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銀河戦國史 (アウター“ファング” 閃く)  作者: 歳越 宇宙 (ときごえ そら)
第3章  攪乱
38/93

第36話 プラタープの快勝

「ハハハ・・、そうなのか、おもしれえな、ヴァルダナは。」

 「シュヴァルツヴァール」の男専用エリアにあるトレーニング室で、カイクハルドと並んで汗を掻きながら笑い声を上げたのは、ナーナクだった。カイクハルドの単位で「ヴァンダーファルケ」を駆っている。

「全く参ったぜ。あの姉弟(きょうだい)には、振り回されっ放しって感じだ。」

「けど、かしらが好き好んで、傍に置いてるんじゃねえか、姉も、弟もよ。」

「好き好んでなんか、いるかよ。成り行きでこうなっただけだ。」

「そうか?」

 カイクハルドは、微妙な表情で黙り込んだ。しばし無言でトレーニングに打ち込む。

「けど、ヴァルダナもまだあの歳だからな。」

 やおら、ナーナクが口を開いた。「ああいう年頃には、女に入れ込んで、前後が見えなくなったりもするもんだ。」

「ほう?お前にも、経験がありそうな言い草だな。」

「ああ、俺もあの年頃には、根拠地に惚れた女がいたな、そう言えば。」

 ナーナクは、「ファング」生え抜きのパイロットだ。彼の父親も「ファング」パイロットだったはずだ。両親共に、どこの誰かは、今となっては全く分からないが、パイロットが囲った女を孕ませて生まれたのが、ナーナクだ。根拠地で育て上げられ、パイロットに仕上げられた。父親だけでなく、母親の名も顔も、ナーナクの記憶には無いらしい。

「根拠地で一緒に育った、『ファング』パイロットの落し(だね)同士だったのか?その、惚れた女ってのは。」

「ああ、そんなとこだ。そう言えば、その女を守りてえって一心で、パイロットになったんだっけな、俺も、元々は。そんな事、すっかり忘れちまってたけどな。」

 やや悲し気な色を、彼の眼が見せた。思い出の中身にか、それの忘却にか。「こっちがパイロットとして、命張って戦ってる間に、その女は別の男としっぽりいって、根拠地からもいつの間にか居なくなっちまっていた、って情けねえ話だ。そんな俺の方も、パイロットして百人以上の女をとっかえひっかえ囲って、食い漁っている内に、その女の事は頭から消えちまってたけどな。」

 トレーニングに励みながら語るナーナクの表情から察するに、言葉の内容ほど単純な事情でもなさそうな気がしたが、カイクハルドは、深入りしようとは思わなかった。

「まあ、若い内は、女を守るって意気込みでパイロットになり、ベテランになってからは、女をとっかえひっかえ囲って次々に孕ませるのを楽しみにパイロットを続ける、ってのは、『ファング』には典型的なパターンだな。」

「ハハハ、ちげえねえ。典型的な、クズ男だな。ハハハ・・・」

 自身をクズと評して笑うナーナクの闘い振りは、カイクハルドは誰よりも良く知っている。血の滲むような訓練を乗り越えた者だけがなれる、勇猛かつ優秀な、超一流のパイロットだ。その心中に秘められた想いも、並々ならぬものがあるはずだ。何かの為に、譲れぬ想いを胸に抱き、彼は命懸けの戦いをずっと続けているはずだ。女を囲う以上の、何かを。

 だが、彼等は盗賊兼傭兵だ。自他共に、クズと思い思われて当然の生業だ。ナーナクのような男を、そんな稼業に閉じ込めるこの時代を、この「グレイガルディア」を、そして「ファング」のかしらである自分を、カイクハルドは腹立たしく感じた。

「まあ、クズはクズだが、ただのクズじゃねえぜ。憎たらしい権力者に噛み付いてギャフンと言わせてやるって、誰にでもできるわけじゃねえ事をやってのけるクズだ。そうだろ、かしら。」

