490食目 マーツァルの野望
◆◆◆ マーツァル・カウ・ツツアム ◆◆◆
計画は順調だ、ゼアナも聖女に据えることができたし、私の地位も副司祭となり発言力を増した。
もうデルケット最高司祭の好きなようにはさせぬ、マイアス教団を牛耳り長年の野望を叶える時が遂にやってきたのだ。
私はテーブルの上の蝋燭が放つ、か細い灯火の前で一人物思いに更けていた。思えば、この計画に辿り着くまで幾年掛かったことだろうか。
組織を結成するための資金集め、地位向上のための裏金工作、そして聖女の擁立。
聖女の擁立に必要な人材の育成……もっとも苦労した点だった。目星をつけて育ててきた少女は優に四十人を超える。だが、そのいずれも聖女として推すには物足りなかったのだ。
残念ながら聖女足り得なかった者たちは、地方のマイアス教団の支部へ転向してもらうことにした。口封じを兼ねているが、地方のマイアス教団の人材が足りていないことは確かだし、予てから人員を要請されていたので一石二鳥だったのである。
聖女として育成された彼女らは教養が高く、一般的なマイアス教徒よりも治癒魔法のレベルが高かったこともあり、地方の村々に大歓迎を受けたという。
この事は私の地位を向上させる要因の一つとなった。
聖女になれなかった屈辱こそ抱えているものの、もともと身寄りのなかった少女たちだ、物乞いとして生きるよりも遥かにマシな人生を送れることに感謝していることだろう。
それにツツアムの姓も彼女たちに与えている、何かあったら尻拭いくらいはしてやると伝えて送りだした。
これは私の責任であると同時に、彼女たちの枷である。滅多なことでは不祥事を起こそうなどとは思うまい。
にもかかわらず、一名ほどやらかした娘がいるが。
……まったく、困った娘だ。
若干、目じりが下がった自分に気が付き顔を引き締める。このような顔を見せるのは、全てを成し遂げてからだ。今はまだその時ではない。
転機が訪れたのは、地方の貧しい村の道端で蹲っていた、小汚い少女を発見した時の事だ。
私はその立場上、彼女を見捨てるわけにもいかず、施しをおこなうために声を掛けた。少女は顔を上げて私の目を臆することなく見据えたのである。
その瞬間、私を貫くかのような電流が走った。
天からの啓示、運命が言っている。時は来たれり、と。
私は彼女を養子として迎え入れる決断を下した。無論、聖女として育成するためである。
少女は名前を名乗らなかった、訊ねてみると忘れてしまったのではなく、名付けてすらくれなかったのだという。
流石に哀れみを感じた私は彼女に名を与えた。それがゼアナ・フリエンという名だ。
だが本当の名はゼアナ・カウ・ツツアム。私は本気で彼女を娘としたのである。
しかし、聖女として推すからにはツツアムの姓では色々と波が立つ。それゆえにフリエンの姓を名乗らせているのだ。
ゼアナは本当に優秀な子供だった。聖女として必要な知性と素質を兼ね備え、かつ魔力の許容量も底が見えない。
私はこの時まで、ゼアナが聖女として君臨することを微塵も疑わなかった。
だが……その目論見もデルケットが連れてきた少女を見るまでのことだったのだ。
エルティナ・ランフォーリ・エティル、白エルフの少女にして類稀なる治癒魔法の素質を持つ者。しかしながら、その性格は破天荒であり、気品の欠片もない。聖女としてはあまりにも欠けている部分が多かった。
にもかかわらず、ウォルガング国王の鶴の一声でエルティナの聖女認定が決まってしまったのだ。
これには流石に抗議したが当時は魔族戦争の真っ最中であり、即戦力たるエルティナの牙城を崩すことは叶わなかった。
確かにゼアナは治癒魔法の素質がSという破格の才を備えている。だが、エルティナはゼアナと同じ素質を備え、更には規格外ともいえる魔力量をもっていたのだ。
これには当時、まだ魔力量に不安が残っていたゼアナでは太刀打ちできなかった。
エルティナは聖女となった後も素質にうぬぼれることなく、貪欲に治癒魔法の研鑽を続けていき、その末に新たなる分野『医療魔法』の開発、という我々では到底考え付かないような偉業を成し遂げてしまった。
ここまでされてしまったら、いくら私でも聖女足り得ぬと声高々に発現することなどできはしない。
結局、計画は頓挫し凍結となってしまった。そのことを知ったゼアナは心を閉ざし、無気力な少女となってしまったのだ。
彼女は聖女となるために育て上げられた、それが叶わないと知った時、ゼアナは私でも計り知れないような絶望に押し潰されてしまったのだろう。
ゼアナは聖女としての勉強はもうする必要がないにもかかわらず、何かに憑りつかれたようにおこなっていたが、私はそれを止めることはしなかった。
無気力な彼女が唯一、自発的におこなう事がそれであったからだ。聖女になれないのに聖女としての勉強をおこなう、それがどれほどの苦痛であったことか。
「……だが、その苦痛も報われる。もはやこの国の聖女はおまえなのだ、ゼアナ」
一度は諦めた聖女育成計画だったが、エルティナがその異常とも言える能力を失ったことによって、再開される運びとなった。
まったく……女神マイアスも我らに過酷な試練をお与えなさるものだ。
今日まで欠かさず聖女としての勉学を積み重ねてきたゼアナは、もはや誰にも粗を指摘することができぬほどの成長を見せていた。
もともと器量の良い子であり、今年で十四歳となる少女は既に大人としての常識と嗜みを身に付けている。どこからどう見ても一部の隙も無い淑女として成長を遂げていたのだ。
