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食いしん坊エルフ  作者: なっとうごはん
第九章 神級食材を求めて
421/800

421食目 織田信長

俺達は残念な美人に案内されて、まずは小部屋に辿り着いた。

ここで身を整えてほしいとのことだ。

同行しなかった咲爛は自室にて

専属の従者に手伝ってもらいながら着替えるという。

もちろんエドワード率いる野郎共は別の部屋である。


裸族として再覚醒した俺はなんら恥ずかしくはないが、

メルシェ委員長がそうもいかないからだ。

いっそ、彼女も裸族としての開放感を教えて全裸仲間に引き込んでやろうか。


案内された部屋は綺麗な花の屏風が置かれている十二畳ほどの部屋であった。

小部屋といっても結構な広さだ。

部屋の内部には三名ほどの女性従者が待機しており

俺達の着付けの手助けをしてくれるという。


「ささ、惜しむことなく、その綺麗な肌を私に晒してくださいまし!

 先ほどの金髪の男の子も捨てがたいけど、

 やっぱり『まず』はおんにゃの子からですわよねっ!」


美津秀さんはとことん残念な人であったことを伝えておく。

どうやら彼女は男女問わずいける口らしく、

更には子供でもおっさんでも構わず食ってしまうそうだ。

ただし、不細工は切り捨てるらしい。


こんな性欲の塊を野放しにしておいていいのだろうか?

ここは桃使いとして彼女を退治しておいた方が……!?


悶々とそのようなことを考えつつも俺は新たに新調した聖女の衣に着替える。

なんでも王様がこっそりと製作させていたらしく

「こんなこともあろうかと」という台詞をドヤ顔で炸裂させていた。

彼の嬉しそうな表情に釣られて俺も微笑み返したのだが、

どうやらそれがいけなかったらしく、

即座に『地獄のお髭攻撃』を頂戴するハメになったのである。

まぁ、聖女の衣の代償として耐えるしかなかったのだが。


メルシェ委員長も白いドレスを持ってきていたらしく、

俺の聖女の衣よりもかなり控えめではあったが、

それは彼女を清楚なお嬢様といった感じにさせた。


「ふきゅん、良く似合ってるぞぉ」


「ありがとうございます、エルティナさんも良くお似合いですよ」


俺のは以前着ていた聖女の衣のバージョンアップだ。

少しばかり派手にはなっているがケバケバしいほどではない。

抑えるところは押さえているので上品な派手さとでも言えばいいのだろうか、

そのため嫌味な部分が感じられなかった。

王様が自慢するだけのことがあるわけだ。


そして美津秀さんは鼻血を出してぶっ倒れていた。

ビクンビクンと痙攣しつつ「金髪碧眼」「白い肌、お尻」とか呟いている。


「はぁはぁ……外国の少女がこれほどまでに『いやぁんぱくと』があるとは!

 この美津秀の目を以ってしても見抜けなんだ……うっ! ふぅ……」


そして最後には満足そうな表情で果てた。

……棺桶の中にでもしまった方がいいのかもしれないな。

そう考えていると静かにふすまが開かれて着飾った咲爛が入ってきた。


ほぅ……流石は姫君だ、と感心するに至る。

幾重にも着込んだ着物が彼女の美しさを引き立たせており、

更には彼女の着慣れた感じが気品を一段階押し上げているように感じた。


「ほう、綺麗になったではないか」


「それほどでもない」


「まぁ、おふた方に比べれば……」


「うっひょう! 咲爛様の正装! めもりー! めもりぃぃぃぃぃっ!」


こうして身を整えた俺達はいよいよ尾張国の統治者で咲爛の父親である、

織田信長と対面することになった。

さて……この世界の織田信長はどのような人物であろうか?

明智光秀で白目痙攣せざるを得なかった俺は気を引き締めて歩みを進めた。


やがて豪華なふすまの前で美津秀さんが歩みを止め脇に控える。


「殿、咲爛姫とそのご友人が参りました」


流石にこういう時は真面目に対応するようだ。

常にあんな感じであれば、どうしようかと途方に暮れてしまう。


「うむ、参れ」


ふすまの向こう側から重々しい返事が返ってきた。

これだけでわかる相手の圧倒的な力量、これはただ者ではない。

静かに開けられてゆく二対のふすまから部屋の奥が見えてきた。

そこに威風堂々と胡坐をかく男がいる。彼がどうやら織田信長であるらしい。


見た目は三十代前半といった感じだろうか?

