417食目 発想の転換
◆◆◆ プルル ◆◆◆
身体が熱い……内側から燃やし尽くされそうだ。
燃えるような熱さを感じて僕は目を覚ました。
まだ、日は昇っていないらしく部屋の中は真っ暗だ。
寝ている間にかいたであろう汗で、びしょびしょに濡れた寝巻が気持ち悪い。
エルティナ達の治療がことごとく失敗してしまってから既に三日。
ヒーラーギルド所属のディレジュという呪術師兼ヒーラーに……
ん、逆だったかな? まぁ、どっちでもいいか。
彼女によって施された呪いであったが、
やはり僕の魔力を抑えることは困難のようで
いつもこのような内から焼き尽くされそうな熱さを感じて目覚める。
とても不安で堪らない朝をここ最近ずっと迎えていた。
「み、水……」
身体の熱を取るために枕元に置いておいた瓶の水をグラスに注ぎ、
一気に喉に流し込んだ。
朦朧とする意識が少しばかり鮮明になり自分がまず何をするべきかを思い出す。
日常魔法〈ライト〉を使用して手元に明かりを作り、
部屋の魔導照明のスイッチがある場所まで移動しオンにする。
続いて『マジックカード』を使用して
GDデュランダを装着し机の隣でしゃがみ込む。
続いて背中のサブコクピットを解放し、
机の上にいるイシヅカに乗ってもらい魔力の放出をお願いした。
彼はここ最近ずっと僕の傍に居てくれている。
イシヅカの趣味である農園作りも
お預けの状態になっていて申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
やがて僕から青白い光が放出され始めた。魔力の光だ。
それはお世辞にも広くはない僕の部屋を埋め尽くしてゆく。
ただ、いつまでも留まっているわけではなく、
暫くすると霧散して消えていくのだ。
「……ふぅ、楽になったよ。ありがとう、イシヅカ」
サブコクピット内にいる彼が親指を立てて突き出す仕草を取った。
デュランダにはサブコクピット内がモニターできるシステムが搭載されているので
イシヅカの様子も細かく把握できる。
更に暫くすると完全に過剰分の魔力は放出され体の熱も引いていった。
……いつまで、こんな生活が続くのだろうか?
数日しか経っていないというのに
不安と恐怖で押し潰されそうになっている自分がいる。
クラスの皆が、必死になって探してくれた治療方法は全てが失敗に終わった。
あんなに努力したのに報われなかったのだ。
最後の希望としていた投薬による治療が失敗に終わった時、
僕は目の前が真っ暗になって倒れた。
その時は近くにいたフォリティアさんが支えてくれたそうだ。
これから死を迎えるまでこんな生活を送ることになるなんて耐えられない。
それならば、いっそ誰もいないところで……。
「できるはずもないか……僕にはそんな勇気もない」
気怠い体を動かし一日を開始することにした。
GDを解除して寝巻から普段着へと着替える。
今日は学校がないので学生服に着替える必要はない。
洗面台にて軽く容姿を整え、台所へ赴き簡単な朝食を作ることにした。
今日はトーストにオレンジ色のジャムを塗ったものとミルクだけでいいや。
美味しそうな色合いのジャムだったので、
たっぷりとトーストに塗すことにした。
そして、大きく口を開きトーストに噛り付く。
「……なにこれ? 味がしないジャム?」
そのジャムは食いしん坊ことエルティナがくれた物であるが、
珍妙極まりないものであった。
甘くもなくしょっぱくもない、という味のしないジャムであったのだ。
なんでまた、こんな意味のないジャムを作ろうと思ったのだろうか?
ただ、ジャムの色合いだけは非常に綺麗だった。
「はぁ……最近ついてないように思うなぁ」
取り敢えず口の中にねじ込み強引に胃の中に収める。
ミルクの方が数倍甘く感じるのだから……あ。
そこまで言って僕は思い出した。
このジャムはミルクの甘みを引き出す特別なジャムらしいのだ。
よって、ミルクに混ぜ込んで使用するのが正しい使い方である。
彼女に説明してもらったのに、
なんてもったいない使い方をしてしまったのだろうか。
小瓶に入ったジャムは既に半分以下になってしまっていた。
小さじいっぱいでミルクが練乳のように甘く感じる
という魔法のジャムだったのに……。
「はぁ、なんだか今日はやる気が起こらないや」
とぼとぼと自室へと向かい椅子に腰かける。
今日は外へは出ずに本でも読んで過ごそう。
確か月刊ホビーゴーレムの最新号をまだ読んでなかったはずだ。
僕はベッドの上に寝転がり本を開いた。
◆◆◆
……いつの間にか眠ってしまっていたようだ。
時計を見れば午後三時を回ろうとしている。
幸運なことに身体の火照りは確認できない。
「ふぁ……もうこんな時間か。そういえばお昼を食べそこなっちゃったな」
といいつつも実はお腹が空いていない。
最近は食欲がめっきり減ってしまったように感じる。
以前はあれほど食べることに喜びを感じていたというのに。
『おいぃぃぃぃぃぃぃっ! モモガーディアンズ全員集合! 展望台な!』
とそこにキンキン声でモモガーディアンズ全員集合という命令が下った。
この〈テレパス〉から伝わる声の主は間違いなくエルティナだろう。
彼女は慌てているように感じたが、いったいなんの要件であろうか?
