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ニョルズ商会の一室にてセバスとデルタはとある屋敷の見取り図を挟み会議していた。
「さて、セバス。今回の夜襲について今一度確認するわよ」
「はい、デルタ様」
「ターゲットはローヴェン商会長グスタフ・ローヴェン。容姿は肥えた中年の男。贅肉の付き方からして、日頃から随分と贅を尽くしているようね。貴方とは大違いだわ」
デルタはグスタフを嘲笑しながらセバスへと目線を見取り図から向けた。
「マスターに創造された我々に欠点などございません」
セバスはさも当然かの如く言った。セバスの言葉にデルタは苦笑いをしながら続ける。
「その見上げた忠誠心は素晴らしいけれど、盲目になるのは駄目だわ」
「デ、デルタ様⋯⋯⋯お言葉ですが、それは不敬にもマスターを疑え、と?」
セバスには理解できない内容であった。エターナル・ヴェインの支配者であり己の創造主であるハルを疑うなどとは。
デルタは困惑するセバスから目線を逸らし溜息と共に言葉を紡ぐ。
「貴方達には酷な話よね。まぁ、その辺りは私たち大臣の役目だから今はマスターのお考えを第一に考えなさい⋯⋯⋯話が逸れたわね。戻すわよ」
困惑が残るセバスだが、デルタの話を遮る訳にはいかない。
デルタは見取り図に書き込まれた印を指差しながら説明する。
「護衛は全部で40前後といったところかしら。スカイ・オーブの〈自然化〉を見抜けていないから殆どが20レベル以下。何人か違和感を抱いた者もいたけど、スカイ・オーブと変わらないぐらいのレベルでしょうね。今の貴方なら相手では無いわ。ただ今回は殺害ではなく捕獲。マスターに〈支配〉していただきローヴェン商会を乗っ取ることが目的。護衛を何人か殺すのは良いけれど、事後処理が大変だからなるべく数は抑えて欲しいわ」
「心得ております」
「というわけだから今回の襲撃は隠密行動ということになるわ。ターゲットは一日中執務室に籠もったきり。ただ就寝の時だけは護衛を外して一人で寝ている。そこを狙うわ」
「今度はしくじりません」
セバスの拳を握る音が鳴った。セバスは一度、ニョルズ商会を守護する役目を失敗してしまったという思いがある。今回の件も失敗してしまえば、今度こそ本当に見放されるのではないか。
「ふふっ。期待しているわ」
セバスの内心を知ってか知らずしてかデルタは笑った。
◇
日が沈み夜の帳が下りる頃。グスタフ・ローヴェンの屋敷に闇に潜む人影がある。
セバスだ。彼は石壁に背を預けると壁内の気配を探る。数はデルタから示された通り40を超えるが強者の闘気は感じない。どれも今のセバスからすれば塵芥だ。先日、闘った男レベルの者はいないのだろう。
セバスは膝を曲げ己の倍以上はある石壁を軽々と飛び越えると音を出すことなく着地した。
「交代まだかよ」
「あー、もうすぐじゃないか?」
「報酬が高いとはいえ、夜も交代で付くのは怠いな」
2人の男が雑談していた。彼らはセバスに気付くことなく素通りしていく。月が出ていない暗闇で彼の姿を見つけられないようだ。セバスは何時でも殺害できるように構えるが、あくまでも任務は隠密行動だ。己に気付かず離れていく男達を暗殺することなく屋敷へと静かに近づいた。
窓から中の様子を除くと、そこには完全武装した者が疎らに歩いていた。中へ入ろうと窓を動かすが、中から鍵が閉まっている。
セバスは慌てることなく正面玄関へと屋敷の壁沿いに歩く。
正面玄関は魔道具で照らされており、闇に姿を隠すことができない。セバスは息を吸うと玄関までの距離を一歩で詰め警備兵の首を絞める。
