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食いしん坊エルフ  作者: なっとうごはん
第十一章 The・Hero
489/800

489食目 戦場ジャーナリスト

 ◆ フィリミシア ベースキャンプ ◆


『モモガーディアンズ、ドロバンス帝国軍を退ける!』


 今朝の朝刊の見出しがこれだ。どういう理由かは分からないが、モモガーディアンズがドロバンス帝国軍……いや、鬼の軍団に勝利したことがフィリミシアに伝わっていたのである。


 鬼の再襲来に備えてフィーザント周辺で警戒に当たっていたのだが、その心配もなくなったということで、俺たちは三日ぶりにフィリミシアに戻ってきた。その次の日の朝刊の見出しがこれだ。


 内容はというと、どのようにドロバンス帝国軍に勝利したかを少しばかり大袈裟に書かれているのだが、どういうわけか、それを実際に見てきたかのような詳細な事柄が記載されているのである。


 確かに特殊魔法〈ウォッチャー〉を使用すれば安全に戦場を観察できるが、その使い手は莫大な魔力を消費するために長時間の使用は理論上、膨大な魔力を有する白エルフでなければ不可能だ。

 それ以外の種族であれば精々、十分が関の山だろう。


 にもかかわらず、一時間は優に経過している戦いの事細かを記載しているのだ。これは戦場に共に赴いて取材しないと不可能なことである。


 当然の事だが、俺は記者を同行させたつもりはない。あんな場所に連れて行ったら、記者の身の保証は約束できないからだ。


「やぁ、失礼しますよ」


 俺がテント内で「ふきゅん、ふきゅん」と鳴きながら首を傾げていると、無精ひげを生やしたクッソ汚いおっさんがテント内に入ってきた。年の頃は四十代半ばといったところか。

 その身形みなりは『いかにも』といったものであり、どこからどう見ても『戦場ジャーナリスト』であった。


「初めまして、エルティナ・ランフォーリ・エティルさん。私はこういう者です」


 その男は懐から名刺を取り出し、俺に手渡してきた。この世界の名刺は元々、とある知り合いの新聞記者が自作し広めたことによって普及したものであり、近年までカーンテヒルにはなかったものだ。


 だが、その便利さから、現在では記者や貴族連中まで使用するにまで至っている。特に貴族は名刺のデザインにこだわっており、その秀逸さを競うことに夢中になっていた。

 無論、名刺の利便性と効果に着目した結果であるが。


「フリージャーナリスト、ルラック・ケインズ……聞かない名前だなぁ」


「はっはっは、そりゃまぁ……今まで主にドロバンス帝国で取材してましたからねぇ」


「ふきゅん!? それは本当ですかねぇ? 興味があります」


 彼は小汚い身形ではあったが首に掛けている光画機だけはピカピカに輝いていた。どうやら、身形は気にしないが、仕事道具だけは常日頃から手入れを欠かしていないことが窺える。生粋のジャーナリストというわけか。


 俺の反応を確認したルラック記者は、ニヤリと笑みを浮かべると交渉に切り出してきた。やはり切り出し方が上手いと言わざるを得ない。

 俺にはできないことを平然とやってのける、これは注意が必要だぞ。


「お話してもよろしいですが、これでも私は記者の端くれ、ただで情報を提供するわけにはいきません。そこで相談なんですが……」


「まぁ、そうだろうな。情報にもよるけど、多少なら報酬を払えると思う」


「いえいえ、ほしいのはお金ではありません。私がいただきたいのは戦場へ同行する『正式な許可』がほしいんですわ」


 正式な許可ときたか。俺たちは国が認める正式な軍隊ではないので、別に戦場に付いてくるのに許可など必要はない。

 にもかかわらず、正式を誇張するのには、なんらかの思惑があるに違いないが……さて、どうしたものか。


「別に戦場に来たいなら、許可がなくてもいいんじゃないのかな?」


「それが、そうもいかないんですよ。モモガーディアンズは多国籍軍、色々な思想を持った人々が一つの目的のために集った、ある意味で『ドリームチーム』なのです。当然、多くの人が集まれば多くの常識が立ちはだかるわけでして」


 あぁ、そういうわけか。たぶん、取材を良く思わないのは『聖光騎兵団』の面々だろう。どこからどう見ても、このおっさんは不審人物以外の何者でもない。そりゃ、追い払うに決まっている。


「それでも、今回の出兵に付いてきたのか」


「えぇ、まぁ……えらい苦労しましたがね。それでも、なんとか記事にできました」


 流石に根性があると認めるが、このおっさんは鬼がいる戦場が異常であることを理解しているのだろうか? 

