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食いしん坊エルフ  作者: なっとうごはん
第九章 神級食材を求めて
444/800

444食目 青い空

 ◆◆◆ モーベン ◆◆◆


 カビ臭い古びた部屋にて、蝋燭のか細い灯火を頼りに報告書を纏め上げる。

 ここはかつて村が存在し、暮らしは決して裕福ではないにせよ、のどかで平穏であった場所だ。

 しかし、今はもう誰も人は住んでいない。住んでいるのは私たち『モーベン一家』だけだ。


 村の中央には粗末な墓らしき物がポツンと建っていた。誰が建てたかは不明だ。

 その周りには色取り取りの花々が咲き誇り、無念にも息絶えたであろう墓の中の住人たちを慰めているようにも感じる。


 この名も知らない村は十年以上も前に盗賊の一団に襲われて壊滅し、以後は放棄されていたところを偶然にも私が発見し、なんとか利用できそうな家を修繕してアジトとした。

 誰も訪れない辺鄙な場所ではあるが、その分、気兼ねなく行動できる点を評価したい。


「ふぅ……これで報告書はいいですね。さて、夕食の支度でもしましょうか」


 今晩も腹をすかせた雛鳥たちの面倒を見てやらなくてはならない。せっかく部下に多くの女性が加わったというのに、ことごとく料理ができない者ばかりとは嘆かわしい限りだ。

 まったく、最近の若い者は自炊という言葉を知らないのか。このままでは世界はどんどんと破滅に向かっていくばかり。やはり、この世を正しき姿に戻さなくては魂は救済されぬ。


「……裏の畑で採れたジャガイモを使って肉じゃがにするか」


 私の作る肉じゃがは部下たちに大変に好評であった。今では『お父さんの味』とか言って我先にと口に運んでいる。嬉しい反面、私はきみ達の父親ではないのだが? と心の中でツッコミを入れる毎日だ。


 素材に仕事を施し、後は鍋に入れるだけの段階まで持ってゆく。もう手慣れたもので、それほど時間は掛からない。下手をすれば戦闘よりも得意になってしまっている。なんということだ。


 これも潜入捜査を誰よりもこなしているからだろうか。今もたまにフィリミシア城に出稼ぎ……もとい、潜入して情報を集めている。

 何を隠そう、煮込みのモーさんとは私のことであり、ウォルガング王好みの煮込み料理を作れるのは私しかいない状況にまでもっていった。


 ……いやいや、信用を得るためにおこなったわけであり、料理にのめり込んだわけではないのだ。勘違いをしてはいけない。


「もう少し砂糖を加えるか」


 おたまで汁をすくい上げて味を確かめる。納得いく味になったので、鍋を火から降ろして肉じゃがを休ませる。こうすることにより味が沁み込んでゆくというわけだ。

 料理によって、ずっと煮込む物やこうして休ませる物がある。だからこそ、料理は面白いのだ。


 今の若い者達も料理の楽しさを理解すれば……少しはまともな世界になるのではないだろうか?

 料理とは命を感じることができる数少ない儀式である。我々は他の命を取り込まなくては生き永らえない罪な存在。

 であるならば、常に『命とはなんぞや?』と勉強しなくてはならないのだ。


 テーブルに並ぶ、かつては命の輝きを放っていた者たち。その命を取り込み我らは今日を、そして明日を生きる。


「まったくもって尊い犠牲だ。そして、罪深きは我らか」


 全能なる神、カオス神は食われるためだけの命を作り出し、無垢なる子らに分け与えたと聞く。それは命ではあるが意思はなく、食われることにより完全なる者になる、と記されていたが真相は不明だ。

 ただ、誰も罪の意識を感じることなく生きていけた世界だということだろう。誰一人、不満も不自由もなく生きてゆける世界であれば、怒りも憎しみも生まれはしない。


 そのように完璧な世界であったというのに……何故、滅び去ってしまったのか。それが分からない。


「モーベン様! ただいま戻りました!」


「はらへった~!」


「ふん、先に身を清めてからだろうが! おまえらは臭くてかなわん!」


 雛鳥たちが帰ってきた。なんとも騒々しいことだ。

 さぁ、物思いに耽るのはここまでだ。可愛い雛鳥のために一苦労しようではないか。


 この夕食も賑やかになることは間違いなかった。そして私の苦労も確定であろう。

 いつか、この苦労が報われることを夢見て、何度目かのお代わりを雛鳥たちに手渡した。



 ◆◆◆



「朝……ですか」


 隙間だらけの天井から日の光が差し込んでいる。ただ単におんぼろであるため起こる光景であるのだが、よくよく見てみるとなんとも幻想的な光景であることが理解できた。


 まぁ、毎日見ていると飽きてくる光景であるのだが。


「さて、少し散歩でもしたら朝食でも作りますか」


 くたびれたベッドから身を起こし、手早く身支度を整え、日課である早朝の散歩に出かける。家の外に出るとモーニングバードたちが可愛らしい鳴き声を上げて私を迎え入れてくれた。

