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インドネシアが遷都かあ。

ついにきめたんですね。おめでとうです。とお祝いムードのせみころーんさんですどーもーーーーーとてとてとてとてとて。


きょうはインドネシア遷都記念といたしまして、インドネシアの今一番若い才能、Septian Dwi Cahyoさんをご紹介いたします。


なろう系のほぼ99%の読者、特に未成年の読者は、マレーシアの作曲家、ベトナムの作曲家、インドネシアの作曲家、ラオスの作曲家と言われてもなんのこっちゃさっぱりわからないと思います。これは次の事情によるものです。


日中韓の三か国は、やはり西洋へのあこがれが大きかったのか、ほんの数十年で国際的なスターを作曲演奏ともに輩出しました。ところが、「それ以外の」アジアは社会主義的及び民族主義的に思考するために、ピアノを持っているだけでお金持ちで敵だ、などという不可解な差別が横行しました。


またホセ・マセダ氏のように「非西洋的であることが強烈にオリジナリティだ」という一種の宗教のような教えもかなり効いてしまい、ヨーロッパに留学して一から学んでという選択肢をとるだけで、異端視されたのです。マセダはコルトー門下生なのにね。


また高橋悠治氏のように「こういうことは誰にでもできる」とヨーロッパへ留学するアジアの人物への差別を、公然と行う作曲家も珍しくありませんでした。


こういった宗教を先導していた人物が引退するか死ぬかして、ようやく東南アジア諸国にも風が吹いてきました。マレーシア、タイ、ベトナム、インドネシア、ラオスといった後発諸国からヨーロッパに留学する新しい個性が21世紀に誕生しました。


せみころーんさんは国際タイトルばっかり取ってる作曲家だけではなく、まだ大きなタイトルがないが未知数の個性である作曲家を称揚しようと思っています。横でポテイトゥチップス(西洋からし味)をバリッバリッと食ってるころーんさんも同意見です。


俳優のSeptian Dwi Cahyoさんとは別人です。


1992年生まれの、まぎれもない新鋭。


String Quartet no. 1。まだまだアカデミックに書かれている。しかし、雑音奏法などのイロハは習得してるようだ。ところどころ細川俊夫の影響がみられるものの、強さに結実していない。部分的に、現在の個性を想起させるシーンもあるが、全体的に弱い。


Nera。出世作のようだ。本人も気を入れて書いたのだろう。冒頭から非常に個性的。これだけ自然の音の連なりを感じさせるのは才能と言わざるを得ない。聞いていて楽しい。Conrad Del Rosarioも非常に自然音に似せる書式をとっていたことがあったが、レベルが全く違う。個人的に強烈さを感じるのは、ピアノソロが三和音を難なく入って来るところ。こんなタイミングで入れる作曲家は見たことがない。次元が違う。高圧的なアカデミズムから脱した作品。


Follow The Map III。和声センスが全く東アジア人と違うことに驚く。東アジア人は、こんな音の積み重ねをしないはずだ。しかし、彼は難なく妙なバランスを連発する。少々雑かなと思うが、これは彼の味で否定するべきではない。楽譜だけ面白い、などという小細工すら一切感じない。野太い音色で好感が持てる。


Lost in Translation。聞きたい音をそのまま冒頭に持ってくる、というアジア的なセンスは手放したくないようだ。民族楽器との混成アンサンブルだが、普通に西洋楽器のみに編曲してしまっても違和感はほとんどないように思う。


"Pelita" music for illuminated plants, paper and book.。アジア人だからコンセプチャルなどありえない、と侮ってはいけない。今やコンセプチャルネタはアジア人でも平気で使う。インドネシア人が使うと、なぜか身の回りの自然の引用といった感じが一番しっくりくるようである。


Rasa Lapar Adalah Humor.wav。調性音楽だが、高周波数ノイズが頻繁に挟み込まれており、彼ならではの音感が感じられる。こういう作風で作曲賞に応募しても撥ねられると思うが、私はこういった語り口を尊重したい。横でポテイトゥチップスを食ってるころーんさんが最も面白がった音源。


A Heap of Broken Images。音の出し方、掴み方に一理あると思わせるものの、その書き方では限界があるのではないだろうか、と感じさせることも多かった。


Lukalukilukulak。非常に演劇的であった。協和音程が多いが、急激に密度が荒れるシーンがあり、もっと踏み込んでしまっても問題がないと思われる。


いかがでしょうか?せみころーんさんは、大変面白い人だと思っております。日本の現代音楽アンサンブルで紹介されることを願っています。

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