第43話 グレイガルディアの歴史
物心が付いた時には、既に体を売って日銭を稼ぐ暮らしをしていたビルキースは、15歳になってすぐのある日、ある客に、体を売った代償として、銭金を支払われるのではなく、銃弾を撃ち込まれた。散々彼女達を弄び快感と悦楽を恣に貪った男達が、へらへらと薄笑いを浮かべながら、無防備で無抵抗な彼女達に銃撃を浴びせて来た。
支払うべき銭金を持ち合わせていないのならば、ただ黙って立ち去ってくれれば良かった。追いかけられるほど機動力も、相手を制止する為の武装も、彼女達の乗るシャトルには備えられていない。立ち去れば、振り切る事など造作もなかったはずだ。
なのに、その日の彼女達の客は、虐殺によって支払い義務を逃れようとした。いや、もしかしたら、殺す事の方にこそ、より大きな愉悦を覚える輩だったのかもしれない。
シャトルには、ビルキースを含めて5人の女が乗っていて、全員が娼婦だった。5人1組の娼婦のグループが、1機のシャトルで人の集住する宙域を漂い、客が寄って来るのを待つ暮らしを続けていた。現在の彼女のように、食事や様々なエンターテイメントを共に提供する、なんてサービスはできるはずも無く、ただ女の体だけを売り物とするグループだった。
ビルキース以外の4人は、即死だった。ビルキースも、頭部に1発と、それ以外の部分にも数発の銃弾を撃ち込まれ、一旦意識を失った。その事で男達には死んだと思われ、とどめを刺されないまま置き去りにされ、彼女は一命を取り留めた。
意識は取り戻せても、体を動かす事はできなかった。自分の周囲で、数年間一緒に体を売る暮らしを続けて来た仲間達が死んでいる事を、眼だけを動かして確認するのが精一杯だった。脈拍などを確かめなくても、流れる血の量だけで死を確信できた。流れる、と言っても無重力だったから、血は宙を無数の滴に別れて彷徨っていた。
特に好きな者達では無かった。成り行きでビルキースが乗っていたシャトルに、彼女達も乗り込んで来ただけだ。物心が付いてから15歳になるまで、多くの女がシャトルにおいて、出て行ったり、入って来たり、生まれて来たり、死んで行ったりした。買い取られて行った女も、自分の意志で出て行った女も、骸となって出て行った女もいるが、十年以上の人の出入りの末に、彼女はそのシャトルに最も長く乗っている女になっていた。
ビルキースの母も、このシャトルで体を売り、客の子として彼女を産み落とし、体を売る暮らしで心と体を摩り切らせて命を散らし、骸となって出て行ったらしい。何一つビルキースの記憶には残っていないが。
銃撃の惨劇を共有した女達とは、たまたま同じシャトルに乗り同様に体を売って生活している、というだけの間柄だった。挨拶程度の言葉を交わす事はあっても、深く話し合う事も無かったから、特に強い思い入れも無かった。それでも、数年を共に1つのシャトルの中で過ごした者達が皆殺しにされた事は、ビルキースには悲しく寂しかった。
自分も、長く生きてはいられない、と思っていた。奇跡のように意識を保っているが、瀕死の重症である事は間違いなく、治療してくれる誰かを期待できる状況では無かった。広い宇宙で漂流したシャトルが、誰かに発見される事ですら奇跡的だ。どのくらいの時間で死ぬのかは分からないが、それまでに誰かに発見されて治療を施してもらうなど、考えるのもばかばかしい程、有り得なかった。
死んだ仲間達を動かぬ体で眺めながら、自分も、もうじき死ぬのだ、と思った。体を売る事しか知らない人生だったが、それ以外の生き方も全く知らないので、その事を不幸だと思う発想すら、その時のビルキースには無かった。
ただ、寂しく悲しかった。体を売る事しか知らない彼女には、体を売って客に満足してもらう体験だけが喜びだったが、満足の意を伝えられるどころか虐殺を与えられ、今ここに虚しく命を失いつつある。そんな自分が不憫だった。唯一の喜びまでをも否定された上での、虚し過ぎる死が迫っていた。
