「やさしさと、あたたかさと」
もうだめだ。ヤバい。
俺は現在、自室の床で倒れている。
最近よくこうして転がっているけど、好きでしている訳じゃないんだよ。
理由はもちろん。
お腹がすいて…力がでない!
この王家の決まりなのか何なのか、食事は各自室でとっている。そんなことで、家族の絆は保てるのだろうか?
よし、今度王と一緒に食事でもしよう。王は悪い人には見えなかったし、前の王子よりは仲良くなれるだろう。
そんな平和な事を考えていた俺だが、考えることにも体力は使うものだ、さらに力が出なくなってきた。
「あー、ヤバい…。この形、留まれなくなってきそう。」
つまり、王子の姿に留まれなくなってきそうということで。
そこで誰かにばったり会えば、俺の楽しかった、人間ふれあい期間は終ってしまうわけですよ。
まだ2週間そこらなのに。
ふと、床に倒れている俺の耳に、徐々に近づく足音があった。部屋の前で止まると、激しいノックの音がする。
ま、まさかこのひとは…!
「王子!!生きてますか王子!!」
バーンと扉を激しく開けて飛び込むように入ってきたのは、ランソワおばさんだった。
「王子!何か最近床に倒れてばかりですよ!?しっかりしてください!!ほら、遅いですけど、朝食持ってきましたから!」
何だって!?
ランソワおばさん、救世主!
神だ、神!!
それから最後の力を振り絞り、ガバッと起き上がった俺は、目にも見えないような早さで朝食を食べ尽くした。
テーブルマナーについては多目に見てくれた。
しばらくして一息ついた俺は、ランソワおばさんに心から感謝して言った。
「ランソワおばさん、ホンットにありがとう!おばさんは命の恩人だ!!」
「王子、それはさすがに言い過ぎでは?」
苦笑しながら、おばさんは朝食のあとを片付けている。食べるのに夢中で気づかなかったが、いつもより食器の数が多い気がする。
「それにしても、気づいてよかったわ。私が厨房へ行ったときに、給事の者たちが王子に朝食を、持っていっていなかったのを思い出したようで。」
って言うことは、それまでは完全に俺のことは忘れられていたのか。少しがっかりする。
「ドタバタしていたせいで、私も朝食を食べ損ねてしまったのですよ。」
…あれ?
俺は、あることに気づいた。
もしかして、いつもより食器の数が多かったのは…。
「おばさん、もしかしてお…僕、おばさんの分まで食べたの?」
それだと、おばさんに悪い。
でも、食べたものは返しようがない。
「いいですよ。王子がきっと、お腹を空かせているだろうと思って。それに、もうすぐ昼食ですし。」
ランソワおばさんは優しくにっこりと笑ってくれた。が。
「いいや、僕が気が済まないよ。謝らせて。ごめんね、おばさん。」
その瞬間、俺はおばさんにギュッと抱き締められていた。
素早い…動きが見えなかったよ!
「ら、ランソワおばさん?」
「…このまま。このままの王子でいてください。前までのあなたがしてきたことは、大きな罪かもしれなません。」
たしかに、俺も前王子の性格が悪かったのは知っているけど。
「しかし、これからのあなた次第で、大きく変わってくるでしょう。暖かく、そして優しく。」
「…。そう、かなぁ。」
「はい!そうです。」
始めのうちは、きっとそうだろう。でも、そう簡単にいくとは思えない。
俺が見てきた人間。
優しくもされたこともあったし、一緒に笑い合ったりもした。
働いて、ご飯を食べたりもした。
しかし、人間はやはり変わらない。
俺がうっかり、元の姿を曝した途端。
恐怖に怯える。
追い出す。
傷つける。
殺そうとする。
それでも、俺は人間が好きだから。
近くにいたいんだ。
今、おばさんが抱き付いてきてくれたように、温かさをもらえるなら。
正体がバレても、傷つけられても、殺されかけても。
俺は、この世の全てが無くなる時まで、そんな面白い行動をする人間を見ていたいんだ。
これだから、化けるのはやめられない。
「ありがとう、ランソワおばさん。」