第4話-2
地下は上の研究室とは全然ちがっていた。研究所の真下が全部の敷地だ。入り口から手前半分を見たこともない機器類が、中央にある卵を立てらせたような大きな――大きなお相撲取りさんでも楽々入りそうなカプセルを取り囲むように設置されている。向こう半分はドラキュラが眠る棺桶を半透明にしたような箱が占めていた。すごい数ね。百以上はありそう。何だろう、あれ。ここからだと遠くってよく見えない。体が自由になれば、すぐ確かめに行けるのに。
あたしの考えていることがわかっているはずなのに、霧原さんは何も言ってはくれなかった。あたしは自分の視野の中に入ってくる光景だけに目を向けることにした。
霧原さんと同じ白衣姿の男の人が三人。機器の中にはめこまれているパネルを見て、何かをチェックしているみたい。あの人たちどっかで見たことある。あ、思い出した。昼間に上の研究室でゼナーカードの当てっこをしていた人たちだわ。普通の人だと思っていた人も、ホントはここの研究員だったのね。
ようするに、上の研究室は見学に来た人を納得させるためのカモフラージュってわけね。
どうしてそんなことする必要が。
「超能力者たちの身柄を保護するためよ」
少し遅れてきた美咲所長が答える。
「ここには数百人もの超能力者たちが眠っているわ」
美咲所長が何かの機器の前に座わって、パソコンのキーボードみたいなのを操作すると、一番大きな――百インチぐらいのモニターに、あたしが気になっていた半透明の棺桶が映し出される。
中には人が入っていた。これって、本物の棺桶だったの? でも、美咲所長は眠っているって。
「コールドスリープと言えばわかるかしら?」
コールドスリープ?
SF映画とかによくでてくる、あれ? フリーズ状態で人を保存するっていう。日本の科学もここまで進歩していたとはね。なるほど。この男の人たちはそれを管理しているのね。
って、感心している場合じゃないんだって!
「彼らには時がくる日まで眠ってもらっているのよ」
時?
美咲所長はイスをくるっと回転させて、こっちを向いた。
「彼らは超能力があるからといって、普通の人たちから妬まれ疎まれて異端者扱いされてきたのよ。昔の『ナギ族』のようにね」
美咲所長の口調にはあきらかに憎しみがこめられていた。きっと自分もそうだったんだ。あたしだって、小学五年生の時……。
「そうでしょう。あなたにもあったはずよ。だから、私が救ってあげるわ!」
美咲所長は興奮し始めたのか、立ち上がってカツンカツンとあたしの方へ歩いてくる。
思い出したくない小学五年生の頃のことが次々とあふれでてくる。これも美咲所長の能力のせい?
親友だと思っていた明希ちゃんの裏切り。
人間への不信感。おかげで、友達も作れなくなった。
中学時代なんか楽しい思い出は一つもない。いつも一人で、いやなことばかりだった。
だけど。
今は楽しい。
気付かなかったけど、会長たちと出会ってから毎日がいやじゃなくなっていた。そんなこと考えている余裕もなくって。
あたし……楽しかったんだ。
「やはり君にとって草薙亮也という男の存在は大きいみたいですね」
霧原さんが表情も変えず、小さな声で呟いた。
「楽しいですって? 私たちを認めようとしない世の中の、どこが楽しいって言うの?」
美咲所長はだんだん狂気めいてくる。
美咲所長の言うこともわかる。あたしだって、会長たちに会わなかったらずっとそう思ってた。でも、会長みたいに超能力持っていても卑屈にならず世の中の役に立とうなんてバカな人に出会っちゃったから。
あたしは美咲所長の考えには賛同することができなかった。
超能力者がみんな不幸だって決めつけちゃうのは、ただのエゴだよ。
「エゴだと言うの? 私からすべてを奪った世の中に復讐することがエゴだと!」
あたしの心を読んだ美咲所長は、サングラスを外してあたしに投げつけた。サングラスを外した美咲所長の目は無惨にただれたヤケドの痕があった。この人、目が見えないんだ。 「そうよ。このヤケドもあいつらのしたことよ。だから私は超能力者を集めて復讐するのよ。そして、この国を超能力者だけのものにして、世界を私たちが支配するのよ!」
狂っているよ。何がこの人をここまで追い詰めてしまったんだろうか。そりゃあ、目を焼かれたのは許せないことだけど。
怒りよりも……かわいそうに思えてくる。美咲所長にやさしい手を差し伸べてくれる人はいなかったんだろうか。霧原さんは……?
