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食いしん坊エルフ  作者: なっとうごはん
第九章 神級食材を求めて
413/800

413食目 グレオノーム

狂乱の宴から一日が過ぎ、俺達は薬を作るための材料を求めて

フィリミシアから南西に進むこと一時間ほどの場所に位置する

野生動物達の楽園ビーストフォレストにやって来ていた。


ヒュリティアからもたらされた情報によれば、

ここには希少な野草が大量に咲いているのだという。

昔はその希少な野草を求めて人々が森の中に入り込んでいたらしいが、

現在ではそのようなことをする一般市民はほぼ皆無といっていい状況である。


それは町から遠いという理由もあるが、

ここにはハンティングベアーが多数生息しているのが最大の理由であろう。

ハンティングベアーは冒険者にとっての登竜門であり、

彼らを討伐できるかどうかが一人前と認められる判断材料になっていた。


だが、それはここ以外に生息する凶暴な連中のことで、

ここビーストフォレストを治める

超巨大熊のグレオノーム様が統率するハンティングベアーは

熟練の冒険者達でも後れを取るほど強力な熊であるのだ。


しかもハンティングベアーは群れを作らないとされているが

ここのクマー達は群れを成して不法侵入者どもに襲い掛かるのだ。

いや、訂正しよう……群れじゃなくて軍隊であると。


以前俺が『氷の大迷宮』に赴いた際に遭遇したゲンゴロウさんは

森に侵入する者を監視する役割を担っているらしく、

直接的な戦闘は殆どしないそうだ。


威嚇で相手の力量を見定め相手が逃げ出すならそれでよし、

立ち向かってくるのであれば即座に撤退、

迎撃部隊を呼び寄せるといったことを順守している。

これもグレオノーム様の教育の賜物であろう。


尚、迎撃部隊は十匹のハンティングベアーと五匹のフォレストウルフという

緑色の体毛を持つ美しい狼で編成されており、

それが森全体の至る場所で待機している。


このフォレストウルフというのが実に素早く、

冒険者達をスピードで攪乱させるのが実に上手である。

そして動きが止まったところをハンティングベアーが仕留めるのだ。

ハッキリ言ってにわか冒険者程度では『無理ゲー』と言えよう。


よって、そんじょそこいらの臨時パーティーを組んだ冒険者ごときでは

彼らにボコボコにされて、この世からひっそりといなくなってしまうのである。


さて、森までやって来て再びゲンゴロウさんに出会えたのは幸運であった。

彼なら、ここまで来た理由を説明すれば理解をしてくれるだろう。


「がう、がう」


「ふっきゅんきゅん」


ビーストフォレストの野草探索に赴いたのはモモガーディアンズ全員、

そして引率にルドルフさんとアルのおっさん先生だ。

ようやくケガが治った輝夜も俺に同伴している。

木々が生い茂る森であっても暑さが予想されていたので彼女と協力して作り出す

『アスラムの実』は非常に有効であった。


「アルのおっさん先生、俺はグレオノーム様に挨拶してくるから

 皆は少しばかり森の入り口で待機していてくれ。

 大挙して挨拶に行ったら失礼だからな」


「まぁ、そりゃそうだ。気を付けてな」


俺はアルのおっさん先生に皆を任せて森の主グレオノーム様に挨拶をしに行く。

同伴者はルドルフさん、ザイン、そしてとんぺーである。

細かくいえばムセル、うずめ、さぬきも同伴していた。


とんぺーがついて来るのは珍しい。

普段はおりこうさんにして皆と待っているのだが、

今回に限ってはどうしてもついて行くと駄々をこねたのである。

まぁ、一匹くらい増えても構わないだろう、と判断し彼の同行を承諾した。

それに以前も彼に会っているしな。


ゲンゴロウさんは森の入り口で皆と待っていてもらっている。

他の監視員に見つかってもクラスの皆では対応できないからだ。

寧ろ対応そっちのけで『物理言語』する連中がいすぎて困る。