「な、何も───」
隣にいた男が異常に気付くが、セバスはすかさず顔目掛けて正拳突きをお見舞いした。男の顔が弾け飛び血が辺りに飛び散る。セバスは手を振り血を払い落とすと玄関扉へと手を掛け中へ入った。
「誰───」
見掛けない顔に疑問を浮かべる表情のまま頭が床に落ちた。
「死ねッ!」
突然の事態に恐怖が広がる中でも動ける者がいた。彼らは各々の武器を手にセバスへと立ち向かう。歴戦の猛者たちの一振り。束ねられた力はAランク魔物をも討伐することができよう。だが、それらはセバスに届かなかった。
セバスは彼らが繰り出す攻撃を最小限の動きで躱し屋敷を進んでいく。彼が通った跡には血が噴水のように広がった。
「ひ、ひぃ!」
残りの者は己よりも強い男達が殺されたことを遅れて知った。彼らは理解不能の怪物に釘付けだ。いつ来るか分からない死の恐怖に怯えるしかなかった。
「え?」
男の瞬きは1秒にも満たない時間だ。だが次に目を開いた時にはセバスの姿が無く階段を昇る足音が聞こえるだけであった。
助かった。そう思う男は仲間たちと生を喜ぼうとするが、何故か己の意思に反して下がっていくことに気付いた。
「ここが目標のいる部屋ですか」
内ポケットから取り出した見取り図を見て確認した。ここまで殺傷は最小限に抑えた。だが、時間は残り僅かだ。屋敷へ侵入した時に目の前を通った男達によるともう直ぐ交代の時間らしい。1階と正面玄関に散らばった死体を見て直ぐにでも騒が起こるだろう。そうなる前にグスタフを回収しニョルズ商会へと戻る必要がある。
今度は失敗しない。決意を胸にドアノブに手を掛け───
「やぁやぁ、そこのご老人お待ちなさって。今、旦那は就寝───」
「シッ!」
突如、セバスの背後から声がした。その者が喋り終える前に体を捻り速度を乗せた蹴りを与えた。
耳を塞ぎたくなる衝撃音が響く。ここまでの隠密行動が無意味に終わるが、それでも構わないとセバスは考えた。
「危ねー」
「なッ!」
セバスは体を上下真っ二つにしたつもりだった。だが後ろにいた青年───ローブを来た男は傷どころか無傷だ。セバスはその場から飛び跳ね男との距離を開けた。達人であれば一歩で詰められる距離だが数秒思考する時間は稼げる。
(気配を感じない。恐らくあのローブに仕掛けがあるのでしょう。もしや私の蹴りを防いだのもローブの効果かもしれません。探る必要がありますね)
「蹴りだけかい?他には何かないのかな?」
この場にそぐわない声でセバスに投げかけた。安い挑発だ。分かっていながらセバスの脳はヤツを攻撃したいと訴えている。
セバスは右足を半歩ずらし拳を構える。ドンッという強い踏み込みと共に彼の姿がブレた。先程の不意打ち以上の速度の蹴り。歴戦の猛者でも見切ることが難しい蹴り技であったはずだが、青年はセバスの脚を目で追っていた。
セバスの脚が頭に当たる寸前、青年は左腕を直角に曲げ右腕を内側から添え押し支えるようにして防いだ。
2度目の衝撃波と音が響く。セバスの攻撃は終わらない。防がれることを予期していたセバスは右脚を青年の体から前方へ滑らせた。続けざま右拳で鳩尾を狙う。セバスの拳は彼と同じ構えをした青年の拳によって防がれた。
三度目の衝撃波と音。
「おぉー、効くね〜」
「⋯⋯⋯嘘ですね」
ギリギリと生身からでは到底、想像できない鍔迫り合いのような音が鳴った。
「いいや?こっちに来てから一番、いや二番目に命の危険を感じたよ」
「何を───ッ!」
青年はセバスの脚を払った。態勢を崩し隙を見せるセバス。青年は一瞬の隙を見過ごすことなく、体重を乗せた拳を握る。セバスの腹目掛けて拳が打ち下ろされた。
