錬金術師の姉弟
機械から上半身を起こした状態の青年を見て、少女リリーは彼にタオルを投げる。
「さすがに、濡れたままじゃこの部屋の中を歩き回れないよね。それでまずは身体拭きな!着替えはこっちで用意してあげるよ。」
そう言ってリリーは再び別の部屋へと向かった。
えんじ色のインナー上下を着た青年は、手渡されたタオルで全身を拭く。
「・・・あ、あのさ」
リリーの弟、アルスが青年に尋ねた。
「お前、本当に記憶がないのか?」
少年のその言葉に、青年はうなずく。
自分の名前すら思い出せず、自分が今までどこで何をしていたのかすら、分からないそうだ。
「あの傷じゃ、無理もないよな。」
アルスは、出会った当時の青年を思い出す。
身に着けていた鎧はほとんど役に立たなくなっていた。現に今、彼が着ているインナーですら、既にボロボロである。
背中に背負っていたのが剣の鞘である辺り、彼は剣士か何かだったのだろうか。
姉と考えた結果、そこまでしか推測はできなかった。
「まぁ、気にすんなって!今日からオレたちがお前のことを・・・えっと・・・」
アルスが青年のことを呼ぼうとして、悩む。
そうだ、名前すら覚えてないんだった。
「・・・よし!今日からお前の名前はメーベル・エールラーだ!名前を思い出すまでの仮の名前だけど、こんなオレの変な名前でも、気にいるかな・・・へへっ。」
アルスが笑顔で青年に仮の名前を付ける。
すると、その笑顔に釣られてか、それとも彼自身の感情かはわからないが、
メーベルという仮の名を授かった青年は、彼に微笑みを返した。
「お待たせー!アルスが大声出すからこっちにも聞こえてたわ。名前を思い出すまでメーベルって呼べばいいのね?ふふっ、よろしくね!」
着替えを持ってきたリリーが青年に声を掛けると、メーベルも、徐々に打ち解けてきたのか、先ほどの戸惑ったような口調はすっかりと消えた。
「あぁ、よろしくな。」
「それじゃあレイシア、ここでお留守番しててね!私たち、この人を連れて、ちょっと遠いところまで行って来るから!」
「わかったー!いってらっしゃい、お姉ちゃん!」
リリーとアルスは、袖捲りした白いYシャツと、まるで学生服のようなズボンを着たメーベルを連れ、彼の記憶をどうにかして取り戻そうという、長い旅に出ることになった。
長く伸びた髪は前髪だけ切り、後ろで三つ編みにして結んでいる。
リリーが「かわいいから」と言ってそうしたようだが、彼は嫌がるどころか、むしろ気に入っている様子を見せる。
メーベルもすっかり彼らと打ち解けたようで、自分の感情を表情に出しながら話すようになった。
「さーって、まずは大都市コニリオスにでも行ってみますか!」
大都市コニリオス。クレイトリアでもっとも大きな大陸、サウドベーダでもっとも大きな都市。ここが全ての原点であると言っても過言ではない。
「そこに行けば、メーベルの記憶の手がかりも見つかるかと思って!」
リリーはそう言い、メーベルの手を引いて大都市コニリオスへと向かう道を行く。
「ちょっと、姉さん!魔物に襲われたらどうするんだよー!」
アルスがそう心配するも、リリーは止まらない。仕方なく、アルスはリリーについていくことにした。
大都市への道のりには、かなり低級ではあるものの、やはり魔物がわんさかといた。護身用にピストルを携帯しているとはいえ、二人ではとても相手にできるものではない。
だが、彼らの隙を突いた魔物には、メーベルが魔法を唱え、追い払っていた。
「へぇー!魔法は使えるんだね!」
「よくわかんないけど、お前らを守ろうとしたら、なんか・・・使えたみたいだ、ははは。」
苦笑いでその場を凌ごうとしたメーベル。記憶がない以外は、普通の人間のようだ。そう、ある一つの彼の特徴を除けば・・・。
「・・・ん?」
「あ、いや、なんでもない!ほら、行こう?」
メーベルが不思議そうにリリーの顔を覗き込んだが、彼女は頭を横に振り、再び手を引いて先に進む。
「姉さん!もう、待ってよー!」
また置いてけぼりにされそうになったアルスが二人を追いかけた。
大都市コニリオス。最も繁栄している大きな都市。この世界で一番大きな都市であり、全ての大陸から人々が絶え間なく行き来している。
友好的な半獣族に加え、精霊族もわずかだが、ここに行き来していることが多い。
「さて、情報収集するわよ!」
「俺とはぐれるようなことはやめてくれよ?姉さん。」
リリーが張り切った様子でメーベルを連れて人ごみに紛れ込んでいく。
アルスが姉に忠告すると、彼女は「わかってるって」と言って、彼の手も繋ぐ。
「あのー!そこの方ー!」
リリーが魔法道具の店のショーウィンドウにはり付いている少女に声を掛けた。
「・・・何かしら?」
「えっと、この人のこと、何か知りませんか?」
アイボリーに黒リボンのついたベレー帽をかぶり、青基調のローブに身を包んだその少女は、メーベルを見るなり言った。
「・・・知らないわね。ごめんなさい、役に立てなくて。」
「そうですか、こちらこそ、無理言ってすみませんでした!行くよ、メーベル!」
リリーのお辞儀に合わせて、アルスとメーベルも揃ってお辞儀をした。
だが、リリーが他を当たろうとしたとき、メーベルはじっと、その少女を見つめていた。
「・・・アモーレ?」
「・・・っ!?」
そして、彼はそう呟いた。ように聞こえた。
この少女、アモーレ・ヨルティシアは今の彼とは面識がないはずだった。
今の、彼とはだ。
背負っていた杖、アイシクルエッジを取り出し、彼女は魔法を詠唱した。
「本当に彼が彼ならこれくらい、避けられるわよね!」
そして、彼女は魔法の詠唱を終え、彼に魔法弾を飛ばした。
本当にあれが彼ならばと、彼女はそう信じて。
「氷の精霊よ、力を貸しなさい!グラキエース!」
冷気に包まれた氷の塊は、まっすぐに青年へと飛んでゆく―
アルスの一人称を俺→オレに変更。