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食いしん坊エルフ  作者: なっとうごはん
第十九章 鬼退治
780/800

780食目 残る者と残される者

 絶望たる異形は咆哮を上げた。人としての部分はどこにも見受けられない。

 それは、見る者にことごとく恐怖を植え付けた。多種に渡る八つの首には、様々な感情が渦巻く眼。それが無い首もあるが、放っている神気が感情を感じさせた。


「うぅ……こ、これが、全てを喰らう者!?」


 化け物、そう言うにもおこがましい。プリエナは醜悪な存在と化したエルティナに嫌悪感を示した。

 そんなプリエナに、彼女の守護者にして信徒であるルバールシークレットサービスが防衛のための布陣を敷く。いつもと変わらぬ攻防一体の陣だ。


 そんな彼らに、全てを喰らう者が仕掛けた。あらゆる角度から意図も容易く命を奪う無慈悲な咢が襲いかかる。

 しかし、そのことごとくが逸れてゆく。まるで、それが運命だ、というがごとく。


「これが……プリエナ様の能力か!」


 ルバールシークレットサービスは魔導銃を全てを喰らう者に向けて発砲する。だが、それらは一切の効果を示さない。この結果は彼らルバールシークレットサービスも初めから分かっていたことだ。


 あまりにも不毛、あまりにも無意味。


 マジェクトはこの切望とも言える戦いを呆然と見つめるに留まる。そして、エルティナの言葉を反芻した。


「【取り残される】……か」

「そうだ、マジェクト。取り残された者がどうなるか……主は分かってはおるまい」


 機械の床を侵食する土の枝がマジェクトに語りかけた。


「生きても、死んでもいない。肉体の崩壊は死を与えず、苦痛のみを与える。そして、再生すれば、再び死ねない苦痛を味わう。それが、【取り残された者】」


 白狼の首を持つ風の枝が、【取り残された者】の真実を語る。


「再生しないことは許されない。己の意思とは裏腹に肉体は復元される。それは、あたかも罪を犯した者の罰のように」


 青い甲羅の巨大なハサミのような首を持つ水の枝が【取り残された者】の絶望を語った。


「一度、取り残された者は、二度と、新たな世界に、回帰できないんだよ?」


 激しい炎に包まれた巨大な赤い手を首とする火の枝が、取り残されんとしている者たちを諭すように語りかけた。


「肉体は再生する。でも、精神はすり減る一方。それは、やがて、人としての形を保てなくなる。人の姿をした別の何かになりたいの?」


 八つの青い瞳を持つ白蛇、光の枝が悲しみの籠った声で、取り残されようとしている者たちの説得を試みた。


「いきたい、というよっきゅうは、どうじに、しにむかうこと、といっしょだよ。でも、きみたちは、しを、ひていした。さきへむかうことを、こばんだ」


 巨大な口だけの黒蛇が巨大な口を開き、取り残されんとしている者たちを威嚇した。


「御屋形様とて全知全能ではござらぬ。あらん限りの手を尽くし、差し伸べた手を、そなたらは払わんとするでござるか?」


 雷で構成された龍の首、雷の枝が紫電を撒き散らしながら、主のおこないの正当性を説いた。


「今、汝らは選択を迫られている。それでも、汝らは【偽りの生】にしがみ付くのか?」


 黄金の龍の首を持つ竜の枝は、プリエナたちに最後の問い掛けをおこなった。


 それでも、プリエナの決意は揺るがない。そんな彼女にルバールシークレットサービスは従う姿勢を見せた。

 しかし、キュウトは違う。枝たちの言葉に彼女の心は揺れ動いた。


「偽りの生だって?」

「(偽り……かえ。確かに、そうとも言えるし、そうではないとも言えよう)」


 キュウトは内に潜む、もう一つの人格に心を掻き乱され始めた。もう一つの魂はエルティナに帰順することを望んでいたのだ。


「死ぬことが正しい、だなんてあんまりじゃないかよ!」

「(キュウト、全ての命は死ぬために生まれてきているのじゃよ。それを忘れてはならぬ)」

「だからって!」


 キュウトは頭を掻きむしって矛盾する真実を否定する。しかし、聡い彼女は理解していた。

 生と死の関係を、表裏一体を尊重するエルティナが下した決断を。そして、なによりも取り残されることが、どのような結末を生み出すかを。


「キュウト、汝の決断は正しい」

「え?」


 キュウトに竜の枝の咢が迫った。しかし、彼女は動けなかった。それは、真なる死を受け入れると同義であったのだ。

 且つ、プリエナの【運】の隙間が発生していたのである。竜の枝は、この一瞬にして最大のチャンスを見逃さなかった。


「キュウト!」


 プリエナの声はキュウトに届かず、彼女は竜の枝によって一飲みにされてしまった。






「きゅおん……お、俺……死んじゃったのか?」

「死んでもいるし、死んでもいないさね」


 キュウトは不思議な光景を見た。死んだはずの仲間たちが楽園のごとき場所にて、自分を歓迎しているのだ。

 そして、その場所の中心に立つ輝ける大樹の姿を見た時、全てを理解した。


「あぁ……命の樹だ」


 キュウトはただただ、その大樹を見つめる事しかできなかった。生も死も意味をなさなくなっていたことを頭ではなく魂で感じ取ったのだ。






「残るは汝らのみだ」

「なぁ、エルティナ。聞いてるんだろ?」

「……あぁ」


 マジェクトが仲間の鬼を引き連れて、全てを喰らう者の前に歩み出た。

 実のところ、彼らはプリエナの後ろにいたため、彼女の幸運を受けて全てを喰らう者の捕食を免れていた。だからこそ、マジェクトは鬼たちを引き連れて前へと出たのだ。


