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銀河戦國史 (アウター“ファング” 閃く)  作者: 歳越 宇宙 (ときごえ そら)
第3章  攪乱
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第42話 アジタは悩み、ビルキースは悼む

 アウラングーゼが考え込む一方で、

「おっしゃる通りです。」

と、ラフィーは素直に受け入れる。「我々軍事政権が『グレイガルディア』の統治者を宣言するのであれば、『アウトサイダー』の事も蔑ろにしてはなりません。ですが、その為にこそ、軍政配下の軍閥の領民の生活を向上させ、これ以上そこから溢れ出す者や締め出される者が現れないように、更には、『アウトサイダー』をそこに再び迎え入れて行けるようにしなくては、と私は考えて来たのです。」

 それも一理ある、とアジタは思う。『アウトサイダー』を蔑ろにしないためにも、軍政配下の集落等を豊かにしていく事は必要だ。だが、軍政配下の集落ばかりが豊かになって行くのを見る『アウトサイダー』は、自分達が蔑ろにされている、と感じ、怒り、集落に対する盗賊行為に及んだりもする。

「そうですとも。まずは軍政配下の集落を豊かにする、というラフィー閣下の考えには、私も賛同します。」

 アジタは何も言えなかった。それを間違いだ、と真っ向から否定する気にもなれない。が、「グレイガルディア」に法の支配や人権尊重をもたらさねばならない立場の彼としては、「アウトサイダー」にも適用される公正な法律や、「アウトサイダー」の人権を守る為の施策というものを、軍事政権には求めたい。

「いや、アウラングーゼよ。私も、今のままではいかん、と思っているのだ。」

 アジタが何か言う前に、ラフィーの口からアジタの想いが代弁されそうだ。

「閣下・・」

 アウラングーゼも、モニターの向こうで釘付けにされた視線を送って来ている。

「現状の『アウトサイダー』の規模を考えると、まずは軍政から、などとも言ってばかりはおられぬ、とも私は思い始めておるのだ。もうすでに、この『グレイガルディア』の3分の1は『アウトサイダー』なのだから。」

「なんですと!? 3分の1も・・私は、せいぜい1割程度だと認識しておりました。」

「無理もありません、アウラングーゼ殿。この、上中東アッパーミドルイースト星団区域におられては。軍事政権の影響力の強いこの星団区域は、『グレイガルディア』の中でも『アウトサイダー』が最も少ないのです。アウラングーゼ殿のおっしゃる通り、1割程度でしょう。ですが、『カフウッド』の暴れておる中西(ミドルウェスト)星団区域などでは、4割強が『アウトサイダー』に身を窶しており、『グレイガルディア』全体で見ても3割強に上る、とわしは見ております。」

「そ、そんなに」

 アウラングーゼは目を丸くしている。「それほどの規模に『アウトサイダー』が膨らんでいるとすれば、確かに、軍政内部の事が先だ、などと言っておれませんな。その3分の1の『アウトサイダー』と皇帝勢力が結託すれば、軍政を圧倒する数になってしまうかもしれない。」

「ははは、アウラングーゼ殿。『アウトサイダー』とは、そんな1枚岩で行動する事は、あり得ぬ存在です。ほとんど何の連携も連絡もない、バラバラに、それぞれに活動している連中です。単純に、『グレイガルディア』の3分の2が帝政の味方になるとか軍政の敵になる、という事ではありません。」

「ただ、いつどこで何を仕掛けてくるか、分からん連中ではありますな。」

 ラフィーは、確かめるようにアジタを覗き込んだ。「軍政打倒を目論(もくろ)む軍閥と手を結び、『グレイガルディア』中に影響力があり、皇帝陛下や皇太子カジャ様とも繋がりを持つとすれば、その潜在能力は計り知れない。そんな勢力を抑えねばならぬ時に、我が軍事政権の戦力の多くが『カウスナ』領域に張り付けられておる。」

