アルフレッド・満身創痍の果てに
2018/11/11~13に投稿した『満身創痍の本気』『伝えたい』『喜びと後悔』の3話を表現・誤字を中心に改稿しました。
薄紙に千枚通しを突き立てる。
いや、冬の水溜まりに張った氷が踏み割られる。
その方がより正確かも知れない。
そう、その状況を例えるならまさにソレだった。
ボクたちが張り巡らした障壁は音を立てひび割れ崩壊し、ガイアのミスリルシールドさえも砕け宙を舞っていた。
かつて、ボクが率いた帝国兵の滅びた姿が脳裏をよぎる。
「く……あ……」
魔力を注いでも注いでも、その片っ端から障壁は崩壊し消えていく。
ブチブチと血管が音を立てて千切れ、めくれ上がった爪の跡から止めどなく血が噴き出す。
「うああぁぁぁああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
く……
何をやっているんだ、ボクは。
何かを変えたい、何かを変えられる……
そう信じて、ここまで来たはずなのに。
全部、全部失うのか?
生まれてきた意味もわからず、クソみたいだった人生に何一つ意味も見いだせず……
このまま、このまま……
「くぅああぁ……」
膨大な力と熱量の前に、仲間達が頽れていく。
く……「そったれぇぇえぇぇえ!! 欲しけりゃくれてやる! だけど、てめぇにやるのは俺の命だけだ!!」
悲劇を気取れるような被害者なんかじゃない。
奪われるよりも、知らない誰かから奪ってばかりの一生だ。
全てのツケがここで回ってきたと言うなら、ああ、受け入れてやる!
だけど、二度と……
二度と振り替えってくれなかったとしても、最後位は惚れた女の前で格好付けろよ、俺!
無様なまま只消え去るなよ!
「一生に一度位、全力を見せてやる!!」
それは今まで一度も成功しなかった技。
出来ないのを、自分には別に必要無いと斜に構え、悟ったフリして拗ねて目をつぶっていた。
それは全力の魔術を発動中にもう一つの魔術を展開する無謀。
右手の指先から最後の爪が剥がれ落ち、いや、焼け落ちた。
肉体は明らかな満身創痍。だが、痛みは、遠い意識の彼方に追放する。
俺の意識を、その一か八かの賭けに全てを注ぎ込む。
左手に生み出すのは転移の魔術。
「……リョウ! いきろぉおぉおぉぉッ!!」
俺が地面に放った魔術が地面に文様を描く。
魔術の中心にいる良は光に包まれた瞬間にその姿を消し、周りに居る仲間達は一瞬だけその姿がぶれた。
転移が出来たのは良だけ。
だけど、ここに居る仲間達はこの場所からほんのわずかだけ次元をずらすことが出来た。
転移は出来ずとも、これで直撃は免れる……
暗い光の濁流に呑み込まれ最後の障壁が消滅した。
「はぁ……」
ま、最後は、なりに上出来……だったかな?
Bye Bye……良……
暗い光がボクを包み込んだ……
それは、意識を失う間際の不思議な感覚だった。
「簡単に死なれちゃ困るのよね。それじゃ絶望が足りないモノ。それにアンタからの施しはいらないのよ」
死の間際に見た、戯れ言みたいな妄想……
ただ、身体が引きずられるみたいな衝撃に襲われると視界は暗い光に包まれた。
痛みも何もない。
これが死なのか?
そうか、それなら、それで良いさ……
ずっと、望んでいた……
望んで、望んで、望んで……そのくせ、その先に進むことも出来ずに彷徨い続けた。
そして、何時の頃からか死にたくないと思うようになった。
何時?
あはは……ばーか……
そんなの、とっくに気が付いているだろ……
そう思うようになれたのは、良がいたからだ。
キミに拒絶された痛みは死んでも忘れられ無いだろう……
だけど、母親にも捨てられたボクを……一時とは言えキミに愛してもらえた。
それだけで、どんなに満たされた日々だっただろうか。
その思い出を土産に死ねるなら、十分だ。
ただ、あぁ、……
キミが無事なのか……それだけを知りたかった。
どうか、生きてくれ。
……
…………
ガクンと身体を襲った衝撃。
死後の世界というのは、想像していたよりも騒がしいらしい。
「アル君は俺んだ! 俺だけのもんだトカゲ野郎!! だから……アル君は俺が守護る!!」
はは、どこまでも妄想が過ぎる。
それとも、神様とやらは存外優しいのかな?
