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なりたい職業ランキングで『冒険者』が一位から陥落した  作者: ミソネタ・ドザえもん
第二章:英雄候補生

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16.遺書

 明け方に実行されるウィンドワーウルフの討伐を間近に控えた状況。本来であれば英気を養うためにも休息をするべきだったのだろうが、俺は宿の部屋に設置されたテーブルに向かっていた。


 テーブルの上には、王都を旅立つ直前に購入していた封筒と便箋。

 そして、俺の手には、便箋を書くための羽ペンが握られていた。

 テーブルの隅のランプを頼りに、俺は便箋に言葉を刻んでいた。


「カイルさん、起きていますか?」


 扉が控えめにノックされた後、エリスが顔を覗かせた。


「……何をされているんですか?」


 これからウィンドワーウルフの討伐に向かう直前だというのに、テーブルに向かって手紙を書く俺は、エリスから見て特異な存在に映っただろう。


「へえ、カイルさん、手紙なんて書くんですね」

「日頃はあまり書かないさ」


 手紙を書いている時、隣に人が立っていると集中出来ず、俺は鬱陶しそうな声でエリスに応対した。


「誰に宛てた手紙です?」

「……セレスティア」

「へえ」


 エリスの声が、少し好奇なものに変わったことがわかった。


「恋文ですか」

「……」

「カイルさん、口下手そうですもんね。手紙なら思ったことも書けますものね」

「……ふん」

「でも、セレスティアは文字を読めるのですか?」

「ああ、俺が教えたからな」

「そうですか。……素敵です」

「……そうかな」

「ロマンティックな恋文の書き方、教えてましょうか?」

「不要だ」

「そう言わず」

「……いらない」

「……ぶー。つまらない」


 エリスはベッドに腰を下ろした。


「手紙書き終わったら、討伐に行きましょうね」

「ああ」

「後、どれくらいで書き終わりますか?」

「……どれくらいだろうな」

「なるべく早くしてくださいね。好機を逃してしまうので」

「わかってる」

「でも、本当に素敵。……セレスティアさん、きっと喜びますよ」

「いいや、多分喜ばないよ」


 俺は苦笑した。




「だってこれ、遺書だから」




 ようやく書き終えた。俺は凝り固まった筋肉をほぐすように、背中を伸ばした。その後、インクが乾いたのを確認した後、便箋を封筒に入れた。


 ランプの火を使い蝋で封をして、俺は立ち上がった。


「エリス、どうした?」


 エリスはベッドに座ったまま、俺を睨んでいた。


「……遺書を、書いていたんですか?」

「ああ。後はこれを宿屋の店主に渡すだけだ」


 最近、王都では郵便なる手紙の配送を事業とする団体が立ち上がったみたいだが、都市化の進んでいない農村だと、宿屋の店主がそのサービスを代行で対応してくれるらしい。


「……カイルさん」

「なんだ」

「悪趣味ですね」


 エリスの目は、怒りに満ちていた。


「あたし、先程言いましたよね。ウィンドワーウルフの討伐は、長年、冒険者ギルドに働いてきたあたしたから見て、あなたならば余裕だと」


 声も怒っていた。


「あたしの言葉を、どうして信用してくださらないのです……っ!」


「……あなたは小さい頃、英雄と呼ばれた男が戦場で死に絶えることを想像したことがあったか?」


 俺が遺書を綴った理由は……それ以上でも、それ以下でもない。


「この世界に、絶対はない。永遠もない。冒険者みたいな、安定とはかけ離れた仕事ならば、終わりがやってくる確率も当然高くなる。……予想だにしない結末を迎えることだってあるだろう」


 だから、俺は遺書を書いた。


「これから俺は、クエストに挑戦する度に遺書を書く。セレスティアに向けてな」

「……セレスティアさんをクエストの度に心配させる気ですか?」

「勿論、生存報告だって怠らない」

「でも、生存報告の文を綴るまで、セレスティアさんは一生心配したままなんですよっ!?」

「大丈夫だ」

「そんなはずない」

「ある」

「ない」

「あるよ……」


 俺は苦笑した。




「だって俺の生存報告は……お前達冒険者ギルドが伝えてくれるだろう?」




 エリスは目を丸くしていた。


「パラボラ著の俺のコラムだ」

「……あ」

「あのコラムは、俺がクエストに行く度に、英雄候補生の栄誉ある活躍、ということで大々的に報じてくれるんだったよな?」

「……えぇ」

「俺は生存報告の手紙は書かない。何故なら、俺の生存報告は手紙を書くまでもないからだ」


 エリスは面食らった顔をしていた。


「俺の生存報告は、英雄の息子の活躍、ということでこの国中に駆け巡ることになるからだ」

「……そうですね」

「恐らく、いや間違いなく……俺の生存報告は、俺の遺書がセレスティアの元に届くよりも早く、彼女の耳に届くだろう。それは、俺がクエストを成功させればさせる程、より早くなっていくに違いない」