───死。それを感じたセバスは動くことができなかった。銅像のように固まるセバスに無慈悲にも死を纏った拳が振り下ろされた。
(⋯⋯⋯申し訳ございません、マスター)
覚悟したセバス。だが、彼を待っていたのは途方もない苦痛ではなく優しいデコピンであった。
驚いたセバスは目を見開いた。そこで再び驚くこととなった。
「な、ま、マスター!?何故、ここに⋯⋯⋯?」
「ドッキリ大成功〜!謎の青年の正体。それはエターナル・ヴェインのダンジョンマスター、ハルでしたー!」
青年はフードを外した。阻害されていた気配が現になった。プラチナを彷彿させる白髪。硝子細工のように整った顔立ち。セバスが主として崇めるハルであった。
「なんか下が騒がしかったから様子見に来たらセバスがいたんだよね〜。ハルちゃんびっくりだったよ。何してたの?」
「はっ。デルタ様からのご命令を遂行しておりました。先日のニョルズ商会襲撃の報復でございます」
「あー、そんなこともあったね。ローヴェン商会だったのか。て、ことは支配下に置く感じ?前にデルタが有益なら支配するって言ってたけど」
「はい。その予定でございます。グスタフの身柄を確保した後にマスターに〈支配〉していただく予定でございました」
「なるほどねぇ〜」
戦場とは思えない雰囲気を醸し出しながらセバスと会話するハル。だが、それを遮る者が現れた。
「先程からうるさいぞ!」
上半身を脱ぎ去り下半身の下着のみを着用したグスタフが部屋から様子を見に来た。
「あちゃー」
「護衛はどうなっている!?」
「そこら辺に転がってるよ」
「何を、ひっ」
ハルの指先をなぞるようにグスタフは視線を動かした。そこには頭部が消失した人間だったものが落ちていた。
「し、襲撃者か!?今、どこにいる!?」
「ここだけど?」
そう言うとハルは指を己とセバスへと向けた。
「な、何を───」
「うるさいなぁ───〈支配〉」
魔法陣が浮かび上がり鎖が出現した。鎖はグスタフの体を貫通すると先程までの騒ぎが嘘のように止まった。
「そうそう。静かにね」
グスタフが跪き静かに頷いた。ハルは満足そうに首を動かすとセバスへと話しかける。
「これでよかったんだよね?」
「ありがとうございます。これでデルタ様からの命令は達成できました」
「よし。それじゃ帰る───ん?」
〈主従交換〉をする間際、ハルはグスタフの寝室から気配を感じた。今にも死にそうなか細い気配だった。気になったハルは部屋の奥へと進む。セバスもハルの後を追った。
寝室には天井付きのキングベッドが置かれていた。そこには少女が寝ていた。正確には気絶していた。体の至る所にある拷問の跡を露わにしながら。
「ま、まぁ?性癖は人それぞれだし。うん、別に良いんじゃないかな?」
凄惨な光景に種を越えた存在であるダンジョンマスターの心は一切靡くことはなかった。
「どうしたの?セバス」
だが、セバスは違った。平然とするハルとは対照的に顔を歪ませていた。セバスはベッドの上で倒れ伏す少女の体を支える。
「⋯⋯⋯マスター。彼女を治療していただけないでしょうか?」
「いいよー」
躊躇いながら乞うセバスに対し軽く言った。
(配下の願いを叶えるのも主の役目。セバスも働き者だから労ってやらないとな)
「どんな感じ?」
「脈拍に異常はありません。ですが目が虚ろでございます」
「心神喪失ってやつか。うん?その手に付いているのは?」
少女の手に黒一色の枷がついていた。興味を持ったハルは触れる。瞬間、ハルの全身を襲う違和感。何かが強制的に体から抜けていく感覚。
