15.オムライス
ライデン村の酒場は、村からみて東側に一軒。西側に一軒の合計二軒存在しているようだった。
東側の店舗はほぼ夜のみの営業らしく、まだ空に太陽が昇っている今は、準備中だった。
「いらっしゃい」
西側の店舗は、宿から程ない距離にあり、飯にありつくことが出来ない旅人のことを考慮しているのか、今の時間から営業しているようだった。
「ご注文は?」
「オムライスで」
「おい、何ご飯食べようとしているんだ」
さも当然のようにランチを注文したエリスを咎めるも、注文は通り、店主は調理場の方へと向かってしまった。
「いやあ、あたしこういう雰囲気のお店が大好きなんですよね。つい、注文しちゃいました」
「つい、じゃないよ。つい、じゃあ」
「むしろ、カイルさんは注文しなくて良かったんですか?」
「ああ、何せ俺は、ここには情報収集に来たのだからな」
「えー、お腹が減っている状態で、まともに戦闘が出来るんですか?」
俺は口をへの字にして黙った。
……店主が戻ってきたら、俺も何か注文しようかな。
「お客様方は、冒険者さんで?」
まもなくオムライスを調理して戻ってきたマスターが、俺達に向けて尋ねてきた。
「あたしが違いますが、彼はそうですよ。……わー、美味しそう」
エリスは美味しそうにランチを食べ始めた。
「へえ、有難いね。最近はウィンドワーウルフの奴等に村の作物を根こそぎ奪われちまう。皆、頭を悩ませていたんですよ」
「そうですよね。ただ、安心してください」
ものの二、三分でランチを平らげたエリスが、微笑む。
「何せ彼は、あのナイル・ドゥランのご子息! この王都で、新たなる英雄となる偉大なお方、カイル・ドゥランなので!」
……お店の中が、俺達と店主以外は誰もいない状態で良かった。
そうでなかったら、恥ずかしくてこのお店から飛び出し、食い逃げ犯として追われる身になるところだった。
くそ、エリスの奴……わざわざ俺の身を明かす必要はないだろう。
いや違う。わざと俺の身を明かしたのだろう。
こうやって俺の名前を世に知らしめることで、俺がクエストを成功した時、俺の名声が世に広まっていく。そういう寸法というわけだ。
……ただ恐らく、俺がクエストを成功させた暁には、俺の名前はこの村以外にも広まっていくのだろう。何せ俺には、未だ何の実績もないのにも関わらず、パラボラという有名冒険作家による活躍コラムが定期的に出版されることになっているのだから。
……コラム、か。
「……へえ、あのナイル・ドゥランの息子ですか」
「はい!」
「でも、その英雄さんも、最終的には戦死したんでしょう?」
俺はピクリと肩を揺すった。
「ああすみません。あなたを不快な気持ちにさせたいわけではなかったんです」
謝罪する店主。
「わかってますよ」
俺は苦笑した。
彼に悪気がないことはわかっている。あまりにエリスが、俺のことを誇大的に伝えるものだから、思わずツッコんでしまっただけだろう。
ただ少し、食欲は失せた気がした。
「店主さんも、ウィンドワーウルフの獣害には頭を悩ませているのですか?」
「えぇ、まあね。ウィンドワーウルフは雑食の魔物ですが、主食は肉です。いつ人間が襲われてもおかしくない」
店主は窓の外をぼんやりと眺めた。
「この村は古くから街道として有名だった。おかげで村の規模の割に旅人がよく通り、宿も酒場も繁盛したもんです。しかし今は、いつ魔物に襲われるかわからないからと、この村に訪れる人も減ってしまった」
この酒場が、俺達と店主以外いない理由がわかった。
思えばこの村に来てから、商人や旅人と言った流浪者とすれ違ったことは、一度もない。
「……許せませんよ、あの憎き魔物どものことが」
優しげな雰囲気の老店主の瞳の奥に、憎悪の感情が見て取れた。
何より、彼の口振り的に、彼はこの村のことに精通していることがわかる。
俺はエリスと目を合わせて、頷きあった。
「店主さん。店主さんは、ウィンドワーウルフの巣の場所とか、ご存じないですか?」
切り出したのは、エリスだった。
「もし知っていたら、あたし達にその場所を教えて頂けませんか?」
エリスの願い出に……。
「ええ、知っています」
店主は、深く頷いた。
「でも、ウィンドワーウルフの巣の場所を教えることは出来ません」
そして最終的に、店主は首を横に二度振った。
「……どうして?」
「ウィンドワーウルフは、狡猾で執念深い魔物です」
店主は淡々と続けた。
「あなた達に奴等の巣の場所を教えることは簡単だ。ただ、あなた達がもし奴等をせん滅出来なかったらどうなる?」
店主が何を言いたいか、大体わかってきた。
「きっと奴等は、同胞を大量虐殺した人間を憎むようになる。そして、いつか復讐しに来るに違いない」
つまり店主は……ウィンドワーウルフを一網打尽に出来るような実力者以外に、奴等の巣の場所を教えるつもりはないのだろう。