「ああ、そうだな、ナーナク。そんな痛快な勝利を味わえるのが、『ファング』のパイロットをやってる、最大の理由かな。」

「そうさ・・そうとも。」

 どこまで本心か分からないナーナクの言葉に、カイクハルドは大きく頷いた。

 2人のトレーニングには更に熱が入り、言葉もすっかり消え失せた。ただの盗賊や傭兵が、こんなひたむきなトレーニングなど絶対にするわけがない、と誰もが思う程の追い込みようだ。次の戦いでも痛快な勝利を収められるように、その肉体を徹底的にいじめ抜いた。

 権力者に噛み付く力を失えば、自分等は本当にただのクズになってしまう、という悲壮な想いが、汗と共に彼等から(ほとばし)っているかもしれない。


 クンワールとの会合ポイントには、宇宙空間に漂うリング状の建造物があった。隠し集落でも「ファング」の根拠地でも無い。

 このポイントは「シェルデフカ」領域の中でも、隣接する「ルサーリア」領域や「ピラツェルクバ」領域に最も近く、この3つの領域を始め、あちらこちらから人や産物が集まり、活発な取引きが古くから行われていた。

 リング状構造物は、軍事政権樹立以降に建造されたものだが、それ以前にも、常にここには、何らかの宙空建造物が置かれ、その中で、人や物が行き交っていた。

 軍政にしろ帝政にしろ、あまり表沙汰にしたくない人や物の売り買いとか交換等がある。連邦支部も、正当なものも似非のものも、秘密理の取引が必要な場面はある。各所領の領主も、各集落の管理者も、「アウトサイダー」として盗賊や傭兵をしている連中も、人知れず売りさばいたり買い取ったりしたい事物は、色々と出て来る。

 この宙空建造物は、そういった需要に答える為のものだ。いわゆる、闇市(やみいち)だ。

 リングの部分からスポーク状のポールが、中心に向かって伸びており、ポールが交差する部分にも円筒形構造物がある。その中心部で一般的な商業活動が行われている一方で、リング状の部分では、人知れず何かを売ったり買ったりしたい者達が集い、お互いにとりあえず素性を伏せて、匿名でのやり取りをする。

 軍事政権としては、本来は取り締まらなければならない存在だが、こういう場所が無くなるのは彼等にも不都合なので、見て見ぬふりをしている。リングの中心部で行われているのは、違法ではない取引だが、この宙空構造物自体が軍事政権非公認の代物なので、取締対象にはなるはずだ。だが決して、取り締まりを受けることは無い。

 表面上は敵対関係にある者同士でも、この場においては、その事は忘れなければならない。互いの素性は伏せた上で、人や物をやり取りするのがここでの鉄則だった。

 このリング状構造物に、住み着いている人間はいない。誰が建造したのかも分からない。これ以前にここにあったものについても、誰が建造し、いつの間になくなり、新しいものと置き換わったのか、誰も知らない。

 常に人が居るわけでもない。何か月にも渡って無人であり続ける事もある。が、何かのきっかけで人が集まり、早めに集まった者の誰かが、必要なメンテナンスをして安全に使える状態にし、そしてここで、集まった者達が、表沙汰にし難い人や物のやり取りをする。

 人のやり取り、というのは奴隷売買や捕虜の交換だ。クンワールは、捕虜を人質にして身代金等を手にしようとしているが、遠くの軍閥と直接に、人や物をやり取りするのは大変なので、ここで仲介業者に引き渡すのだ。

 仲介業者はここで、自腹で身代金等を立て替えて捕虜を受け取り、それらをそれらの故郷の領域に連れて行き、家族などのもとに帰してやると同時に、建て替えた分を受け取る。当然、仲介業者がクンワールに支払う立て替え金等は、捕虜の家族が支払うと見込まれるものよりも少し安く設定してある。その差額が、仲介業者の収入になる。

