番外編二 ロックからメタルコアへ
「あの人、詐欺師とかじゃないよね?」
「ちゃんとしたレーベルみたいだよ。調べたら、ロックやメタルのバンドもほかに手がけてるって」
史恵がノートパソコンを詩保理のほうへ滑らせる。詩保理はそのページをじっくり読みはじめた。
「そんな簡単にジャンルを変えて平気なの? 数は少なくても、ちゃんとついてきてくれるファンがいるでしょ。うちが路線を変えても、その人たちはついてきてくれるのかな?」
侑子がこめかみを押さえてため息をついた。
ためらう気持ちは分かる。この数年、バンドを続けるために時間も自分たちのお金も、数えきれないほどつぎ込んできた。ロックで客を増やすのは簡単ではなかった。今の歌い方のままでは、バンドのフロントに立つには足りない気がしている。
それでも三人は、それぞれのやり方でわたしを支えてくれた。
史恵は飾らない笑顔で、短く褒めてくれる。詩保理は本番前にわざと挑発してくる。無理なら降りれば、と言われると、こっちは意地になる。そうやって溜め込んだものを、そのまま演奏にぶつける。演奏の途中で、詩保理は必ずウインクをよこしてくる。ほら、効いたでしょ、とでも言いたげに。侑子は、三人がバイトをして活動費を出しているのだと言ってくる。だから手を抜くな、と。
つまり、みんなはわたしを信じてくれていた。
だからわたしも、初めて自分を信じることができた。
自分を信じられるようになったから、メタルコアバンドをやってみたいと思えた。
曲を書き続けながら、世界に向かって叫んでいたい。
どうしてそうしたいのか。
自分の身に起きた嫌なことを、そのままぶつぶつ並べたところで、世間はうんざりするだけだ。
だが、歌にしてしまえば、世間はずいぶん大目に見てくれる。
言いたいことはある。だが、そのまま口にすれば、自分をさらけ出しすぎる。頭の中を開いて見せるようなものだ。分析されたくない。私生活を知られたくない。それでも、世界に向かってぶちまけたくてたまらない。歌の陰に隠しておけば、これは自分のことじゃないと言い張れる。
それに、大声で叫ぶのは単純に気持ちがいい。
要するに、メタルコアバンドになるという話は、わたしにとってこれ以上ないくらい都合がいい。
「まだ若いんだしさ。うちのこじらせ娘がやりたいって言うなら、やればいいじゃん」
詩保理はそう言って、椅子にもたれたまま両足をテーブルに乗せようとした。が、乗せきる前に侑子から足を下ろせと叱られていた。
「わたしも賛成。賭けだけど、『メタル』になったらどうなるんだろうってわくわくもする」
史恵は平然とノートパソコンを自分のほうへ戻しながら、そう答えた。
「じゃあ、残るはわたしだけか」
「そうだね」
わたしは笑顔を作ってみせた。だが、狙いどおりにはいかなかったらしい。
「馨は笑わないほうがいいよ」
侑子がそう言った。
「なにそれ」
また沈黙が流れた。みんなが侑子の返事を待っている。
詩保理が二十歳で、この中ではいちばん年上だ。史恵と侑子は十九歳。ドラムがまとめ役になるという話も、あまり聞かない。そもそも、うちのバンドにはリーダーがいないので、関係のない話だ。それでもみんな、侑子をこのバンドの姉貴分だと思っている。
実際、侑子にはそういう雰囲気がある。
「メタルコアバンドに変わって、来年までにそれなりの客を集められなかったら……わたしは大学に専念するために抜けると思う」
ようやく口を開いた侑子の声は、思っていたよりずっと頼りなかった。詩保理と史恵も驚くだろうと思っていたが、二人はこうなると分かっていたような顔をしていた。
三人は前にも、こういう話をしていたんだろうか。
子どもに心配をかけまいと、親が黙っているのに似ている。
わたしだって何も分かっていないわけじゃない。
メタルコアへの転向に失敗して、またロックバンドに戻ったとする。節操がないと必ず叩かれる。失敗を笑われる。業界の人間に見下される。ロックを裏切った報いだと言われる。そういうものだ。離れていったファンを呼び戻すのは、簡単ではない。
侑子のプライドは、そんな扱いに耐えられるようにできていない。
それに、バイトのシフトだって無限に増やせるわけじゃない。
つまり……
これが最後のチャンスになる。
「だから全力でやろう、馨。わたしたちも、やれることは全部やるから」
「……もちろん」
大きな賭けだ。うまくいったとしても、得られるものはロックのまま続けた場合と大して変わらない。
違うのは、わたしがそれを望んでいるということだけだ。
ただのわがままでしかない。
バンドが解散するかもしれない。そう思うと怖い。それでも、わたしはこの道を進みたくてたまらなかった。




