779食目 全てを喰らう者 ~冷徹なる咢~
「……随分と面倒臭い事をしてくれたものね」
湾曲空間を手作業で解除しながら、始祖竜カーンテヒルを導かんとするヒュリティアの下に魔導騎兵が殺到する。宇宙要塞ASUKAの制御システムが彼女の危険性を認めた結果だ。
その魔導騎兵を一人で相手しながら湾曲空間の解除をおこなうヒュリティアは、力無き己を嘆くかつての彼女ではない。
「……邪魔」
輝ける残像を残しながら光の弓を放つ。既に彼女には常識というものが皆無となっており、平気で宙を高速移動する、という摩訶不思議な行為をやってのけていた。
当然ながら、全てを喰らう者の能力を行使した結果である。
最大出力こそエルティナには及ばないが、ヒュリティアは能力の行使技術がエルティナより数段も上であった。
したがって、エルティナには考えも付かない力の使い方も、彼女にとっては息を吸うがごとく可能となる。
小さな湾曲空間を生み出し、その穴に光の矢を打ち込む。それも一本や二本ではない、大量の矢を一瞬にして生み出し湾曲空間に放ったのである。
「……開放」
ヒュリティアが左腕を掲げる。すると、突如として魔導騎兵たちが爆散した。
彼女は魔導騎兵の内部、それもコアに小さな湾曲空間を生じさせて、先程放った光の矢を開放したのである。
恐るべきはその演算能力だ。正確無比に座標を指定、動き回る魔導騎兵たちの息の根を止めてゆく。この先を読む力、一人での行使は不可能である。
しかし、彼女は一人であって、独りではない。彼女の内には神が宿っているのだ。
「……アル」
『大丈夫、エルティナのお陰で、神気は十分に補填されている』
「……そう、ならっ」
女神アルテミスは弓を得意とする。その先を読む力は、常人の遥か及ばない場所にあった。それに、ヒュリティアの直感と計算力が加わり、恐るべき演算処理能力が誕生したのである。
「……あと、みっつ」
『大きな力が接近してくる。これが……あなたの父なの?』
「……正確には、全ての命の父」
『……そうだったわね』
残りの湾曲空間が三つとなったところで、ヒュリティアは弓をしまい、ステップを踏み始めた。両手には輝ける刃が発生し迫り来る魔導騎兵を切り刻む。
彼女が舞うのは剣舞、それは魅せると同時に命を奪う美しくも残酷な踊りだ。しかし、ヒュリティアには別の意味も込められている。
高まる気分、溢れ出てくる神気、全てが高揚する。そのための行為が踊るということ。
「……いける」
ヒュリティアのエメラルドの瞳が輝く時、全ての湾曲空間は切り刻まれ、その機能を停止した。そして、詩型を現す白金の巨竜。始祖竜カーンテヒルだ。
「よくやった、我が娘ヒュリティアよ」
「……お待ちしておりました。父なるカーンテヒル様」
カーンテヒルは両手を広げ、受け入れの体勢を示したヒュリティアに目を細める。そして、彼女を一飲みにしてしまった。
「ようやく、この時が来たか……長かった」
始祖竜カーンテヒルは翼をはためかせ、エルティナの下へと急ぐ。
ヒュリティアの気配の消滅と、始祖竜カーンテヒルの気配を感じ取ったエルティナは、来るべき時が来たことを確信した。そして、戦いを生き残った戦士たちの姿を目に焼き付ける。
これより、彼女は【真の全てを喰らう者】となるのだ。
「皆、ありがとな」
「え? どうしたんだよ、エルティナ」
ダナンとララァは様子のおかしいエルティナに近付いた。その彼らが一瞬にして姿を消す。
誰しもが呆気にとられた。それは、エルティナがダナンとララァを喰らったに違いなかったからだ。
「俺は、全てを喰らう」
「エルティナ! あなたは何を!?」
「時が来たんだよ」
「ですから! 説明を……」
ルドルフの言葉は最後まで言われることはなかった。闇の枝が彼を一飲みにしてしまったためである。その容赦のなさに、戦士たちは震え上がる。
だが、デュリーゼだけは平然としており、それこそが正しい行為であることを確信ている様子をうかがわせた。
「さぁ、俺と一つになってもらう」
「正気に戻れ! エルティナ!」
ウォルガングの怒気は、彼女の前に立つ輝ける獅子によって萎んでゆく。
「ウォルガング様、全てはエルと一つとなることで分かる。事情を説明したとしても、理解はできても納得はできないんだよ」
「な、何故じゃ!?」
「それが、生きるということだから」
「っ!」
「そして、未来を掴む事が生きる事と矛盾する」
「だ、大賢者殿!?」
「エルティナは苦悩しました。そして、決断したのです」
油断をしてしまったウォルガングは、デュリーゼの言葉を最後まで聞くことなく、闇の枝に飲み込まれた。
エルティナのアクアマリンの瞳が真っ赤に輝く。そこに、命を尊ぶ者の姿はなかったか。
答えは否、その赤い輝きは命を尊ぶ輝き。そして、可能性を信ずる者の眼差し。
「ブランナ、おいで」
「はい、エル様」
ブランナは主の命令に従い、身を差し出す。元より、己はエルティナのために、そう誓っていたがゆえに恐怖はなかった。