 ただ反対に、俺の生存報告がないまま、俺の遺書が届いたら、その時は……。


「……カイルさん」


 俺の意を察した後、エリスは言った。


「あなたはそれでいいのですか?」


 彼女の瞳は、真剣そのものだった。


「あなたは本心では、英雄になんてなりたがっていない」


 ……図星だった。


「あの村で初めて会った時から、セレスティアさんへのプロポーズを経ても、その気持ちは……変わっていない」

「……そうだな」

「なのに、いいんですか? あなたが利用しようとしているのは、あなたが望まないあなたの英雄譚。……そうしたら、もう逃げられないですよ?」

「……あはは」


 俺は苦笑した。


「逃げ道なんてなかっただろ。あの日、あなたと出会ったあの時から」


 目を閉じれば、思い出す。


 ゴブリン襲撃前、まだ活気のあった頃のタロー村。

 畑を耕し、額から滴り落ちた汗。

 青い空。

 セレスティアの微笑み。

 辛いことも多い時間だったが、セレスティアと一緒にいるあの時間は、幸せだった。

 幸せだったんだ。


 ……でも、もうあの幸せは、俺の目の前には残っていない。


 それはセレスティアも同じだった。


 あの日の俺は……いや、今も現在進行形で、俺は無力だった。弱かった。何も出来なかった。

 だから、セレスティアを立ち上がらせるには、英雄になる、だなんて無謀で願ってもいない挑戦を口にするしかなかった。


 その結果、冒険者になり、英雄候補生なんて呼ばれるようになった。


 専用コラムにアドバイザー。冒険者ギルドの偏向報道一歩手前のやり方には虫唾が走る。


 でも、俺には……。


「今の俺には、その術に縋る以外の道はないんだ」


 そう思ったら、心が少し楽になったのだ。


「だから、その術に縋るしかないのなら……利用してやろうと思った」



 俺の人生は、いつか終わる。



『……ゴードン』


 かつて俺を虐めた男のように、晒し首にされて殺されるのかもしれない。


『俺には今の状況は……命を救われたのではなく、延命処置をされただけのように思えて仕方がないよ』


 タロー村のように、無様な最期を待つことになるのかもしれない。



『でも、その英雄さんも、最終的には戦死したんでしょう?』



 父のように、戦場で死に絶えるのかもしれない。



 俺がどんな最期を迎えるのか、それは現状ではわからない。


 でも、セレスティアには知ってほしいんだ。


 俺がどんな最期を迎えたか。

 俺がどんな死に様を送ったか。


 俺が、英雄になれたのか……。


 俺が英雄になる原動力となった彼女にだけは……知ってほしいと思ったのだ。


「……わかりました」


 エリスは諦めたようだった。


「もう止めません。……あなたの奇行は」


 吐き捨てるような言い方だった。


「……だから、あたしも誓います」


 エリスの瞳は、覚悟が滲んでいた。



「あなたは簡単に殺させないっ!」



 彼女は叫んだ。


「あなたを必ず、英雄にしてみせるとっ!」


 ……彼女の決意を聞き、


「一緒に戦ってくれないのにか?」


 俺は、苦笑した。


「えぇ、あなたには、あたしの助力は不要なので」

「そこはハッキリしているんだな」

「事実なので」

「……わからないぞ」

「わかります」

「わかるもんか」

「いいえ、わかりますよ」


 エリスは怒ったように続けた。


「だって、あなたを見出したのは、このあたしですからっ!」


 エリスは俺から手紙をひったくった。


「手紙、さっさと店主に渡しましょう。そして、ウィンドワーウルフを討伐しましょう」

「……エリス」

「カイルさん。今回のウィンドワーウルフの討伐、巣を襲撃するのなら、討伐数にこだわっている場合ではないことはわかっていますよね」

「……ああ」

「あなたは英雄候補生。この村を救わないといけません! 絶対に!」

「……そうだな」

「ならば、あなたのすべきことは……」

「ウィンドワーウルフのせん滅」

「そうです」

「果たして俺に、俊敏なウィンドワーウルフのせん滅が出来るだろうか」

「出来ます」


 エリスは頷いた。


「何故ならあなたには、あたしがいるからです。あなたを見出し、あなたのアドバイザーを務める、このあたしがっ!」

「……はは」

「だから、必ず生きて、この地を去りますよ! そして、パラボラにコラムを書かせます。あなたの活躍を! あなたの英雄譚を! そのコラムは必ず、タロー村に届けると約束します」

「……ああ、頼むよ」

「さあ、行きましょう! カイルさん」


 その後、俺達は北側のヒートラビットの巣周辺の散策を行い、無事にウィンドワーウルフの巣を見つけて、襲撃を仕掛けた。


 そして、朝日が昇る頃、最後のウィンドワーウルフが倒れた。

 四十二匹。巣の中には、もう動く魔物はいない。血の匂いが充満する中、俺はゆっくりと息を吐いた。

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