「先程も申し上げた通り、彼はかの英雄、ナイル・ドゥランのご子息、カイル・ドゥラン」
エリスは食い下がった。
「彼の実力は、王都では既に轟き始めています」
偏向報道の賜物だな。
「それでも、駄目ですか?」
「ええ、駄目です」
店主の意思は固かった。
「王都では既に名が轟いている。優秀な冒険者。天才。あたしはこれまでの人生で、その肩書を自称する連中に何度か出会ったことがある。でもね、その肩書に似合う実力者に出会ったことは……ただの一度もないんです」
懸命な判断だ。
「……ぐぬぬ」
エリスは、頑なな店主の対応に、どうしたものか困っているようだった。
「そうですか、わかりました」
「あ、カイルさん」
「お会計をお願いします」
「はい」
俺は店主にお金を渡した。
「ご馳走様」
「いいえ」
「……最後に一つだけ、いいですか?」
「なんでしょう」
「この辺では、ウィンドワーウルフ以外の獣害の被害はあったりしますか?」
「はい?」
「どうでしょう?」
店主は困った様子で、しばらく黙りこくった。
「……えぇ、ヒートラビットの獣害にも、度々」
「そうですか。それは大変ですね」
「えぇ……ただ、ヒートラビットは一般人でも倒せる程度の魔物。クエスト依頼されるようなことも滅多にないでしょう」
「そうですね」
「……それが一体?」
「もしよかったら、ヒートラビットの巣の場所を教えて頂けませんか?」
「は?」
店主は、俺の質問の意を理解出来ていないようだった。
「ウィンドワーウルフの討伐は諦めて、せめてヒートラビットは討伐しようと思っただけです。折角この村に滞在するんだ。少しはこの村の人々の生活の助けをしたい」
「……そういうことですか」
店主は納得したようだった。
「……地図はありますか?」
「はい」
俺はテーブルに地図を広げた。
俺が広げた地図に、店主は三か所のバツマークを付けた。
「ありがとう。それじゃあ、俺達はこれで」
俺は酒場を後にした。
「ちょっとカイルさん」
背後から、エリスが怒り顔で近寄ってきた。
「困ります。アドバイザーのあたしを放って、勝手に話を進めて」
「……感謝してくれよ」
俺はため息を吐いた。
「あなたの正攻法が通じないと察して、慣れない嘘までついて、折角情報を引き出したんだから」
エリスはしばらく怒り顔を作った後、呆れたようにため息を吐いた。
「本当、下手な芝居を見せましたね」
「うん。じゃあ、また作戦会議と行くか」
「そうですね」
俺達は宿に戻った。
「エリス、あなたはどうして俺が店主に討伐対象でもないヒートラビットの巣の場所を聞いたか、理由はわかっているか?」
「勿論」
エリスは頷いた。
「ウィンドワーウルフは雑食ですが、主食は肉。だけど、この村ではまだウィンドワーウルフによる人的被害はない」
「ならば、一体ウィンドワーウルフは主食の肉をどこから調達している?」
「恐らく、自分達よりも弱い魔物。……もしくは、牧場とかからでしょう」
「ただ牧場からなら、あの店主はそのことも言及していた気がする。よって、現状のウィンドワーウルフは魔物を食らって、主食の肉を得ているものと推測出来る」
「そうなると、怪しいのはこの村に度々獣害を引き起こしているヒートラビットだ。つまり、ウィンドワーウルフの巣は、ヒートラビットの巣の近くにある」
「そうですね。ウィンドワーウルフは群れの食料の調達を精鋭数匹に任せる習性がある。精鋭数匹で数十匹分の肉を用意すると考えたら、肉の近くに巣を作るのは当然の成り行き」
「そして、そのヒートラビットの巣は、この三か所」
店主のバツマークは、村の北、南、西に一か所ずつ。見事に別れていた。
「あなたはどこが怪しいと思う?」
「そうですね」
エリスは顎に手を当てて、物思いに耽った。
「……カイルさんはどこが怪しいと思うんですか?」
エリスは不意に、俺に尋ねてきた。
「俺はお前に尋ねているんだが」
「えー? いいじゃないですか。減るものじゃないし」
「……いいから教えてくれよ」
「ぶー。……じゃあ、折角なら一緒に指を指しませんか?」
「は?」
「ね? 折角だし。ね?」
エリスはグイッと俺に顔を寄せた。俺は少し顔が熱くなっていた。
「わ、わかったよ」
「ようし! じゃあ、行きますよ」
「ああ」
「いっせーの……」
「せ」
俺とエリスが指を指した場所は……。
「……ま、ここですよね」
村の畑がそばにあり、奥には大きな森が広がる、北側の巣。
「……決まりだな」
「ええ」
「それじゃあ、今晩ここに夜襲をかけよう」
俺は提案した。
「いいえ、明け方にしましょう」
「なんで?」
「数が多い相手を屠るならば、寝静まったタイミングを狙った方が効率的でしょ」
俺は目を丸くした後、苦笑した。
「確かにな」
「それじゃあ、明け方! 憎きウィンドワーウルフをせん滅しましょう、カイルさん!」
「ああ!」
俺達は決意を固めた。