 捕虜の家族が支払う身代金等への見積もりが、仲介業者の腕の見せ所だ。より安い金額で捕虜を引き取り、より高い金額で家族に引き渡せば、仲介業者の儲けは大きくなる。

 仲介業者の正体が何者なのかは、当然、ここでは追及してはいけない。追及して、こういった仲介業者や、この宙空建造物のような取引場所が無くなってしまったら、皆にとって都合が悪い。素性の追及は、絶対に禁物なのだ。

 仲介業者の正体は、軍閥の場合も、帝政貴族の場合も、似非支部の場合もあり得る。「カフウッド」の敵に類する者かもしれない。最近潰した似非連邦支部と繋がりのある連邦支部かもしれない。そういった相手とでも、取引は成立する。この宙空建造物は、そういう場所だった。

 素性を隠した様々な者が集まって来るから、軍政打倒を狙うもの達が集まっていても、問題は無い。軍政の征伐隊からも人が繰り出して来ている可能性はあるが、問題では無い。互いにここでは、素性を隠して取引するのだ。

 直接ここに、「シュヴァルツヴァール」を乗り付けるわけにはいかない。十分に距離を置いたところに、付近に誰もいない事を入念に確認した上で停泊させ、そこからはシャトルで移動して来た。

 どこにでもある、何の変哲もないシャトルだ。シャトルから素性を知られるようなヘマは、犯すわけにいかない。

 闇市の周辺には、何万という無人探査機がばら撒かれており、それでの観測データーが、この付近を訪れる者達に共有されているので、停泊場所付近に誰もいない事も、闇市のポイントまでの途上に危険が無い事も、しっかり確認した上でそれを利用できる。

 リング状だが、回転はしておらず、内部に重力は生じていない。闇の取引をしたい者は、リングの中心に乗り付ける必要も無い。外周部分に直接、彼等のシャトルは接続した。事前に取り決めてあったシグナルを検出することで、先に到着しているクンワールが乗り付けた位置は分かっていたので、同じ場所に彼等もシャトルを向けていた。

 外周に沿って、シャトルが幾つも横付けされている。リング状建造物から離れて行くシャトルや、近づいて来るシャトルも見える。ひっきりなしに、縦横無尽に、シャトルは飛び交っていて、大盛況というか大混雑というか、そんな状況が現出している。それらのシャトルの所属や、所有者の詮索は厳禁だ。詮索したら取引をしてもらえなくなり、人質を身代金に変換する術が無くなってしまう。「ファング」もクンワールもそうなっては困り果てるので、決して詮索はしない。今すれ違ったシャトルの所有者は、敵である征伐隊の軍閥かも知れないが、そんな事は気にしてはいけない。

 建造物から、通路となるチューブが伸びて来てシャトルに接続し、それを通ってカイクハルドは建造物に入って行った。一辺が50mくらいある、だだっ広くて四角いブースの中に飛び出した。鉄板が剥き出しの、武骨を絵に描いた空間だ。巨大なコンテナが、幾つも宙空に漂っている。

 重力が無いので上も下も無いが、立方体のブース内に8箇所ある角の部分の1つに、コンソールやディスプレイが並んでいて、幾つかの人影も見える。カイクハルドはそちらに向かって飛翔した。

 ブースの中には、縦横(たてよこ)前後にと鉄骨が走っている。どれが縦や横になるかはカイクハルドの主観的な判断でしかないが、それらの鉄骨を蹴り飛ばせば、ブースの中での移動は容易になる。

 ブースの中にいた人々は、一つの壁面から出っ張ったポール状の物体に、背中を押し付けるようにしている。宇宙服との間に生じさせた磁力でポールに貼り付き、体を固定しているのだ。角の付近に2人がいて、そこから少し離れたところに、十数人が(たむろ)している。

 カイクハルドは、角に最も近い位置にいる2人に向かって、飛んで行った。

「よう、クンワール。お前達も、捕虜を大量に手に入れたのか?」

「うむ、が、お前達ほどでは無い。名門軍閥である『ロンウェル』ファミリーの艦隊を壊滅するなんて戦果を、たった百隻の戦闘艇団である『ファング』が上げるなど、尋常の出来事では無いぞ。」