いや、ボクが行くなら地獄か……なら、これは悪魔が見せた一時の甘美な幻か?
やわらかな温もりに、甘い、良の香り。
おわっ!!
そんなことを暢気に考えていたら、また突き上げるような衝撃が全身を襲った。
天雷よ、我らが敵を纏いて穿て グローム ラ リェーゼ!
「サンキュー!! ナイスフォローッ! DEATHりやがれ!!」
BAOOOOOO!!
騒がしい、一体何が起きているんだ?
「リョウ殿の攻撃で敵の頭は半分吹き飛びました! 脱出するなら今です!!」
そんな叫びを、どこか遠い意識の中で聞きながら、ボクの身体は激しく揺さぶられていた。
……
…………
………………
激しい縦揺れで半ば意識が吹っ飛びかけていたボクが、現状を整理して受け入れるのにだいぶ時間が必要だった。
と言うか、何でボクは良にお姫様抱っこされてるんだ?
とにも、奇跡みたいな確率の生存だったと納得するには、それはあまりに出来すぎていた。
「ぶはぁ……ぜぇ、はぁ、ぜぇ……」
ボクを抱き上げる良は色気も何もなく全力で喘いでいる。と言うか川辺に打ち上げられたフナみたいに口をパクパクしていた。
でも、良、無事だったんだ……
良かった。
「はぁはぁ……リョウたん、豪快なファインプレーだったわよ」
「せやなぁ、戦いの天秤が敵さんにあと僅かでも傾いていたら、わしらあの世生きだったもんな」
「ぜはぁ、み、ぁあ、みんな、ぶはぁ、ぶ、ぶ、じ、はぁ……で、よが、よか、よか……」
「うん、リョウたんはしゃべらなくて良いから」
バカだなぁ……
ボクを助けるために無茶しすぎだ……
気が付けばボクは……
二度とは届かないと思っていた彼女の頭を撫でていた。
まるで真綿に触れたみたいな感触。
何度も撫でたはずなのに、とても懐かしい感触。
「ア、アル君……よかった……」
「ぐぇ!」
おぉ……
な、何が起きた? 良が覆い被さった瞬間、全身の骨が鈍い音を立てて軋んだ。
よもやベアハッグに致死性があろうとは……
神よ……貴様は甘い夢を見せて起きながらまたボクを蹴落とすのか?
ボクの罪は、それほど重いと言いたいのか?
「あ、ご、ごめん! 俺、まだ身体強化したままだった」
「……身体が、バラバラになるかと思ったよ」
「ご、ごめんね……」
「冗談だよ。大丈夫」
「違う、そうじゃない……」
「え?」
「俺……ここに来てからずっとさ、アル君に酷い態度取ってた……」
「リョウ……」
「自分でも、何であんなにアル君を拒絶してたのか分からなくて……ごめん……ごめん、なさい……謝っても許してもらえないかも、だけど……」
ああ、それはどんなに聞きたかった声だろうか。
別に、謝って欲しかった訳じゃない。
謝罪なんていらない。
むしろ、キミを苦しめたのはボクだ。
ボクの心がもっと強ければ、もっと素直にキミに愛情が表現出来ていれば、こんなにもキミを傷付けずに済んだはずなんだ。
責められるべきはボク。
断罪されるべきはボク。
それなのに、今、手の届く距離に、吐息が触れ合える距離にキミが居てくれる。
こんなにも近くでキミの声が聞こえる。
それだけで、こんなにも満たされる。
情けないな……
どの感情も自分、自分、自分……ばかりじゃないか。
ごめん、良……全部、自分のことばかりで。
ボクは、キミに何も返せていない。
でも、キミが居てくれるだけで、ボクはやっぱり満たされるんだ。
どうしようもなく愛しているんだ。
二人きりになったらキミにちゃんと伝えるよ、この気持ち。
「ごめん……ごめん、ね……」
泣きながら謝る良の頬にそっと触れる。
冷たい、涙の感触……
参ったね、こう言う涙は本当に、苦手だ……
「アル、君……」
「大丈夫だよ。もう、全て済んだことさ。出来てしまった溝はさ、今度はお互い歩み寄って埋めていこうよ……」
