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誰の役にも立たないと言われて嫁いだ先で、私はようやく普通に仕事ができるようになりました  作者: ヲワ・おわり


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第39話 深夜の薬品庫

 扉が開いた。


 私は顔を上げた。


 入ってきたのはエドヴァルドだった。夜着ではなく、日中と変わらない格好だった。城内の巡回の途中だろうか。


「こんな時間に何をしている」


「……失礼しました。春の補充計画を更新していました。もう少しで終わります」


 エドヴァルドが部屋の中に入ってきた。机の上を見た。記録帳が三冊、開いた状態で並んでいた。計算用の紙が脇に積まれている。


「今夜始めたのか」


「いいえ、昨日の昼から続けています。薬品の品目ごとに春から夏の補充周期を変える必要があって、品目数が多いので時間がかかっていました」


「……昨日の昼から、今まで?」


 エドヴァルドの声の質が少し変わった。


「はい。集中していると時間が経つのが——」


 言いかけて、止まった。


 時間が経つのが、分からなくなる。


 前世でもそうだった。仕事に集中すると、食事を忘れた。退勤時間を忘れた。気づけば深夜で、終電がなくなっていて、それでも仕事を続けた。体の疲れに気づかなかった。


 気づいた時には、もう遅かった。


「……」


「どうした」


「いえ」と私は言った。「集中しすぎていました。失礼しました」


 エドヴァルドが私の顔を見た。しばらく見ていた。


「顔色が悪い」


「そうですか」


「昨日の昼から、食事は取ったか」


 取っていない、と気づいた。昼食は「少し後で」と思ったまま忘れた。夕食も、「もう少しで終わる」と思っていたら夜になっていた。


「……夕方に少し」


「少し、とは」


「パンを一枚」


 エドヴァルドが何かを言おうとして、止まった。短い沈黙があった。


「やめろ」


 低い声だった。


「今夜はやめろ。続きは明日にしろ」


 私は記録帳を見た。もう少しで終わる、とは言えない。本当はまだ半分ある。でも——。


「……はい」


 素直に答えていた。


 エドヴァルドが机に近づいて、開いていた記録帳を閉じた。静かに、でも迷いなく。


「持てるか」


「自分で——」


「持てるか」


 繰り返した。私は少し考えてから「持てます」と言った。三冊の記録帳を重ねて抱えた。計算用の紙はまとめて上に乗せた。


 エドヴァルドが薬品庫の明かりを消した。


 廊下に出た。静かな夜の城だった。私の部屋の方向に歩き始めると、エドヴァルドも並んで歩いた。


 何も言わなかった。ただ、同じ方向に歩いた。


 前世で、深夜に残業していた時、気にかけてくれた人間はいなかった。「まだいるの?」と言われたことはあっても、それは「早く帰れ」という意味ではなく「まだいるのか」という確認だった。


 気にかける、とはどういうことか。


 私には、まだよく分からない。


 廊下の突き当たりで、私の部屋の方向とエドヴァルドの部屋の方向が分かれた。


「おやすみなさい」と私は言った。


「……食事を取れ」


 エドヴァルドが言った。返事の代わりのような言葉だった。


「はい」


 自分の部屋に戻った。扉を閉めてから、壁にもたれた。


 また同じことをしていた、と思った。前世と同じように、止まれなくなっていた。


 でも今生では、止めてくれる人がいた。

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