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食いしん坊エルフ  作者: なっとうごはん
第九章 神級食材を求めて
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422食目 誇り高き戦士

「信長さん、現在その吉幸の山に入ることは可能なんですか?」


「いや、今も昔と同じく入山は禁じられている……表向きはな」


 彼はそう答えると再び杯に注がれた酒をくいっと飲み干しため息を一つ吐いた。静かに杯を置くと続けてこうも言ったのである。


「吉幸の山を管理する『吉幸衆』なる輩がおってな、連中が神聖なる者の使いを名乗って悪事を働いていた。その悪事は農民から神聖なる者の名の下に作物を少しばかり奪うというものであったのだが次第に限度を越えてゆき、今度は城下町まで遠征して金品を奪うようになったのだ。

 そこまでいってしまえばヤツらはただの盗賊と化す。そんな簡単なことにも気付かなかった吉幸衆は余が編成した討伐隊にことごとく討たれてゆき、やがて吉幸の山に追い込まれた」


「いつの時代も神や神聖な存在の名を語って悪事を働く者がいるんですね」


「うむ、そうであるな」


『えどこ』ことエドワードが厳しい表情で意見を述べた。

 確かにマイアス教においても女神の名を語り悪事を繰り返していた時代があったとデルケット爺さんから聞き及んでいる。今でこそ彼の活躍によってマイアス教は落ち着きを見せてはいるが、まだ火種は燻ぶっているという。やはり、こういった連中は道を外れると厄介極まりないな。


「追い込んだ吉幸衆だが……余は神聖なる者に恩義があるため、山の中に入って討伐を続行することができなかったのだ。そうして双方睨み合いが続く中、吉幸衆は吉幸の山を結界で覆い誰も入山できなくさせてしまった。山の中に入るためには、この結界をどうにか破るしかない」


「つまりそこの山を牛耳っている吉幸衆は悪党で中に入ってボコってもいいってわけか……簡単じゃないか。

ふっきゅんきゅんきゅん……!!」


 俺はそう呟き邪悪に笑った。これで入山できる理由ができたからである。

 きちんと管理して神聖なる者を奉っている組織であれば強行突入は難しいものと考えていたが相手が悪党であるのならば話は別だ。悪党には権利も主張も与えない、この世界は悪党には人権が無いのである。


 ただ、改心して真面目に生きると誓うのであれば許してやらんこともない。それすらも許さなければ、今度は俺達が悪党になってしまうからな。


「ほう、そなたにあの強力な結界が破れると? 余でも結界を砕くことは骨であったのだぞ?」


 信長さんの目が鋭くなった。その視線の先には俺がいる。これはかなり強い重圧だ。彼も理解して放っているものと思われる。

 以前の俺であったのであれば即座に白目痙攣していたことだろうが、今は違う。数々の戦いを経てきた俺はどんなに格上の相手に凄まれようとも屈しない勇気を多くの仲間達から与えられたのだ。


 ただし、お漏らしは勘弁な!!


「破る……というか食う、まぁ、破ると言っても差し支えはない。そもそも、そんな悪党を野放しにしておくなどできないからな……俺がやるときめたら絶対にやってのけるんだぜ」


 猛烈な尿意を気合いで封じ込め、彼の重圧を真正面から受けつつも俺はそう言い切った。

 その言葉を聞き届けた信長さんは少しばかり間の抜けた表情を見せた後、部屋の中に響き渡るくらいの大笑いをしたのである。


「なるほど、ウォルガング殿から聞き及んでいたが、なかなかどうして……姿は可憐なる姫であるが心は勇ましき益荒男であるのだな」


「ふふふ、言ったとおりであろう? 父上。えるてぃなは紛れもなく当主の資質を持つ益荒男。わらわ達を率いるに相応しい気概を持ち合わせておる」


 袖で口元を隠しコロコロと笑う咲爛は本物の姫であることを認識させた。教室では一切そのようなことをしないのでギャップが凄まじいことになっているが。


「ではエルティナに建前を授けよう、尾張国の領主として貴殿に吉幸衆討伐隊の指揮権を与える。これをもって一時的に貴殿は我が国の所属となり兵を自由に使うことが許される。