「アル君……うん……許して、くれるの?」
「とっくに、許してるよ」
「ん……アル君!!」
「いだだだだだだっ!!」
「ああ、ごめん!! まだ効果が続いてた……」
再び致死性のベアハッグを食らったが、今度はボクから良を優しく抱きしめる。
「ア、アル君!?」
「ま、たまにはこう言うのも良いでしょ……」
「うん……たまにじゃなく、何時もギュッてしてほしい……」
正直、ヤバいです。
久しぶりに聞く良の甘えた声が可愛くて頭がクラクラする。
一歩間違うと、良と同じ言動(発情モードのね)をやらかしそうだ。
「考えておくよ」
「意地悪……」
「知ってるでしょ?」
強がりでそう言うのが精一杯。
「むぅ~……」
「アハハ」
ふくれた顔も愛おしい。
二人きりだったら、今頃ボクは歯止めが利かなくなっていただろう。
パーティを組んだのは少し失敗だったかも知れない、とか思ってる辺りボクも相当だな。
「エンダアアアアアアアアアアアアアアアイヤァアアアアアアアアアアアアアアアアウィルオオオオオルウェイズラアアブユウウウウウウウウアアアアアブルアアアアアアァァアァァァァァァチキショオォォォォォォッ!!!」
「「うわぁっ!!」」
何だ?
今の粘っこい巻き舌の歌は!?
振り返ると胸を反らして全力で歌っているロイが居た。
「ぶるああぁあぁぁぁあ!! あま~い!! お姉さん糖尿病の危機的状況!! 薬物療法確定間近!!」
「せやなぁ、独身貴族には辛いわぁ」
「まぁまぁ、良いじゃない。ギスギスしてるよりさ元サヤに収まってくれた方が空気も良くなるし」
「ああ、旅には色々ある。楽しきことばかりでなく辛きこともな。だが、それを乗り越えられれば、心の繋がりもひとしお強くなるさ」
「イチャ付くなら、俺たち枯れた年寄りの目の毒にならん程度に頼みますぞ」
「まったくですな。ロイの言うように糖尿病を起こしちゃかないませんからな」
「ハイハイ、仲良し仲良し。おばさんはあんたらを生暖かくネットリと見守ってたから、心配しちゃいなかったけどさ。とりあえず……この先はまだまだ続くダンジョンなんだから薄っぺらいテントで合体とかしちゃだめよ」
「やだぁ、その発言おばさん超えておっさん臭~い!」
「うっさいわね! 結構居るのよ、危機を乗り越えたり未知の戦利品とか手に入れたりすると、興奮した勢いでズッコンバッコンおっ始める連中が!!」
「なるほど、興奮という意味においてはどちらも共通という訳ですか」
五月蠅いよ。
ちょっと甘い雰囲気ぐらい許してくれ。
ま、まぁ、ボクたちのせいでギスギスした空気にしてしまったから、からかわれても仕方ないか。
ただ、まぁ……このイジリはボクのキャラとはちょっと違うから居心地が悪い。
「ねぇ、アル君、俺、もう迷わないから……って、アル君居ねぇし!?」
だからごめん。
いじられる役はキミに任せるよ。
ちょっと離れた位置から横目に見てみると、ジト目で睨む良がいた。
うん、そんな顔も可愛いと思うってしまうあたり、やっぱりボクも相当なものらしい。
蜃気楼の塔、現在66階層 野営地――
それはかなり無茶な攻略ではあったが、ロイの提案を受け入れての行軍であった。
それもこれも、ソウルドレイクの規格外過ぎる危険性を忌避した結果の攻略だ。
「アル君、大丈夫? 傷とか痛くない?」
「うん? ああ、ナージャの魔術のおかげで痛みはすっかり癒えたよ」
獣人族は元々屈強な肉体を持つため法術とは縁遠い種族だ。
法術を除いて魔術には癒やしの力を持った奇跡はほぼ皆無に近い。
例外的なのが効率がかなり悪い魔素による新陳代謝の強制活性化法と、極めて希少価値が高い精霊魔術の中に存在する命を司る精霊の魔術ぐらいだ。
命の精霊とナージャが契約していたのは、不幸中の幸いだったとしか言えない。