悲しみの中でもう一度意識を失ったビルキースは、意識を取り戻した時には生きている自分に心底驚愕した。絶対にあり得ない奇跡の出来を実感した。それも、ふかふかの、柔らかく温かなベッドの上だ。彼女が、男どもに体を弄ばれる為に使ったどのベッドよりも高級な代物の上で、ビルキースは横たえられていた。
「気が付きましたか?お嬢さん。どこか、痛むところはありませんか?」
カーキ色のローブを纏った、いがぐり頭の男が、枕元で彼女に話し掛けた。
「あ、あなたは?ここは?どうして私・・」
頭の中を飛び回る疑問を、逐一言葉にしようとしたビルキースは、途中で混乱の為に声を詰まらせた。
「うむ。混乱するのも無理はありません。わしは、アジタと申します。銀河連邦より派遣されたエージェントです。偶然あなた達のシャトルを発見し、今にも消えてしまいそうな生命反応を確認したので、勝手ながら我々の宇宙船の方に収容させて頂きました。シャトルと、同乗していた4名の女性の方々は、残念ながら手の施しようがありませんでした。」
ポカン、と15歳のビルキースは、発言を終えたアジタの顔を見つめ続けた。話を飲み込むのに、ずいぶんと時間がかかったが、アジタは穏やかな微笑を浮かべて、じっと彼女の反応を待っていた。ごつごつと骨ばった顔なのだが、なぜかとても、柔らかそうに見える。
「そう、皆、死んじゃって、シャトルも、無くなってしまったのね。・・その、ぎん・・・何とかって、何ですの?」
「銀河連邦です。ご存知有りませんか?」
「ぎんが・・れん・・、それの、えー・・何です?」
「銀河連邦のエージェントです。はは、耳に馴染まぬ言葉であるのなら、無理に理解も記憶も、せずとも良いですぞ。ま、宇宙の遥か彼方にある進んだ文明を持った世界から、『グレイガルディア』の支援の為に来たおじさん、とでも思っておいてください。」
「ぐ・・ぐれい・・」
「あはは。『グレイガルディア』の国名も、ご存知ありませんか。苦しい境遇に、お生まれになったのですな。では、そのあたりから、じっくりと教えて差し上げましょう。ある程度の教育が進まねば、今後の身の振り方も考えられぬでしょう。まずは、あなたが生まれた国と、その外にある世界に付いて、ゆっくりと学ばれるが宜しい。もう動けるはずですが、あなたが動きたいとか学びたいとか思い始めるまでは、いつまででもそうやって横になっていて、一向に構いませんよ。」
そいう言われると、じっとしていられない気持ちになったビルキースは、飛び上がる勢いで身を起こした。不思議と、どこも痛くなかった。
怪我をした事はあるし、大きな怪我をした人もビルキースは見た事があるので、どれくらいの怪我がどのくらいの期間で治るかも、だいたいの見当は付けられるが、その感覚で想像すれば彼女の負った怪我は、数日や十数日くらいで治るとは思えなかった。
数か月から1年以上かかる事も有り得たし、後遺症があっても、一生消えない傷跡が残っても、不思議はないはずだ。が、彼女が自身の体をどれだけ丹念に調べても、怪我の痕跡など微塵も見付けられなかった。銃撃されたのが、夢の中ででもあったかのごとく。
体を丹念に調べる作業も、彼女が見た事もないような広くて豪華なシャワールームの巨大な鏡に、1人で見ていても羞恥の念を催すほど鮮明に映り込んだ自身の裸体を相手に、じっくりと取り組めた。
シャワールームで、傷一つないと分かった体を頗る肌触りの良いソープで洗い上げ、この世のものと思えぬフワフワのタオルで拭い、ビルキースは与えられた服に袖を通した。その服も、それまで彼女が来ていた、男心をくすぐる為の艶やかな色使いは成されているが、実はあまり衛生状態の良くないものから、ベージュ一色で鮮やかさには乏しくとも、清潔で着心地の良いものに変わっていた。