グレオノーム様がいる場所はルドルフさんがよく知っていた。

それも当然で彼の奥さんであるルリティティスさんは

この森にある氷の大迷宮に住んでいるフェンリルなのである。

彼の休暇はほぼ全て彼女と娘に会うためにあると言ってもいいほどだ。


よって、この森に棲むハンティングベアーは頻繁に訪れる

ルドルフさんの顔と匂いを覚えており、彼は既に顔パス状態にまで至っていた。

当然、グレオノーム様に毎回挨拶をしているので、

彼ともかなり友好的な間柄になっている。

ルドルフさんが毎回持ってくるお土産を楽しみにしているそうだ。

今回は『サルマ』という芋を手土産としたようである。


この『サルマ』は地球でいうところの『サツマイモ』だ。

外見は赤紫色ではなく深緑といった少々毒々しい色であるが、

表面の皮を剥いてしまえば綺麗な実が姿を現す。

皮にも毒性はないので蒸かした後はそのまま口に運ぶ人も多い。


問題はその実なのだが……これを蒸かすと

砂糖でも入っているのではないか、と言えるほど甘くなる。

ゆえにお手軽スウィーツとして庶民に愛されているのだ。


また、サルマは自然界にも存在するのだが糖度は非常に低い。

この糖度の高さはフィリミシアの農家の方々の研鑽によって生み出された

長年の努力の結晶であるのだ。

これならばグレオノーム様も喜ぶことであろう。


歩くこと十分弱、視界が開け以前来たことがある空間に出ると、

その中央には巨大なハンティングベアー、グレオノーム様が悠然と佇み

王者としての貫禄と風格を惜しみなく醸し出していた。

そして俺達の姿を確認すると僅かに表情を和らげたのだ。


『よく来た、真なる約束の子エルティナ、そしてその従者達よ』


『ご無沙汰してます、グレオノーム様』


俺達は普通に会話をしているがザインには「がうがう」「ふきゅんふきゅん」と

言い合っているようにしか見えないはずだ。

だが例外は確かに存在する。


『ルドルフ、そなたも忙しいな。先日に会ったばかりだというのに』


『いえ、これも務めでありますので。そうそう、これが話していたサルマです。

 蒸かしておいたので甘くて美味しいですよ』


『おぉ、すまんな。わしは甘い物に目がなくてのう』


ルドルフさんが普通に会話に参加していたのである。

彼は「がうがう」と言っているので

ハンティングベアーの専用言語を習得したのだと思われる。

それを見ていたザインの口が塞がらなくなっているが、

これは仕方のないことだろう。

普通は熊の言葉なんて習おうなどと思わないものなのだから。


いよいよもってルドルフさんも『こちら側』の人間になってきたようだ。

歓迎しよう、盛大にな。


サルマを食べつつ、グレオノーム様にビーストフォレストに来た理由を説明する。

そのあま~い実を頬張るグレオノーム様の目じりは下がりっぱなしであったが、

ある野草の名を聞いた途端に険しい顔付になった。


『吸魔草……マラジャクを欲するか』


『ふきゅん、何か問題でもあるのですか?』


『マラジャク』は今回作る薬の中核となる超希少植物だ。

これは吸魔草の名のとおり生物から魔力を抜き取る危険な植物である。

基本的に生物から魔力を抜くということは危険な行為だ。

この世界の生物は魔力がないと生命活動に支障をきたすのだから。


通常であれば魔力を抜くという行為は

高等魔術か専用の魔導器具がないとできないとされているが、

マラジャクを用いれば容易にそれが可能になるという。


このマラジャクは魔力を栄養として成長する珍しい植物であり、

その吸収方法は根から吸い取る他にもその葉や花からも吸収できるというものだ。

つまり、生物が近寄っただけでも魔力を奪われてしまうのである。

仮に根の方を生物に接触させると

瞬く間に魔力を奪い尽くされる超危険植物なのだという。

無論、魔力を奪われつくされればその生物は死亡する。

その特性もあってか昔は暗殺の道具としても使用されたそうだ。


では鉢に移してプルルの傍に置いておけばいいのではないか?