「気に入らないわね、その瞳。私を哀れんでいるつもり?」
「所長、落ち着いて」
霧原さんは逆上した美咲所長をなだめようとする。けど、こういうタイプって一度キレちゃうと手がつけられなくなっちゃうんだよね。
「おだまりっ!」
美咲所長はあたしを霧原さんから引きずり降ろす。動けないあたしは、まるで調理されるまな板の上の鯉だった。髪の毛をぐっと引っ張られ、美咲所長は顔を近付けてくる。あたしはその痛々しい顔を見ることができなくって、目を逸らしてしまう。
「見なさいよ! あいつらが私に何をしたのか、ちゃんと見なさいよ!」
憎い!
憎い!
すべてが憎い!
美咲所長の憎悪の心がひしひしと伝わってくる。
あたしはその心の中の奥にあるものを垣間見てしまった。
炎で目を焼かれて、苦しみ悶える女の子の姿を。きっとこの子は美咲所長だ。
幼い頃の記憶。忘れたくても忘れることのできない思い出。
あたしなんかとは比べものにならないほど、辛くて哀しい過去を持っている。人とちがう能力を持っているというだけで。
世の中が憎くなるのもわかる。
だけど、やっぱり。
「やっぱりあなたには私の言うことが理解できないようね」
どうするつもり? 理解できないあたしは殺される?
「いいえ、殺したりはしないわ。あなたでも一応は大事な兵士ですものね」
兵士? 美咲所長はあたしを復讐の道具にするつもりなの?
「あの中央にあるカプセルが何かわかる? 私にとって不必要な感情を排除してしまうシステムなの」
つまり、自分に都合のいい人間に洗脳してしまうってこと? っていうことは、あの棺桶の中の人たちも皆が皆美咲所長に賛同しているわけじゃないんだ。あたしみたいに反抗して、強引に。
「これ以上話していてもムダね。次に目が覚めた時には何も考える必要はないんだから。霧原」
美咲所長はつかんでいたあたしの髪の毛をパッと放した。あたしの顔はそのままストンと冷たいコンクリートの床に落ちる。
美咲所長はさっきのイスに座ると、男の人たちに指示を出している。本気だ、この人。
再び、霧原さんがあたしを抱きかかえる。中央にある大きなカプセルの中にあたしを入れ、頭に赤や緑とかの配線コードのいっぱいついたヘルメットみたいなのをかぶせると、体を後ろにある厚さ十センチぐらいの鋼鉄板にベルトで固定させる。
がんじからめ状態だった。
やだよ、こんなの!
(だったら、草薙亮也を呼べばいいよ)
頭の中に直接声が響いてきた。霧原さんだ。テレパシーで話し掛けられたのは初めてで、何か頭の中がくすぐったかった。
霧原さんはあたしのメガネを取る。
ダメ。それを取られたらあたし……。
(超能力なんてのは、本人の信じる気持ちがあれば誰でも使いこせるようになるものなんですよ)
カプセルが閉まる直前に、霧原さんは言った。
信じる気持ちがあれば……。
って、今はそんなこと悠長に考えているヒマなかったんだ。
カプセルがメガネの役割を果たしているのか、周りの人たちが全裸に見えなかった。
「おやすみなさい、司馬つぐみさん」
準備はOKと言わんばかりに、サングラスをかけ直した美咲所長は高らかに笑っていた。
いやだ。会長のこと忘れたくない!
会長のことだけは。
今になって自分の気持ちに気付くなんてね。与謝野さんの言っていた通りだったんだ。
あたし、会長のこと好きになっていたんだ。
こんな時になって自分のホントの気持ちに気付くなんて、大バカ者だ。自分が情けなくなってきて、涙がこみあげてくる。
ごめん、会長。いつもひどいことばかり言って。もう一度会うことができるんだったら謝りたい。そして、自分の気持ちをちゃんと伝えたい。
だから、だから。
「テレポートで飛んできてよ―――っ!」
あたしは声を大にして叫んだ。