シャワールームへの案内は、アジタの仲間だと紹介された女性によって行われたので、今まで着ていた服の引き取りや新たな服の用意も彼女がしたもの、とビルキースは認識していた。だが、もしそれを、いがぐり頭の中年男であるアジタが行ったと認識したとしても、その事に嫌悪や羞恥を覚える感性は、ビルキースは持っていない。物心がついた頃には娼婦だった彼女には、自分の臭いや体温が染み込んだ衣服を見ず知らずの中年男に触れられる事にも、なんの感慨も湧きはしない。
伸縮性に富む布地が全身を程良く締め付けて来る感触にも、安心感や幸福感を覚えながらビルキースは、再びアジタに相対した。
「あの、あたし、銃撃されたはずですわよね?どうして、どこにも傷跡が残ってないのでしょう?」
「ふむ。グレイガル・・いや、あなたが生まれたこの星団の外には、ここより遥かに進んだ再生医療というものがありましてな、死なない限りは、確実に完全な健康体が回復できるのです。八つ裂きにされても、1分以内に治療を始めれば、1時間後には傷一つ残らぬ体に戻れるほどの医療技術です。」
「や・・やつ・・?・・とにかく、宇宙の彼方の医療にかかれば、どんな銃撃の跡でも消す事ができるのですね。そんな世界があるなど、思ってもみませんでした。私が今暮らす国がどういうもので、その外側にどんなものがあるのか、私は今まで、考えた事もありませんでした。そんな事を知る機会があるとも、知る必要があるとも、思った事はありませんでした。でも、それを教えて頂けるというのなら、ぜひ知りたいと思います。」
そしてビルキースは、彼女が乗せられている宇宙船に装備された、3次元映像を用いた教育プログラム等を使って、「グレイガルディア」の歴史やその外にある銀河の国々に付いて、学んで行った。
生まれつきの娼婦で、体を売って銭金を得る為に必要な事しか教わって来なかった彼女が、初めて、彼女の暮らす場所が「グレイガルディア」という名前の星団帝国である事を始め、世界というものを認識して行った。
15歳にもなって初めて学んだ事ばかりだが、恐ろしい程スムーズに、多様な知識が彼女の中に定着して行く。それが、食事と共に投与された薬品や、教育プログラム中に脳の特定部位に照射された特殊な電磁波による効果だ、とはビルキースは後になって知るのだが、銀河連邦の発達した科学文明は、学習効果を飛躍的に高める為の様々な技術手法を確立していた。
ビルキースは学んだ。数千年に及ぶ「グレイガルディア」の歴史を。初めてこの星団に住み着いた者達は、ごく一部のガス惑星から、長楕円軌道を飛ぶ人工衛星を使い、僅かな資源を採取してかろうじて命を繋ぐ程度の生活をしていた事を。
2千年にも及ぶ、僅かな人口だけを生き延びさせるのが精一杯、といった暮らしの後、少し進んだ文明を持つ人々が移住して来て、様々な技術を伝えてくれた、という事も知った。
ガス惑星から、より効率良く資源を採取する方法もしかり。岩石惑星から、重力に打ち勝って資源を持ち上げて来る方法もしかり。宇宙空間においては濃厚だとは言え、惑星を形成するものと比べれば遥かに希薄な星系内ガス雲から、人工彗星などを使って資源を採集する方法もしかり。
後になって「グレイガルディア」にやって来た者達の技術力が、先住民達の生活水準を飛躍的に向上させた。そして、先住民達から感謝と尊敬の念を集めた“後から来た者達”の末裔こそが、現在では皇帝一族と呼ばれるに至っている事も、ビルキースは初めて知った。
体を与えた客達の言葉から、皇帝と呼ばれる存在がこの国に有り、多くの人々に敬われている事や、かつては人々を統治していた事は、ビルキースも知っていた。それが百年ほど前に、軍事政権によって統治権を奪われた事も、客の何人かが寝物語に聞かせてくれた。
だが、皇帝と呼ばれる存在が確立された所以や、その権力の及ぶ範囲等は、知らないどころか考えた事も無かった。