 常識が一瞬にして非常識に変わる戦場では柔軟に対応できないと、その変化に気付く前に命を落とす。鬼は記者だから、といって見逃したりはしないのだ。

 普通に考えれば正式な許可など与えられるわけもない。だが、ドロバンス帝国の情報は手に入れたい。


 行方知れずとなっているラペッタ王子のことが、ずっと気掛かりであるのだ。残念ながらドロバンス帝国の情報はまったくと言っていいほど耳に入らない。

 国民は無事なのか、鬼たちで溢れかえっているのか、そういうことが一切わからないのだ。


 デュリーゼさんに訊ねても「今はまだ、お話できません」と言われて教えてくれない、という不具合が発生しているので、ドロバンス帝国の情報は喉から手が出るほどほしいのが現状だ。


「これはお互いに悪い話じゃないと思いますがね? エルティナさんはモモガーディアンズの必要性を世に知らしめることができる、私はただ、そのおこぼれを頂戴するだけ。そう考えれば、あなた方にはデメリットが生じない。そうでしょう? そこの大賢者様」


「えっ!?」


 ルラック記者は俺を見ていたが、名指しをしたのは俺の後ろにいると思われるデュリーゼさんだった。ただ、彼は特殊魔法〈カムフラージュ〉を使用して景色に溶け込んでおり姿は見えない。

 ルラック記者はその高度な隠遁術を見破ったのである。これは脅威と言えよう。


 デュリーゼさんはベースキャンプにいる間は俺の周辺警護も担ってくれている。俺としては軍師としての仕事に集中してもらいたいところであるのだ。負担も相当なものになるしな。


〈カムフラージュ〉を解いて姿を見せたデュリーゼさんは不敵に微笑みながらゆったりと腕を組んで、ルラック記者を見定めるかのように語りかけた。


「ほぅ……私の魔法を見破りますか。それは何かしらの看破魔法ですか?」


「いえいえ、ただの勘ってヤツですよ。戦場を渡り歩いていると自然に……ね」


 そうは言っているがルラック記者は絶対の自信でもあるかのようにニヤリと笑う。その笑みには自虐とも取れるような含みもあったが、やはり自信の方が多く含まれているようだ。


「ドロバンス帝国の情報は私もある程度把握しております。ルラック記者、貴方のカードは、どういったものでしょうか?」


 今度はデュリーゼさんが交渉に場に就いた。大賢者が相手となると、ルラック記者の不敵な表情が一変する。相手が油断ならない相手であることを自分に言い聞かせているかのようだ。

 バリバリとボサボサの頭を掻くと、彼は「失礼」と言い、胸のポケットから茶色の棒のようなものを取り出し口に咥えた。


「あぁ、これは『ビーフジャーキー』を棒状にカットしたものです。煙草を嫌がる方もいますんで、これで代用してるんですわ」


「なるほど、わきまえていらっしゃるようで好感が持てますよ」


 二人はそう会話した後にテーブルに就いた。デュリーゼさんと対面する形で座ったルラック記者の額から一筋の汗が流れ落ちる。

 対するデュリーゼさんは涼やかな表情であり余裕すら窺えた。だが、その圧する気配は隠しきれていない。俺がルラック記者の立場であったのなら『じょばっ』とお漏らししているだろう。

 デュリーゼさんが味方で本当によかった。


「私のカードは王宮の情報、各町の情報、鬼と呼称される存在の情報」


「ふっ……それでは話になりません、お引き取りください」


 有無を言わさぬデュリーゼさんの返事にルラック記者は絶句した。普通に考えれば入手困難な情報ばかりであり、その筋の者であれば大枚を叩いて出も欲しがる。その情報を『話にならない』で片付けられてしまったのだ。


「ま、待ってくれ! この情報は命懸けで入手したんだ! それを話にならない、だなんて……」


「カイザートトッペは既に死亡。現在のドロニア城の城主は『タイガーベアー』という存在」


「っ!?」


「しかし、実質的な支配者は『スウェカー』という男。各町はアラン配下の鬼で制圧状態」


「な、なんでそのことを!?」


「私を誰だと思っているのですか?」


 手を口元で組み、口を隠すことによって己の目を強調する。その鋭い眼光に晒された相手は『蛇に睨まれた蛙』同然と言えよう。ルラック記者はダラダラと大量の汗を流し硬直していた。

 その様子を確認したデュリーゼさんは、彼に追い打ちをかけるかのように語ったのである。


「ルラック記者……貴方がとある男に依頼されて、モモガーディアンズに入り込もうとしている事は調べが付いているのですよ。大方、虚偽の記事を書け、とでも言われているのでしょう?」


 これは酷い。ここまでバレていると、もうルラック記者は王手飛車取り状態だ。彼も最早、何一つ言葉を発することは叶わない。

 どう足掻いても手遅れな状況に追い込まれてしまったことを理解してしまったようだ。


「うぅ……」


 完全にルラック記者の心をへし折る気満々のデュリーゼさんであったが、どういうわけかここで彼を威圧するのを止めてしまう。いったい、どうしたというのだろうか?