だが、彼は俺が良く知るひょろっとした風貌の織田信長ではなかった。

鍛え込まれて盛り上がった筋肉に覆われた肉体、それはまるで全身鎧のようだ。


注目すべきはその拳。

傷だらけになっているその手はまるでハンマーのように感じる。

指の一つとっても俺の手首ほどの太さがあった。

どれほどの鍛錬を持ってここまで至ったのか計り知れない。


そして、どれほどの修羅場をくぐり抜けてきたのだろうか?

その体に刻まれた傷跡も拳に負けないほど数多く刻まれていた。

だが彼はそれを隠すことはしていない、

まるでそれが勲章であると言った感じであり誇らしげにすら見えるのである。


これで着物ではなく道着姿であれば『昇〇拳』の人にそっくりだ。

美津秀さんが惚れるのも無理はない。

俺も惚れてしまいそうだ……その筋肉に。


「ただいま戻りました、父上」


「うむ、よく帰ってまいった、咲爛。そして、ご学友よ。

 話すことは少なからずあるだろうが、まずは夕餉としよう」


俺達は信長さんと向かい合う形で、そして咲爛は父親の隣に座る。

……まてまて、ちゃっかり咲爛を挟む形で座るな、美津秀さん。


「これ、美津秀。今宵は大切な話があるゆえ下がれ」


「あぁん、信長様のいけずぅ。でも……そんな貴方がす・き♡」


信長さんに窘められた彼女はくねくねと身体をくねらせながら退室していった。

尚、彼女はナイスバディであることを伝えておく。


「まったく……困ったヤツよ」


信長さんのその言葉に美津秀さんの全てが込められているのは

きっと気のせいではないだろう。


やがて運ばれてくる豪華な料理達。

予想どおり全てが和風仕立てだ、これは喉が鳴るぜ。

基本的にフィリミシアで本格的な和風料理は食べることができない。

刺身に必要不可欠なワサビは高くて手に入らないし、

そもそも、魚を刺身にする技術を持った料理人も少ないのだ。


見事な仕事を施された料理達の姿に俺は感動を覚えた。

久しぶりに見ることができた和の料理達は紛れもなく芸術品ばかりだった。

特にこのヒラメっぽい魚の活き作りなど

相当な技術力がないと綺麗に見せることができないだろう。


「わわっ!? このお魚……生きてますよっ!?」


初めて見る活き作りに興奮を隠せないメルシェ委員長。

彼女は料理がそこそこできるので所属パーティーでは料理担当になっていた。

そんなこともあってか、メルシェ委員長は料理に興味を持つようになり

メキメキと料理の腕前を上げつつある。

今では料理を作るのが楽しいとまで言うようになっていた。

その彼女の前に、このような包丁技術の粋を集めた料理が出てきては

興奮するなというのが無理な話である。


メルシェとは対照的に俺は目の前にある赤い椀に入れられた

具も何もないスープに釘付けになっていた。

その金色の液体から放たれる圧倒的な香りに思わず意識を刈り取られそうになる。

事実、気合いを入れて食欲(やみのえだ)を抑えつけなければ

今にもフキュオンと飛び出してきそうなのだ。


今すぐ味を確かめたいものの、まだ食事は始まっていない。

ここは我慢……我慢だ!


「お待たせいたしました」


少ししてエドワードとザイン、そしてフォルテ副委員長が合流した。

景虎は咲爛の家臣であるゆえに共に食事を摂ることはできないそうなので

この食事にも参加しなかった。

それで学校の授業で咲爛と一緒に食事をすることができて

とても嬉しそうな顔をしていたのだろう。


そしてエドワードだが……何故か女性物の着物を着させられていた。

絶対、従者の中に確信犯が紛れ込んでいたに違いない。

あるいは美津秀さんの刺客だろうか?