皇帝一族のもとには、「グレイガルディア」中の富が集まったそうだ。それは、初めの内は、先住民達が自発的に、皇帝一族に拠出していたものだった可能性もある、と考えられているらしい。技術を伝授してもらった恩義への返礼でもあったし、更なる技術の普及に皇帝一族に邁進してもらう為にも、彼等の生活に必要な物資は先住民で賄うべき、との思惑もあったであろう、との推測だ。
“後から来た者達”の権威は高まり、いつしか権力が確立され、統治する者とされる者、といった制度として定着して行く。権力の周りには、その力を己の繁栄の為に利用する者が集まり、富を蓄え、貴族と呼ばれるようになる。皇帝の技術普及活動を支援すると称して、皇帝の為に拠出された物資を我が物とした人々だった。
その言葉通り、技術の普及を僅かな報酬だけで引き受けた良心的な貴族も、居るには居たが、大半の貴族は、僅かな技術を小出しに教示しながら法外な報酬を懐に入れた。
皇帝の地位を継ぐ者も、歴代の中には私利私欲に富んだ者、邪な精神を宿す者が少なくなく、貴族の専横と相乗効果を成して「グレイガルディア」の民を圧政のもとに置き、貧苦に喘ぐ日々を余儀なくさせたりした。
一方で、慈悲深く賢明な皇帝や貴族も居なかったわけでは無く、時代や宙域を狭く絞れば、善政の下で安寧を享受できた民もあった。それに、貧苦に喘ぐ生活であっても、皇帝一族がこの星団に現れる以前と比べれば、少なくとも物質的には豊かな生活だった。
だから民衆の間には、貴族の専横に対する怨嗟の声が上がる事はあっても、皇帝への敬愛や信頼が揺らぐ事は無かった。皇帝あってこその自分達だ、という「グレイガルディア」の民の認識は、極めて堅牢なものだった。
物質的な豊かさと共に皇帝一族が「グレイガルディア」にもたらしたもので、先住民達にとって過酷だったものは、貴族の専横と並んで“戦争”だった。
広い「グレイガルディア」の各宙域に権益を主張した貴族同士が、血で血を洗う抗争を繰り広げる事態が頻発するようになった。先住民も巻き込まれ、又は戦力として駆り出され、多くの命が虚空に散って行った。貧富の格差の広がりが、先住民同士の反発や闘争を引き起こした事も彼等を苦しめた。
貴族の専横や戦争を逃れる為に、先住民達の中にも武装して貴族に抗う者が現れ、先住民同士の紛争も苛烈の度を増していき、「グレイガルディア」における騒乱は混迷の一途をたどる。
皇帝一族も、貴族同士の抗争や民衆の反乱を抑えるべく、軍事力の増大を余儀なくされ、近親貴族を中心に武装強化を進めた。
その結果誕生したのが、数多くの軍閥だった。皇帝が主導して誕生した軍閥やそこから派生した軍閥だけでなく、民衆から独自に誕生した武装集団が皇帝配下であると僭称する事もあったが、時代が下るにつれて、それらの正確な区別は付かなくなる。
「グレイガルディア」に抗争や反乱が起こる度に、軍閥達はその武力と財力を増大させ、それは権力の強化にも繋がり、皇帝や一般貴族の権益をも侵犯する存在となって来る。
皇帝の座に賢明なる者が就いている時には、抗争や反乱を未然に防ぐなどして、軍閥の台頭にも歯止めをかける事ができたが、愚帝暗君が続く時代もあり、長い目で見れば、軍閥は増長する一方だった。
そして遂に百余年前、皇帝一族内部の権力抗争に付け込む形で、幾つかの軍閥が共謀して皇帝から統治の実権を奪い取り、軍事政権を樹立した。「グレイガルディア」の過半の宙域が、少数の軍閥が合同で運営する軍事政権によって封じられた軍閥によって、領有されるようになった。そこからの収穫は皇帝でも貴族でも無く、軍閥と軍事政権が搾取した。
軍事政権内部の権力構造も、樹立直後には紆余曲折があったが、いつしか「ノースライン」ファミリーが頂点に立つに至り、「ノースライン」から選び出された総帥によって、統治は実践された。