僕の治療法は全て試し失敗に終わった。
もう打つ手はないはずなのに。
◆◆◆
ヒーラー協会の展望台に足を運ぶと
そこには僕を除いたモモガーディアンズ全員が既に集合していた。
ここから眺める青空は変わらず綺麗だ。
「ふきゅん、これで全員揃ったな? それではこれより重要な話を始める」
エルティナが神妙な面持ちで椅子の上に立ち咳払いを一つした。
そして大きく息を吸って声を張り上げたのである。
「俺はプルルの病気を治すことを止めるぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
「……」
突然のことにこの場に集まった皆が固まってしまった。
それは僕とて例外ではない。
こういうことに関しては絶対に諦めないであろう
と信じていたエルティナの口から諦めるという言葉が飛び出したのだから。
「そ、それはプルルのことを諦めるってことかよ! エルっ!!」
ライオットが血相を変えて白エルフの少女に食い付いた。
だが、彼女は彼にまったく動じることはなかったのである。
「ふっきゅんきゅんきゅん……誰がプルルを諦めると言ったぁ……!!
俺はプルルの『病気』を治すのを止めると言ったんだぁ!」
「え? でも、それって、要するに……あれっ?」
エルティナの言葉に獅子の獣人少年は首を傾げて悩みだした。
既に頭からは白い煙が出ており、もう少しでオーバーヒートしそうである。
僕も彼女が言っていることがまったくわからない。
「皆、よぉく聞け。俺達はそもそもが間違っていたんだ」
「それはどういうことかしら、エルティナ」
ツインテールの美貌の少女ユウユウがエルティナに問い質す。
腕を組み胸を強調する挑発的なポーズだ。
同じ人間なのに、この格差はいったいなんなんだろうか?
彼女とお尻が同程度の大きさなのはあまり嬉しくない。
男の人は大きいお尻を喜ぶらしいけど……僕は小さなお尻の方がいいのだ。
あ、アカネは例外だから。
「プルルの折角の『長所』を必死になって潰そうとしていたことさ」
「え……長所? 僕の長所を潰すって……まさか!?」
僕は胸に手を当てた。
トクントクンと脈打つ心臓から血と魔力が送りだされているのを感じ取る。
「そのまさかだ、なんてことはない『魔力過多症』とは天からの贈り物だ。
それを病気と勘違いして俺達は治療しようとしていたんだ。
治すべき部分は魔力過多症じゃなく別の場所だというのに」
エルティナの突拍子のない話に絶句する僕ら。
彼女には、いったいどのようなビジョンが見えているのだろうか?
「な、治すって、ど、どこなんだな!? だなっ!?」
薬の制作で随分とがんばってくれたオークの少女グリシーヌが
言葉を噛みながらエルティナに訊ねる。
彼女の特殊魔法『ファーストポーション』は薬の効果が一瞬で現れる
という凄まじいものであった。
それゆえに薬で治らなかったという結果に堪えたのは、
僕よりも彼女と黒エルフのヒュリティア姉妹の方だったに違いない。
「ふきゅん、正確には『治す』ではなく『作り変える』だな。
これからプルルには莫大な魔力に耐えることのできる肉体を得てもらう」
「「「……えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」」」
一斉に驚きの声が上がった。
まさか治す部分を変えてくるとは思ってもみなかったからだ。
「皆、考えたことはなかったか?
何故、クソザコナメクジの俺がアホみたいな魔力を保有している
にも関わらず爆発四散しないのかを?
そう、答えはすぐ目の前にあったんだよ」
そこまで言ってエルティナは自分自身に
精神的ダメージが行っていることを自覚し膝を突いた。
何をやっているんだか……。
「答えって……エルティナが?」
「そうだ、ダナン。俺の肉体こそが答えだったんだ。
莫大な魔力を抱えているにも関わらず
それを平気で内包できる器こそプルルに必要だったのさ」
そう言って立ち上がり、ニヤリとほくそ笑むエルティナ。
その表情は自信に満ち満ちていた。どうやら、立ち直ったようである。
「……でも、どうやってプルルの身体を作り変えるのかしら?
彼女に残された時間はそれほど多くはないと思う」
「そうだな、ヒーちゃん。
俺や専門家達の推測では、プルルは保って後一年半といったところだ。
……あ、やべ、これ本人の前で言っちゃダメだったんだ。
まぁいいか、どうせ肉体改造は成功させるんだし」
「ちょっ!? 僕の命があと一年半って本当なのかい!?」
次々と衝撃の事実が明らかになってゆく。
僕の頭はごちゃごちゃになり情報の処理が追いつかない。
というか、うっかりにもほどがあるよ、食いしん坊!!