「おぉぉおおお!?ま、魔力が吸われる!?」
「マスター!離れてください!」
セバスは無礼を承知でハルを羽交い締めにした。枷から手を離したハルは、己の手を何度か握り再び少女の両手を縛る枷へと目を向けた。
「ミリ単位だろうけど常に吸ってるみたい。まるでダンジョンみたいだ」
常に魔力が吸われる現象。それはダンジョンの性質に似通っていた。
「鍵は?」
「コチラに」
「ありがと。とりあえず服着ようか。男の裸を見る趣味は無いし」
「はっ」
グスタフから鍵を受け取ったハルは再度、少女に近付いた。ごく僅かだが魔力が抜かれる感覚を味わいながら外した枷を観察する。
「面白い魔道具だね。イータに良い土産ができた。来た甲斐があったなぁ〜」
そう言うと〈収納〉を起動する。次元の裂け目が出現した。ハルは躊躇することなく枷を掴んだ手を入れた。
「よし、それじゃ俺は帰え───る前にやることがあったね」
そう言うとハルは少女の体を見た。殴られたのか至る所に青黒いアザがある。背中を向けさせると同様に切り傷だらけだ。拷問の名残か耳が欠損している。
「うーん?よく見るとエルフじゃん。確か亜人族だっけ?南方諸国についてほとんど知らないから丁度いいや。保護しよう」
治療した後はセバスに任せる予定を急遽変更しエターナル・ヴェインに連れ帰ることに決めた。
「体力と状態異常回復かな。となるとこれかな」
ハルは再び〈収納〉を起動した。2つの魔法瓶を取り出すと蓋を開け少女へとかけた。
「よし。外傷は大丈夫そうだ。状態異常は消えたと思うけどこれで駄目なら殺して蘇生するしかないね」
「それは⋯⋯⋯」
ハルの発言に言葉を詰まらせるセバス。
「最終手段だけどね。デスペナでそのまま消えてしまうかもだし───〈召喚:扉の魔女〉」
魔法陣が出現すると巨大な扉と亡霊のように白い女が現れた。
「またねー」
そう言うとハルは扉を潜り姿を消した。ハルが去った後、扉の魔女の足元に魔法陣が出現し彼を追うように姿を消した。
静寂が広がる屋敷。だが、多くの足音と共にかき消された。外を見張っていた傭兵たちだ。彼らは屋敷の惨状を見て依頼失敗の言葉が脳裏に過ぎった。
もう殺されたのかもしれない。
どうか間に合ってくれ。
信頼が落ちる───等々。
各々、心情を抱えながら2階へと上がった。窓ガラスが割れ床が崩れている。屋敷の壁も一部崩落しており外の様子が窺えた。
「グスタフさんご無事ですか!?」
傭兵の1人が叫んだ。激しい戦闘の跡から無事ではないと頭で理解していたが、安否を確認する他無かった。
「うるさいぞ。どうしたというのだ」
「い、いえ。ご無事でなによりですが⋯⋯⋯この方は?」
声を上げた傭兵がセバスを見た。真っ赤に染まった白手袋。それ以外違和感はない執事姿だ。
「彼はセバスさんだ。お前たちには黙っていたが、Aランク冒険者に匹敵する実力を持っている」
「そうですか。何故隠されていたのですか?」
「貴様たちの中に鼠が潜っている可能性を捨てきれなかったからな。現に襲撃を許したではないか。もしやそうなのか?」
「い、いえ滅相もない!」
「ならとっとと持ち場に戻れ」
傭兵たちに言葉を発させる余地を与えずまくし立てた。彼らは違和感を持ちながらもグスタフの言葉通り持ち場へと戻った。
「これでよかったでしょうか。セバス様」
「はい、完璧でございます。デルタ様も喜ばれるでしょう」
「デルタ様。ということは、やはりニョルズ商会の者だったのですね」
「詳しいことは後ほど」
「かしこまりました」
セバスは頷くとスクロールを起動した。