まあ、我ながらぶっつけ本番でかなり無茶をやらかした自覚はある。
魔術の並列起動。
それは足り無い魔術回路を神経回路や血管までをも魔術回路に見立て、複数の魔術を同時に起動する無謀。
そりゃ、全身の神経がズタズタになって出血もするわな。
事実、良に助け出された直後のボクの右目は半ば失明しかけていたし、血塗れになった指先の感覚なんかはとっくに無くなっていた。
良を抱きしめた高揚感で忘れていたけど、まぁ、間違いなくボクは瀕死の重傷だったのだ。
「……俺も精霊魔術勉強するかな」
「え? 勉強嫌いの良がまた、どうして?」
「勉強嫌いは余計だよ……だって、さ」
「うん」
「俺も精霊魔術を使えたら、アル君を治す役、ナージャに譲らなくてもすんだじゃん」
「それって」
「アル君を助けてくれたナージャには感謝しているよ。だけどさ、やっぱりアル君を治すのは譲りたくないもん……って、何でそっぽ向くの!? あ! 俺の下手くそな魔法の実験台になりたくないとか思ってんだろ! ……え? アル君、顔真っ赤だよ」
「言うわないでよ、それ」
くそ……
とんでもない不意打ちだった。
今まで良と触れ合えなくて今隣に居てくれるだけでも嬉しいのに、そんなこと言われたら思わずニヤけそうになる。
奥歯を噛みしめ良の見えない角度で太ももを全力でつねらないと、我慢できなくなるじゃん。
「えへへ、ア~ル~君❤」
「だから、甘えないの、今皆が……」
「アル君❤ アル君❤」
「だ、だからぁ……」
「エンダアアアアアアアアアアアアアアアイヤァアアアアアアアアアアアアアアアアウィルオオオオオルウェイズラアアブユウウウウウウウウアアアアアブルアアアアアアァァアァァァァァァチキショォォォォォォッウェエアァァアッ!!!」
「「うわぁっ!!」」
そしてまた聞こえて来た呪詛みたいな歌声。
「たく、何なんだよあの歌は……歌唱力にモノ言わせて、すごい破壊力をぶつけてくるんだけど」
「そだね。てか、アレってよく祝福ソングみたいな感じでネタにされるけど、本当は失恋、って言うか別れを歌った曲だって、じっちゃが言ってた」
「へぇ、そうなんだ……え?」
「うん? あ、そうだよね。祝福ネタに使われるから意外でビックリだよね。でも、ピ〇シ〇百科にも翻訳が出てたから、たぶんそれが正解だと思うよ」
良がニコニコと説明してくれた。
〇クシ〇百科とやらが何なのかわからなかったけど……
どう言うことだ?
良が知っている、良の世界の歌?
それって……、いや、落ち着け。
向こうの世界に行ったことがある人間は他にもいる。
ロイも、そうなのか?
それとも、向こうの世界に行った知り合いが、居る「ごはぁ!?」
「アル君❤ アル君❤」
「ちょ、ちょっとリョウ。今、真面目な考えごとをね、してたんですけど?」
「むぅ~、それって俺よりも大事なこと?」
「いや、そんなことは無いけど……」
「だったら、俺のこと見てくれ!」
「あ……あはは、そうだね」
ま、どうせ今考えても何が変わる訳でもないし、何かが分かる訳でもない。
また、向こうへの渡航は色々とデリケートな問題を孕んでいる場合がある。
それをあれこれ詮索するのは、プライベートを土足で踏みにじるようなものだ。
そんなことよりも今は、良だけを見守ってあげよう。
ボクはこの直後に、その選択が大きな間違いであったのを思い知らされる。
いや、端から全ては後手だったのかも知れない。
だけど、あるいは……
あるいは、考えるのをやめていなければ、キミを再び失うことはなかったんだろうか……
ボクはこの日の後悔を、永遠に忘れはしないだろう。
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