「それはさておき……肉体を作り変える方法だが俺達の身体は
日々の食事の際に摂取した食べ物達が変化した物だと知っているな?」
「……無論だ、肉体を強化するには、
それに相応しい食事を摂ることが必要だからな」
「あはは! そうなのかっか!? そううううか? あははは!」
そう言ったブルトンは最近肉体強化のために
高タンパク低カロリーの鶏ささみを中心とした食事をしているらしい。
もちろんバランスも考慮しているらしいけど、
とてもじゃないが僕には無理な食事内容だ。
毎日毎日ほぼ同じ料理なんて食べられないよ。
ちなみにアルアは毎日お粥だ。
そっちのほうがよっぽど苦行に見えるが
本人は幸せそうに食べているので何も言えない。
塩すらも入れないのだという。筋金入りのお粥好きな子のようだ。
「俺は皆に言ってないことがある。
それは皆に出会う前の約一年間、森の中で『桃先生』と
土やら木の皮やらを食べて、独りで生き延びたことがあるということだ!
この過程で俺はこの膨大な魔力に耐えることができる
ぷよぷよボディを手に入れたに違いないんだ!」
遂にエルティナはテーブルに上がり拳を天に向かって突き上げた。
というか、モモセンセイはまだしも土って……遭難でもしたのかな?
「その話のポイントは『モモセンセイ』ですね。
きっと、その奇跡の実を常に食べていたから
膨大な魔力に耐えられる身体を手に入れた可能性が高いと思われます」
フォクベルトが指で眼鏡の位置を直した。
その動作をおこなうと何故か眼鏡がキラリと輝く。
どういう仕組みなのだろうか、確か彼の眼鏡は普通の眼鏡だったはずだ。
「フォク、俺もそう思う。桃先生は偉大だってそれ一番言われてっから!
でだ……このプルルの件をある『お方』に話したところ
俺の方法は必ずや成功するだろう、と太鼓判を押してくれた。
そして! 更には協力も申し出てくれたのだ!!」
更に彼女の講釈はエスカレートしてゆく。
そして遂には天を仰ぎだしたではないか。
「ぬわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
そしてテーブルから彼女は落っこちた。
無理なポーズを取ったため自身を支えきれなくなったのだろう。
「くっ……ショゴスが救ってくれなければ即死だった!」
「てけり・り」
エルティナは、たまたま床でだらしなく伸びていたショゴスの上に落ちたため
ケガなどはしていないようだが気持ちの悪い粘液に包まれて酷い姿になっている。
それを見て興奮する変態が数名いるが、ああはなりたくないものだ。
「ここまで言えばわかるな?
これよりプルルには肉体改造のために毎日特別メニューと
特殊な食事をおこなってもらう! そのための特別講師をお招きした!
どうぞ、お入りください! 先生!!」
「先生って……まさか本物のモモセンセイが!?」
僕達は期待の眼差しでエルティナの顔を見たが一瞬で嫌な予感に変わった。
彼女の顔はとても、とても、悪い顔をしていたからだ。
「よぉうこぉそぉ……もぉもぉしぃしょぉう。げっげっげ」
「ふん、このプルルが鍛えてほしいという件の少女か。
わしの手にかかれば、病人だろうが、もやしだろうが
一人前の戦士に仕立て上げてくれるわぁ!」
僕の血の気が一気に引いてゆくのを感じた。
モモ師匠の話はエルティナはもちろん、
メルシェ委員長やクリューテルからも聞き及んでいる。
その話を聞いて最も関わりたくはない人物であると確信した。
で……その人物が目の前にいて、僕を指導することになった件について。
い、いけない! 全力で遠慮しなくては命に関わる!
でも遠慮したら死ぬ!? ど、どうすれば!?
そ、そうだ! やり方だけ聞いて自分ですればいいんだ!
さぁ、口を開いて自分の意思を伝えよう!!
「ぼ、ぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼきゅ! 自分でできゅるかりゃ!!」
う、うわぁぁぁぁぁぁぁんっ! 全然口が回らなぁぁぁぁぁぁいっ!!
「ふっきゅんきゅんきゅん……遠慮するなぁ、一緒に逝こうぜ!」
吐血しながら言わないでっ! いやぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!
モモ師匠がすっごい良い笑顔になってる!!
「元気が良いではないか、腕が鳴るというものよぉ!
厳しく鍛えてやるから覚悟するのだな!!
メルシェよ、貴様も今より修行を再開するからそのように!」
「「「わぁい!!」」」
僕、エルティナ、メルシェ委員長はモモ師匠の言葉を受け止め仲良く吐血した。
恨むよ、エルティナ!!