彼は表情こそ澄ましているが内心はとても困っている様子である。

しかもやたらと似合っているので、どう声を掛ければいいのかわからない。

よって、生暖かく見守ってやるのが上策であろうか。


ザインとフォルテ副委員長も共に着物姿であった。

きっと用意されていた物を着たのだろう。

ザインは良く似合うがフォルテ副委員長もなかなかどうして似合っていた。

というか鬱陶しい前髪が髪留めでもって整えられており、

端正な顔があらわになっていたのだ。


これはメルシェ委員長ならずとも惚れてしまう女子が多発することだろう。

素顔があらわになっている彼は感情こそ顔に出さないものの、

かえってそれが凛々しさを醸し出し非常に男前に見えたのである。


「ふむ、なかなかどうして……その方、余に仕えぬか?」


信長さんはフォルテ副委員長に何を見たのかはわからないが、

いきなり口説きにかかったではないか。


「いえ、俺にはやるべきことがありますので、お断りさせていただきます」


対するフォルテ副委員長は迷うことなく誘いを断った。

チラリとメルシェ委員長を見つめた後に視線を信長さんに戻す。


「はっはっは、ふられてしまったか。

 ザインといい、その方といい……

 良き益荒男を得ることはまっこと難しいものよの」


誘いを断られた信長さんは笑顔を見せた。

その表情はとても晴れやかだ。

続けて軽い自己紹介と挨拶をすませる。


エドワードだけは彼が自己紹介をする前に

咲爛が彼のことを『えどこ』と信長さんに紹介してしまい、

それ以降エドワードは『えどこ』として信長さんに認識されてしまった。

哀れ過ぎて掛ける言葉がねぇぜ。


「さぁ、夕餉とまいろう。

 そなたらは酒は飲めぬだろうゆえに甘酒を用意した。

 遠慮なく飲み食いするがいい」


そして豪華な食事が始まった。

それはまさにパラダイスだったと言えよう。


まずは先ほども飲むことを堪えていたスープだ。

黄金色の輝きが見る者を惹き付ける。

そしてその香りは嗅ぐ者の理性を奪い去ってしまうほど蠱惑的で悪魔的だ。

問題なのは味っ……!!


「い、いただきます」


俺は恐る恐る赤い椀を手に取り口へと運ぶ。

唇が椀と情熱的な口付けを交わし、そこに黄金の液体が流れ込んできた。

最初の液体が舌を情熱的に抱きしめると

俺はもう意識を手放しそうになってしまう。


いったいなんだ!? このスープはっ!!

圧倒的……あまりにも! あまりにも圧倒的……!!


一口目をごくりと自分の意思を無視して飲み込んでしまった。

肉体がそれを求め意思を裏切るという行為に出てしまったのである。


もっと味わなければならないというのに、なんということをしてしまったのだ!

椀に入ったスープの量はそれほど多くはない。もっと大切に飲まねば!!

見よ、ザインなど一気に飲み干してしまい後悔の念に駆られているではないか!

ものほしそうにこっちを見てもあげないゾ!


今度は鋼の意思でもって肉体の欲求を防ぐ。

口に流れ込む感触すら美味しい。

するりと口内に侵入した液体が舌を包み込むと頭が真っ白になり掛けた。

だが今度は欲望に屈したりしない、その黄金の液体をじっくりと堪能するのだ。


震える舌で液体を転がすと、それはかつての自分が

人生の中で数回しか飲んだことがない物であることが判明した。

それはカメによく似た生物『スッポン』のスープだ。

だが、俺が飲んだであろうスープはこんなにもあっさりとしていない。

はて……いったいどういうことだろうか?


「な、なにぃ!? こ、これはぁ……!!」


椀に残ったスープをよく観察すると驚愕の事実が発覚した。

なんと、このスープには油がまったく浮いていなかったのである。

一切の油を取り除き旨味だけを残したものがこのスープの正体というわけだ。


なんという贅沢で思い切ったスープであろうか?

油は旨味を感じる要因であるにもかかわらず、

それを一切取り除いてしまったのだ。

なんという思い切りと覚悟であろうか、

自分の作った料理に余程の自信がない限りこのような調理はできやしない。


使った食材はスッポンと酒、そして醤油だけだと思われる。

そして、それらを煮込み浮き出た油を取り去ったものだと思われるのだが……

極めてシンプルな調理法と最低限の材料なのに絶望的に美味い料理となっていた。


「美味い、美味過ぎる!」


「ほぉ、その汁の味が理解できるか。

 それは『ぬっぽる』という亀もどきを煮込んで作った汁だ。

 あやつの一番と断言しておる料理よ」


どうやら『スッポン』ではなく

『ぬっぽる』という亀もどきから取ったスープらしい。

しかしながら、きっとこの世界のスッポンといったところなのだろう。

だが俺が最も気に掛かるのはこれを作った料理人である。

いったいどれほどの修練と情熱を傾けてきた料理人なのだろうか?