「別に、俺達だけで壊滅したわけじゃねえさ。『ロンウェル』の艦隊の内、俺達が攻撃したのは6艦だけで、後の40艦近くは、カジャの兵が仕留めたんだ。」

「確かに、仕留めたのはカジャ様の兵だが」

とカイクハルドに応じたのは、クンワールでは無くシヴァース・レドパイネだ。「敵を小分けにしてカジャ様の兵の前に誘き出したのは、『ファング』だったそうじゃねえか。敵を仕留めた部隊の指揮官を務めている、バラーン・アッビレッジっていう奴に聞いたぜ。俺と同じく、軍閥からカジャ様のもとに送り込まれていて、長年共に戦って来た奴なんだが、そいつが伝えて来たところでは、見事な手並みだったらしいな。50個もの戦闘艦が、3個か4個ずつの小勢に分かれて、何千の兵の前にノコノコ出て来たっていうんだ。敗けようがねえぜ。」

「わしらが仕留めたのは、もっと小規模な敵ばかりだ。征伐隊の中の、弱小軍閥の戦闘艦や、本隊から離れた徴発部隊などを、幾つか叩いた程度の戦果だ。」

 生真面目な顔で淡々と伝えるクンワールだが、眼の奥には悔し気な色も見える。

「それで良いんだぜ、後方攪乱なんてもんは。敵の戦力を削ぐんじゃ無く、継戦能力を衰えさせるのが目的なんだ。糧秣不足に陥った状態での要塞攻略を余儀なくさせれば、敵に焦りが生まれて、プラタープの旦那の仕掛けた罠にも上手く引っかかってくれるってもんだ。」

「分かっている。兄上にも、厳重にそう言われておる。決っして敵の戦力を削ぐ事は考えるな、と。糧秣の調達を、ある程度邪魔してやれれば、それで良いのだ、と。だがな・・」

「そうだ。俺もそれは分かっているけど」

 シヴァースも、クンワールと思いを共有しているらしい。「お前達の戦果を見せられるとな、徴発の妨害だけじゃ、満足し切れねえ気分になって来るぜ。」

「今回はたまたま、相手の棟梁の人物像が詳しく分かってたから、それを利用した罠を仕掛けてみただけだ。そしたら、思った以上に簡単にひっかかってくれたんで、カジャの兵の前に連れ出してやったんだ。」

「情報収集力といい、それを活用する能力といい、やはり『ファング』は尋常では無いな。」

 探るようなクンワールの眼差しを避けるように、

「そんな事より」

とカイクハルドは、話題の転換を試みた。「プラタープの旦那が『バーニークリフ』で、そろそろ一戦やらかした頃じゃねえのか?例の先駆けの部隊の後、本隊の第一派が、要塞攻略に乗り出していて良いはずの時期だ。」

「ああ、征伐隊の第一波は、見事に兄上に追い払われたぞ。味方に一切の損害は無く、敵は大打撃を受けての潰走だったらしい。」

「本当かよ!『ファング』も凄げえが、プラタープ殿もやるものだな。敵の第一波だけとは言え、数万に上る兵力だったはずだ。それをたったの千の兵力で、撃退など、できるものなのか?」

 シヴァースは、クンワールとカイクハルドを見比べながら驚いている。どちらに質問したのかも、分からなかった。

「戦闘艦の数で言えば、百艦近くにはなっただろうな、征伐隊の第一波は。対してプラタープの旦那の保有艦は、8艦だ。要塞戦力も利用した、と言っても、要塞全体に配置するだけの兵もいねえはずだ、手勢が千しかねえ旦那には。千と言えば、8艦にぎっしり兵を詰め込んだだけで、ほとんど消費し切ってしまう程度の兵だ。それでどうやって、艦隊と要塞の両方を動かして、百艦の敵を撃退したんだ?見当もつかねえぜ。」

