て切れない麻々乃はこの話を胸の内に秘めて、そっとパソコンを閉じた。
続いて取り出したタブレットの中には新聞の切り抜き画像が保存されている。
『鷺ノ宮エンタープライズの研究所が爆発! 犠牲者が出なかった事は不幸中の幸い!』と見出しに書かれた新聞の一面だ。
麻々乃が小学生の時に起こった事件で連日ニュースになっていた事を覚えている。この記事についても風間は調べ上げており、その中に思わず目を見開くものがあった。
それは研究所爆発事件に巻き込まれた少年についてまとめたものであり、その少年の特徴がシンに類似していた。そのような話はニュースでも新聞でも見た事はないが、当時はただの政治家だった進堂が事実をもみ消したと風間は決めつけているようだった。
この少年が本当にシンなのかは不明だが、麻々乃は真実に近付こうとしていた。