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あー台湾さん。。

負けたかあ、まぁしゃーないわなって感じです。


もうすらあっーしゅさんは何も言ってないですね。「負けや!あかん!」て。ここまで日本が何もせずに勝ってしまうとZOZOマリンあたりで負けそうな気がするんですけどね。


今回のプレミア12はちょっとねえ。盛り上がりようがない。


昨日からころーんさんが、ホボクリム買って買って買って買ってホボクリム買って買って買って買ってってずっと言ってます。


でー


個人的にもこれには興味があって。


だめですよあげませんってわけにもいかないので、二人で食べる、ポテイトゥチップスがあってもいいので、食べるときは二人。一人でつまみ食いしたらもうあげませんってことにして、買ってきました(どっさどさ)。


うぉわー!とかいってる。目つきはもう野獣。


まぁ確かにねえ。男性でもこれは嫌って人はいないでしょう。最近のコンビニスイーツはもう、スイーツ専門店街と変わらない品質じゃないかなと思います。


せみころーんさんがもう生まれたときには、すでにコンビニ菓子パンってのは常識になっておりました。


しかし、


親の世代はそんなのなかったそうです。まだ焼きそばパンが中学高校にある、それの取り合い、そんなのコンビニになんかない、、こういう時代があったんですよ。


まだコンビニエンスストアの「ない」街ってのがあったんですね。


でー


なければどうするんや!って話でしょう。


答えはちゃんとあるんです。個人スーパー、個人商店なるものが、まだまだ繁盛していたのです。児童書にもちゃんとそういうの出てきます。あんなの子供が読んでもなんもわからんでしょう。もうああいうお店なんて、ほんとに、ほんとにない。


やはり福岡県とかだとがんばってるとこあるみたいですね。でももうかなり消えてます。


そういう今はすでにない個人スーパーや個人商店ってのに、まだまだ小学生や中学生がたむろする、そんな時代があったんですよ。それがコンビニにとってかわられたのは21世紀の話です。


そう思うと20世紀ってのはまだまだまだ土着の時代だったのかあと考えさせられることが多いですね。


話をスイーツの話に戻して、と。


ホボクリムはララモエラーは「あんなの下品ですぅ!」って買わないんですよねえ。


そんなにやせ我慢しなくてもいいのに。


「あのめんどくさい人」は買うって言ってます。おいしいからいいのじゃぁごろごろにゃーんだって。


甘いものばっか食う作曲家ってのももういないしねえ。甘党相撲取りならぬ、甘党作曲家ってのにフランコ・ドナトーニさんって方がいらっしゃいました。


もう世間ではドナトーニは「いっぱいCDを出した人」ってことになってるでしょ?


なろうの読者、それも中学生だろうが高校生だろうが小学生高学年だろうがCD化されているものはそりゃ聴きますよ。男子でも女子でも。


しかしね。


彼の場合も「封印作品」というのが多くございまして、それらの作品は上演もされず、音源化もされません。したがってラジオのエアチェックという形でしか入らない曲ってのもあります。


Per orchestra (1962)ってのがあります。


こういう音楽はもう誰も弾いてくれないし、CDにもならないので、教えるときに困る音楽でしたが、今はYoutubeでぽちれます。


ぽち。


どうでしょうか?なろうの読者の方は「華やかな前衛時代」をどのようにお考えでしょうか?


今の若い人の耳では、たんに、でたらめを並べて、適当に終わる、そう考える方がいるのではないでしょうか?


それは実は半分正しいのです。


偶然性と不確定性が入ってきたときに、そんなにわからなくしてしまうのであれば、最初から分かってなくてもつなげて続ければそれでいいじゃん、ってことになっちゃいます。


日本はそこまで過激にはなれず、武満徹や一柳彗の両巨匠ですら、「終わりは終わりらしい」という結構は残ってました。八村義夫ですらそうでした。


でもこれ、Per orchestra (1962)、どうですか?


ないでしょ。


ドナトーニがいかなるシステムで作曲していたのかはわかりませんが、ポーズがあって、ぐっちゃー!、しーん。ぐっちゃー!しーん。こればっかでしょ。


オルガンの使い方が実にもったいない気がいたしますが、これはおそらくストップで音色を指定するのがほとんどないためです。なろうの読者さんがオルガンを作曲に使うときは、ぜひ一回くらいは変えたほうがいいですよ。あるとないとで大違いです。


もう途中はリゲティのヴォルーミナの「コピペ」になっちゃってるのも意図的でしょう。知ってる人は楽しめます。


でもこれ、


知らない人はぐっちゃー、しーんって並べてるだけにしか聞こえないわけですよね。そうすると「並べるだけならだれにもできる」とドナトーニの耳へダイレクトに批判が入っちゃうんですよね。


でドナトーニさんは「さいしょっから三和音でもええやろ!みんなどうせワーグナーすきやろ!これならだれにもできへんやろ!」とPuppenspiel II(1967)でワーグナーのワルキューレの騎行から素材を抽出して聴衆のご期待に応えたのでした。

素材の抽出、については、またあとで詳しくやります。作曲家ではないなろうの作家にも、身に覚えのあることだと思いますので。

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