「そうです。それが問題です。」

 アウラングーゼが、ラフィーへの同意を示した。「帝政復活をもくろむ側が、軍政に拮抗する程の勢力を得ているかも知れぬ時に、軍政の戦力の大部分が『カフウッド』ごとき弱小軍閥にかかりっきりになっておっては、守り抜けるはずの『シックエブ』や『エッジャウス』も、守り抜けなくなってしまいます。そもそも、何の為にそんな大軍を『カウスナ』領域に投入したのですか?無理に、早期の征伐を成し遂げなくとも、『カウスナ』領域に閉じ込めさえしておけば、大して害にもならぬものを。」

「そこが、『カフウッド』の巧妙なところだな。たった千の弱小戦力だから簡単に潰せるはず、と思っておったら、送り込む軍がことごとく廃退させられ、ファル・ファリッジもムキになったのじゃ。こいつを早期に征伐できぬようでは軍事政権の面子が保たれぬ、と思っておるようじゃ。」

「ふんっ、たかが面子を守る為だけに、軍政を破滅に導こうというのか、ファル・ファリッジめ。やはりあの者は、統治の実権を任せられる器ではありませんな、閣下。」

 アウラングーゼは憤ったが、ラフィーは彼よりは冷静だった。

「まあ、面子が潰されるというのも、各軍閥の離反を招き軍政の土台を傾ける素になり得るものだ。皇帝陛下の脱出の可能性や、『アウトサイダー』の潜在能力を知らぬファル・ファリッジが、『カフウッド』征伐を最重要と考えるのは無理からぬ事だ。我等とて、アジタ殿に教えを請わねば、陛下の事も『アウトサイダー』の事も、知らぬじまいだったのだ。」

「・・そうですね。確かに、閣下のおっしゃる通り、今のアジタ殿の話を聞いていなければ、私も『カフウッド』の早期征伐に、強く反対はできなかったかもしれません。」

 己の不明を素直に認める器が、この両者にはあるのだ、とアジタは頼もし気に2人を見比べた。が、やおら言葉を繋いだ。

「とは言え、ファル・ファリッジが『カフウッド』の早期征伐を期するのは、軍政の面子を守り権力の土台を傾かせない為だけでは、ないようですがな。」

「そうなのですか?」

と、ラフィー

「と言いますと?」

と、アウラングーゼ。

 主従の時を同じくした問いかけに、アジタは答える。

「カウスナを拠点にした物資輸送への妨害活動を起こされると、上南東アッパーサウスイースト星団区域などからの産物の入手が滞ります。」

「そ、それが理由だというのですか。」

 モニターの向こうから呆れた顔が、飛び出して来そうな勢いで覗き込んで来る。「そんなもの滞ったところで、食うに困るわけでもありますまい。」

「食うには困らんが、ファル・ファリッジの孫娘が、最新かつ最高級のファッションでパーティーに出席し続ける事は、できなくなるそうで。」

 ポカン、という顔を、肉眼とモニター越しの両方で、アジタは見せつけられた。

「そ、そんな事の為に、『カフウッド』の早期征伐にこだわっている、というのですか!? ファル・ファリッジの奴は。一方では、兵達が食うにも窮した挙句に、無謀な突撃で命を散らせているというのに。」

と、呆れた顔を続けるアウラングーゼに比して、ラフィーはやや憤りを顔に上らせた。

「奴めっ!我が『ノースライン』ファミリーの、一流派の家宰の分際で、『ノースライン』を中核とする軍事政権に忠誠を誓う軍閥の兵を、おもちゃか捨て駒のごとく、自分勝手な我儘の為に浪費しおってっ!彼等の収める労役や租税のおかげで、軍事政権も我々の生活も成り立っているというのに。彼等に感謝し、善政をもって報いねばならない立場であるのに、なぜそれが分からんのだ!」

「ある意味、とても愛情深い男である、とも言えると思いますな。」

 彼等の頭を冷まさせようとしてか、穏やかな声でアジタは告げる、。「孫娘や家族の話をしている時の彼の顔は、それは穏やかでにこやかで、全く邪気の欠片(かけら)も見えません。孫娘に話しかけている場面を目にした事もありましたが、優しく気の良い、いくらでも甘えたくなるジイさん、と言った雰囲気だった。孫娘の願い事ならば、どんなことでも叶えてやりたい、と思っているのだろう。そして、それは自然の情というものだ。」