 カイクハルドも、シヴァースの疑問には何一つ答えられず、質問を上塗りしただけだった。

「要塞は、ほとんど空にしておいたのだ、兄上は。」

「空に?せっかく作った要塞を、空に、だって?どういう事だ?」

と、シヴァースは前のめりになる。

「敵は、しばらく要塞を攻撃してみて、要塞施設のほとんどが無人である事に気が付いたらしい。それで、何人かの兵を要塞に侵入させてみたら、そこに大量の物資が集積されているのを見つけた。私達の働きで糧秣不足だった敵は、それを見て我を忘れた。集積された物資を手に入れるべく、先を競って要塞施設に乗り込もうとした。余りの慌てように、敵の戦闘艦同士で衝突したり、一番乗りを競い合って同士討ちを始めたり、と目も当てられぬ混乱に陥ったそうだ。」

「なるほど、そこへ8艦だけの艦隊での急襲をかましてやったわけか。」

「そういうことか。糧秣不足の敵に大量かつ無防備の物資を見せ付ける事で、理性を失わせたのか。」

 カイクハルドとシヴァースの、相次いでの納得の言葉に、クンワールも満足そうだ。

「寄せ集めの部隊だからな、敵の征伐隊は。我を忘れれば、味方に噛み付く事さえする。味方同士のいがみ合いなど、ごく自然な現象だ。兄上が攻撃を加える前から、敵には損害が出ていたらしい。」

「そこへ急襲を食らわせたなら、たった8艦で百艦の敵を、傷一つ受けずに潰走させることだってできるわけだな。」

「うむ。要塞に装備されたミサイルも、使ったらしいがな。ほとんど兵を配置していないとはいえ、十基ほどのランチャーを備えたミサイル基地に、50人ばかりの要員だけは配置してあった。人数は少ないが、要塞に大量に備蓄されているミサイルを、潤沢に撃ち込む事ができた。」

「8艦の戦闘艦に積んでるミサイルだけじゃ、百艦の敵に大打撃を与えるには、数が不足するもんな。十基ほどとはいえ、ほとんど無制限にミサイルを発射できる要塞基地は、重要だな。だが、敵を驚かせて恐慌状態に陥れるには、戦闘艦での突撃も欠かせねえ。8艦の戦闘艦と要塞システムを連動させたおかげで成し得た、見事な撃退劇だったってわけだ。」

「気持ち良かっただろうな、要塞のミサイル要員は」

 シヴァースは、違った角度からの感想を口にする。「逃げ惑う百艦の敵を、乱れ打ちにしたんだろ。撃っても撃っても、全部命中したはずだぜ。たったの十基程のランチャーから、全弾命中するミサイルを、撃って撃って撃ちまくったんだろ。気持ち良いはずだぜ。」

 シヴァースの興奮振りに、生真面目なクンワールも頬を緩めたが、

「まだ、緒戦だ。戦いはまだまだ、ここからが本番だ。油断はできん。大打撃を与えて潰走させたとはいえ、撃破したのは20艦ほど。初戦に参加した敵の3割にも満たぬし、敵は続々と、新手を繰り出して来られるのだ。」

 気を引き締めようとしてそんな事を言って見せるが、クンワールの眼には自信が溢れている。兄プラタープへの絶対的な信頼が、そこには見られた。

「しかし、プラタープ殿がそれほどの戦果をあげられたと聞けば、カジャ様を抑えるのは更に大変になるな。いや、大兵力を率いて『シェルデフカ』領域に雪崩れ込んで来るのを、止められんかもしれん。」

 自分の言葉に生気を吸われたように、シヴァースは興奮気味だった顔色を一変させた。

「そいつはまずいぜ。」

 カイクハルドも、シヴァースに鋭い視線を突きつける。「カジャの手元の、寄せ集めの脆弱(ぜいじゃく)な兵力をぶつけるなんぞ、敵を叩くどころか、敵に、欲しがってた糧秣を献上してやるだけの結果になりかねねえ。相手を叩くより、叩かれて物資を強奪される方が、多くなっちまう可能性が高いからな。それに、寄せ集めの兵が軍閥を相手にしたんじゃ、カジャを守る盾にもならねえだろう。カジャの身に万一の事があれば、軍政打倒の機運が、一気に頓挫しちまいかねねえんだぜ。」