 人こそ来ないが野生動物たちは頻繁にここを訪れる。特に彼らや野犬が良く訪れては昼寝をして住処に戻ってゆくようだ。ここは日当たりが良いので昼寝をするのに丁度良いのだろう。


「今日も良い天気ですね」


「そうだな」


 モーベン一家にはいない声。だが、聞き慣れた声だ。


「……エルティナ様、どうしてここが?」


「ここで、モーベンのおっさんに出会ったのは、ただの偶然だ」


 廃村の中央に建っている墓標に手を合わせて祈りを捧げていたのは、白エルフの少女エルティナであった。

 彼女こそ、このラングステン王国の聖女であり、我が主、トウキチロウ様の妹君であらせられる。

 ゆえあって敵対しているかのように振る舞っているが、これらはトウキチロウ様の指示であり、全てはエルティナ様の成長を促すためである。だが実際は影から彼女を守ることの方が多い。


 また、手を出すべきか否かで頭を悩ませるのだが、考えている内に事が終わっている場合が多分にある。彼女は見た目に反して血の気が多いのか、考える前に行動に移ることが多いからだ。

 少しはトウキチロウ様のように思慮深く成長していただきたいものである。主もそれを望んでおられるのだから。


「俺はここに墓参りに来ただけさ。寧ろ、こんなところに住み着いてるのが驚きだぜ」


「えぇ、とても良い物件だったので」


 私も墓の前で手を合わせ祈りを捧げた。散歩に出かける前の日課としているのである。


「エルティナ様は、ここには何度も?」


「いや、三年ぶりになるのかな? 行きたくても、行けない事情があったからさ」


 そういうと彼女は墓の前から移動し、大きな木の根元にある小さな石の前に移動した。小さいと言っても中央の墓標に比べればの話であり、彼女の頭ほどの大きさがある石だ。

 その石には名前のようなものが刻まれていたようだが、今となっては読み取ることはできない。ここも誰かの墓であるようだ。

 暫くこの廃村に住んでいたのだが、この小さな墓に気がつかなかったのは不覚である。


「これもお墓ですか。名前は……読み取れませんね」


「エルティナ」


「えっ?」


「この墓の主は『エルティナ・ランフォーリ・エティル』だ」


「……」


 そう言えば彼女から聞いた覚えがある。妹君は二代目だという事を。

 という事は、ここは彼女が二代目を襲名した際に訪れた村である、ということだろう。なんという偶然であろうか。


「モーベンのおっさんたちが、この村に住んでいることは口外しないよ」


「それは、なんででしょうか?」


「墓の世話をしてくれているようだしな」


「……」


 実は私は中央の墓の世話以外は殆どしていない。きっと、部下の誰かが小さな墓に気付き、こまめに手入れをおこなってくれていたのだろう。今日ばかりは、部下のお節介焼きに感謝しなくてはならない。


「ここは初代の辛い記憶が残る場所だ。多くの命を護るために命を懸け、そして力及ばず命を落とした。その記憶は全て俺が引き継ぎ、このような悲しみを出来うる限り防ぐことを、ここで初代に誓った」


「しかし、この世界では貴女が知らない場所で今尚、この村のような惨劇に見舞われております。それでも、幸福を約束するカオス神様の復活を阻止するのですか?」


「あぁ、俺達とカオス神は相容れない存在だ。過去の栄光を取り戻す……確かに魅力的な話さ。でも、それは今までおこなってきた努力、その末に築き上げた結果をも否定している。だから俺『たち』は全てを抱えて未来あすへ進む。どんな困難が立ちはだかろうともだ」


 とても力強い目だ。再会する度に、彼女の目の輝きは強くなってゆく。

 それは決して屈しぬ者が持ちうる意思の力。万人が持ち合わせぬ、選ばれし者が持ちうる最強の武器。


 トウキチロウ様、そしてエルティナ様。なんという兄妹であろうか。

 このおふた方がぶつかり合えば、最悪の結果……否、世界は間違いなく砕け散る。


 彼らが相容れることは決してないだろう。互いに譲れない想い、そして願いがある。

 だからこそ、私はここで確かめなければならない。


「それは、カーンテヒル神の意思でしょうか?」


「いや、『真なる約束の子』としてじゃない、『俺たち』の意思だ」


 もう確かめるような事をしても無駄だろう。彼女は『真なる約束の子』として自覚している。その上で自分の意思……いや、自分たちの意思だと言った。やはり、終焉たる『真なる約束の日』は避けられない。