総帥に、誠実で賢明で慈悲深い者が続くと、軍事政権には「グレイガルディア」中の信頼や尊敬が寄せられ、完璧には程遠いとはいえ、ある一定の安寧が「グレイガルディア」に訪れた。
そんな統治体制の変遷をたどる「グレイガルディア」は、皇帝一族の到来と共に「地球連合」の支援対象にもなっていた。人類発祥の惑星である地球との関係が強い人々から成る、「地球系人類」を中心に据えた互恵組織である「地球連合」と繋がりを持つことが、皇帝一族の技術力の所以だったが、皇帝の「グレイガルディア」統治が本格化して以降も、「地球連合」からの支援は得られた。
軍事政権が誕生する少し前に、「地球連合」は「銀河連邦」に生まれ変わっていたが、彼等は皇帝一族に協力する形で「グレイガルディア」への技術支援などを続けていた。皇帝一族に最新の技術を供与し、その皇帝から貴族を通じて「グレイガルディア」の民衆の生活改善を図る事もあったが、「グレイガルディア」の各宙域に「連邦支部」を置き、そこから直接民衆に技術供与などを実施する事もあった。
愚帝暗君の出現により民衆に困窮が訪れた折には、銀河連邦による政治指導や皇帝罷免要求等が出る事もあった。貴族の専横への取り締まりにも、常に銀河連邦の介入があった。
法の支配や人権尊重を「グレイガルディア」に根付かせよう、との銀河連邦の不断の努力は、少しずつではあっても確実に実を結び、民衆の生活向上に繋がった。
多大なる感謝と信頼が「連邦支部」には寄せられる事になり、それも皇帝一族が銀河連邦と交流を持つおかげである事から、皇帝権威の増強にも寄与していたが、そんな銀河連邦への信頼を私利私欲の為に利用しよう、と考える輩も現れて来た。
表向きは「銀河連邦支部」を標榜し、民衆を安心させて近づくが、実は連邦とは一切関わりが無く、盗賊や詐欺に類する悪事を働くだけの輩が多く出て来た。いわゆる「似非連邦支部」と呼ばれる者達だ。
銀河連邦の名声や信頼を悪用し、貴族や軍閥から所領の支配権をまんまと横取りする「似非支部」も現れるし、貴族や軍閥の所領内に確固たる居場所を保持する「似非支部」も出て来る。銀河連邦に繋がりのある歴とした連邦支部よりも、「似非支部」の方が圧倒的に数に勝る状況にまで及んで来る。
「似非支部」の横行が帝国政府の権威の低下に繋がり、軍事政権の誕生に繋がった、との観測もある。銀河連邦としても、「グレイガルディア」におけるそういった動きは、頭の痛い問題となった。
皇帝一族や「支部」を通じての「グレイガルディア」への支援は続けて行きたいが、愚帝暗君が連続し「似非支部」の活動も旺盛になって来ると、銀河連邦にも手に負えない事が増えて来る。
銀河連邦の本部が、往復するだけで1年以上もかかる距離にある事から、「グレイガルディア」の情勢に対する臨機応変の処置も、十分な人員を送り込んでの行き届いた対応もできず、貴族や軍閥や“似非支部”の横暴を許してしまう状態が続いた。
軍事政権が誕生し、皇帝から統治の実権を奪った直後には、皇帝一族に実権を戻すべく運動していた銀河連邦だったが、軍事政権総帥に善政を行う者が続き、一方で愚帝暗君の連続と横暴貴族の跳梁により皇帝権威の凋落も決定的になり、遂に銀河連邦も軍政を統治者と認め、以降は軍政を通じて「グレイガルディア」を支援する事となった。
皇帝の統治が続いている頃からも、貴族の横暴の為に民衆の集落においては、逃散や壊滅といった事態が後を断たず、それによって居場所を失った人々は「アウトサイダー」と呼ばれて当ても無く宇宙を流浪していた。
一度流浪の民となってしまうと、貴族や帝政庇護下の集落民達からは、排斥や嫌悪の目を向けられるのが「アウトサイダー」というものだった。せっかく確保した居場所があっても、そこが資源採取の可能な宙域だ、と貴族等に知れてしまうと、「アウトサイダー」はそこを追い出されてしまう。皇帝の臣民以外には「グレイガルディア」の全ての恩恵は与えられるべきでは無い、という大義名分のもと、貴族たちは資源の独占を図ろうとし、その領民達もそれに追随して「アウトサイダー」を排撃するのだった。
