418食目 再構築
◆◆◆ エルティナ ◆◆◆
「キリキリ走らんかぁ! このバカ弟子共がぁ!!」
「ふきゅぅぅぅぅぅぅぅぅんっ!!」
桃師匠の愛の竹刀が唸りを上げて俺のケツに飛ぶ。
ケツから痺れるような痛みが脳に伝わって俺は悶絶するハメになるが
ここで走るのを止めれば、この倍の竹刀がケツに飛んでくるので走り続ける。
こんなに刺激を受けてしまたら、最近成長しているおヒップが
「お、成長していいのかな?」と調子ぶっこいてしまうので
なんとか阻止したいところである。
「ひぃ、ひぃ……これ以上叩かれたらお尻が、お尻ぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?」
走る速度が落ちてきたメルシェ委員長の大きなおケツに容赦なく竹刀が飛ぶ。
この竹刀のことは以前にも説明したが痛みだけが増幅して伝わる、
というスパルタ教育に優しい伝説級のアイテムだ。
これだけ聞くと何が優しいかこれもうわっかんねぇな?
「はぁ、ふぅ、なんで肉体改造にランニングが……必要なんだい!
食事を摂っていれば、よかったんじゃなかったの!?
うぐぐぐ……最近はGDばかりだったからスタミナが……きゃいん!?」
「はひぃ、はひぃ、うふふ……お尻女王の座はプルルさんに差し上げます」
さて、このように一見無駄に見える体力向上トレーニングだが、
これにもおこなう理由がある。
八割方、俺とメルシェ委員長の体力向上が目的であるが、
プルルの食欲を引き出すという目的も含まれているのだ。
最近の彼女は心労が重なってか食欲がかなり落ちているらしい。
そこでストレスを発散させて食欲を増進させる方法として
ランニングを決行することになったのである。
ただし、この『ランニング』には前の方に『地獄の』が付く。
「走れい! ただ、ただ、無心で走るのだぁ!!」
「「「ひぃぃぃぃぃぃっ!」」」
ムキムキ爺さんの怒声に追い立てられ、俺達は必死に走り抜いたのだった。
◆◆◆
早朝のランニングを終えた俺達は汗を流すために
ヒーラー協会の大浴場に向かい裸の付き合いへと洒落込んだ。
「うぐぐ……これが毎日続くのかい? もう足がぱんぱんだよ」
「ウヘヘ……オレタチノ ナカマヘ ヨウコソ」
「カンゲイ イタシマス、セイダイニ。ウフフフフフフ」
プルルは幾分余裕がありそうであるが
久しぶりに地獄のランニングを体験した俺達は既に燃え尽きる寸前であった。
ここ数ヶ月間は赤ちゃん生活だったので、このランニングは流石に堪える。
それはメルシェ委員長も同様だった。
桃師匠は俺が赤ちゃんになってしまったため、
その間は桃アカデミーにて若手の桃使い達をしごきにしごいていたそうだ。
彼ら若手の桃使いには、そっと黙祷を捧げておいた。
きっと今頃は涙を流しながら安堵していることだろう。
ただし、今度は俺達が涙を流す。
そんなこともあって桃師匠がいない間のメルシェ委員長は
非常に怠惰な毎日を過ごしていたようだ。
だが、そのツケの代償は大きかったといえる。
「うう……お尻の感度が高くなっている気がします」
「見事な桃尻だと感心するがどこもおかしくはない」
「それって褒めているのかい? 食いしん坊」
そのツケとは、ケツが大きくなったことによる痛みの増加だろう。
竹刀を受ける面積が大きくなれば、それだけ痛いのだ。
よって、ケツが大きい=痛い、という方程式ができあがる。
俺はやむを得ない事情があったが
メルシェ委員長はただ単にさぼっていただけなので自業自得である。
そのため体力はガクッと低下していた。
一時期は俺よりも体力が付いていたというのにもったいない話である。
俺は諸事情あるが全裸になれば、ライオットのランニングに
付いて行ける程度のスタミナがあることが判明している。
惜しむらくは全裸になれないということだ。
流石に桃師匠もこれを許してはくれなかった。ふぁっきゅん。
「でも、ここまで走ったのは本当に久しぶりだよ」
「……おはよう、あら? プルルも一緒なのね」
「やぁ、おはよう、ヒュリティア。
僕も今日から桃師匠にお世話になっているんだ」
「……そう」
魅惑の黒エルフの少女は哀れみの目をプルルに投げかけた。