唯一の気掛かりは、その無気力さだ。だが、聖女になってさえしまえば、その心も徐々に癒されることだろう。大丈夫だ、心配いらない。
現にゼアナは昔私に見せていたような笑顔を、徐々にではあるが見せるようになっていた。今は黄昏のような笑顔であるが、いずれは太陽のごとき聖女に相応しい笑顔を見せてくれるだろう。
その暁には、この私も最高司祭の地位を手に入れているはずだ。
「ふっ……長かったものだ。後もうひと押しといったところか」
ゼアナを脅かす芽は摘んでおかなくてはならない。
最近、エルティナがまたしても何かをしでかそうとしている情報を掴んだ私は、彼女に探りを入れるために数人の間者を送り込むことにした。
「入りなさい」
「へい、お邪魔しますよ」
ドアをノックされる前に声を掛けて部屋に招き入れる。間者の一人である、ルラックとかいう記者だ。彼にはエルティナが組織したというモモガーディアンズに潜入してもらい、あることないことを記事にして立場を窮地に追い込むことを依頼してある。
追い詰める、といっても解体にまでは追い込まない。その手前で私が救いの手を差し伸べてエルティナごと抱え込んでしまう計画である。
このことにより、邪魔な芽は私の戦力として再利用されるのだ。加えてデルケットはエルティナを擁護しているので、この件が上手く行けばヤツを最高司祭の座から引きずり下ろすことができるだろう。
「それで、首尾の方はどうかね?」
「えぇ、専属になることができましたよ。かなり苦労しましたがね」
露骨に報酬の上乗せを要求してくるルラックに私は嫌悪感を抱いた。だが、気持ちを切り替え彼に報酬を与える。
「へい、確かに」
「それで今後の依頼の件だが……」
「あぁ、その件ですがお断りします」
「なんだと?」
ここにきてルラックが仕事を降りると言ってきた。いったいどういう心変わりなのだろうか?
「専属記者になるために、こちらも少なくない犠牲を払った……といえばお分かりいただけますか?」
「そなた、誓約の呪紙を使ったのだな」
「そのとおりです。嘘の記事なんか載せようものなら、私は即座に呪い殺されてしまいます」
彼に渡した誓約の呪紙は私が用意した物だ。本来は専属記者として潜入に成功した後に、私と彼との間で使用するつもりだった。
誓約の呪紙は、誓約を誓う者の魔力を覚えさせるために数日間持ち続ける必要があるのだが、そのために渡していた物をあろうことか交渉に使われてしまったのだ。
誓約の呪紙は安いものではない、一般市民が贅沢をしなければ働かずとも暮らしてゆける程度の価値がある物である。それを交渉に使ってしまうとは……!
「まぁ、俺はこんな物がなくても嘘の記事なんて書きませんがね」
「貴様……!」
「おっと、俺は嘘の記事は書きませんが、モモガーディアンズでの出来事は貴方にお教えいたしますよ?」
「なんだと?」
「俺の制約は『真実』を書く。それだけです」
「つまりは、モモガーディアンズ内の不祥事を書いても絶命はしないということか?」
「そうなりますね」
なるほど……上手く使えばなんとでもなりそうな誓約だ。上手く落としどころを作ったものである。
そう考えれば、この男は思ったよりも使える駒かもしれない。
「よろしい、モモガーディアンズの情報をいち早く私に伝えなさい」
「へい、了解しました。そのかわり……」
「分かっている、働きに免じた報酬を用意しよう」
「へっへっへ、流石に分かっておられる。それじゃ俺はこの辺で」
そう言い残すとルラックは部屋からこそこそと出て行った。
金に汚い男であるが、裏を返せば金さえ与えていれば、こちらを裏切らないということだ。それに裏切ったところで大した痛手にはならない。
私は彼から情報を得ているだけ、問い詰められてもエルティナという元聖女を心配していた、と返せばどうにでもなる。
私は裏では策を弄しているが、きちんと司祭としての仕事もこなし民衆の信頼を獲得している。滅多なことでは私の言葉を疑う者もいないだろう。
ルラックを送り出し、暫くするとドアをノックする音が聞こえドア越しに声を掛けられた。
「マーツァル様、物乞いの子共が救いを求めて玄関前に座り込んでおりますが……追い払いますか?」
従者の一人がそう訊ねてきた。恐らくは最近入った新人であろう。
「いいえ、子供はすべからず国の宝、そして人は皆、女神マイアスの子です。屋敷に招き入れ、施しを与えなさい」
「は……ははっ、申し訳ございません! ただちにっ!」
そう、子供を追い払う、これは私の理念に反する行為だ。
「デルケット……おまえのやり方では遅過ぎるのだよ。このフィリミシアですら子供が飢え、救いを求めてくる。この国はまだ良い、だが貴様とて他国の有様を見てきたはずではないか」
人々を団結し清浄なる世界にするためには『信仰』が必要不可欠、そして人を導くのは神でなくてはならない。
人は欲深いものだ、どんなに崇高な志を持っていても、欲の前には脆くも理性は音を立てて崩れる。その欲を制御することができる方法こそ『宗教』、そして『信仰』なのだ。
全ての人が女神マイアスを信じることによって『欲を制御し支配』できる。その暁には間違いなく理想郷が構築され、全ての者が幸福に暮らし、いずれ女神マイアスの下へ召させることになるだろう。
その時、飢えで苦しむ子供は一人とていないはずだ。
何故、それが分からない? デルケット……我が友よ。我らとて、飢えに苦しんできた子供だっただろうに。
「……全てはマイアス教団のトップに立ってからだ。もうじき、信仰による世界平和が訪れるだろう」
私は静かに席を立ち、救いを求める子供の下へと向かうのであった。




