539食目 プロペラントタンクパージ
「やれねぇなぁ。この命はよぉ!」
「なん……だと……!?」
なんと、アランは強化に強化を重ねたハイパーモモ魔導光剣を、陰の力を凝縮させた左手で掴み、そのまま受け止めてしまったのだ。
なんという豪胆さ、そして決断力なのだろうか。一歩間違えれば勝負は決していたほどの一撃を、ヤツは迷うことなく、この方法で防いだのである。
これに対して俺は捨て身覚悟で攻撃を仕掛けていた。攻撃を防がれてしまったことにより俺は死に体となっている。
そんな俺に対し、チャンスとばかりに残った右手に持つ杖を使い攻撃を仕掛けてきたではないか。
「終わりだ、エルティナ! 行け、全てを喰らう者!」
杖の先端にある宝玉から、赤黒い大蛇が俺を貪り食わんと飛び出してきた。こいつの攻撃を受ければ一巻の終わりだ。なんとしてでも、攻撃を受けるわけにはいかない。
どうする? 自爆覚悟でソニックモモスマッシャーをぶっぱなすか!? だが、失敗に終われば致命的な結末が待っている! 迷っている暇はない!
「うっきぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」
その時、俺とアランとの間に飛び込んできたのは炎楽の灼熱の槍。それはアランの左腕に命中し、俺とアランの両者を巻き込んで大爆発を起こした。
「ぐわっ!? このクソ猿がっ!」
「炎楽!? 無茶をする!」
左腕を失ったアランは床を転がりながら俺から離れていった。俺も爆発によりふっ飛ばされ、かなりの距離を転がったが思ったよりも損傷は軽微だ。
確かにラスト・リベンジャーの装甲は頑丈であり、耐熱性にも優れてはいるが、炎楽の灼熱の槍〈イフリートジャベリン〉を間近で受けてこの程度の損傷という事はない。
「そうか……おまえが助けてくれたんだな」
この疑問はすぐに解決を見た。それは俺の右手となったチゲが熱を帯びているからだ。
恐らくは、彼が爆発の大半を吸収してくれたのだろう。莫大なエネルギーが真っ赤な右腕に籠っていることが感じられるのだ。
炎楽とチゲが作ってくれた仕切り直しの機会を無駄にするわけにはいかない。すぐさま行動に移るべきだ。
『桃先輩! 各部損傷チェック! どうか!?』
『各部、損傷軽微! ただし、左肩のスラスターは出力が70%ダウン、大型ブースターは出力が30%ダウンだ!』
『それだけ使えれば上等! 行くぞ!』
ハイパーローラーダッシュが唸りを上げる。こいつにもかなり無茶をさせた、もってあと数回といったところだろう。もう暫くは持ち堪えてくれよ!
「この程度で勝った気になるなよ? 俺には、おまえから奪った能力があるんだからな!」
見る見るうちに再生してゆくアランの左腕。ヤツは、〈俺式ヒール〉を使ったようだ。そう、この俺から奪った能力がある限り、肉体に損傷を与えたところで、なんの意味もないのだ。
だからこその一撃必殺。それを狙っていたのだが、どうやらそれはアランも見破っていたようである。
このまま、持久戦に持ち込まれては、エネルギー制限がある俺の負けは確定だ。ここは作戦を変更した方が良さそうである。
柔軟な対応は大人の醍醐味。俺の一級の作戦変更を見せてやる。
『桃先輩、アランの手にする杖の先にある宝玉を狙う』
あれは間違いなく俺の奪われた能力が結晶化したものであろう。
どういう理由かは分からない。しかし、アランは俺の能力を外部に出す必要が生じたと思われた。それは恐らく桃力……陽の力が原因だと思われる。
陽の力は鬼にとって毒以外の何ものでもないからだ。
『あれか……やはりそうか?』
『十中八九』
『よし、やろう』
俺の提案を即座に決断した桃先輩が、生き残った六台のバギーキャノンを再稼働させる。縦横無尽に走る小さな砲台に追従するように、俺はヘビィマシンガンを乱れ撃ちつつラスト・リベンジャーを走らせた。
「何をするつもりかは分からねぇが、こうしちまえば問題ねぇ!」
瞬間、アランが眩いばかりの閃光を放つ。そして、少し遅れて轟音。そこには雷の柱が出来上がっていたではないか。少しばかり形状は違うが、あれは〈俺式ライトニングボール〉で間違いないだろう。
しかし、なんという魔力量だ。改めて、かつて自分が持っていた魔力量に恐怖するハメになった。
『いかん、エルティナ! おまえの〈ライトニングボール〉だ!』
『冗談ではないな! ふきゅん!? まずい、車は急に止まれにぃ!』
困ったことにラスト・リベンジャーは最大速度で突撃しているため、このままでは放電しているアランに突入して感電死してしまう。
それにGDは精密機械をふんだんに使用しているので、電撃には特に注意しなくてはならないのだ。
一応は電撃対策を取っているのだが、それにしたって限度というものがある。今のアランは雷がその場に滞在しているようなものだ。
触れれば一瞬にして『ボンっ!』であろう。
『おやかたさま、そのまま、ゆかれませい』
