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001. 〈後悔〉と〈一目惚れ〉

「――はっ……! んぐっ、はあっ……!!」


 足元の枝や石ころに何度もつまずきそうになりながら、前へ前へと必死に足を送り出す。肺と喉が焼けるように熱くて、酸素不足のせいか視界は歪みはじめていた。


「だっ、誰かぁっ……!! 助けっ……!!」


 息が上がってうまく叫べない。それに、こんな森の奥深くじゃ誰にも声なんて届きやしない。……こんなことなら、最初から誰かについてきてもらえばよかった。


「グオオォッ!!」


「ひいぃっ!?」


 すぐ背後から聞こえてきたのは、地の底から響くような低い唸り声。あまりの恐怖に、体が勝手に悲鳴を上げた。早く逃げなきゃ、もっと速く……!


「――あっ」


 焦りのせいか、足元に伸びていた木の根に気付けなかった。勢いをそのままに、地面に倒れ込む。


「あぐっ!! 痛(いっ)つ……!」


 踏み固められていない、柔らかめな土の上とはいえ、痛いのに変わりはない。顔を歪めながら、なんとか体を起こす。


 ――そして恐る恐る、背後に目をやった。


「ひっ……!? あっ、いやぁ……!!」


 視界に映ったのは、二メートルをゆうに超えるであろうサイズの『オーク』。醜い豚顔に、でっぷりと太った緑色の巨体。振り上げた右手には、大きな棍棒が握られている。それは今まさに、私に向かって振り下ろされようとしていた。




 ――こんなはずじゃなかったのに。ちょっとした、おこづかい稼ぎのはずだったのに。


 憧れだったはずの魔法学園も、今では惰性で過ごすような毎日。すっかり成績も落ち、学費の免除割合も減ってしまった。親にもこれ以上負担をかけられない、そんな時に見つけた、とある依頼。いくつか薬草を採取してくるだけで、一ヶ月分の学費が賄える。割りのいい仕事だった。


 問題は二つ。ひとつは対象の薬草が、危険な魔物が数多く生息する森の奥深くまで行かないと採れないものだと、知らなかったこと。……けどこれは、魔法薬学の授業をちゃんと聞いてれば、気付けたのかも……。


 もうひとつは、突然現れたオークに驚き、慌てて杖を落としてしまったこと。乱れた集中が魔法の暴発を招き、杖が手から飛んでいってしまったのだ。……これも、落ち着いて対処すれば倒せない相手ではなかったし、そもそも杖無しでも魔法を扱えるように、練習しておけば回避できたのかも……。


 こうして改めて考えてみると、自分の怠惰さが招いたピンチであることが、はっきりとわかった。……自業自得、だなぁ――。




「いっ、いやあああああぁぁっ!!」


 振り下ろされた棍棒が目前に迫る。恐怖で思わず閉じた目の端から、涙が溢れた。生身で受ける魔物の攻撃って、どれくらい痛いんだろう。そんなことを考えていた。


「――ふっ!!」


「グガアァッ!?」


 ガキンッ。人を叩き潰したには金属的すぎる音が、辺りに響く。体のどこにも痛みはなく、恐る恐る、目を開けてみる。


「……ひ、人……!? 助かっ、た……?」


 私を庇うように、オークの前に誰かが立ちはだかっていた。


 青を基調に、金の装飾がいくつも施された鎧と、軽やかにはためく銀のマント。掲げた右手に握られた細身の剣の刀身は、光を受けて鈍く輝いている。


 そしてひときわ目を引いたのは、雪のように真っ白な、彼女の髪だった。長くしなやかなその髪は頭頂部でポニーテールに結われ、流れ落ちるその先が、花が開くように大きく広がっていた。