 また、今討伐の完了を以って地位と権限は消失するものとする。報酬は吉幸の山の入山許可証と山の資源を自由に取得できる権利でどうじゃ?」


 これは相当破格の条件と報酬だと思われる。それだけ俺のことを買ってくれているのだろう。迷うことなく二つ返事でこれを引き受けることにした。一時的とはいえ俺は信長さんの家臣になったのである。


「うむ、ではエルティナよ。今宵はこの城にて身体を休め、明日にでも討伐隊の編成をおこなうのだ」


「ははっ……このこの大役、必ずや成就させてみせましょう」


 元日本人であろう俺は殿様に対する作法はだいたい把握していた。その作法を見届けて信長さんは大層満足げな表情であったことを伝えておく。



◆◆◆



 次の日の早朝、俺は皆を引き連れて城の台所に赴いた。目的は調理風景を観察するためだ。

 そこでは既に仕込みが始まっており、料理人達が忙しそうに調理をおこなっている。邪魔にならないように壁際にて調理風景を観察することにしたのだが、その際に調理人は全て女性であることに気付いた。


 厨房は江戸時代宜しくかまどを用いた調理を基本としているが、使われている調理器具はフライパンや中華鍋といった物が普通に使用されていた。これも外国との交易がおこなわれ輸入されてきたのだろう。これらを見事に使いこなす彼女らは間違いなく一流の料理人達であった。


 その忙しく働く彼女らを指揮しているのは美津秀さんだ。長い黒髪を三角頭巾で纏め割烹着姿で調理をおこなっている。この姿だけを見れば、あのような変態行為をおこなう女性であるとは到底思えないだろう。


「あら、おはようございます、エルティナ様。このような場所に何か御用でしょうか?」


「うん、イズルヒの調理技術を学ぼうと思って。あと『ぬっぽる』という亀もどきを見たいんだ」


 そう、俺がここに来た理由の一つが『ぬっぽる』なる亀もどきを一目見たいと思っていたからだ。あの感動を与えてくれたスープの元となる生き物をきちんと見ておかなければ、と使命感に突き動かされたのである。そしてその想いはあのスープを飲んだ全員が共有するものであった。


 ただ、咲爛と景虎は同行しておらず自室にて身を整えている最中であった。着物の着付けには時間が掛かる上に、彼女は『ぬっぽる』がどのような外見をしているのか知っているのだそうだ。


「まぁまぁ! ぬっぽるを見たいだなんて! 今はまだ朝ですよ? 若いって良いですわねぇ!」


 この人は朝から何を言っているんだろうか? 俺達は決してそのようなやましい気持ちでここに来たわけではない。ただ単に感動を与えてくれた食材の姿を記憶しようとここまで来たのだ。


 そんなこともお構いなしに笑顔の美津秀さんは俺達を大きな桶が置いてある場所まで案内してくれた。そこには緑色の亀らしき生物が五~六匹ほどのろのろと歩き回っている。だが、こいつらは決して俺達が知っている亀、ましてやスッポンなどではないことが一目見て理解できた。


「ぬっぽる!」


「ふきゅん!? なんだこの鳴き声はぁ……!!」


 なんと、その亀(?)は勇ましく首を上げ俺達に向かって鳴き声を上げたのである。それにつられて俺も鳴き声を上げてしまったが、これは仕方のないことであろう。


「これが『ぬっぽる』ですわ。どうです? 凄く太くて長くて逞しいでしょう?」


「あっはい、ごりっぱですね」


「ぬっぽる!」


 その生き物の首から下は間違いなく『スッポン』であった。細部は少しばかり違うが誤差の範疇であろう。だが、問題となるのは首から上だ。

 なんと説明すればいいのだろうか? これはダイレクトに説明してしまっていいのか躊躇われる。ぬっぽるの首の長さはおよそ三十センチメートルほどもあり、その太さは約四~五センチメートル程度であろうか? 問題は頭部の形状だ。

 あなたは『亀頭』と説明して何を思い浮かべるだろうか? この文字を単純に理解するなら『カメのあたま』だ。だが、本来はアレの先っぽの形状のことを意味する。つまり、こいつはそのまんまアレなのだ。