「なんだ、カイクハルドよ。軍政打倒がどうなるかは、『ファング』には関係無いのじゃ無かったか?」

 生真面目なクンワールも、人をからかう事はあるようだ。

「あ?ああ。どうでも良いさ。どうでも良いが、そんなみっともねえ頓挫の仕方は、目に余るだろう。」

「そうだな。カジャ様が勢い余って『シェルデフカ』領域に打って出て来るのは、軍政打倒にとってはマイナス要因にしかならぬな。大兵力を見せつけて存在感をアピールしてもらうだけ、というのが、最も有り難い。」

「分かってるよ、俺だってそんな事は。そして俺が、そのカジャ様の暴走を押し留める役を任されている事も、自覚してるよ。だが、あのお方の、あの気性だから、そう簡単じゃねえんだ。『ファング』に(おび)き出してもらって、大軍閥をぶっ叩くって快感は与えてもらったが、それだけでガスが抜け切る程、カジャ様は小さいお方では無い。」

「カジャの兵が『シェルデフカ』領域で掠奪を働くのも、願い下げだぜ。前にも言ったが、その時には、カジャの手勢でも『ファング』は潰しにかかるぜ。今回の後方攪乱でも、どれだけここの集落が役に立ったか。そこへの掠奪なんぞ、絶対に許すわけにはいかねえ。」

 シヴァースの自信の無さそうな態度に、クンワールも不安気な表情を見せる。皇太子という立場の人間が、軍事政権打倒の旗色を鮮明にし、先頭に立って戦いに臨もうとする勇ましい姿勢を見せる事は、「グレイガルディア」中の、色々な立場の、多くの者達を突き動かすには絶大な効果がある。軍事政権内部の者にすら、帝政復活に動く者が出て来る可能性があるし、軍政中枢の名門軍閥すら揺るがせる事態だろう。

 だからこそ、カジャの安全は絶対に確保しなければならないし、寄せ集めの脆弱な兵力で動き回る事は、控えて欲しい。皇太子が勇ましい男だからこそ、多くの者を奮い立たせるが、勇ましすぎる行動は命取りであったり、足手纏いであったりする。難しいところだ。

 そんな難しい部分のバランス調整を担わされているシヴァース・レドパイネも、さぞかし胃がキリキリする思いだろう。

 彼等の会話が小休止を迎えた時、壁面に備え付けられたコンソールから、ポーンという電子音が響いた。

「お、商談が成立したようだな。戦利品と必要物資の交換を始めよう。」

 クンワールがコンソールを操作すると、先ほどカイクハルドが空中を飛翔する為に蹴り飛ばしていた鉄骨をレールとして、ロボットアームがスライドし、ブースの中に浮かんでいたコンテナを掴んだ。壁面の一つに設えられた扉へと、運んで行く。扉が開き、その中にコンテナが押し込まれる。

 コンテナには、クンワールが獲得した戦利品が積み込まれている。人も居れば物も在る。クンワールが撃破した部隊の出身軍閥にとっては、大切な人であったり、貴重な物であったりする。当然、高値で買い取ってもらえる。

 が、直接クンワールが当該軍閥に売り込みに行くのではなく、一旦仲介業者が引き取り、出身軍閥の根拠地に運搬し、当該軍閥と交渉する事になる。引き取りの対価として仲介業者がどういうものを拠出するかは、業者の方の責任で決定する。

 複数の業者が、出身軍閥からどれだけの身代金を引き出せるかや、運搬費用がどのくらいになるかを考えた上で、それぞれに対価を提示する。その中から、クンワールは最も条件が良いと思うものを選ぶ。