 そんな彼らにプリエナはふるふると首を振った。いくな、と目で訴える。

 しかし、マジェクトは強い意志の籠った眼差しで、それを拒んだ。


「未来へと行けるんなら、こいつらを頼む」

「おまえは、どうするんだ?」

「……俺は、最後の鬼として【見届ける】」


 マジェクトの真摯な眼差しは全ての枝を圧した。それは、全てを受け入れ覚悟した者の眼差し。決して足掻く者のそれではなかったのだ。


「辛いぞ?」

「何を今更」

「後戻りはできない」

「戻る気もない」


 エルティナは大きなため息を吐いた。


「マジェクト、俺はな、できれば、おまえにも幸せな未来があればいいと思っている」

「俺は十分幸せだったよ。アランの兄貴、そして、エリスの姉貴にも十分過ぎるほどの幸せを貰った。もちろん、こいつらからもな」

「そうか。なら、タカアキの下へと向かえ」

「やっぱり……あの人も、そうなんだな」


 エルティナの言葉でマジェクトは全てを理解した。そして、彼はエリスたちに別れを告げる。


「姉貴、おまえら、これで鬼は二度と生まれることはない。だから、未来さきを目指してくれ」

「マジェクト、冗談を言うんじゃないよ! 話が本当なら、あんたはっ!」

「いいんだ」

「そんなことって!」

「誰に言われたんじゃあない。俺が、俺の意志で決めた事なんだ」


 マジェクトを通り抜ける風があった。それは鬼たちの意識を刈り取ってゆく。


「さようなら、エリス姉貴。おまえらも、アランの兄貴によろしく言っておいてくれ」

「マジェ……クト……!」


 伸ばされたエリスの手は終ぞマジェクトには届かなかった。消えゆく鬼たち、彼らは全てを喰らう風に包まれ、その苦難の生を終えた。


 最後の鬼となるマジェクトは、堂々と全てを喰らう者の脇を通り抜けて行く。向かう先は、永遠の勇者の下。

 マジェクトは、ようやく彼と同じ場所に立つことが許されたのだ。


 その姿をプリエナは震える瞳で見送る。見送ることしかできなかった。


「こんなことって!」

「プリエナ、これが最後だ。おまえの持つ運は、俺でもどうにかすることはできないだろう」

「だったら……!」

「でもな、おまえも、俺をどうにかすることはできないんだ」

「っ!」


 全てを喰らう者を傷付けられるのは、全てを喰らう者のみ。エルティナと敵対している時点で、エルティナからの力の供給は断絶されており、プリエナは絶望的な防衛を強いられることになる。


 だが、それはエルティナたち全てを喰らう者も同様であった。プリエナの運は既に運命力にまで昇華し、枝たちの捕食は達成されないことを運命付けられていたのである。


「プリエナ、おまえは凄いよ。この土壇場で恐るべき能力を更に開花させた。いくら全てを喰らう者であっても、コロコロ変わる運命までは喰えない喰い難い」

「エルちゃん、他の方法はないの!?」

「無い、そう言ったはずだ」

「……」


 全てを喰らう者の胴体に当たる部分から女性の上半身が生え出してきた、エルティナだ。

 普段は眠そうに伏せられている目を全開にして開き、彼女はとある波動をプリエナに届けた。


「うっ!? こ、これは!」

「それは、俺たちが戦った際に起るであろう未来だ」


 エルティナはプリエナに未来の一つを見せたのだ。それは不毛な戦い。どちらの攻撃も決して届かないという消耗戦。そして、その結果、訪れるであろう世界の崩壊。


「そ、そんな……いくら生き残ったって、世界が崩壊したら!」

「それが、女神マイアスが辿った道だ」

「あ……あぁっ!?」

「全てを喰らう者から逃れ、取り残された者が辿る結末は、いつだって残酷だ」


 プリエナには、マジェクトのような覚悟がなかった。女神マイアスのような、悲壮とも言える責任感はなかった。あったのは生にしがみ付く欲求。


 不幸だったのは、死への恐怖で彼女の能力が完全に開花した事であろう。死への恐怖でトリガーが引かれる能力は、本人の意思とは別に彼女を護った。


「あぁ、やはりダメか」

「エルティナ、どうにもならぬのか?」


 シグルドの言葉にエルティナは首を振った。今し方も、プリエナの隙を突いて捕食を試みたが、圧倒的な運でそれを逸らされてしまったのだ。


「プリエナ、タカアキの下へ行け」

「え? タカアキ様の下へ?」

「そうだ。タカアキなら、プリエナたちを悪いようにはしない」

「で、でも……」

「ごめんな。俺じゃあ、もう【どうにもできない】」


 プリエナは、エルティナの言葉が事実上の【死刑宣告】に聞こえてならなかった。膝が折れ機械の床に強かに打ち付けた。


「ルバールさん、プリエナをよろしく」

「言われるまでもありません」

「機動要塞ヴァルハラが、すぐそこまで来ている。そこにいるタカアキの下へ」

「了解しました」


 ルバールシークレットサービスは、放心状態のプリエナを抱きかかえて、エルティナの下を立ち去った。


「つれぇなぁ」

「誤算だったな」

「あぁ……でも、俺は立ち止まるわけにはいかない」

「そうだな。向かおう、女神マイアスの下へと」


 トウヤに諭され、エルティナは再び人の姿へと戻る。沢山いたはずの仲間たちの姿は無い。

 アルアもアザトースの力によって一時的に次元を跳躍し、この場から離れているようだ。


 たった一人の彼女は運命に決着をつけるべく、決戦の場へと向かった。

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