第39話 天使は舞い降りた
シンはまたしても有名人へと逆戻りし、これまでとは比べ物にならない程の脚光を浴びる事になってしまった。
「くだらないカードゲームに現を抜かすな」と終業式に語っていた校長は手のひらを返したように校舎に横断幕を掲げ、マスコミの取材を受けた。
全校集会にもカメラを迎え入れ、シンを激励している様子をテレビ放映させた。
それらの行動が彼の知名度アップに拍車をかけている事は言うまでも無い。
「お前も大変だな。これじゃ辞退は難しいんじゃねぇの?」
「あぁ。外堀を埋められていくのが分かるよ」
机に突っ伏すシンの前の席に座ったリョウが紙パックのカフェオレを置く。
顔を上げ、チラリを覗き見たシンは起き上がり、さっさとストローを刺して飲み始めた。
「俺は四天王になってたらしい」
「聖魔幻妖の四天王な」
「は?なんだって!?」
聖魔幻妖とは【忠義の聖騎士】、【魅惑の魔物】、【果実を守護する幻獣】、【九尾の妖狐】の持ち主であるンドゥー、シン、冬姫、カガリの四名を指す名称である。
誰がそう呼び始めたのかは定かではないがネット上で拡散し、既に定着している。
その中に日本同率三位の皇の名は無いが、彼女の功績では含む事が出来ないというのがファン全体の意見だった。
「またシエルカードのニュースだよ」
「これで何件目?」
「でも関係ないって話でしょ?」
クラスメイトの話し声が二人の耳に入ってくる。
リョウのスマートフォンを覗き込むと画面には、『またしても意識不明の男子学生が救急搬送。直前までシエルカードゲームに没頭。因果関係は如何に!?』と書かれており、コメント欄では様々な憶測や意見が飛び交っていた。
勝手にスクロールしてコメントを読んでいたシンはピタリを手を止め、無意識にそのコメントを読み上げる。
「シエルカードは魂の契約。モンスターが敗北するとプレイヤーの魂が砕ける……? だから、一枚しか契約が出来ない……?」
「こっちも面白いぜ。馬鹿なプレイヤー共は契約モンスターに魂を吸われている! だってよ」
実際に意識不明となった人達を見たわけではないが、心当たりがあるような気がしてならない。
海の家での一件もそうだ。バトル中は元気だった店主の妻がランク急のカードを使用してから体調不良で店の奥で休んでいた。
それに謎のフランス人からの忠告文とも一致する。
自分達はまだランク破のカードしか使用しておらず、ランク急のモンスターへ進化させていないから実害がないだけではないかと不安になった。
「お前は大丈夫なのか? 亀のランク急のカードを持ってるんだろ?」
「こんな、でまかせを信じるのかよ。それに俺はまだ好感度が足りないから進化出来てねぇよ」
鷺ノ宮エンタープライズの粋な計らいにより世界的にランク急のカードが普及し始めている。
以前と異なり、ランク序のカードだけで勝つ事は不可能に近い環境になってしまった為、バトルメインで楽しんでいる者達は必然的に進化先を探す事になる。
まったり育成組も好感度を上げる事を目的としており、その先には必ず進化が待っている。結局、ランク急のカードを求めてしまうのだ。
こうして町中にはモンスターが溢れ、巨大なモンスターがビルを破壊しないように歩いていたり、飛んでいたりする光景が日常になりつつあった。
「久しぶりに付き合えよ」
リョウの声で深い思慮の底から引き戻されたシンはカフェオレを飲み干し、ゴミ箱へ放り投げた。
「カードショップか?」
「この前、知り合った人が二十歳を超えてんだけど、シエルカードの契約をしたいから色々教えて欲しいってよ。お前は契約を見た事がないだろうから一緒に来いよ」
確かにシンは【魅惑の小悪魔】と契約した記憶が無いにも関わらず、使用出来るという謎の現象が起きている。
ネット上で噂になりつつあるシエルカードゲームの契約について知る事は何か重要な手掛かりになるかもしれないと考えたシンは放課後リョウと共に馴染みのカードショップへ向かい、一人の男性と出会った。
遠目からでも分かる猫背で気弱そうな彼はリョウに気付き、頭を下げた。
「よろしく」
「はい。こいつも同行して良いですか?」