ヒュリティアの膨らみかけの蕾と褐色の肌が眩し過ぎて
思わず煩悩が「わっしょい」してしまう。
もう既にナイスバディになる下準備は整いつつあるようだ。
最近は煩悩の塊が三名ほどいるので俺の煩悩は影が薄くなってしまったが、
まだまだおっさん的なスケベぱぁうわーは健在である。
これがなくなったら、いよいよ末期症状だといえよう。
「あはは! おっふろろろ! おろろ! あははは!」
そこにパーフェクト幼女アルアが浴槽に向かって頭から飛び込んできた。
その水の抵抗を受けないであろう寸胴ボディは水飛沫を極限にまで抑え込む。
「ひゃっ!? 危ないですよ、アルアさん!」
「あはは! おやよう! おしりっり! あははは!」
「お尻じゃありません! メルシェです!!」
どうやらアルアにまでメルシェ委員長は『お尻』と認識されているようだ。
いつもアルアと一緒のショゴスであるが……
この間、排水溝に流されそうになって以来、ここには来なくなったそうだ。
きっとトラウマにでもなったのだろう。可哀想に。
「はぁ……それにしてもヒュリティアって凄いスタイルが良いねぇ。
足も長いし顔も小さい、理想の姿だよ」
「ふきゅん、将来は美の女神とか言われるだろうな」
「そうですねぇ……私も、もう少し腰回りが細くなりたいです」
「「ならお菓子を食べるのを控えたらいい」」
「酷い! 私に死ねというんですか!?」
背中を流しっこするヒュリティアとアルアの姿を眺めながら
俺達はガールズトークに華を咲かせていた。
いい感じに盛り上がっているのだが、そろそろ風呂から上がらなくてはならない。
俺達……いや、プルルにはやらなくてはならないことがあるのだ。
ヒュリティアとアルアに挨拶をして風呂から上がる俺達。
じっくりと湯船につかって汗を流したので水分を補給しなくてはならない。
普段であればここで俺はフルーツ牛乳を手に取り、
腰に手を当てながらグイッと喉に流し込み、
プハァの後のゲフゥを極めるところであるが今回はいささか事情もあってか
特別に用意した『桃先生の大樹の湧き水』をひんやりと冷やした物を飲む。
これはプルルとメルシェも同様だ。
よく冷えた桃先生の湧き水は僅かな桃の甘みと香りがして
いくらでも飲めそうなほど美味しい。
俺の記憶の中では、これに類似した飲料水が有名メーカーから販売されており、
激しいトレーニングの後によくお世話になっていたようだ。
「はふぅ、これは美味しいよ! いくらでも飲めそうだ!」
「美味しいからって程々にな? これから朝食が待ってるんだから」
「おっと、そうだったね。今日は運動してお腹が空いているんだよ。
こんなに食欲があるのは久しぶりさ」
どうやら、桃師匠の策略は功を奏したようで
プルルはお腹を擦って朝食を食べる気満々であったのだ。
そうとなれば急ぎ服を着てヒーラー協会食堂へと向かうことにする。
食堂に到着すると桃師匠が腕を組んで待っていた。
「神桃の湧き水以外は口にしておらんな?」
「大丈夫なんだぜ」
「よろしい、では食事にしよう」
桃師匠は俺達を席に着かせると厨房へと姿を消した。
今回の調理はなんと桃師匠自らがおこなうと言ってきたのだ。
武術の腕前は天下一であるが料理の腕前はどれほどであるか興味が尽きない。
暫くすると出来上がった料理を持って桃師匠が姿を現した。
厨房からはエチル料理長が興味津々といった表情でこちらを見つめている。
「そら、出来上がったぞ。
『フレイベクス肉のたたき』そして『神桃の澄まし汁』だ」
「……この二種類?」
「うむ、取り敢えずは食べるがいい。話はそれからよ」
桃師匠に言われるがまま、白い大皿に山盛りになった
フレイベクスの無限お肉を使った『フレイベクス肉のたたき』と
お椀に入った『神桃の澄まし汁』をいただく。
「!? こ、これって……!」
「う、美味い! 食材の旨味を極限まで生かしているだとぉ!!」
「これって味付けは塩だけだよね? 凄い、いくらでも食べられそうだよ」
なんという美味しさであろうか?
確かにフレイベクスの無限お肉を桃師匠に提供したのは俺であるが、
果たして同じ食材を使ってここまでの料理を作れるであろうか?