 更に、選んだ業者にクンワールの側から、詳細な条件確認や追加の要請などを提示し、先方がそれを了承すれば、取引は成立だ。先ほどの、ポーン、という音で商談成立が示された。これから、戦利品と対価となる物資との交換が始まる。

 こちらの戦利品は、コンテナごと扉の向こうのコンベアーに固定され、仲介業者のもとに運ばれて行ったはずだ。1分と間をおかず、業者の側からのコンテナが到着する。クンワールの配下共がコンテナに乗り込んで行って、中身を確認する。取引に関わる両者がコンテナ内のモノを確認し、了承するまで、コンテナを運び出す事もコンテナからモノを取り出す事も許されない。

 十数人がかりで十数分もかけて、コンテナの中身の確認は行われた。クンワールの配下の一人がコンテナから顔を出し、OKのサインをクンワールに送る。

 クンワールが再びコンソールを操作し、こちらの了承の意思をを伝えた。先方の了承も、直ちに伝えられて来た。コンソールの中の、赤い光が点灯していた箇所が青い光に代わり、コンテナの取り出しが可能となった事が示される。

 コンテナが扉の向こうから吐き出されて来て、ブース内の鉄骨レールに沿って移動するロボットアームに掴まれ、運搬される。反対側の壁にある扉に運ばれ、そこから外に飛び出す。

 扉の外は宇宙空間で、そのまま開放すればブース内の空気が吸い出されるので、扉にはエアロックが設えられている。巨大コンテナを収容できるサイズのエアロックにより、ブース内の気圧を保ったまま、コンテナだけが宇宙空間に飛び出して行った。

 後は、クンワールの乗って来たシャトルがロボットアームで、回収と積み込みの作業をやるだろう。

「俺の方の戦利品も、頼むわ。」

 カイクハルドが、腕に装着した端末を操作する。彼等の位置からは見えないが、カイクハルドが乗って来たシャトルからもコンテナが吐き出され、こちらの施設のロボットアームに捕獲されているだろう。一分少々すると、さっきコンテナが出て行ったエアロック付きの扉から、別のコンテナがロボットアームによって運び入れられて来る。

 そこからは、同じ作業の繰り返しだ。クンワールの名義で取引が行われる。こちらの戦利品の明細が業者に提示され、いくつかの業者がそれに値を付ける。クンワールは、収益の3割ほどを受け取り、残りを「ファング」に渡す事になる。3割を持って行かれるのは、「ファング」には損な気もするが、盗賊兼傭兵が直接取引するより、軍閥である「カフウッド」の名義でやった方が何かと都合が良い。

 クンワールや「ファング」は主に武器弾薬や、それを製造するのに必要な資材等を受け取った。通貨も、帝政発行のものと軍政発行のものを取り混ぜて、いくらかは受け取った。

「軍政が派遣した征伐隊からも、ここに来ている奴はいるんだろうな。」

「普段より圧倒的に多くのシャトルが来ているから、そう見て間違いないな。」

 カイクハルドの問いに、クンワールは応じた。「糧秣の徴発がほとんどすべて空振りに終わったから、それの不足は深刻だろう。武器弾薬を売り払ってでも食料等を確保したい、って軍閥は少なくないはずだ。つまり、今我々が受け取った武器弾薬はもしかすると、本来は我々を撃つ為にこの領域に持ち込まれて来た、征伐隊保有のものだったかもしれない、という事だな。」

「その場合征伐隊は、ここでの糧秣の調達に望みを賭けているわけか。だが、十分な量は手に入らねえだろうな。あの大軍の1日分の糧秣の、半分も入手できねえんじゃねえか?」