「分かりました、試すようなことを申し上げてすみません」


「ふきゅん、俺は寛大だから許す。今日の俺は紳士だ、命拾いしたな」


「貴女の場合は淑女でしょうに」


『真なる約束の日』までに妹君の男言葉を直せるだろうか? 主の頼みとはいえ無茶難題だ。

 この間など、女性らしい喋り方をして喜んだのも束の間、彼女は吐血して倒れてしまったのを見て、この依頼が想像を絶する困難さであることを自覚したのだ。

 受けなければよかった、と後悔すらしている。


「ふきゅん、他の連中が起きてくる前に帰るかな。騒動に巻き込まれるのはごめんだ」


「ふふ、そうですね。それでは、そこの木に隠れている従者殿も、エルティナ様のことをよろしくお願いします」


 なかなかに気配を消すのが上手ではあるが、所々で気を放ってしまって惜しい部分がある。

 私の指摘を受けて渋い顔で姿を現したのは紫色の甲冑を着込んだ若武者であった。

 確か名をザインといったであろうか? なるほど、主想いの良い顔をしている。


「承知した。そなたに言われるでもなく、御屋形様は拙者が護ってみせよう」


「それは頼もしい。では、ご褒美にひとつ耳寄りな情報をお教えいたしましょう」


 エルティナ様たちが病に苦しむ級友のために活動しているのは周知のことだ。その活動は間違いなく彼女達の成長に繋がることだろう。私としても、この僅かな時間を有益に利用して、来たるべき戦いに備えさせてあげたい。


 鬼に支配されたドロバンス帝国との戦いは、我らカオス教団も加わることになろう。形式的には三つ巴になろうか? かなりの乱戦が予想されるので、でき得るならば彼らモモガーディアンズの大幅な強化を狙いたい。

 間違いなく大きな戦争になる。今回ばかりは妹君の友人たちも命を落とすかもしれない。

 大切な仲間を失い、エルティナ様の後悔する姿を見たくはない、という自分がいるのは確かだ。


 やれやれ、これでは敵だか味方だか分からないではないか。彼女の影響力は敵味方隔てることがないのが恐ろしい。まったくもって、兄君であられるトウキチロウ様とよく似ておられる。


「獄炎の迷宮の封鎖が解除されました。その迷宮の奥深くにこの世の物とは思えないほどのスパイスが実る大樹が生えているそうです」


「ふきゅん! その情報は本当か!?」


 やはり食い付いてきた。情報元はブッケンドなので間違いはないでしょう。

 しかし、今の妹君方の実力では、獄炎の迷宮地下六十階は非常に困難な冒険になるはず。もし目的の物が手に入れれないにしても、挑戦してくれれば何かしらの力を得てくれるはずだ。


「えぇ、ブッケンドと飲んだ際に聞いていたのを思い出しました。並の冒険者では地下六十階まで潜れませんからね。とはいっても、三十年前の話なので今もあるかどうかは定かではありません」


「構わないさ! 今までも、あるかどうか分からない情報ばかりだったんだ。ザイン、次は獄炎の迷宮でスパイス捜しだ! みんなを集めて会議をおこなうぞ!」


「ははっ!」


「ありがとな、モーベンのおっさん! じゃ!」


 ぶんぶんと手を振って走り去るエルティナ様と、それを追いかける従者の姿を見送り、私は散歩に出かけた。

 やはり、希望に満ち溢れる子供との会話はいいものだ。まぁ、エルティナ様は事情が事情なだけに成熟した精神の持ち主であるが、その心は眩しいぐらいに真っ直ぐで純真だ。


 真っ黒な私には……少し眩し過ぎるか。


「あの子達には生き延びてほしいものです」


「なら、俺達が暴れるしかねぇな」


「おや、珍しい。暇でも持て余しましたか? ベルンゼ」


 私の足下から水が溢れ出し、できあがった水溜りから半魚人の男が飛び出してきた。彼が得意とする『水渡りの秘術』だ。

 いつも不機嫌な表情をしている彼であったが、今日はまた一段と不機嫌さを前面に押し出していた。


「暇も暇、何もすることがねぇのは辛いもんだ。最近は御子様も子供をカオス神様に捧げることもお止めになられちまったからな」


「そうですね、それも妹様が覚醒したからでしょう」


「つまりは『真なる約束の日』が確実にくる……ということか。いよいよ現実味がでてきたな」


「えぇ……そして、我らの長きにわたる『使命』も終わりを告げるという事です」


「……考え直す気はないのか、モーベン」


「はい、私は蘇りし楽園には相応しくありませんから」


 私はあまりにも罪を重ね過ぎた。楽園が蘇っても、そこで生きることは許されない。たとえ、カオス神様が罪を許されようとも、私自身がその罪を許せないのだ。


「己の使命を果たし、そして消える。これでよいのです」


「モーベン……それじゃあ、あまりにも悲しいだろうが!?」


 カオス神様、カーンテヒル神。どちらの世界になるかは誰も分からないだろう。しかし、願わくば私のような者が二度と現れぬ世界であってほしい。

 黒き憎しみの炎で周りを、そして自分をも焼き尽くすようなことはあってはならない。


 この青い空を黒く焼き尽くすことは、二度とあってはならないのだ。


「ベルンゼ、朝食……食べてゆきますか?」


「あ……あぁ、馳走になろうか」


 私たち二人はのんびりと散歩を満喫した。カオス教団の八司祭がこのようなことをする、と知ったら信徒たちはどのような反応を示すであろうか? 少しばかり想像して愉快になった。


「空が青いですねぇ……」


 私の呟きはどこまでも青い空に吸い込まれ、その一部と化したのだった。

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