肉は噛みしめると僅かに抵抗を見せる。
だが更に力を籠めて噛むとあっさりと切れて
肉に封じられたジューシーな肉汁を余すことなく解放するのである。
肉が持つ独特の臭いは巧みな調理法により旨味へと昇華されているのがわかる。
これは塩だけでは不可能だ、肉から僅かに感じるこの香りと甘みは
桃先生を使用したことによるものに違いない。
更にこの湯気が上る『神桃の澄まし汁』であるが、まさかの甘い汁であった。
これが予想に反して美味しい。
具は四角く切った桃先生の実であるが僅かに塩を入れて甘みを引き立たせている。
これと肉を交互に食すると、もう止まらなくなる。
暫くすると大皿に乗った大量の肉は俺を含む三人の少女の胃に消えていった。
余ったら俺が処理しようと思っていたのに、
見事に全部たいらげてしまったのである。
もちろん、澄まし汁の方も一滴も残さず飲み干した。
「ふぅ……ごちそうさまでした、桃師匠」
「ふきゅん、桃師匠がこんなに料理上手だったとは知らなかったんだぜ」
「うむ、まずはこれでいい。
おまえ達の腹が満たされたのであれば話をしよう」
そう言って桃師匠も席に着いた。俺達と対面する形だ。
「さて……よいか、プルル。
肉体の許容限界を越える魔力を生産してしまうおまえが助かるには、
その肉体の限界を大幅に向上させる必要がある。
だが、現実ではそのようなことを容易く、
しかも短期間でおこなうことは不可能に近いだろう」
エチルさんが俺達にお茶を持ってきてくれた。
そのお茶は桃の香りがして飲むと程よい渋みと甘さが舌に残ったのである。
これもいつも彼女が出してくれるお茶ではなく桃師匠が持参した物だ。
「だが、この時代、このフィリミシアにだけ『不可能を可能』にする方法がある」
お茶をすすり湯呑をテーブルに置いた桃師匠の眼光が鋭く輝いた。
その眼光に気圧されるプルルとメルシェ委員長。
俺は色々な意味で慣れているので気圧されたりはしない。
鬼やらシグルドに散々威圧されて慣れたのだ。
ただし、お漏らしはする。
「プルルよ、おまえは運がいい。
この広い世界で僅かな人数しかいない桃使いに出会えたのだからな」
そこまで言って桃師匠はテーブルに肘を付けて手を組んだ。
手の先に見える眼光は更に鋭くなる。
「賢いおまえならもう気付いておるとは思う。だが、あえて説明しよう。
わしがおまえに施す施術は『肉体の再構築』よ。
肉体は普段口にする物が形を変えた物。
その口にする物が『神級』の食材のみであるなら……どうなると思う?」
「え……まさか!?」
「そうだ、おまえは限りなく神の肉体に近付くことになる。
その大量の魔力も必ずや飼いならすこともできよう。
ただし……この方法は相当に苦難の道となる」
今度は俺の方を見て桃師匠は言った。
「エルティナ、先ほど出した料理に使われていた食材を言えるか」
「ふきゅん、フレイベクスの無限お肉と桃先生、後は桃先生の湧き水……
そして『妙な力』を持った塩」
そこまで言って桃師匠は満足げに頷いた。
「そのとおりだ、わしがこの料理に使用したのはその四つ。
塩の方はわしが愛用している『天空御塩』という神級の調味料だ。
これが現在プルルが口にできる食べ物の全てよ」
俺達はその言葉に絶句した。
これから、どれほどかかるかわからない肉体の再構築を、
たったこれだけの食材でおこなわなければならないのである。
これっぽっちの食材では料理のレパートリーなど数えるほどしかできない。
にもかかわらず、プルルはこれら以外を口にしてはいけないのだ。
最早、拷問に近い状態になるだろう。
いくらこの四つの食材がとびっきりの美味しさであっても
毎日食べていては飽きてしまうし、
調味料が塩しかないので味付けも変化しないのであっては
工夫も何もあったものではない。
「そこでだ……エルティナ、おまえに修行を課そうと思っておる」
「ふきゅん、読めたぜ、桃師匠」
「ほぅ、察しがいいな。
では、プルルが食べる『神級』の食材をこの広い世界から集めてくるのだ。
手段は問わぬ……おまえのがんばり次第でこの娘の未来が決る、
と言っても過言ではないのだからな」
予想どおりだ、桃師匠のいる世界からこちらに運び込める物は腐らない物だけ。
そのため、こちらで神級の食材を探すことになろうことは覚悟していた。
「ふっきゅんきゅんきゅん……任せてくれ、
食べ物のことに関しては誰にも負けるつもりはない!
神級の食材など、あっという間に探し出してくれるわっ!!」
俺に課せられた使命は重く、そして美味しかった。
神級の食材を探し出せば、
その食材を使った料理を食べることができるということなのだから。
こいつぁ堪んねぇなぁ!
少しばかりの不純な動機をこっそりと胸にしまいつつも、
溢れんばかりの使命感に燃える俺であった。