その時、俺の腹の中にいるザインからの声があった。なんと彼はそのまま、荒れ狂う雷の柱に突っ込めというではないか。
『ザイン、大丈夫なのか!?』
『せっしゃに、おまかせあれい』
俺はザインの言葉を信じてラスト・リベンジャーを雷の柱へ突入させる。それを見てアランは驚愕の表情を浮かべた。それはヤツの思惑がまんまと外れてしまったからである。
この轟雷の中にあってラスト・リベンジャーは機能不全に陥る事はなくハイパーモモ魔導光剣の攻撃範囲内に入り込めたのだ。再びチャンス到来である。
「な、なんだと!? この電撃を物ともしないのか!?」
「しょせんは御屋形様より奪いし能力。おまえには扱いきれぬ」
丁度、腹部ソニックモモスマッシャーの発射口から頭だけを出した雷龍ヴォルガーザインの姿が見える。
幼かった声は俺がよく知るザインのものであることから、どうやらこの雷を喰らってエネルギーを補充したようだ。
電撃の防御とエネルギーの補充の一石二鳥といったところか。
だが、俺は驚愕の表情を浮かべるアランの口角が僅かに上がるのを見た。自分の直感を信じてバックステッポゥをおこなう。
「ちぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?」
途端に床から石の槍が飛び出してきたではないか。それは頑強なラスト・リベンジャーの装甲を抉り取り灰色の金属部分を露出させるほどの威力を秘めていたのだ。
直感を信じてバックステッポゥしていなければ、今頃は命を落としていただろう。
だが、その代償としてラスト・リベンジャーはかなりの損傷を受けた。特に胸部装甲と各部スラスターが大きなダメージを受けている。
どうやらスラスターを破壊して機動力を削ぐのが狙いのようだ。
「やってくれる!」
「勘がいいな! エルティナ! 鬼戦技〈みだれ斬土〉だ!」
よく見ると、アランの後ろ髪が床にまで伸びていた。なんと、それは床に突き刺さっているではないか。これは、バリバリーナとスカレッチオが合体した姿、バリレッチオの鬼戦技だ。
「厄介な技を出してきやがって!」
俺はスラスターを吹かして後方へ飛び退く。いつまでもここにいては髪の刃にズタズタにされてしまう。
そして、アランとの距離を置いたところで最悪の事態が発生した。プロペラントタンクの魔力残量がゼロになったとアラートが忙しなく警報を鳴らし始めてしまったのだ。
『エルティナ、プロペラントタンクの魔力が底を尽いた! これからは本体の魔力を使用する! もう時間は残されていないと思え!』
危惧していた事態、それを桃先輩が念を押すように伝えてきた。それと同時に背部のプロペラントタンクが彼の手によってパージされる。しかし、これでかなりラスト・リベンジャーは身軽になったはずだ。
とはいえ、これでもう【フルバースト】は実質使用不可能。メガモモキャノンも使用魔力量が膨大なためパージを決行。同じく魔力消費量が多いシールド内蔵式魔導カノンも手放す。
「さて、身軽になったぞ。これで魔力は全て推力へ回せる」
「ふん、何をするつもりかは、だいたい察せるぜ。これだろ?」
アランは右手に持つ杖を俺に向けてきた。瞬間、俺は横っ飛びをする。
宝玉は閃光を放ち、極太の熱線を放ってきたではないか。ビルガンテの〈火遁暴〉の数倍以上の威力だ。当たれば、ひとたまりもなく蒸発してしまうことは必至であろう。
触れてもいないのに装甲が溶け出すってどんな熱量だ。いい加減にしろ。
「光属性火属性混合攻撃魔法〈アトミカル・レイ〉だ! こいつを奪えるものなら、奪ってみやがれ!」
しかも、それを連射してきたではないか。この荒業も俺から奪った魔力のなせる業ということか。冗談ではない。
「その程度で俺が臆するとでも思ってんのかよ!?」
実際はめっちゃ怖いです、はい。でも、それ以上に俺を突き動かす衝動のようなものが、むくむくと心の奥底から湧き上がっているのだ。
それは、あの宝玉を見た時からずっと止まる事はなかった。
きっと、あの宝玉の中には初代様や、いもいも坊や、ヤドカリ君が、俺が来るのを待っていてくれている。なんとしてでも取り戻さなくては。
そんな使命感にも似た衝動が俺を突き動かす。恐怖を乗り越える勇気を与えてくれる。
激しさを増す砲撃にラスト・リベンジャーの装甲が溶かされてゆく。それでも俺は前進を続ける。
もうモニター画面はアラートで真っ赤だ。各部損傷も酷いことになっている。だが、それは問題じゃない。大切なのは、どうやって宝玉を奪うかだ。
まずは近付くことが肝要、その後が問題だ。ハイパーモモ魔導光剣でアランの右腕を切り飛ばせればいいのだが上手くはゆくまい。ヤツは素手でハイパーモモ魔導光剣を掴むことができるのだから。
だから、ヤツの意表を突く行動を起こし油断させる方法が望ましい。
『皆、聞いてくれ』
俺は熱光線をかわしつつ、大博打を打つことを皆に伝えた。