「しかし、だからといって政治権力を私利私欲の為に乱用して良いという事には・・」

「その通りだ。」

 憤るラフィーを制するように、アジタは続ける。「彼のやっている事は、許される事では無い。が、私は、彼が悪人なのだとは思わん。ほんの僅かな価値観のズレや認識の不足と深すぎる愛情、それが、娘や家族の為ならば誰の命を犠牲にしようとも、民衆をどれ程の苦境に陥れようとも構わん、との態度として現れておる。そのズレを修正しようと、私も色々と説得を試みたものなのだが、効果は無かった。可愛い孫娘の我儘を叶える為に、軍閥やその領民の命を浪費する事の何が悪いのか、彼にはどうしても理解できぬらしい。」

「なぜ、そのような者が統治の実権を握ってしまったのだ。」

 モニターの中の、アウラングーゼの苦し気な呟きに、アジタは大きく頷いた。

「全くです。あのような者に、統治の実権が握られてしまった事が、不幸の始まりです、彼自身にとっても。もし、軍政が倒れるような事になったら、反乱を起こした者達の怨嗟はあの孫娘に集中するだろう。多くの命の犠牲の結晶を、これ見よがしに着飾って見せびらかしておるのだから。ファル・ファリッジが孫娘の為に良かれと思ってやった事が、結局、彼女を破滅に陥れ、その体が反乱者達に八つ裂きにされる原因となってしまうのかもしれん。」

「愚かな事ですな。権力を笠に着て贅を尽くし、煌びやかな服や宝石をその身に(まと)わせたつもりが、実は、多くの恨みや怒りをこそ、身に纏ってしまっているとは。」

「しかし、ファル・ファリッジのやっている事は極端で目に付き易いものだが、似たような事は程度の差こそあれ、誰もがやっているのかもしれませぬ。身近な者や、愛情を注いだ誰かの我儘や贅沢の為に、遠くにいる者の怒りや恨みを買いかねない事をしてしまう。その結果、愛する者を、守りたいはずの誰かを危険に曝してしまう。そんな愚かさは、人という生き物には、もれなく内包されているのでしょう。」

「そう言われれば、私の考えや行動の中にも、そのような部分が無い、とは言い切れません。」

 ラフィーにはやはり、自身の不明を認める素直さがあった。「が、ファル・ファリッジは、現に多くの命を犠牲にしてしまっているし、このままでは、更に犠牲は増える一方だ。」

 ラフィーの素直さに、少し頬を緩めたアジタは、続いた言葉にすぐ顔を暗くした。

「それが問題ですな。あの男は、征伐隊の糧秣に関しても、各軍閥が自己責任で調達すべし、という姿勢を全く崩そうとせず、『シックエブ』や『エッジャウス』からの征伐隊への補給を渋り続けている。現地での調達に失敗し、国元からの輸送も妨げられている征伐隊は、深刻な糧秣不足に陥り、飢え死にする兵も出て来ているそうです。」

「が、餓死者まで、出ているのですか?」

 たまりかねたような声が、モニターの向こうから放たれる。「それほどの窮地に征伐隊が陥っているのなら、もう否やは言っていられぬはず。直ぐにでも補給部隊を送り込まねば」

「わしも、何度もそう進言しましたが」

 視線を伏せて、アジタは語る。「奴は頑として、補給部隊の派遣には反対しました。糧秣の調達は征伐隊自身の責務であり、軍政の恩寵を受けている軍閥達は、命に代えてもその責務を全うせねばならぬ、と。自身で糧秣を調達した上で、軍政が下令した征伐を成し遂げられぬような能無しであるのなら、自らの手で己の命を断って、その不忠を(あがな)うべきだ、と。」

