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「お前…何でここにいる?」
アルヴィアスはその美貌を歪めながら言う。
「いいじゃない。邪魔する訳じゃないんだし」
瑠那は今、執務室にいた。
のんきにソファに腰掛けて仕事中の王太子を見つめている。
「…そうではない。今は勉強の時間ではなかったのか?」
そうだ。今日から勉強が始まったのだ。
まずは、言葉の勉強から。翻訳魔法をかけてもらっている瑠那は、最初から言語の違いに困ることはなかった。それなら、一生かけてくれていればいいのにと言うと、魔法使いたちにはこれ以上面倒をかけるなとのことだった。
「ルーナ様ー!!どこにいらっしゃいますかー?」
遠くから教育係の声が響く。その声はどんどんこちらに向かってきているように思えた。
…まずい。このままでは教育係に捕まってしまう。
「じゃ、またね。王太子殿下サマ」
ひらひらと手を振りながらにっこりと笑みを浮かべて瑠那は扉から飛び出していった。
「殿下。こちらに姫様はいらっしゃいませんでした?」
「ああ、来たぞ。………そんなに焦ってどうしたのだ?」
「姫様、言葉の練習のために翻訳魔法を解いたままなのです。ああ、まだお城に不慣れでいらっしゃるのに、言葉も通じないのではまずいです」
主に、道に迷った時などに。
「先ほど、俺と普通に会話していたが?」
「……………え?そんなはず、ありませんわ」
二人は困惑するばかりであった。
アルヴィアスは不服そうな顔をしながらも城の中を歩き回っていた。
…まったく、何で俺が探さねばならないのだ。
瑠那が逃げ出した後も政務をこなしていたが、数時間たった後に侍女が部屋を訪れ、彼女を探しているが、いまだ見つからないのだと泣き付いて来た。
彼女は妃となることに抵抗を見せるものの、それは単に不満を表しているからに過ぎない。
自分の知らないところで自分の運命が変わっていく…それは逃れられないものでありながら、抗いたくなる。
いつのまにか、アルヴィアスは庭園を歩いていた。
彼女がここにいる可能性は十分にある。城の中で、ここは息抜きができる場所に違いないからだ。
彼女はすぐに見つかった。
木にもたれて木陰ですやすやと寝息を立てている。その寝顔は穏やかで、身体の調子が悪いとかいう訳ではなさそうなのでほっとする。
アルヴィアスは仕方がないなと溜め息を吐きながら彼女を抱き上げ、彼女の部屋へと歩き出した。
それにしても、ルーナは軽い。細身の身体は、運動など出来ないのではないかと思うほどだが、その身体には女性的な柔らかさを感じる。肌のきめは細かいし、手足はすらりとしている。
これは、兄と同じ遺伝子が少しは入っていた証拠だろう。
部屋に着くと、王太子に抱きかかえられて腕の中で目を閉じている瑠那を見て、侍女は真っ青になった。
「すぐに、医師を…」
「問題ない。眠っているだけだ」
侍女を落ち着かせて退出させると、アルヴィアスは瑠那を寝台に下ろした。
瑠那が顔を横にしたとき、彼女の眼鏡がするりと落ちた。
その時、アルヴィアスは固まってしまう。
…意外と、顔が良かったのか。
彼女は美しかった。
すっととおった鼻、小さな唇。白い肌とは対照的なつややかな黒髪。
アルヴィアスはその整った容姿を飽くことなく見つめた。
…ただ、瞼の奥に隠された瞳の色が見えないのが惜しかった。
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