「さて、これが最後です。最後のカードを提示しなさい」


 今度は優しく微笑みルラック記者を促した。恐怖の後に優しさを見せる、間違いなく飴と鞭だ。これはえげつない。


「ラ……ラペッタ王子の所在」


「っ!?」


 ルラック記者の最後のカードに俺は思わず反応してしまった。その様子を見てデュリーゼさんはクスリと微笑む。


「どうやら、エルティナは人が良過ぎるようです。ルラック記者、貴方の苦労と最後のカードに免じて『正式な許可』を認定いたしましょう」


「……目的がバレたんじゃあ、モモガーディアンズに入り込んでも意味がねぇよ」


 ルラック記者は喜んでいるのか、いないのか、判断に困る笑みを浮かべた。


「貴方は記者なのでしょう? なら記者としての仕事をすればいいのです。もし、モモガーディアンズが不正をおこなっていれば、それを記事にすればいい」


「へっ?」


 デュリーゼさんにそう言われたルラック記者は間抜けな返事を辛うじて返した。口に咥えていたビーフジャーキーをポロリとテーブルの上に落とす。


「で、でも、それじゃあ、あなた方は不利益になる」


「構いません。それに、貴方という記者がいることによって、モモガーディアンズ内の者たちも不正行為に注視するようになることでしょう。抑止力というヤツです。それに、貴方を雇った連中も、貴方に過度な期待はしていませんよ。使い捨て程度の認識でしょうから」


「うぐっ……確かに、連中ならそう認識しているだろうな」


 デュリーゼさんにそう指摘されたルラック記者は、悶々とした表情でテーブルに落ちたビーフジャーキーを拾い上げて口に咥え直した。僅かに唇が震えているのは己に葛藤しているからだろう。

 暫く俯いて何かを考えていたようだが、覚悟を決めたのか顔を上げてデュリーゼさんに口を開いた。


「俺に対する条件は?」


「ただ一つ、『真実』を書く」


「……それだけか?」


「えぇ」


 デュリーゼさんの条件を聞いたルラック記者は懐から一枚の紙を取り出した。それを俺たちに見えるようにテーブルの上に置いて宣言する。


「俺ぁ、金のためなら何でもするチンケな記者だ。人は騙すし裏切るが、ネタを裏切ったことは一度としてねぇ。こいつは使うまいと思っていたが……今、使うことにした。俺の覚悟ってヤツだ」


「『誓約の呪紙』ですか。覚悟を見せるというわけですね」


 デュリーゼさんはその紙を手にすると、見事な羽根ペンを取り出して何かを書き記していった。その後に何かを呟くと、書き記された文字が赤く輝き出したではないか。


「さ、今度は貴方の番です」


「あ、あぁ……分かった」


 ルラック記者は震える手でナイフを取り出し、親指をナイフの先で僅かばかり刺した。すると、そこから血液がぷっくりと溢れ球状を形作る。彼はそれを誓約の呪紙の上に一滴落とした。


 すると誓約の呪紙は青白い炎に包まれ一瞬の内に燃え尽きてしまい、跡には灰すら残らなかったではないか。


「確かに、貴方の覚悟を見届けました。ようこそ、鬼討伐軍モモガーディアンズへ」


「へへっ……とんでもねぇ大博打に出ちまった。だが、俺の勘が言ってるんだ、この話に乗らねぇと絶対に後悔するってよ。まぁ、よろしく頼んますよ」


 俺はほぼ取り残された感があるが、どうやらルラック記者はモモガーディアンズの専属記者となることに決定したようだ。


 しかし、デュリーゼさんはこの人を信用したようだが大丈夫なのだろうか? 普通に何者かに依頼されてモモガーディアンズに入り込もうとしている、と言っていたではないか。


『エルティナ、彼は誓約の呪紙によって、真実以外の記事を書くと絶命する呪いを受けてます。ですので、彼の依頼主がおこなおうとしていた、モモガーディアンズを貶めるような虚偽の記事を書くことはできません。安心して彼に我らのおこないを書いてもらいましょう』


〈テレパス〉にて、そのように説明してきたのはルラック記者の誓約の情報を漏らさないためだろう。なるほど、随分と厳しい枷を己に掛けたものだ。

 並大抵の覚悟ではこのような誓約を結べやしない。


「ふきゅん、わかった。ルラックさん、専属となるからにはモモガーディアンズと鬼について詳しく知ってもらう必要がある。今、桃先輩を連れてくるからしっぽりと話を聞いてくれい」


「そういうことでしたら喜んで」


「今、『喜んで』と言ったな?」


「えっ?」






 その後、彼が白目痙攣状態で、桃先輩の話を延々と聞かされたのは言うまでもないだろう。

 迂闊な発言は白目痙攣状態になるって、それ一番言われてから!


 俺はぷるぷると震えるルラック記者に黙祷を捧げた。


 ちーん。

 ◆ ルラック・ケインズ ◆


 人間の男性。44歳。フリージャーナリスト。

 黒髪のボサボサの頭、黒い瞳。無精ひげを生やし身形はまったく気にしない男だが、仕事道具だけは手入れを欠かさない。

 取材を成功させるためなら人を陥れることも辞さない外道。また、手に入れたネタを最高の形で紙面に掲載することのみを考える仕事バカでもある。

 身体能力は戦場の取材や危険な依頼をこなしていたためか、非常に高い。

 紆余曲折あったがモモガーディアンズ専属記者となった。

『トルティーヤ』が好物。

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