やむなく盗賊行為に活路を見い出した者達は、当然のごとく貴族側の迎撃に遭って命を刈り取られて行く。姿勢を低くして物乞いをしてみても、貴族やその領民は慈悲の欠片も示さない事が多い。「アウトサイダー」達は、追い詰められて行った。世を儚んで自ら命を断つ者も相当数に上る。それが、「アウトサイダー」の境遇というものだった。
「似非支部」の跳梁が目立ち、軍閥の力が増長し、軍事政権が統治権を奪う、という経緯の中で、帝政からも軍政からも締め出されたり零れ落ちたりする者が続出し、「アウトサイダー」は急速にその数を増していった。
資源採取の比較的容易な宙域は帝政や軍政に抑えられているので、「アウトサイダー」は採取困難な宙域での貧しく苦しい生活を余儀なくされるか、盗賊行為などに生き残りの可能性を賭けるしかない事態となり、「グレイガルディア」に混乱と暗雲をもたらす存在だった。
だが、権威を失墜しつつある帝政にも、誕生したばかりで力不足の軍政にも、「アウトサイダー」にまで意識を向ける余力は無く、彼等の困窮は捨て置かれた。
銀河連邦はそれを憂慮し、軍事政権に「アウトサイダー」にも配慮するよう指導を続けたが、今は軍政内部の体制構築が精一杯、との理由でなかなか取り合ってもらえない。「アウトサイダー」を考慮しなければ「グレイガルディア」への支援を停止する、などと脅迫じみた説得を試みた事もあったが、支援を停止して一番影響を被るのは、最も力の弱い下層民であり権力の上層にある者達ではない。脅迫は、こけおどしにしかならなかった。
それに、軍政内部だけを見れば、かなりの善政が施されるようにもなっており、それが続けば「アウトサイダー」に身を窶す者も減り、ゆっくりでも自然と問題は解決する、との楽観的な見方もあった。しかし、軍政誕生から数十年が経っても「アウトサイダー」は増加の一途をたどり、その生活の困窮ぶりも改善は見られなかった。
その頃には「グレイガルディア」は、皇帝一族が一定の権益を保持する集落に暮らす民が3分の1を、軍事政権配下の軍閥に領有された集落の民が3分の1を占め、残りの3分の1が「アウトサイダー」に身を窶している、という有り様だった。
これ以上「アウトサイダー」の増加と困窮を放置できない、との意見が銀河連邦には多く上がったが、それと共に、もうしばらく軍事政権の統治を見守ろう、との意見の者も多くいた。遠く離れた連邦本部にあっては、何が正しい処置なのかも、容易に判断は付かない。
そんな中で、「グレイガルディア」への荒療治を提唱する者も出て来た。「アウトサイダー」の困窮を一顧だにしない帝政貴族や軍政中枢の者には、少しは痛い思いをさせないと仕方がない、との意見でもあった。横暴な貴族や軍閥が領民から搾取し、「アウトサイダー」を排撃する活動を続けているが、帝政も軍政も十分な対処を施しておらず、誰かがその横暴な貴族や軍閥に制裁を加える必要がある、という考え方だ。
「アウトサイダー」の一部に強力な武装を与える事で、彼等に最低限の居場所を確保させ、横暴な貴族や軍閥に制裁を与え、統治の実権を握る者達にも、「アウトサイダー」をどうにかしないと彼等やその近親者に痛みを伴う事態が頻発する、との危機感を抱かせる。そういった措置の必要性が、銀河連邦の一部の人々の間で強い支持を集めるに至った。
その意見は、銀河連邦の主流では無かったし、正式な決定でも公式の見解でも、そんな荒療治は提唱されはしなかった。だが、一部の者の独断と秘密裏の策動で、「アウトサイダー」の武装強化は実施された。
そして誕生したのが、「ファング」だった。