「何たる言い草だ!不忠でも何でもあるまい。現地の集落に糧秣が無いだけではないか。」

 今度は、ラフィーが吠えた。「奴の孫娘も祖父に倣ったものか、似たような事をほざいておるのを、見たことがある。3倍ほども年上の軍閥棟梁を相手に、一族の命をことごとく犠牲にしてでも自分達の求めるものを見繕って来い、などとぬかしておった。あの一族は、どいつもこいつも、自分達の我儘だけがこの世の大事だ、と思っているのだ。ファル・ファリッジが甘やかして育てて来た結果が、あれだ。それを、愛情深き故と言われても、納得などできませぬ。」

「しかし、そうなると、」

 ラフィーの叫びに同調して憤っていたアウラングーゼが、不意に冷静になった。「軍政打倒の企ては、いよいよ成就の可能性が出てきますな。ファル・ファリッジ共の統治が、それほどまでに悪辣なものと化しているとなれば、軍政中枢の軍閥からも軍政打倒に同調する者は、きっと出て来るだろう。」

 とうとう、アウラングーゼはその事を口にした。アジタとしては、軍政中枢から軍政打倒に動く者の筆頭として、彼を観察していた。彼がアジタの中に、軍政打倒の可能性を探ろうとしていたのと同じく、アジタも彼の中に、軍政打倒に動く可能性を探っていた。今の発言は、彼自身が軍政打倒に同調する可能性を示唆するもの、と見て良いだろう。

 ファル・ファリッジへの度重なる説得が失敗に終わり、アジタ達は政策決定の現場から隔離されたままだ。自分達一族の栄華の為に、軍閥も領民も犠牲にして憚らない、という統治を続ける態度が示されている。その上に、軍政中枢のエリート軍閥である「ベネフット」ファミリーの棟梁からも、軍政打倒に動く可能性を(ほの)めかす発言が飛び出した。

(いよいよ、私も、そして、銀河連邦も、軍事政権に見切りを付ける時が来たのか・・。のう?カイクハルドよ。)

 アジタは、数十光年以上の彼方で戦っている古き友人に、心の奥深くで語り掛けた。(プラタープの戦いに参加したからには、お前も軍政打倒と帝政復活に、「グレイガルディア」の未来を託してみよう、と決めたのだろう。お前達「ファング」の動きは、「アウトサイダー」を代表する考えだ、とみなして良いのだろう?)

 本来、帝政や軍政から締め出されたというだけの共通点しか無い、バラバラで連携の無い者達である「アウトサイダー」に、ある程度の統一された意思や、緩やかでもそれなりの繋がりを持たせる事が、銀河連邦が「ファング」を密かに「グレイガルディア」において設立した理由だの一つだ。

 もちろん、明確に「ファング」の決定が「アウトサイダー」の意思だ、などとは言えないが、それでも、「ファング」がいずれかの旗色を鮮明にして掲げたならば、「アウトサイダー」の少なからぬ者達がそれに同調し、ある程度の方向付けはできるはずだ。

 この「グレイガルディア」の3分の1を占める者達が、完全にバラバラの存在か、緩やかにでも一定の繋がりを持つかは、銀河連邦が態度を決める上で重要になる。

(お前達「ファング」が帝政復活を目指す旗色を鮮明にし、多くの「アウトサイダー」がそれに追随する。更に、軍政中枢からも軍政打倒に加担する意志を仄めかす者がいる。ここまで来れば、銀河連邦が軍政から帝政に鞍替えする条件は、整ったと見て良いのか。なあ?カイクハルドよ。)

「自分の愛する者、大切な人に豊かな生活をさせたい気持ちは、自然なものなのだろうが、その為に『アウトサイダー』を蔑ろにしたり、虐げたりしても構わねえ、なんていう奴がいたら、そいつらには思い知らせてやる。そんな考えでやった行動の結果、愛する者、大切な人の喉元に『アウトサイダー』の牙が(ひらめ)く事になるってな。」

 かつて聞いたカイクハルドの言葉を、アジタは胸の底で反芻した。


 アジタが反芻しているのと同じカイクハルドの言葉が、数十光年の距離を隔てたところでも想起されていた。

「皇帝も、帝政貴族も、軍政中枢も、軍閥の棟梁共も、似非連邦支部の幹部連中も、どいつもこいつも、権力の座にある奴等って言うのは、自分や自分の一族の繁栄ばかりを考え、『グレイガルディア』の3分の1をも占める『アウトサイダー』の事は、ちっとも(かえり)みる事がねえ。」