ちょっとやそっとでは、この味に辿り着くことなどできようはずがない。


「差し支えなければ、この料理を作った料理人に会いたいのですが」


俺は我慢できずに信長さんに頼み込んでみた。

断られてしまえばそれまでだが、何事も行動しなければチャンスは訪れはいない。


「うむ……差し支えるな。この料理を作っておるのは美津秀だ。

 ここに呼び寄せてしまっては後の料理が出てこなくなる」


「あっはい、じゃ、いいです」


うん、これは間違いなく差し支える。

あの変態美人がまさかこのような美食を作り上げるとは思ってもみなかった。

というか、武将じゃないのか? あの人は。


「美津秀は『昔のよしみ』で採りたててやったのだが……あやつは変わり者でな。

 少し経ったある日のことじゃ。

 前世……もとい、昔齧った料理に再び目覚めよってな。

 余に料理を作るようになったのだ。

 その料理はやたらと精が付く料理ばかりでの、しかも美味いとくる。

 一口食べれば箸が休むことがなくなってしまうのだ。

 そうこうしている内にこのような風貌になってしまったわけよ」


そう言って苦笑いを浮かべるマッソォな信長さん。

そして彼をこのようにしてしまった犯人は美津秀さんであった。

これはやはり謀反と言ってもいいのではないだろうか?