直接に強武装を提供された「アウトサイダー」には、盗賊や傭兵の活動が推奨された。貧苦に喘ぎ、教育もまともな生活手段も獲得できていない彼等には、「グレイガルディア」全体の治政の改善などといった大きな目的意識は持たせられない、との判断からだ。
ただ、「アウトサイダー」同士の殺し合いや、貧しい集落の下層民等を標的にした盗賊行為が発覚したら、直ぐにでも武装は取り上げる、との宣告も行われた。横暴な貴族や軍閥、「アウトサイダー」を顧みない権力者、そういったもの共に痛い思いをさせるような盗賊や傭兵の活動を、武装を与えた「アウトサイダー」に求めた。
そして、それを受け入れる「アウトサイダー」は多くいた。帝政や軍政の権力者たちに締め出されたり、迫害されたり、冷遇されたりといった経験から、怒りや恨みを募らせている者は大勢いた。わが身を危険に曝してでも、権力者たちに痛い目を見せずには気が済まない、と思う者が後から後から集って来た。
銀河連邦の一部の者達は、慎重に「アウトサイダー」からの人選を行い、無辜の「アウトサイダー」や貧しい集落の下層民を標的にした武力行使をしないであろう者を見つけ出した。仮にそういった事が行われたら、遠隔操作でその武装を停止できる処置も施した上で、「アウトサイダー」への武装供与は実施され、「グレイガルディア」では最強の戦闘艇団であり、盗賊団兼傭兵団でもある「ファング」が登場した。
「ファング」が暴れ回り、横暴な貴族や軍閥に制裁を与え、権力中枢の者に痛い思いをさせ、危機感を抱かせ、その上で、権力近くで支援活動をする連邦のエージェントが、「アウトサイダー」に十分に配慮し、法の支配や人権尊重にも則った治政を要求する。
かなりの荒療治ではあるが、そんな二面作戦を実施する事が「グレイガルディア」を安寧に導くのではないか、と銀河連邦の一部の者は期待した。連邦本部から遠く離れた星団帝国での事だけに、連邦としての正式の決定や公式な見解を得る事も無く、独断的且つ秘密裏に、そんな施策が実行できた。
実施者達にしても、絶対の確信があったわけではないが、「グレイガルディア」やそこで流浪する「アウトサイダー」の惨状を見るに見かねて、乾坤一擲の荒療治に運命を託してみた、と言ったところだろうか。
今回の投稿は、ここまでです。次回の投稿は、 '18/11/24 です。
お読み下さった読者様には、今回もまた理屈っぽくて回りくどい話に付き合わせてしまって、恐縮するばかりです。さらっと読み飛ばしてしまわれた読者の方に置かれても、それでストーリーを見失うことはないと思うので、ご安心ください。これから激しくなる戦いにおいての、各登場人物の"意気込み"などを感じてもらうための前置き、みたいなものなので。後半は書いていて、テロリズム容認論じゃないか、と思えてきたこともあって、それを銀河連邦も作者も、正しいと思っているわけじゃないという意思表示もふくませたので、めちゃくちゃ回りくどい感じになってしまいました。現代の現実世界では、暴力による現状変更は決して認められない、とは当たり前に思っていますので、ご了承下さい。けど、ちょっと痛い思いをさせたくなる権力者、ってのが目に付くのも事実なわけで、小説の中で気晴らしをした、のかも。カイクハルドやアジタやビルキースといった、各登場人物の思いや考えを、ある程度読者様にイメージして頂けていれば、御の字なのですが。というわけで、
次回 第44話 娼婦に生まれた女と盗賊に生まれた男 です。
一番重要な登場人物の、一番重要な活動に対する、一番重要な動機や想いに触れるお話になります。ストーリーを追いかける分には、全然重要じゃありませんが、世界観を共有して頂くには、とても重要な説話です。それも、「ファング」の世界観だけではなく、「銀河戦國史」シリーズ全体の世界観もです。この世界観を誰かと共有したくて小説を書き始めたようなものなので、是非ご一読頂きたいと切に願います。




