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32/56

32 究明

 32


 先に述べた《元友人》が、なぜそうなった(※少年のころのままな)のか?


 僕はその友人にその原因を自分なりの推測で述べた。


 ☆☆☆


 確かに、その《元友人》の家庭環境は自分が知る限りでもあまり良いとは言えない。しかし、それほど悪いとも言えない、そんな状況だと思う。


 無論、それを差っ引いても《ヤツ》が犯した決定的な過ちがある。それは……


『スタートを見誤ったこと』


 そして、それについていつになっても気付かないこと。


 ☆☆☆


 具体的に抽象的に表現するならば、スタートラインから《ヤツ》は、


『俺は格好良くて偉い人間だ』


 という幻想というか、妄想に生きている。


 つまり、以前《※30 若者たちへ》で書いた、思考のプロセスの“土台”の部分から間違っているということなのだ。


 そう、土台が間違っていれば、どんなに良い材料が転がっていてもそれを糧とし、取り込むことはできない。

 たとえ取り込んだとしても、何かがもろくなり欠陥を生むだけなのだ。


 ☆☆☆


 昨今世間を騒がしている“デモ”をしている人の多くも、僕にはそんな風に見える。


 議論が明後日あさっての方向を向いていて、今を見る余裕がない。


 現実を見ていないというわけだ。


 ☆☆☆


 これも以前、僕のエッセイもどきの中で、


「泣いている子供が決して悲しいから泣いているわけではない」


 ということを書いたが、人々の多くはそういった行動で感情を表現している。


 《元友人》や《デモ》に参加している人の多くは、別の何かを表現したくてああして余裕のない行動を示しているのではないかと日々思う毎日だったりする。


 ☆☆☆


 


 


 

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