第4話-1
あれから夕食も食べる気になれず、ベッドに入っても眠ることもできなかった。与謝野さんはあれからずっと眠っているみたいで起きる気配はない。
十二時は刻一刻と迫ってきていた。
本当にこの厄介な能力を使いこなせるようになれるの? 霧原さんのこと信じてもいいんだろうか。裏切られるのはもういやだし。
――誘いに乗らない方がいいですよー。でないと後で泣くことになりますからー。
――司馬くんは今のままでいいんじゃない。
それに会長や伊能センパイの言った言葉も気になる。
あたし、このままでいいのかな? 能力が使いこなせないまま一生あの分厚いレンズのメガネを掛け続けるのかな?
考えれば考えるほど不安が大きくなっていく。
悩んだ末に、あたしは行くことを決意する。
パジャマから制服に着替えて、与謝野さんを起こさないようにそーっと出ていく。
でも、あの研究室に入るのってIDカードとかいろいろと必要なんだったっけ。どうしよう。
なんてのは余計な心配だった。霧原さんはあたしが来ると確信していたのか、研究室の鋼鉄製の厚い扉は開け放たれていた。
そこであたしを待っていたのは。
「来ると思っていましたよ」
研究室であたしを待っていたのは、昼間と同じ白衣姿の霧原さんだった。イスに腰掛けて、ゼナーカードをトランプのようにきっている。
そして、その後ろには美咲所長が、霧原さんの肩に手を回して立っていた。
やっぱり……騙された?
「勘違いしないでほしい。君の能力を使いこせるようにするのは、僕ではなく美咲所長なんですから」
「まさか霧原があなたを選ぶなんてね」
美咲所長は不服そうに言い捨てる。霧原さんにベタベタしちゃって、何だか昼間とはずいぶんとイメージがちがう。白衣も着てなくって、胸元が大きく開けた口紅と同じ赤いシルクのブラウスを着ている美咲所長は、あのサングラスをしていなければ完全に夜のご商売のお姉さんって感じだった。
「けど、あなたのように何もわからない人の方が扱いやすくて好都合かもしれないわね」
「それって、どういう意味ですかっ?」
別人のような美咲所長に、あたしは少しだけ強気に出てみる。
人を物みたいな言い方して。いったい何をしようとしてんのよ。
「すぐにわかるわ」
美咲所長がパチンっと右指を鳴らす。
同時に。
「っ?」
あたしの体は動かなくなった。まるで金縛りにあったみたいに、指一本もあたしの思い通りに動かない。と思えば、全身の力が吸い取られたみたいに萎えていき、あたしはその場にペタリと座り込んでしまう。
「―――っ!」。
声が出ない。どうなっているの?
「超能力っていうのは使い方次第でいろんなことができるのよ」
あたしの心を読んだかのように美咲所長は、冷笑を口元に浮かべて答える。
まさか、美咲所長も。
「そうよ。『ナギ族』の末裔よ」
まさか美咲所長も超能力者だったなんて。
だけど、こうゾロゾロと出てこられると、驚きがなくなってくるわよね。高校に入学してから出てくるわ出てくるわ。美咲所長で七人目だもんね。
あ、これも読まれている?
「えぇ。しっかりとね」
美咲所長はこめかみをピクピクさせていた。
「霧原、この子を地下へ連れていくのよ」
「わかりました」
霧原さんが脱力したあたしに近付いてくる。細い腕のどこにそんなパワーがあるのかって思うぐらい、霧原さんは軽々とあたしを抱きかかえる。
「見た目よりけっこう重いのですね」
霧原さんが耳元でこっそりとささやく。くすくすと笑う声が完璧にバカにしている。
霧原さんはあたしを抱きかかえたまま、奥へと進んでいく。そういえば、地下って言ってたけど。奥には天井に届きそうな大きな書棚があった。もしかして、これが地下への扉ってわけ? 何かホントに悪の秘密結社のアジトみたい。
書棚は真ん中に亀裂が入ったと思ったら、真っ二つに割れて地下への扉が出現する。
地下へと続く暗闇の階段が、あたしには地獄へと続いているように思えた。
両サイドに等間隔で設置されているチューリップみたいなランプに明かりが灯る。
エレベーターの方がずいぶんと合理的のような気もするけど。やっぱり秘密の地下とかっていうのは階段じゃないとダメなのかな。
霧原さんなんかだったら、テレポートであっという間に移動できちゃうのに。そうだ。霧原さんはサイコキネキスもあるんだから、いちいちあたしなんか抱きかかえる必要はないんだ。飛ばしちゃえばいいんだから。
「君ってあきない人ですね」
霧原さんが小バカにしたように笑う。
あーっ、あたしの心を読んだーっ!
「君の場合、読む必要はないんですよ」
それって、どういうこと?
「君の方から勝手に送りこんできているのですから」
それって、それって?
「自分には透視能力しかないと思っているようですが、君にはまだ他の能力もあるようですね。所長は気付いてないようですけどね」
それって、霧原さんみたいにテレパシーやテレポートもあるってこと? でも、あたしは霧原さんとちがって純血児じゃないのに。
「突然変異ということも考えられます」
あたしは天然記念物か?
「おもしろいことを言いますね。君みたいな子は初めてですよ」
何だか緊迫感に欠ける会話ね。もっともあたしは声には出してないけど。
霧原さんはあたしを地下に連れてって何かをしようとしている悪い人なのに、何フレンドリーにしゃべっているんだろう。でも、心の声だとこんなにも緊張することなく、霧原さんと話すことができるなんて。何だか不思議な感覚だわ。
って、そんなこと考えている場合じゃないでしょう、つぐみ! 何とかして助けを呼ばなくちゃ。だけど、助けを呼びたくても声が出ないし。
そうだ。伊能センパイ!
霧原さんの言うように、あたしに他の能力があるんだったらテレパシー能力のある伊能センパイにだけでも、あたしの声が届くかもしれない。
「ムダですよ。地下はそういうものを一切遮断するように出来ていますから。そうでなければ、僕もさっさとテレポートで移動しています」
ちぇっ。あたしは心の中で舌打つ。言われてみればそうだよね。
そうこうしているうちに、階段は終わった。そして、あたしは眼前にある光景に目を見張った。




