11.反転アンチ
パラボラの書いたコラムを読み、なんとも言えない気分となった翌日、俺は家の外があまりに騒々しいため、目を覚ました。
あくびをしながらベッドから降りて、窓際に立って外の様子を確認すると……どうやら馬車が積荷を倒してしまったようだ。積んでいた果物が、路上に散らばり、至る所で果汁が散乱されている。
「あーあ、勿体ない」
散乱した果物に集る人々。馬車の運転手を助けているわけではない。果物を盗みに集っているのだ。馬車の運転手が、ハイエナと化した人間を払おうと必死になるが、効果はあまりない。
……盗人たちに向けて、馬車の運転手が侮蔑的な言葉を吐いている。気持ちはわかる。ただ、ハイエナ達に対する文句は浮かんでこない。何故なら俺も昔は、彼らと同じ立場で暮らした時期があるからだ。
「そんな男が、今や英雄候補生、だもんな」
父が英雄であることを考慮すれば、客観的に見ればその評価も妥当かもしれないが、個人的には、中々そうは思えない。
「……そろそろ仕事に行くか」
再び、あんな惨めな生活には戻りたくない。そう思ったら、昨日、あのコラムを読んで大層な微妙な気分になったのに、不思議と足はギルド本部へと向かっていた。
「あら、カイルさん。おはようございます」
冒険者ギルド本部には、既にエリスがいた。
「おはよう、エリス」
「早いですね、昨日も思いましたけど」
「……ああ。家の前で、馬車が積荷をひっくり返してな」
「あー……それはうるさくて寝ていられないでしょうね」
冒険者ギルド本部に早めに到着したのは、うるさかっただけが理由ではないのだが……わざわざそれを伝える必要もないと思って、俺は苦笑するに留めた。
「……で、今日の俺の仕事は?」
俺は肩を竦めてみせた。さすがに今日は、王都に来て初めての仕事となった取材のような、奇をてらったものだと有難い。
「はい。今日は、魔物討伐に向かいましょう」
俺はホッと胸を撫でおろした。
「あら、カイルさん。もしかして魔物討伐をしたかったのですか?」
「そういうわけでは……」
一応否定したものの、エリスは俺の気も知らず、目をキラキラと輝かせていた。
「そうですか。先日の取材の影響でしょうか、カイルさんもすっかり冒険者の仕事にモチベーションを示すようになったのですね。これもパラボラの名取材のおかげですね!」
「だから違うって……」
エリスは俺の言葉になど、聞く耳を持ってはくれそうもない。
「……とりあえず、もう魔物討伐の依頼を受けに行こうぜ」
このままエリスと問答を繰り返していたら、日が暮れてしまいそうだ。
「そうですね。それじゃあ早速、クエストボードを見に行きましょう」
クエストボードとは、その名の通り、冒険者ギルド内に寄せられた依頼の張り紙が貼られた看板のことだ。依頼者は老若男女存在し、依頼内容も多岐に渡る。ただ、荒くれ者のイメージが付いた冒険者に、報酬金を含めて依頼することも踏まえて、内容は魔物討伐をはじめ、面倒事であることが多い印象だ。
「カイルさん、今日が初めてのクエスト受注となるわけですが、やり方はご存じですか?」
心配そうな顔で、エリスが尋ねてきた。
「ああ、大丈夫だ」
「あら、そうですか」
「昔、父さんと一緒に、度々ここには来ていたから」
そういうことか、と言いたげに、エリスは手をポンと叩いていた。
「ただ少し意外だったのは……こんな早朝にも関わらず、受付はもう稼働しているんだな」
父とここに来るのは、決まって昼間だったから、朝から受付が営業していることは知らなかった。
「ええ。クエストが完了する時間は決まっていませんし、遠方に出向くクエストだったら、昼間には遠征先に到着したい……つまり、早朝からクエスト受注させたい、と思う人も多いですから。冒険者の方々のニーズに合わせたら、いつの間にか二十四時間稼働となっていました」
そうか。それは……受付の人達、可哀想に。
「エリス、おはよう」
長時間労働の受付の人達を労っていると、受付カウンターにいた女性が一人、エリスに声をかけた。
「おはよう、サクラ。相変わらず綺麗ね」
「もう。いきなりお世辞はやめて」
彼女の名前は、どうやらサクラと言うらしい。エリスのお世辞……なのか本心なのかわからないセリフに、照れ臭さと鬱陶しさの両方を内包した顔で応対した。
「あら、そちらの方は……?」
そんなサクラの視線が、俺に向けられ、俺は少しドキッとした。
「あ、紹介するね。こちらはカイル・ドゥランさん。先日、冒険者ギルドに加入した新米冒険者です」
エリスは丁寧な口調で、サクラに俺の紹介をした。砕けた会話の直後の丁寧な口調。公私混同はしないタイプだな。
「ああ、あの有名な。はじめまして、サクラと言います」
「……よろしく」
頭を下げた後、俺はサクラの言ったあの有名な、というセリフが気になって仕方がなかった。
「あなたの名は、冒険者ギルド内で早速話題になっていましたよ」
「……話題?」