リョウがシンの肩を叩きながら紹介すると男性は素っ頓狂な声を上げて、体を硬直させた。
このような対応をされるのは初めてではなく、いつも通りに会釈を返した。
「ま、ままま"魔王"!?」
半ば呆れつつ最寄りの公式シエルカードショップへと歩き出したシンの後に続くリョウと男性。背後からは彼らのヒソヒソ声が風に流されて聞こえてきたが、それらを全て無視する。
入店すると感じの良い店員が気持ちの良い挨拶で出迎えてくれた。シンが本当に【魅惑の小悪魔】と契約済みなのか確認した時に対応してくれた人だ。
「有名人になられて驚きました。思った通り、お客様のカードは七枚之悪魔でしたね」
「あの時はお世話になりました。成り行きでこんな風になってしまって困惑しています」
「今日はどのようなご用件でしょう」
気弱そうな男性の前に立つリョウが店員に説明すると窓口に案内された。
横並びで椅子に腰掛けながら店員の読み上げる誓約書の内容を書く。生命保険や携帯電話の契約時と同じような手続きで部外者には退屈なものだった。
そして、遂に契約の時を迎える。
男性が財布の中から取り出したカードはこれまでに見てきたどのカードよりも清らかだった。
そのカード名は【車輪の御使】
シンの持つ悪魔のカードに大ダメージを与える事ができるカードである。
「……三枚之天使――」
店員の呟きを聞き逃さなかったシンは咄嗟に食い付いた。
シンのカードのカテゴリーを言い当てた人物だ。きっと何か知っているに違いないとチャンスに飛び込む。
「お客様のカードが世界に七枚しかないと言われていますが、こちらのお客様のカードは世界に三枚しかないと言われています。未発表の枠組み、カテゴリーangel」
男性は先程までの猫背を更に丸めて手に持つカードを凝視した。
彼は購入したパックから天使のカードを自引きした超絶ラッキーボーイだ。彼の瞳に光が宿って行く様子は誰が見ても明白だった。
カードとスマートフォンを機械にかざす事だけでカードとの契約は完了し、彼は契約者となった。
初めての契約見学を終えたシンが椅子から立ち上がると男性の声が店内に響いた。
「お前! さっきから僕を馬鹿にしていただろう!」
「……はい?」
ついて来いと言われたからこの場に居るだけなのに難癖をつけられたシンは少なからず困惑したが、その気持ちが男性に伝わる事はなく、逆に高圧的な印象を与えた。
「何が魔王だ!? 僕の天使がお前を浄化してやるー! 僕とバトルしろっ!」
「俺はカードを持ち歩かないのでバトルは出来ません」
「なんだよ、それ! また僕を馬鹿にして!」
一人興奮する男性から視線を外し、リョウと店員の方を向くと憐れみの目を向けられていた。
店員も静かに立ち上がり、男性の背中に声をかける。
「お客様、当店でのバトルは禁止されています。穏便にお願い致します」
「う、煩い! 僕は世界に三枚しかない天使のカードを持つ者だぞ!」
「それではアプリでのオンラインバトルをお勧め致します。公式大会の予選を行うアレです。ものの数分で勝敗が決しますよ」
やる気満々の男性はスマートフォンを机に叩きつけ、腕組みしている。
対してシンは気怠そうにアプリを開き、オンラインバトルの申し入れを受けた。
たった一分。
もしかすると一分も経っていなかったかもしれないが、スマートフォンの画面には『winner シン』と表示されていた。
「何故だ! 悪魔が天使に勝てる筈が無いのにッ! 公式がインチキして良いのかよ!!」
「こちらのお客様は日本二位の実力をお持ちの上、カードとの好感度も相当高いと存じます。お客様は先程、カードとの契約を終えたばかりで好感度は0%ですので何度やっても勝ち目はありません」
顔を真っ赤にした男性は悪態をつきながら、店頭を後にした。
ポカンとしているリョウを睨み、「よくも巻き込んだな」と思念を送り続けると彼は両手を合わせて屈託の無い笑顔を向けた。
「こんなのが続くなら、俺はシエルカードを止める」
「悪かったよ。拗ねんなって。迷ってるのは分かるけど、俺はお前が世界一になる姿を見たい」
「……帰るぞ」
本心をぶつけたリョウは寂しげに眉をひそめるのだった。