「な、なんというか……凄く独特な形状の生き物ですね?」


 勇敢にもメルシェ委員長が桶の傍にしゃがみ込みぬっぽるを観察しだした。そんな彼女に近寄るぬっぽる達は一斉に亀頭……もとい『ごりっぱ様』を持ち上げる。もしかしたら人懐っこい連中なのだろうか。


「あの……この子達は噛んだりしないですか?」


 ぬっぽる達に近付かれたメルシェ委員長は心配になったのか美津秀さんにそう訊ねた。


「えぇ、安心してください、ぬっぽるは歯を持っていないので噛まれることはありませんよ。ただ時折、威嚇行動をする場合があるので、それに注意していただければ……」


「そうなんですか、安心しました。この子、意外と可愛いですね……」


 そう言ったメルシェ委員長は彼女を不思議そうに見つめている一匹のぬっぽるの頭を『なでなで』したではないか! なんという迂闊な行動を! その行為は明らかに危険な行為!

 俺の嫌な予感は残念ながら的中してしまった。撫でられていたぬっぽるの頭がムクムクと大きく膨れ上がりプルプルと痙攣した後に、その怒りの潮をぶちまけたのである!


「ぬっぽぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉるっ!!」


 どぴゅっ!


「ひゃっ!? なんですかこれ!? に、にがひぃ……うえぇ」


 あぁっ! メルシェ委員長のお顔が白濁した液体でとんでもないことに!!

 しかも臭い! これは間違いなくアレと勘違いされる液体だ! これは大事件待ったなし!!


「あぁ……遅かったですわ! それが威嚇行動の際に出される液体です。ぬっぽるはその精え……げふんげふん、イカ臭い粘液を相手に掛けて撃退するのです。ただ、その液体には害はありませんし、調理法によっては精力剤の元になるので大変に重宝されるんですよ? それにしてもこの量……貴女は才能がありますわ」


 そう言った美津秀さんは身体をくねらせ始めた。メルシェはそれどころではないらしく口の中に大量に入ってしまった精え……ふきゅんふきゅん、白濁の液体を吐き出している。そんな中、その怒りをぶちまけたぬっぽるが語り始めたではないか!?


「ぬっぽるぬぽぬぽ……ぬっぽる。ぬっぽるぬぽぬぽぬっぽる!

(そうなった理由は一つ……シンプルな答えだ。てめぇは俺を「怒らせた」!)」


 バァァァァァァァァァァァァン!!


 なんという勇ましい漢であろうか? 彼は勇敢にも自分の身体の数十倍はあろうメルシェ委員長に戦いを挑んでいたのだ! それはきっと仲間を護るための行為! その誇らしげな姿に俺とザイン、美津秀さんは感動すら覚えたのである!


 ちなみに、エドワードとフォルテ副委員長は関心がないのか無表情であった。


 そんな中、顔中をイカ臭い液体塗れにさせたメルシェ委員長が勇敢なぬっぽるを抱き上げ、彼に微笑みを投げかけたではないか。恐らく戦いの中で愛が芽生えたのだろう。種族を越えた愛に俺達は感動を……。


 ぽちょん。ぐつぐつぐつ……。


「「「ぬ……ぬっぽるさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!」」」


 彼は煮え立つ鍋の中に投入され、その生を終えてしまった。そして、その笑顔のまま彼女は桶の中にいるぬっぽるに迫った。その瞬間、彼らは仰向けになり完全降伏の意を示したのである。


「次はどの子を煮込めばいいですかぁ……? 美津秀さん? うふふ……」


「ひっ!? も、もう十分です! ささっ、着替えと湯の準備を!」


 俺達は失念していた、普段怒らない者が怒るとクッソ怖いということに。それは大人の美津秀さんをも戦慄させるものであったのだ。

 その表情を向けられた美津秀さんは慌てて着替えと湯の支度をするように従者に伝え、メルシェ委員長を連れて台所から出ていった。

 その間、俺達は名誉の戦死を遂げたぬっぽるの戦士に黙祷を捧げていたことを伝えておく。


 きみのその雄姿……決して忘れない。さらば、誇り高きぬっぽるの戦士よ。

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