エルティナに抱きしめられたブランナは、彼女の温もりの記憶を最後に消滅した。
「悪夢……これは、悪夢なのか?」
聖光騎兵団のミカエルたちは、変貌してしまったエルティナに絶望を感じ取る。しかし、彼女に抗っていいものかと躊躇も覚えた。
それが、彼らにとって幸いした。一瞬で闇の枝に喰われ、彼らは苦しむことなく絶命したのである。
「ブ、ブルトン……」
「大丈夫だ、エルティナに身を委ねろ」
ブルトンはグリシーヌを抱きかかえたまま闇の枝へと目配せをした。それを理解した闇の枝は彼らを一飲みにする。
ブルトンはゼウスの記憶を継承しているがゆえに、未来へ進むための手段を理解していたのである。
それを皮切りに、エルティナは次々と仲間たちを喰らってゆく。それは絶望的な光景。だが、更なる絶望が迫っていた。
狐少女キュウトは、エルティナの暴挙とも言える行為に咆えた。
「きゅおん! 冗談がきついぜ!」
「冗談じゃないよ、キュウト。ほら……皆が来た」
「え……ひぃっ!?」
それは、白金の巨竜。エルティナの背後から巨大なる者が姿を現したのである。その圧倒的な存在感は、全ての生ある者たちの反抗心を奪い去った。
「エルティナ、待たせてしまったな」
「いや、それほどでもないんだぜ」
そのカーンテヒルをエルティナは喰らった。白金の巨竜が一瞬にして消滅したのである。
「こ、これが……これが、全てを喰らう者だっていうのか! エルティナ!」
「そうだ、これが、全てを喰らう者。終焉をもたらし、その終焉すらを喰らい尽す者」
「そして、終わりにして、始まりをもたらす者」
「キュウト、その身をエルティナに委ねなさい。あなたが、次に向かうには、それ以外の方法がありません」
エルティナに理不尽をぶつけたキュウトは、ライオットとデュリーゼの諭す言葉に声を失う。今までやってきたことを、すべて否定された気分になった。
だからこそ、彼女はエルティナに抗う決意をする。そんな彼女に同調する者がいた。
「エルちゃん、どうしても?」
「プリエナ、このままじゃ、【取り残される】ことになる」
闇の枝が鎌首を上げた。闇の枝の役目はこのためにある。光の枝の役目はエルティナの感情を喰らう事にあった。
『辛いな……二代目』
『でも、これこそが、あの子の役目。そして、決断した事』
光の枝の初代エルティナは初代シグルドに支えられて、真なる約束の子の感情を食べ続ける。それはあまりにも悲しい味がした。
「それでも、私は生きていたいよ」
「あぁ、それが、生きるということだ。でも、それは許されない、許さない」
エルティナの殺気が膨れ上がった。先ほどまでのエルティナではないことは一目瞭然だ。始祖竜カーンテヒルをも喰らい尽したエルティナは、真に全てを喰らう者へと至ったのだから。
その圧倒的な力に、流石のルバールシークレットサービスも覚悟を覚える。
「プリエナ、おまえを【第二の女神マイアス】にするわけにはいかない」
「生きることを否定するだなんて、そんなのエルちゃんじゃないよ!」
闇の枝がプリエナに襲い掛かる。しかし、その咢は明後日の方向に逸れてしまった。
その結果を受けてエルティナは舌打ちをする。プリエナが差し出した手には、見間違い無く神気が宿っていたからだ。それは、完全に神の力を使いこなしている証。
「来たれ、水の枝、火の枝」
エルティナの背より異形の枝たちが姿を見せる。かつては頼もしき味方であった存在が敵となった瞬間を目撃した者たちは悲鳴を上げる。
「全てを喰らう者からは、決して逃れることはできない」
「そんな事なんてない! 上手く行く方法は絶対にあるよ!」
「その結果が女神マイアスなんだ。それを……分かれっ!」
エルティナの感情が爆発した。光の枝が抑える事もできないほどの感情。暴走する感情は全ての枝を顕現させる形となる。果たして、悪夢はそこに誕生した。
「プリエナ様、我らルバールシークレットサービスは、あなたによる、あなたのための組織。この命も、あなた様のために」
「絶対に生き残りましょう。私が、あなたたちを護ります」
擦れ違う心は、かつての仲間を敵対させる。しかし、これはある意味で、エルティナにとって想定外の出来事。何故ならば、圧倒的な力で全ての者を喰らう事ができていたはずだったのだ。
しかし、結果はキュウト、プリエナとルバールシークレットサービス、そしてマジェクトたちを喰らう事ができていない状況となった。
『イイノカ? ハヤク、トリコマナイト、トリカエシガ、ツカンゾ?』
『分かってるんだぜ、アザトース様は、どうせ高次元に帰るんだろ?』
『モトモト、ソコカラキタシナ。タマニハ、オヤニ、カオヲ、ミセニ、カエル』
『SAN値、一瞬でぶっ飛びそうだな』
『モウ、ゼロダカラ、モンダイ、ナカロウ』
こうして、生き残りをかけて、かつての仲間たちはエルティナに牙を剥く。果たして彼らの行き付く先は希望か絶望か。




