きょうは夜更けなので
すらあっーしゅさんの登場だよー。でもこんな時間に山登りをしているわけではないので、某日の収録音源だよー。
きょうはなににしよっか?ヘルベルト・ケーゲルのベートーヴェンの交響曲の話にしよっか。
東ドイツは、どーゆー指揮法の教育をしてたんやろか?それがよくわかる人がこれ。
たとえばさあ、ケーゲルせんせいはルイジ・ノーノとか振らせると、アバドよりうまいよなあ。彫りも深いし、これライプチヒ放送交響楽団って言ってるけど、放送レヴェルの音に全く聞こえない。メゾソプラノも初演メンバーよりはこっちのほうが締まってる。
でね、ノーノのこれはええけんど、
なんでベートーヴェンになると、こう後期ロマン派のにおい満載な感じでやっちゃう??
東京の1989年ライブの第5でも、ほんとにこれ1989年なのかよって感じ。ほれ、あの、ダダダダーンが、、、、おっそいやんこれ。4楽章もだーーん、だーーーん、だーーーーーーーん!だってさ。おっそ。
東ドイツじゃあ古楽演奏ってのはまだまだマイナーというか見向きもされてなかったってこと?それは考え過ぎかな。
音のバランスや音色感はいいんだけど、このおっそいおっそいテンポ。シェルヘンのバッハロ短調ミサ、レヴォビツのシューベルト交響曲ザ・グレートのような初期テンポ設定に匹敵するレヴェルのミス。
ベートーヴェンがそもそもMMいくつって最初につけちゃったんだよね。
でも、西洋音楽ってのは厳密には1951年までは相対テンポでなんでもオーケーオーケーやったんよ。
だから人にってめっちゃ速い、めっちゃおっそい、こういうのも不可抗力として受け入れられてたんだよねえ。
しかしねえ、
バロックのころには一秒3パルスって、決まってたっぽいんだよねえ。これをバッハパルスという人がいるとかいないとか。そんな人によって大きく解釈が変わるなんてことは、バロックの時代にはもうなかったといわれている。
それが、、指揮者が変わればテンポも変わるなんてことになったのは誰が原因か、というとベートーヴェンなんだよね。
MMってのを最初に楽譜につけて、これはこの速さで弾くように!なんてことをやった結果、どう考えても演奏不可能じゃないかって悲鳴が上がったんよ。
ピアノソナタ・ハンマークラヴィアもこの第一楽章のMMで弾けるわけないだろとか、交響曲第9番の第二楽章トリオもこんな鳥がさえずる速度でやるなんて話があるか、とか、もめたんよ。
実際、ヴィッテンバッハやザンダーはその速度でやってますけどね。
で、遅くて構やしないってのが昭和の常識になったんだよね。
これを極限まで引き伸ばしてるのがベーム、ケーゲルとかなんだよ。今聴くと、ほんと時代錯誤。おっそいだけ。
でね
これを聴いてるとですね
現代音楽の前衛の世代の人間は、後期ロマン派の解釈に洗脳されてただけ、なんじゃねーのと思っちゃうんだよね。
ただの洗脳だから、テンポやリズムが独立に動き、完全にパラメータ化して管理しようって動きにつながった、というのなら、その洗脳がもしなければ前衛自体存在しないんとちゃうか?ってことよ。
ここらへん、せみころーんさんところーんさんとは話がいつまでたってもかみ合わない。
真に音楽の前衛が始まったのはヨーロッパではなく、セリー批判を完璧に行えたバビットや純正律楽器を独力で生み出したパーチを生んだ、アメリカ合衆国やないのか??
こういうことはどこの国の音楽の教科書にも載っていない。
その少し前のアイヴスやストラヴィンスキですら、彼らは西側諸国の住人ではなかった。ストラヴィンスキがパリに脱出したのは早かったけどね。
それを裏付けるかの如く、古楽演奏が始まってからは前衛ははやらなくなり、国際ピアノコンクールの本選の課題曲にすらストラヴィンスキーが載らない、という珍妙な事態を招いている。
それぞれの国の人間が都合よく事実を解釈して、勝手に作っている。
これを前衛とは呼べんのとちゃう?
真に前衛と呼べる作曲家は誰かというのは、今後大きく書き換わる可能性があるということを高校生は覚えとくとええで!
今日はたまたまアルヴォ・ペルトのECMの録音を聴いてたけど、こいつの「鈴鳴らし様式」って、よく聞いたらストラヴィンスキーのピアノとオーケストラのためのカプリッチョの第三楽章のテクニックにそっくりやろ。
メロディーに全然関係ない三和音のアルペジョを1:1でつけるだけ、というカップラーメンの手早さにも似たテクニック。これストラヴィンスキーが発案者。グノーのアヴェ・マリアだろっていう人もいるけど、あれは1:1ではない。
どんだけストラヴィンスキーが巨人かってことなんよー。指揮はいまいちだったが、音楽を開拓するという点において、ものすごいことをやっている。この人もロシア人で西の人間ではない。
本当に誰が音楽を開拓したのか?この論争はまだまだ続きそうやなー。んじゃっっっ!(ぶつっ!)