と俺は考えたのだが、それはグレオノーム様に止められてしまった。


『マラジャクは吸った魔力の味を覚える。

 その魔力の持ち主に対しては尋常ではない速度で魔力を奪いにかかるのだ』


魔力の味を覚えるとは天敵を倒す過程で獲得したマラジャクの特殊な能力で

素早く敵を滅ぼすという過程の中生まれたものであるそうだ。


『上手くはいかないなぁ』


これはマラジャクの防衛機能でもあるそうで、

かつてはこの植物を専門に食べる獣がいたらしく、

その獣に対抗する形で進化していったそうだ。


やがてはその獣を絶滅させるほどに進化した

魔力吸収能力を獲得するに至ったらしい。

つまり、この植物を材料に薬を作ることは命懸けであるといえるのだ。


『マラジャクはこの森の奥深くにひっそりと生息している。

 だがそこが彼らにとって最後の安息の地だ。

 たとえマラジャクが植物であっても、

 わしにとっては護るべきものであることに変わりはない。

 乱獲をするつもりはないであろうが一応警告をしておく』


『わかりました、必要最低限に抑えることを約束します』


マラジャクはその性質上とても危険な植物と認められ、

騎士達によって一斉に駆除された過去を持つ。

かつては所々で可憐な花を咲かせていた彼らも、

このビーストフォレストの奥地でひっそりと生息しているのみだというのだ。

生き残るためとはいえ、その能力が結果的に

自分達の首を絞めることになったのは皮肉であるとしか言えない。


森の賢者とも言われているグレオノーム様は

植物に関しての知識が半端ではなかった。

他にも危険な植物を教えてくれたのである。

俺達は彼に礼をし薬の材料を調達するために皆と合流を急いだ。

だが、とんぺーはグレオノーム様の下に残り少し話をするというのだ。


はて……とんぺーはグレオノーム様と二匹で対話するほど親しいのだろうか?

彼との出会いは俺がフィリミシアのヒーラー協会所属となってからだ。

俺に割り当てられた部屋にいつの間にか不法侵入を果たしくつろいでいたのが

後のとんぺー、もんじゃ、もっちゅトリオ達である。

その頃からとんぺーは成獣であったため、

俺には彼が過ごしてきた月日のことはわからない。

また、彼もそれを語ろうとはしなかったのだ。

俺も知ろうとはしなかったのだが。


俺としては彼らの過去など、どうでもいいことだったのだ。

彼らも俺の過去など、どうでもいいと思っていることだろう。

ただ共に寄り添って生活できればそれでよかったのだ。


「ふきゅん、わかった。後で迎えに来るから失礼のないようにするんだぞぉ」


「おんっ!」


元気よく鳴いて俺に返事をする。

とんぺーは本当に賢い子である。

そんな彼をグレオノーム様に託し俺達は皆の下に出発するのであった。




◆◆◆ グレオノーム ◆◆◆


久しぶりに見た真なる約束の子エルティナは成長した顔を覗かせた。

少し見ぬ間に大きくなったものだ、子供の成長とは早い。

そして彼女は我が『母』エティルと本当にそっくりだ。

微笑んだ顔など瓜二つと言えよう。


……結局、今回も自分が母エティルに育てられた

義理の兄であると告げることはできなかった。

それとも、このことは告げない方が良いとの天のお告げなのだろうか。


それにエルティナには多くの仲間がいるようなので、

わしの出る幕はないのかもしれない。

自分が兄であると告げる事は結局のところ自己満足に過ぎないのだから。


『……久しいな、グレオ』


『うむ、こうして二匹で話すのはいつ振りだ? 白き牙「フォルフィリア」。

 いや、今は「とんぺー」と呼ばれているのだったな』


わしの前に座すのは古き友ホワイトファングのフォルフィリアであった。

彼との出会いはいつだっただろうか?

わしがまだ幼く、そして彼もまた幼かった頃だったはず。

あの頃はまだ母エティルが居てわしらは幸せな日々を送っていた。


『以前会った時は急な要件だったのでな。

 こうして話す機会があったのでエルティナについてきたというわけだ』


『そうであったか……フォル、やはりあの子はそうなのだな?』


『あぁ……彼女は真なる約束の子だ。

 そして俺の主「エティル」の子で間違いない』


『そうか、そうか……』


わしらが慕った彼女がこの世を去りどれくらいの月日が経っただろうか?

