第20話 国際トレード
店内に入ると学校とは異なる反応で出迎えられた。
投げかけられる質問はカード絡みの事が八割で、戦略を考察するグループの話が一番盛り上がった。
「おめでとさん。これは俺からの祝いの品だ」
「えー、良いなー! 店長さん、私も同じの欲しいです」
店長から渡された物はシエルカード専用のデッキケースだった。
手触りの良い質感で中は三枚のカードが入るように仕切りがあり、段差になっている。
シンは公式から販売されている新商品をプレゼントされたが三人は同じ物を割引価格で購入した。
「麻々乃も買ったのか?」
「仲間意識」
デッキケースの本体は黒色だが『シエルカードゲーム』の文字だけは色が異なり、それぞれが別の色の物を購入した。
亜梨乃は早速開封し【干天の小動物】のカードを入れて何度も開けては閉じてを繰り返している。
そんな彼女を横目にシンは展示されているシエルデヴァイスの前にしゃがみ込んだ。
「お前さんが使ってたやつは最新モデルだ。こいつにビジョンシステムは搭載されてないし、ただの飾りだよ」
「店長も使った事があるんですか?」
「いや、無い。俺はプレイヤーじゃなくてバイヤーだからな」
カードショップを後にすると四人はファミレスに入り、四人席を陣取った。
珍しく急かすシンを促され、麻々乃がSNSを開くと例のフランス人の呟きはまだ開示されていた。
シンに代わり、フランス語で交渉を持ちかける麻々乃を三人が凝視する。
本当に同い年なのかと疑いたくなる程に優秀な彼女は素早く文字を打ち込んだ。
『突然のダイレクトメールをお許し下さい。呟きを拝見しました。当方は貴方様の希望の品を所持しています。ご連絡をお待ちしております』
『貴方はMonsieur シンですか?』
画面に張り付いていたのかと思う程に早い返信に驚いた一同は顔を見合わせた。
『シンは隣に居ます。フランス語の出来ない彼に代わり、代理でメッセージを打っています』
『日本語で構いませんので彼の言葉でメッセージを下さい』
画面から視線を離した麻々乃は怪訝な顔をするシンに向き直り、彼或いは彼女からの言葉を伝えた。
麻々乃のタブレットを借りて、日本語を打ち始めたシンを三人で見守る。
『私がシンです。魔王杯を優勝し、その賞品として【嫉妬の魔猫】を手に入れました。貴方の所持する【魅惑の魔物】とトレードして下さい』
『拝見していましたです。貴方は契約カードの進化先である【魅惑の魔物】を手にする為に【色欲の魔兎】を放棄したのでありますね』
なんと交渉相手はぎこちない日本語で返信を送ってきたのだ。
返信の時間は遅かったが、それでも理解できる内容の文章だった。
驚きを隠せないシンは動揺しつつも交渉を続ける。
『その通りです。我ながら奇怪な事をしていると思いますが、どうしても【魅惑の魔物】のカードを手に入れたかったのです』
『では、こちらに【嫉妬の魔猫】を送って下さいませ。空輸料はこちらが払いますですよ』
男か女かも分からない取引相手は先に品を寄越すように指示してきたが、着払いで良いと申し出た。
相手を信じて良いものかと悩んだシン達だったが、国際郵便の利用方法を調べ、準備を整える事にした。
自室で梱包作業を進めるシンは初めて【嫉妬の魔猫】のイラストをまじまじと眺めた。
そこには幼さの残る顔立ちの女性が手袋付きフードマフラーに手を突っ込んでいる姿が描かれていた。
しかし、それはただの女性ではない。
頭部には猫耳が生えており、手袋の先端の爪は土竜のように鋭く、生足の所々には魚の鱗が張り付き、小ぶりな尻から猫の尻尾が生えている。
更に近づいて見ると手袋付きフードマフラーのように見える物は肩から直接生えており、防寒用のアイテムでは無かった。
「攻めたデザインだな。猫の要素って耳と尻尾だけなんじゃ」
ランク序とランク破のカードを見ていない為、どのような行程を経てこの姿に進化するのかは分からないが、あまり良い印象は受けなかった。
丁寧に梱包を終えたシンは指定された住所へ発送し、外国から【魅惑の魔物】のカードが手元に届くのを待ちわびるのだった。