「ノウのいた村」
全身をびっしょりと濡らす大雨の降るなか、俺は目的地へ辿り着いた。
「…久しぶりだなぁ。当時の村人、生き残ってないといいけど。」
そう呟いて、俺は村を囲っている木製の、組み立てただけの塀を飛び越えた。
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あれは、ここに来てまだ間もない頃。
名前も覚えていないし、どこから来たのかも覚えていない。そうして、オロオロとしたりぼんやりとしたりしていた時期だった。
ひとまず、村の中心辺りにあった役場の空き部屋を借りて、そこで保護されることになった。
ところが数日後、思わぬ訪問者がいたのだ。
「君の名前は何?どこから来たの?」
と、こんなことを一人の村の女の子が、俺に向かって尋ねてきたのだ。その時はまだ意識があやふやだったから、なんと答えていいのか返答に迷った。
「えっと…。その…。」
「おいおい、そいつが困ってるじゃないかレイメイ。記憶喪失だとかで、大人たちも聞いたけど分からないんだ。」
いきなりの助け船がきた。
一人の男の子だった。
「そうなの?それはごめんなさい…。でもフゥエン、遊ぶときに名前がないと呼びにくいわよ!」
え、仲良くなる気満々ですか。
「うーん。名前、かぁ…。」
どうにかして思い出さないと、これじゃあ帰るのも無理になってしまう。というか、俺の家族とかに探してもらえなくなる。
ところが深く考えた結果、思い出せなかった。
ふと、男の子の方がなにかを思い付いたようだ。
「名前がない…。ノゥ、ネィム…。“ノウ”っていうのはどうだ!?」
俺の中に、何かがフワッと生まれた瞬間だった。
「うん、ノウ。俺のことはノウって呼んでよ。」
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「ノウ、か。俺に名前をつけたあの二人、まだ生きているのかな。」
薄暗く大雨の降るなか、俺は淀んだ気配を辿って、ひたすらに歩きながらそう呟いたのだった。
雨は一向に止みそうにはなかった。