「ええ。先日のタロー村での活躍。それに加えて、火が出た家屋から子供を救出したニュース。更には、先日ベストセラー小説を飛ばした、パラボラ著のコラムの主役。嫌でも耳に入ってきます」
相変わらず、タロー村や家事の一件は、俺の名前を広げることに一躍買っているようだが……パラボラの奴、ベストセラー小説作家だったのか。冒険者ギルドお抱え作家と言っていたから、そんなに有名人だとは思っていなかった。
「あたしも、パラボラのコラムを読ませていただきました。英雄候補生として、申し分ない人間性、能力を持つ方とこうしてお近づきになれたこと、光栄です」
「……そんなことは、ふぐっ」
ない、と言いかけて、俺は脇腹に痛みを感じた。脇を抑えて、忌々しい目を隣に向けると、サクラに向けてニコニコと微笑むエリスが立っていた。どうやら俺は、彼女にエルボーを食らったようだ。
「な、何するんだ」
「……カイルさん。あなた、ご自分の立場をお忘れになったわけではないですよね?」
「は?」
口答えをするように目を細めると、エリスに首根っこを掴まれ、俺は後ろを向かされた。
「いいですか。あなたは英雄候補生なんです」
エリスが耳打ちをしてきた。
「英雄となるために一番大事なこと。以前も言いましたが、それは民意です。いくら戦闘能力が高くても、政治的能力が高くても、資産管理が得意でも、それでは英雄にはなれません。英雄になるために最も大事なことは、皆に英雄だと認めてもらうことなんです」
エリスの声は小声だが、珍しく語気が荒い。
「あなたは、冒険者ギルドの職業人気復活のために英雄にならなければならない。では、あなたが英雄であると民意を得るためには、何が必要だと思いますか」
「品格」
「そうです。品格です」
そういえばそんなこと、以前思ったことがあったような、なかったような。
「それなのにあなた、今、サクラになんと言おうとしましたか?」
今、サクラに言おうとしたこと。
それは……俺が英雄候補生、ひいては英雄に相応しい人材だと褒めてくれたサクラに対して、そんなことない、と答える……つまりは、英雄に相応しくない、という否定の言葉。
「いやいや、謙遜の範疇だろ」
「駄目です」
「どうして。逆にここで、そうだろう、と頷く方が図に乗っていると反感を買う可能性がないか」
「ないです」
時々、エリスはどうしようもないくらいに意固地な時がある。
「逆に聞きますが、あなたは本当に謙遜のつもりで否定の言葉を口にするつもりでしたか?」
しかし、このどうしようもないくらいに意固地な時のエリスに、俺が口論で勝てたことはない。
「なかったですよね。それもそのはず。何故ならあなたは、謙遜で英雄に相応しくない、と否定したわけじゃない。本心から、自分は英雄に相応しくないと思っているから」
「……まあ」
「まあ、じゃないです!」
エリスに頬をつねられた。ついに実力行使された。
「あなたに絶対に英雄になってもらわないと、こっちは困るんです! 少しは意識を変える努力をしてください!」
……そんなことを言われても、まだ冒険者として何の実績も持たない俺が、英雄に相応しい、だなんて自意識過剰なことを考えられると思うのか。
「……二人とも、何しているの?」
俺がエリスに虐められている中、背後から冷めた声が聞こえてきた。
エリスの魔の手を振りほどき、振り向いた先にいたのは、パラボラだった。
「パラボラ、おはよう」
「うん。おはようエリス。二人とも、仲睦まじいことで」
「ちょっと、そういうんじゃないから」
エリスは落ち着いた様子で否定した。
「どうだか。美男美女、ぴったりな二人だと思うけど」
美男……?
今、もしかして俺はイケメン扱いされたのか? そんなことを言われたことが初めてで、少し困る。
「カイルさんには将来を誓い合った相手がいるので。本当にそういうんじゃないです」
「え、そうなの? どんな人なの?」
「うふふ。それはもう、すごい可愛い子だったわ」
さっきまで俺達を冷ややかな目で見ていたパラボラが、目をキラキラと輝かせていた。
そういえば、タロー村の女どもも、恋バナが好きだったな。女子とはどうして、色恋沙汰が好きなんだ。
というか、顔を合わせた回数も少ないエリスが、どうしてセレスティアのことを嬉々として語るのだ。
「へー。一度会ってみたいなあ。……っていうか、いいの?」
パラボラは真剣な面持ちだった。
「なにが?」
「英雄候補生に恋人がいることよ。カイルさんに興味を持って、英雄になることを支持する異性も、彼に恋人がいると知った途端、反転アンチ化したりしない?」
馬鹿な。そんなこと、あるわけがないだろう。
それじゃあまるで、これから俺が英雄になることを支持してくれる異性は大半が、俺とワンチャン交際出来るから、と下心込みで応援しているみたいに聞こえるではないか。
「確かに」
「おい」
パラボラの話に同意したエリスに、俺は白い目を向けた。
「あはは。でも……しばらくセレスティアさんのことは世間には公表しないでおきましょう? カイルさん」
俺は呆れたため息を吐いた。