俺の中のほっそりとした織田信長のイメージは死んでしまったのだから。


気を取り直して俺は料理に没頭することにした。

信長さんもまずは料理を食べて腹を満たすよう勧めてきたからだ。

運ばれてくる料理はどれもこれも

手を付けるのがもったいないくらい美しいものばかり。

あの美津秀(へんたい)さんが作ったとは思えない。


あぁ、この『まぐろのやまかけ』も久しぶりに食べたなぁ。

このぶり大根も、大葉の天ぷらも、本当に美味しい。


和食に縁のないエドワード達も出てくる料理を

珍しそうに眺めては口に運び顔を綻ばせている。

この料理の凄いところは塩加減だ。

どの料理にも言えることであるが味付けが絶妙なのである。


出てくる料理は何かを足すではなく、足すと壊れる料理ばかりであったのだ。

食材の持ち味を極限まで活かして作られた料理は、

どれもこれも俺達の舌を喜ばせ命を与えてくれる物ばかりであった。

沢山あった料理はその全てが胃に収まり、俺達を満たしてくれたのである。


「ごちそうさまでした」


俺達は俺達の命となってくれた食材と、

食材を大切にそして美味しく調理してくれた料理人(みつひでさん)に惜しみない感謝を捧げた。


満腹になり美味なる食事の余韻に浸っていると、

信長さんの隣でお茶をすすっていた咲爛がおもむろに口を開いた。


「さて、そろそろ本題に入ろうかの、父上」


「うむ、醤油の件であったな。

 あれは余がまだ当主になる前のことだ……今から十数年ほど時はさかのぼる。

 余は従者の勝家を引き連れて尾張国の山々を駆け回っておった。

 山の地形を把握し将来の戦に備えるためじゃ。

 今でこそ余は交渉でもって戦を収めているが昔はそれほどまで強くはなくての、

 したがって猿のように暴力で解決するしかなかったのじゃ」


そう言った信長さんは小さな杯を手に取り、

なみなみと入った液体をくいっと飲み干した。もちろん中身は酒である。

今しがた俺は小さな杯といったが、よくよく見れば相当に大きい。

信長さんの手が大き過ぎて杯が小さいと錯覚していたようだ。


「そのような毎日を過ごしておったある日のことじゃ。

 尾張の町より北に行くこと数日の場所にある霊峰『吉幸』に余は入り込んだ。

 そこは神聖なる者が住むと呼ばれており立ち入りは禁じられておったが、

 戦になった際にはそのような決まり事を守るということは往々にしてない。

 余も守る気はさらさらなかったゆえ山に勝家と二人で侵入した。

 山の地形をこの身で確認しておきたかったのじゃ」


空になった杯になみなみと酒が注がれた。

隣にいた咲爛が気を利かせて酒瓶を手に取り注いだのである。

その杯を手に取り心底美味しそうに飲み干す信長さん。

俺の記憶にある、気性が激しく繊細な織田信長とは正反対の人物だ。


「いざ山の中に入ると濃い霧で前が見えなくなった。

 一時的なものであろうと余達はぐいぐいと歩を進めたのだが……

 それが仇となった。

 一向に晴れぬ霧、ぬかるんだ地面、どこからとも聞こえてくる獣の鳴き声に

 余達は体力と精神を削られ続け、遂に動けなくなってしまった。

 しかも不幸にも勝家のヤツが足を挫きおってな、

 ヤツは置いて行けと言うがそうもいかん、

 勝家は現在(いま)も過去(むかし)も余の友であったがゆえ」


信長さんの眉間に刻まれている深いしわが少しばかり緩んだ気がした。

彼は男前で厳しい表情を崩さないようにしているように見えるが、

よく観察すると実はそうではないようだ。


咲爛にお酌をしてもらって時には若干眉が下がったし、

今しがたも眉間のしわが緩んでいたりもする。

きっと厳しい状況に晒され続けて表情が固まってしまったのだろう。

交渉において表情がころころ変化すると

心情を察せられて不利な状況に追い込まれるなるからな。


「山で過ごすこと三昼夜、余達は手持ちの食料が尽き移動もままならぬ状態。

 当時の余は『うつけもの』で通っていたゆえ、

 三日程度いなくとも探されることはない。

 いよいよもってここまでか……と思った時のことじゃ。

 苔むした巨木にもたれ掛かっておった勝家が

 醤油の匂いがすると言いだしおった。

 そんな馬鹿なと思ったが余にも醤油の香ばしい匂いを感じ取った。

 空腹による錯覚かとも思ったがそうではないことがわかったのじゃ」


彼は顎に手をやり擦り始めた。

頬も若干赤い、酒で酔った影響かてれからくるものかは定かではない。

少しばかり間が空いたが信長さんは話を再開させた。


「そなたらは『醤油の滝』がある、と聞いて信じるか?」


「ふぁっ!? しょ、醤油の滝っ!?」


俺は信長さんの突拍子もない発言に思わず変な声を上げてしまった。

樽に入った醤油ならまだしも滝とかどんなスケールなのだろうか?

もう匂いとかも凄まじいものになるだろう。


「ところがそれは間違いなくあったのだ。

 あまりの光景に余達は呆然と立ち尽くしていた。

 じゃが醤油の香ばしい匂いに釣られて腹の虫が騒ぎ出してのう、

 勝家の音などひときわ大きかったわ。

 とはいえ醤油だけを飲むわけにもいかず途方に暮れて足元を見た時のことだ。

 どういうわけか、足元に大きな『握り寿司』があったではないか、

 これには余も勝家も狐につままれたような感じに陥った。

 しかしながら空腹に限界を感じていた余達は迷うことなくそれを口に運んだ」


目を瞑り昔の記憶を辿りながら話をしてくれているようだ。

時折、口元がぴくぴくと痙攣しているようだが、

これが嬉しいのか恥ずかしいのかは微妙過ぎて判断に困る。


「寿司のネタはマグロであったが新鮮な上に分厚く、

 しかも部位は大トロであった。

 美味いことは美味いがやはり寿司には醤油ということで、

 余達は滝から流れる醤油を寿司に付けて食べることにした。

 するとどうだ? 余の身体から神々しい光が溢れ、

 失われていた活力が蘇ったではないか!

 勝家に至っては酷く腫れあがっていた足首が一瞬にして癒えておった!

 しかも深い霧も晴れ、周囲が見通せるようにもなっていたのだ!」


「父上、興奮し過ぎじゃ」


「おぉ、すまん。あまりに不思議な体験であったゆえ熱が入ってしまったな」


咲爛に注意されてションボリした感じの信長さんが

妙に可愛く感じたのは俺の錯覚だろうか?

どうやら歴戦のつわものが娘に弱いのはどこの国でも一緒のようだ。


「でだ……余達は自分達がおこなったことを想い返し後悔した。

 禁忌を破って山に入り込んだ余達を罰することなく救ってくれたのは

 間違いなく神聖なる者であろうことが理解できたからだ。

 余達は神聖なる者に深い感謝と謝罪の言葉を述べ霧が晴れた山を後にした。

 それ以来、吉幸の山には赴いておらぬが、

 今も尚、そこには不思議な醤油と神聖なる者があることだろう。

 エルティナ、そなたが求める神級の食材に相違ないと余は断言する」


「ふきゅん、これは間違いなく

 神級の食材の匂いがぷぃんぷぃんするんだぜぇ……!」


俺は興奮のあまりプルプルと震えた。

謎の巨大握り寿司も気に掛かるが

まずは醤油をゲットしてからでも遅くはないだろう。

問題は吉幸の山に住むという神聖なる者と、今現在、山に入れるかどうかだ。

詳しいことを聞くためにも、俺は信長さんの迫力に負けない覚悟で口を開いた。

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