 10年以上も前に、若き日の、二十歳(はたち)になったばかりだったカイクハルドの叫んだ言葉が、ビルキースの頭の中に木霊(こだま)している。

「自分の身近にいる者や、庇護下にある者、愛する者、大切に思う者の事を第1に考えるってのは、人として当然の事なのかもしれないが、その為に蔑ろにされたり、虐げられたりした者には、当然怒りや恨みが募る。特に、大きな権力を手中にしている奴に対しては、その怒りや恨みも膨大な規模になる。大切にしたい者の身の安全を図るのならば、そんな怒りや恨みを買わないように、心掛けるべきなんだ。」

 数年に渡り、「グレイガルディア」の歴史や政治を学び、銀河連邦に加盟する幾つもの、遥か彼方の国々を歴訪し、見分を広めて来た青年時代のカイクハルドの言葉は、当時15歳だったビルキースには眩しかった。

「だが連中は、『アウトサイダー』の力を見くびっているし、存在を軽視している。怒ろうが恨もうが、どうせ何もできはしないし相手にする必要など無い、と思っていやがる。」

 「グレイガルディア」の外にある、銀河連邦に加盟する国々の多くでは、遥かに公正で清廉で安寧な治政が実現している、という事実を目の当たりにして来た彼が、祖国の治政を振り返って、そう想うに至ったという。

「だから連中は、自分に近しい者に贅沢な想いや裕福な暮らしをさせる為になら、『アウトサイダー』など、いくら蔑ろにしても虐げても構わない、と思っているんだ。」

 遥か彼方にある国の、国民全てに心を配った統治を実施している権力者との比較の上で、カイクハルドはそう思うに至ったらしい。

「だから俺は、『アウトサイダー』の力をもっと高めて、連中に思い知らせてやりたいんだ。そうでなきゃ、『アウトサイダー』を含めた『グレイガルディア』の全ての民の事を考慮した統治なんて、永遠に望み得ない。」

 安寧を享受している彼方の国と、この「グレイガルディア」の、何が違うのか。何をどうすれば、「グレイガルディア」を彼方の国の統治の形に近づけて行けるか、カイクハルドなりに精一杯考えた結論だそうだ。

「だから俺は『ファング』の力で、権力者に挑戦するんだ。自分に近しい者の幸せばかりを考え、『アウトサイダー』を蔑ろにしたり虐げたりしていたら、その近しい誰か、愛する誰か、守ってやりたいはずの誰かの喉元に、『アウトサイダー』の牙が閃く事になるってな。近しい誰かを、幸せにする目的でした行為そのものが、その誰かに破滅をもたらすってな。近しい誰かを幸せにする第一歩は、誰にも怒りや恨みを買わねえように権力を行使する事なんだってな。」

 若き日の二十歳のカイクハルドが、「ファング」に参加することを決意した直後にビルキースに語った言葉に、彼女も胸を熱くした。

「俺達『ファング』が、『アウトサイダー』の怒りや恨みの怖さを思い知らせてやれば、権力者達も少しは気付くはずだ。自分の近しい者の幸せを思うならば、誰も蔑ろにしない、虐げたりしない、そんな統治を実現しなければいけないんだって。」

 彼女も15歳にして初めて、「グレイガルディア」の歴史や政治に付いて少し学び、その統治の稚拙さや劣悪さを知るに及んだ。その直後だっただけに、熱く語るカイクハルドの姿が眩しく、頼もし気に見えた。

「この『グレイガルディア』の、統治を良くして行く為の具体的な政策、なんて事は一介の『アウトサイダー』には手に余る。それは、権力の上層にいる奴に任せるしかねえ。だが、その権力者に、『アウトサイダー』の暮らしも考慮する必要性を痛感させる事は、『ファング』にならできるはずだ。権力者たちの統治を、少しでも『グレイガルディア』の全ての民に目を向けたものに仕立てる為に、『ファング』は盗賊団兼傭兵団として、『アウトサイダー』を蔑ろにしたり虐げたりする奴等に噛み付き、牙を食い込ませ、痛感させてやるんだ。」