 それはまるで、大きな白百合の花のようで。


「――きれい……」


 無意識に、そう呟いていた。


「ガァッ!?」


 私が見惚れているうちに、彼女はその身を大きく跳ねさせ、瞬く間にオークの背後を取った。と同時に、オークの肩口から鮮血が吹き出す。


「グッ……オオォッ!!」


 怒りと痛みに顔を歪めたオークは、振り向きざまに背後を薙ぎ払った。しかし棍棒は何も捉えることはなく、空を切る。


 ――その時すでに、彼女は私の目の前にいた。


「ふぅ……」


「わっ!? えっ!? うえぇっ!?」


 大した実戦経験もない私には、彼女の動きを目で追うことすらできないらしい。いつのまにか目の前で片膝をついていた彼女の、そのあまりの速さに思わず、変な声で驚いてしまった。


「ガッ……!? ゴブグァッ……!?」


 彼女の背後では、オークがなぜか口から血を吐き、苦しんでいる。その首元からは、夥《おびただ》しい量の血が流れ落ちていた。……全く見えなかったけど、すり抜けざまに首を切ったんだと思う、たぶん……。


 そのままオークは、力なく地面に倒れ込んだ。


「す、すごっ……」


 呟くことしかできない私をよそに、彼女はゆっくりと立ち上がり、周囲をぐるり確認している。


「――片付いたか」


 その時、森の奥から一人の男性が現れた。聞こえてきた渋い声にピッタリな、威厳たっぷりな見た目のそのおじさんは、オークと彼女、私を順に目で追ったあと、くるりと踵《きびす》を返した。


「ここからなら一人でも帰れるだろう。これに懲りたら、丸腰で森に入るなんて馬鹿な真似はやめるんだな」


「えっ……!? あっ、す、すみません……」


 呆れるように吐き捨てた、おじさんの声の威圧感に、思わず謝ってしまった。けど……私、丸腰で来たわけじゃないんですけど……!


「行くぞ」


「ん」


 短く言葉を交わし、森の奥へ向かうおじさんの後を、彼女は追って歩いていく。


「――まっ、待って!!」


 そんな彼女を、私はとっさに呼び止めた。


「あのっ! た、助けてくれて、ありがとうございます……! その……せめて、お名前だけでも……」


 人の命を救ったというのに、早々に去ろうとしているところを見ると、見返りなんてべつに求めてないんだろう。その心意気はすごく助かる。私自身、大したお礼ができるような経済状況でもないし……。だからせめて、恩人の名前だけでも知っておくべきだと思う。


 ……それから、ひとつ、確かめておかないと。


「名前………………わたしの……?」


 ――凛として、それでいて落ち着いた、少し低い声。不思議そうに呟いたその響きが、なんだか妙に心地よくて……胸の奥が少し、くすぐったくなった。


 そして彼女は、ゆっくりとこちらを振り向く。


「……『レオナ』。レオナ・サーイェンテ」


 ――空を遮り生い茂る木々の葉。その隙間を縫うように差し込んだ陽光が、彼女の姿を照らし出す。


 眩しいまでに光を受けて輝く白い髪は、神々しさすら纏うようで……この光景を切り取ることができたのなら、きっと何千年も色褪せずに人々を魅了し続ける、不朽の名画となるだろう。それほどまでに、美しい。


 そしてそのキャンバスの中心、じっと私を見つめる、切長のその目……。射すくめられたように、呼吸すらできない。全身が甘く痺れたように、指一つ動かせない。


 うるさいくらいの胸の高鳴りが、熱くなっていく体温が、全身で私に、何かを伝えようとしていた。


 ――やっぱりだ。私、この人のこと、好きになっちゃったみたい。

はじめまして、tMGと申します。


読んでいただき、ありがとうございます!




投稿作品としては5作目となります。


別サイト様のコンテストに応募するための作品ですが、せっかくなのでこちらでも投稿します。


24日までは毎日投稿を予定しておりますので、ブックマークのほうお願いします……!




少しでも「おもしろい」と思っていただけたなら幸いです……。


応援、リアクション、感想、ブックマーク、なんでもお待ちしております!




今後とも、よろしくお願い申し上げます。

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