「うむ。それでも、ゼロよりはマシだと思って、ここまで足を伸ばしているだろう。糧秣が無ければ、兵は飢えて死ぬ。要塞攻略どころでは、無くなってしまう。」

「それだけ、俺達の作戦も功を奏してるってわけだな。」

 シヴァースが、明るい声を出した。「俺達の行動が、征伐部隊を糧秣不足に追い詰めてるわけだ。隠し集落に、物資をほとんど運び込んでしまっている、ってのもあるが、敵の糧秣徴発の部隊を襲いまくったのも、敵の糧秣不足をより深刻化させている。プラタープ殿の作戦が成功したのも、敵が糧秣不足の為に、鼻先に見せつけられた物資の強奪に夢中になったのが大きい。敵の戦力を削ぐより糧秣不足に陥らせる方が、プラタープ殿への側面支援になっている。」

「うむ。その通りだ。敵戦力の撃破の方が、派手でやり甲斐もあるが、数百もいる戦闘艦の内のたった十数艦を減らす事より、糧秣不足に至らしめて焦りを誘う方が、兄上に対しては有効な支援になる。わしらは、地味でも有効な作戦で兄上を助け、軍政打倒の成功を引き寄せよう。」

 クンワールの言葉に、大きく頷くシヴァース。

「この事を、カジャ様にもお伝えしよう。プラタープ殿の戦いに、我等の活動が効果を上げているとお伝えすれば、あの方のご気分も随分すっきりするだろう。『シェルデフカ』領域に打って出ようとする衝動も、抑えて頂けるかもしれん。」

 後方攪乱の成果を皇太子カジャの暴走を抑える説得に利用しよう、とすぐに思い付く辺りは、シヴァースがいかに自身の役目を自覚しているかを示すものだ。そう思いつつ、カイクハルドは満足気に彼の横顔を見た。

 「レドパイネ」ファミリーの棟梁であるジャラールにも、その息子のシヴァースにも、軍政打倒陣営としては大きな期待をかけている。親には「シックエブ」への進撃を、子には皇太子カジャの暴走の抑制を、やり遂げてもらわなければ軍政打倒は遠退いてしまう。

親父殿(おやじどの)の進撃準備は、もう整っているのか?」

 カイクハルドと同じ事を考えていたらしいクンワールが、シヴァースに問いかけた。

今回の投稿は、ここまでです。次回の投稿は、 '18/10/6 です。

闇市での捕虜や物品のやり取りの様子は、本文の執筆にとりかかる直前までは、もっと簡素に済ませるつもりでした。しかし、いざ本文を書き始めると、詳しく描かないことには、どうもしっくり来ないように思えて来て、結構具体的に細かく書くことにしました。そこで急遽、詳細なイメージを膨らませ始めたのですが、どんな感じにしようか、ずいぶん迷いました。お互いに素性を知らないままにとか、無重力中で、かつ宇宙空間と気密性の高い建造物内の出入りも伴っての"ブツ"の運搬とか、"ブツ"のサイズ感とか、後から後から考えるべき要素が見つかって来て、何度も書き直しました。書き終えた今となっても、こんな感じでよかったのかどうか、何か見落としている要素がないか、気になっています。読者様に具体的なイメージを思い浮かべて頂けていると、嬉しいのですが。「機動戦士ガンダム」とか色々な宇宙関係の映画とか現実の宇宙飛行士の証言とかを踏まえた上でイメージを構築したので、読者様もそれらの記憶を呼び覚ました上で(恐らくたいていの日本人の頭の中にはあると思うので)、本作をお読み頂ければ、と願っています。月旅行やら火星移住やらの話も飛び出してくる昨今なので、こういうイメージを膨らませるのは、案外、実用性があるかも・・・。というわけで、

次回 第37話 女スパイ、ビルキース です。

何度か登場している名がタイトルとなっていますが、読者様にはご記憶でいらっしゃいますでしょうか?「ファング」の無敵を支え、大軍閥「ロンウェル」への完勝にも貢献した女スパイです。彼女がどんな人物か、気にかけて頂けている読者がおられると、作者としては嬉しいのですが、気にかけて頂けてなかった方も、今からでも思いを巡らせて頂きたいです。結構、この女性には深入りします。お楽しみに。

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