 カイクハルドの言葉が正しいのかどうかは、当時のビルキースには分からなかった。今の彼女にも、良くは分からない。だが、「アウトサイダー」の置かれている過酷な現状を少しでも改善する為に何かをしよう、という青年の熱い想いには感じるものがあった。

 娼婦に扮したスパイとして、体を張って情報を収集して、「ファング」やカイクハルドを支えて行こう。15歳のビルキースにそんな決意をさせたのは、彼の熱い言葉だった。

(この人達や、この人達の家族にも、あなた達の牙は閃くの?)

 ターンティヤー・ラストヤードに、一糸まとわぬ姿を抱きしめられたベッドの中で、彼の寝息を耳にしながらビルキースは思った。

 彼はつい数時間前、「ラストヤード」に傭兵として雇ってもらいたい、と申し出て来た「アウトサイダー」の傭兵達を無下に追い返した。

「戦争のおこぼれに(むさぼ)り付くような卑しい輩の力など、我等誇り高き『ラストヤード』が欲するはずがないわ!」

 「アウトサイダー」を完全に(さげす)んだ物言いで、彼は参陣の申し入れを拒んだ。

 その「アウトサイダー」が、不毛な宙域に築いた貧しい集落から、彼の部下が掠奪まがいの徴発でなけなしの物資を巻き上げて来ても、彼は咎めるどころか「よくやった」とその行為を称賛した。「アウトサイダー」を蔑ろにし虐げる、という、カイクハルドが嫌った行為そのものと言えた。

 そんなターンティヤーは、しかし、会って間もないビルキースの為に、彼女の故郷を壊滅させた似非支部の拠点を掃滅してくれた。構成員を全て捕縛し、捕らわれていた者全員を救出する程の綿密な作戦では無かったが、それでも多くの似非支部に捕らわれていた者達が、「ラストヤード」のおかげで救い出され、故郷に送り返されたり「ラストヤード」の所領に引き取られたりした。

 彼の所領経営も、なかなかに行き届いた良質なものらしい。彼の領民達も、他の軍閥の領民などと比べたら、かなり恵まれた待遇を与えられている、と言って良い。

 今回の大征伐部隊編成に当たって、軍政配下の軍閥は、膨大な量の糧秣の拠出を求められた。軍政中枢から距離のある軍閥に対しては、問答無用に糧秣の自己調達を命じているファル・ファリッジだったが、軍政中枢から出征する部隊に対しては、特別に補給態勢の確保に留意していたので、周辺軍閥に大量の糧秣を拠出させていた、

 それに対して多くの軍閥は、領民への負荷を激増させる事で応じた。しわ寄せが全て、下層の領民にのしかかった。だが、「ラストヤード」ファミリーの対応は違った。棟梁を筆頭に、軍閥幹部達が徹底的に食料を切り詰め、生活を質素なものにし、自分達の有事や将来の為の備蓄を取り崩したりして、求められた糧秣を拠出したそうだ。

 領民に重圧を課す事を当然と考える軍閥が多くいる中で、「ラストヤード」は領民に優しかった。ターンティヤーという男は、その庇護下にある者、彼が自分の保護下にあると認識した者に対しては、熱烈な程の深い慈愛を発揮する。

 娼婦として、金で体を買っただけのビルキースに対しても、会って間もない内から自身の保護下にあるものとの認識を示し、彼女の為に似非支部の討滅を敢行して見せたりもする。彼は間違いなく、心優しい好青年だと言えた。

 その彼ですら、「アウトサイダー」には冷たい。当然のごとく、自分が庇護してやる必要はない、と決めつけ一切の情を示さない。いや、「アウトサイダー」というだけで、慈愛を示さないわけではない。ビルキースとても「アウトサイダー」と呼び得る存在だが、彼女には慈愛を示した。