フォルフィリアと別れたのは母がいなくなって一週間ほど経った頃のことだ。

彼の諦めの悪さはわし以上であり、探し終えるまでは会うことはないだろう、

と告げて風のように走り去っていったのだ。


そのこともあり、わしはこの地で母と彼を待つことになる。

月日は流れ母と暮らした家も朽ち果て姿を消し、

やがて多くの獣達に慕われるようになって幾世紀、

唐突に再会の時はやってきた。


フォルフィリアがエルティナに伴われてこの森にやってきたのである。

その時はひっ迫した状況下であり、ゆっくりと話をすることもできなかった。

何よりもエルティナが獣の言葉を解する力を持っていたので、

彼も迂闊に話に混ざることができなかったのだろう。


『グレオ、枝が二つ顕現した。闇と光だ』


『あの幼さで二つとな……!?』


『あぁ、俺は嫌な予感がしてならない。

 またあの時のように光と共に、

 エルティナもこの地から去ってしまうのではないだろうかと』


『……』


全てを喰らう者の伝説はわしも聞き及んでいる。

母の出した謎の大蛇達も思い返してみれば全てを喰らう者の枝であったのだ。

その圧倒的な力は今思い返しても身が震えあがる。

母もその力を使った後は酷く憔悴していた。

幼かったわしも母を元気付けようと彼女の頬をぺろぺろと舐めたものである。


『グレオ、俺は結局のところ主を見つけ出すことはできなかった。

 だが、あの子と出会い共に生きることによって俺は主と……

 いや、正確には主の意思を宿した大樹に出会えた』


『大樹というと、近年フィリミシアに突如として現れたと噂の?』


『そうだ』


『ふむ……懐かしい気配は感じていたが。

 小鳥達の噂話もまんざらではなかったということか』


噂には聞いていた。フィリミシアに一夜にして巨大な樹が出現したと。

しかしながら、わしはここから動くことはせず森の維持に努めていた。

近年は欲に目がくらんだ若い冒険者達がこの森に侵入する

ということが後を絶たないからである。


『グレオもフィリミシアに来てみるといい。

 おまえは人化の術が使えるだろう?』


『うむ、そうしたいところだが……』


『この森が心配か?』


『あぁ、母との想いでの地であるが、

 同時にわしの家族が暮らす森でもあるからな。

 いつの間にか、わしには護るべき者達が増え過ぎた』


長い月日はわしらを変えた。

人間に懐かないとされている気高きホワイトファングは

人に媚びへつらいながらも真なる約束の子と共にあった。

わしはいつの間にか長に祭り上げられ身動きが取れなくなった。


だが、それは決して悪い事ではない。

長く生きれば当然自分の生き方を見出す時がやってくるのだ。


『そうか……だが、この森の後継者は決めておけ。

 そう遠くない未来に必ず「真なる約束の日」は来るだろうから』


『それはカーンテヒル様のお告げか?』


『……俺の勘だ。きっとエルティナが最後の全てを喰らう者になるだろう』


『そうか……おまえの勘は当たるからな』


母エティルのことを知る者がいなくなって久しい。

恐らくはもう我ら以外に知る者はいないのであろうかと思うほどに。


エルティナ……愛しい妹よ。


わしは決断の時を迫られていることに気が付いた。

それはフォルフィリアの眼差しを見ればわかることだったのだ。


『フォル、世界は今、酷く慌ただしくなってきたようだ。

 わしはエルティナがフィリミシアに戻った後にこの森を発つ。

 暫くは世界を見て周ろうと思うのだ』


『そうか』


実は後継者は既に選定していた。

わしも不死身ではないゆえに、

有事の際にはわしに代わって取りまとめる者が必要である

と常々考えていたからだ。


そして渡り鳥達の情報から世界が慌ただしくなっていることも把握している。

きっと、それはエルティナを巻き込む事態になるだろう。


止まっていた時間が動き出そうとしている。

それはフォルフィリアが運んだ風のお陰であろうか?

それともエルティナの導きであろうか?

それはわからない。


しかし、重い腰を上げる時が来たのは間違いない。

今まで生き永らえてきたこの命を賭けて動き出す時が来たのだ。


『さて、忙しくなるな、フォル』


『あぁ、果たせなかった使命を果たそう、グレオ』


そう言ってわしらは別れた。

彼の嗅覚であればこの森のどこに居てもエルティナを発見できるだろう。

わしは早速、後継者に決めていた若者を呼び寄せた。

次代を担うに相応しい益荒男であり、同時に思慮深くもある稀代の雄である。

この時代に生まれてくれて本当に助かったというものだ。


彼は酷く驚いていたが、

わしが理由を話し説得すると渋々ながらも承諾してくれた。

これで後の憂いもなくなったというものだ。


さぁ、人化の術の準備を始めよう。

『真なる約束の日』までにやるべきことをやっておかなくては。


この日、わしは再び一匹の獣に戻ったのだった。

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