 何らかのきっかけで懐に入って来た者に対しては、「アウトサイダー」であっても慈愛を示すが、それ以外の「アウトサイダー」には、徹底的な侮蔑の目を向ける。それはある意味、この国の軍閥においては当然の反応であり、しかし、「グレイガルディア」の統治レベルを稚拙で劣悪な状態に留める価値観でもある。

 「アウトサイダー」を蔑ろにし虐げるのは当然、という価値観が深く根付いてしまったこの「グレイガルディア」においては、「ファング」のような強力な盗賊団兼傭兵団が暴れ回り、その力を見せつけ存在を主張する、という事は、悪しき価値観の打破の為には必要なのかもしれない。

 しかし、その為に、領民には深い慈愛を持って臨む心優しき好青年の喉元が、「アウトサイダー」の牙によって食い破られてしまうような事があっては、やはり「グレイガルディア」の安寧は遠ざかってしまうのではないか。

 ターンティヤーの温もりを白く透き通る素肌に受け止めつつ、ビルキースは考えに沈む。

 もし、ターンティヤーが「カウスナ」領域に進出して行く事になれば、ビルキースから彼の直線的な戦闘傾向などの弱点を報告されているカイクハルドは、上手く「ラストヤード」ファミリーを罠に嵌める策を立案するだろう。

 「ラストヤード」が「ファング」に仕留められ、撃ち滅ぼされる可能性は髙い。「アウトサイダー」を侮蔑する彼の喉首を切り裂くことは、「グレイガルディア」を安寧に導く一助になるような気もする。が、領民に慈愛を持って臨む軍閥の消滅は、「グレイガルディア」から安寧を奪うような気もする。

 ターンティヤーの弱点をカイクハルドに報告した自身の行動の是非が、ビルキースには分からなくなって来た。

「自分に近しい者の為になら、『アウトサイダー』を蔑ろにしたり虐げたりしても構わねえ、なんていう奴がいたら、そいつらには思い知らせてやる。そんな考えでやった行動の結果、愛する者、大切な人の喉元に『アウトサイダー』の牙が閃く事になるってな。」

 ビルキースは再び、若き日のカイクハルドの言葉を思い出した。彼の言葉を文字通りに受け止めれば、彼は、「ラストヤード」の領民にも牙を突き立てる事になるのかもしれない。

 「ラストヤード」は領民から糧秣を調達する事をせず、代わりに「アウトサイダー」の集落を襲って糧秣を手に入れた。その行為は「アウトサイダー」の怒りや恨みを買い、大切にしようとした領民にその矛先が向かう可能性を生じさせるものだ。結果、「ラストヤード」は、領民を大事にしようとした行動の為に、領民を危機に陥れた事になる。

 「ラストヤード」の部隊が「ファング」の餌食となって滅びたら、守る軍事力の無くなった「ラストヤード」の所領が、彼への怒りや恨みに燃える「アウトサイダー」逹の盗賊行為によって、破壊と掠奪の限りを尽くされるかもしれない。そんなシナリオもあり得る。カイクハルドの言葉を文字通りに受け止めれば。

 だが、ターンティヤーは、「カウスナ」領域に進出して「カフウッド」と対決する意志は、今の段階では全く無いようだ。強固な要塞を「カウスナ」領域に築いている「カフウッド」を無理に征伐しようとすれば、多くの犠牲を生じるし、糧秣の調達などで領民にも大きな負担がかかってしまう。

 無理に征伐しなくても「カウスナ」領域に閉じ込めてさえ置けば良い、とターンティヤーは考えているらしい。多少は軍政側の輸送への妨害活動を許し、「エッジャウス」などへの贅沢品の供給が滞るとしても、軍政政権にとって致命的な害にはならないのだから。

 それは、アジタが聞いたラフィー・ノースラインやアウラングーゼ・ベネフットの考えとも一致している。「カフウッド」の早期征伐にこだわっているのは、ファル・ファリッジ等の軍政中枢のごく一部の者達だけだ。それも、贅沢品の供給が滞るのが嫌だ、という極めて身勝手な理由だ。

 ターンティヤーも、ファル・ファリッジ達の手前勝手な理由による「カフウッド」早期征伐の命令になど、まともに関わるつもりなど無い、と言っていた。だから当分は、彼女の肌を温めている男の喉元が、「ファング」によって掻き切られる事態は起こりそうにもなかった。

(このまま、この人の身に、いかなる悲劇も訪れなければ良いのに・・)

 ビルキースの偽らざる本心だった。娼婦として、万に近い男にその身を穢させて来た彼女だが、肌を温め合った男の死は、常に彼女の心を悲しみに沈めた。身を切られるのと同質同等の痛みを、ビルキースはその胸中に確かに感じるのだった。

 若き日のカイクハルドが語る姿に、何か熱いものを感じて「ファング」のスパイとなる事を15歳のビルキースは決意した。それからの十数年の間、彼女がもたらした情報で「ファング」は、数え切れぬ命を血祭りに上げて来た。その度に、身を切られるような痛みを感じながら、それでも彼女はスパイ活動を続けて来た。

 「ファング」やカイクハルドの活動を支えて行こう、との想いは今も変わってはいないが、それでもビルキースには、肌を合わせた男の死が辛い。自分がその死の一因となっていると思えば、もっと苦しい。

 カイクハルドの考えや活動に、否定や批判の念が湧く事は無いが、少しでも早く、肌を合わせた男が死ぬ事のない世の中にならないものか、と願わずにいられない。何より、カイクハルドの命が危険に曝される日々が、終わって欲しい。彼の死もビルキースに、身を切られるのと同質同等の痛みをもたらすはずだから。

 ターンティヤーの腕の中で眠りに堕ちようとするビルキースの心は、体を離れ、十数年の時を遡り、カイクハルドとの出逢いに繋がる日々に、彷徨い出て行った。

今回の投稿は、ここまでです。次回の投稿は、'18/11/17 です。

また今回も、ひたすら理屈をこねまわす話になってしまいました。「アウトサイダー」にひどいことをしたら、自分で自分の首を絞めることになる、ってな論法を、阿呆と思われそうなほど繰り返してしまいました。共感して頂ける読者はおられますでしょうか?賛否両論あるでしょうか?この場面を推敲している最中にも、メキシコからの移民をアメリカが軍を投入して阻止しようとしていました。なんとなく、「アウトサイダー」と移民が、頭の中で重なってしまいました。アメリカの安全や平和を守るためには、移民は阻止した方がいいのかもしれませんが、阻止された移民は、さぞかしアメリカを恨むでしょう。その恨みが、いつかアメリカ人を危機にさらしませんか?なんて思ってしまいます。余計なお世話でしょうが。爆破テロとか、銃乱射とか、いろんな事件が起こっていますが、それも、アメリカ人を守ろうとした行動の結果という一面はないのでしょうか?なんてことも。日本も移民を受け入れていませんが、日本の安全のためにとそういう政策を実施していたら、結果、日本人が危険にさらされる事態を招く、ってことはないのでしょうか。自分で自分の首を、いや、自分の大切な人の首を、絞めちゃってませんか?まあ、綺麗事が通じる問題でも、一筋縄でいく事柄でもないのでしょうけど。・・脱線しすぎました。そんなわけで、

次回 第43話 グレイガルディアの歴史 です。

まだまだ、理屈っぽい話が続く、っていうか、どんどん理屈っぽさが増して行きます。こういう話も楽しんで頂ける読者がおられれば嬉しいなと思う反面、もっと爽快なドンパチのシーンが好きな人にも楽しんで頂ける作品にもしたいし、悩ましいです。ドンパチのシーンも、背景がしっかりしないと薄っぺらになってしまい、厚みのある戦闘シーンを描くには、理屈っぽい場面を描かざるを得ない。そんな中で、バランスに腐心しつつ、それでもやっぱり、理屈っぽいシーンが多いなあと思いながらも、そこから脱せずにいる作者です。どうか、お見捨てにならず、読み続けて頂きたい。もう、祈るしかない有様です。

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